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La Divina Commedia - 屋上-

 

「ぎゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁああ」


 叫ぶ。

 全力で叫ぶ。

 凄まじい速度で流れていく景色。

 まっさかさまに落ちる。

 落ちている。

 腰巻だけつけて金棒持った鬼が何匹も居る赤い池。

 巨大な河に沢山積み上げられた石。

 何処までも続く砂漠、遥か彼方に見える黒い塔。

 輝く宇宙を走る列車。

 異形の者達が氷漬けにされる氷河。


 ここは地獄だ。

 あの悪魔野郎、私を地獄に落としやがった。


「ぎゃぼーーーーーーーーーーーーーっ!」


 足をバタつかせて空中遊泳を試みるももちろん無理だった。

 幾多の空間を潜りぬけ、落ちた先には光の洪水。

 その光の向こうにあるもの。

 一人は彼女だ。いつしか私から離れ歩き出したもの。

 もう一人は私自身、私の嘗て。

 人を見つめ、人に取り憑き、人を観察しながらも、人の生に寄り添い続け、その果てに己を人と思い込んだ。

 こちらへと顔を上げる。目が合った。その表情は無。そも、感情を、意思を持ち得ぬのがそれと見て取れるほどに何の色も無い顔がこちらをただ見ている。

 あんなものに何かしらのものを傾けるなど無駄ではないか。そう思った。穴の開いた器にただ無為に水を注ぐに等しい。

 その姿に、透徹、疑義、反感、自分でもよく分からないままに口にする。


「つまらないな」


 ただの独り言であったが自分でもびっくりするほど温度の無い声でびっくりした。

 ハテ?

 いやそんな事はどうでもいい。問題は真っ逆さまに落下していることでありそれ以上でもそれ以下でもないのである。


「あばばばばばばばば」


 どんどこ近づいてくる大地。いや、なにかある。何だありゃ。建物、のようだが。四角い建物が荒涼とした大地にぽつねんと建っている。

 その屋上、大体の落下位置になるであろう場所に更に一人立っているのが見えてくる。

 和装、と言えるであろう。ごうじゃすな着物に白皙の肌に金の髪に狐っぷりのある金の耳と尻尾。真っ赤な目がこちらを面白がるように見上げている。

 しゃらりと両腕を掲げて……何かを持っている。なんだ?

 布、か?

 なにか横断幕というか。そんな感じにみえる。現になにか書いてあるようだ。

 それをばっと空中へ放り投げてくる。私の方へ放られた横断幕がばふっと音を立てて広がった。


 [歓迎!地獄へおいでませ暗黒神様!!]


「クソァ!!!」


 やかましいわ!!

 ぶもんと横断幕に突っ込みながら叫んだ。受け止めるなら受け止めるでもっといい感じのやつにしろと三回くらいは言いたい。

 落下の衝撃はなんとかなったが当然ながら0にはならない。だばだばと空気を孕んで膨らむ横断幕に塗れながらそのままマットのようなものにごろごろと転がる。

 一回転二回転三回転、目が回ってきた頃合いに漸く止まる。大の字にひっくり返ったままお空を見上げた。お星さまきれいだなァ。


「……ぶぎぃ……」


 切なさと愛しさとアンニュイさを込めて一つ鳴いておく。そんな私をちょんと覗き込む姿があった。

 ん、先程屋上に居た狐悪魔のようだ。金の髪がもったりと私に伸し掛かる。ぐえー。

 金に輝く狐の尻尾が蓮の花のようにぐるんと渦を巻き、太陽のように燦々と輝いている。


「お初にお目にかかる、暗黒神殿。妾は天陽と言う。此度は妾が代表として案内役仕った。

 悪魔として言えば……そうさな、末の子故いっとう下の妹ということになる」


「いもうと」


 そうは見えない貫禄なのだが。具体的に言えばそのまろびでそうな二つの巨大肉団子とか。フィリアクラスだぞ。


「妾は暗黒神殿が身罷られた後、人の子にそうあれとされ悪魔の一匹になった最後の存在。

 貴女の子と言われるとマァ微妙な立ち位置だがそれ故に今回こうして相応しからンと相成った。マママ、妾もそれが良かろうとは思う。

 妾は末の妹故な、暗黒神殿の元に生まれたでもなし、身罷られた後に悪魔と成った故に真の闇を未だ知らぬ身。こう言ってはなンだがな、そこまでの信仰は未だ持っておらンでな。

 マ、それでもアレはちょっとな」


「アレ……?」


「ン、流石に拉致監禁されかねんぞ。場合によっては殺されかねん。愛が報われるとは限らんし信仰に見返りはない。

 悪魔はそれを何よりも知っておるしそれでも構わんという生物じゃがの。

 しかし捧げた信仰と愛を自分のものに非ずと他者にそのまま譲って独り立ち去らんなどと言われたらの。ゴミ箱に入れられるか放っといて呉れたほうがナンボかマシという事も世にはある。

 しかもその動機が曲りなりにも悪魔への慈悲と情のようなものから来ておるのが尚よろしくないわなァ。

 因果がそうなったのならば仕方がなし、お前達にも何ら変化はないのだから核が変わる程度で何を泣くと無抵抗であるのとお前達がそう望んでいるから神としてその願いを叶えてやるべくそうしてやろうとするのでは天と地ほどに異なるゾ。

 命がけで取り戻した神に善意で立ち去られるのはどんな顔をすればいいのかわからんもンじゃ。自己を厭わぬ見返りの大きさと肝心の見返りの内容の温度差で悪魔が死ぬるぞ。気まぐれのように返された愛が絶望の塊じゃったとか焼けて死ぬる。

 わからせなンぞされたくないじゃろ?

 正直黒貌が心中を選ばなかった事に感心した。

 あやつ存外に鋼の理性を持っておったな。マ、それは良い。それよりだ!」


 叫ぶと同時にぐいっと持ち上げられた。脇下に差し入れられた手を支点にぶらぶらと揺らされる。


「いやはや、感謝奉らん!雨あられとな!マ、暗黒神殿の采配というワケではないのはわかるが。

 それでもだ!妾は助かった!嘗ては太陽神などと扱われてはおったがああなれば最早出来ることなど無くてなァ!

 数千年の信仰も失われるは一瞬であった、父神と母神より人間が賜った神器として古くより伝わった勾玉も悲しいかな、人にとっては世代をヨツイツツと重ねれば忘却されるもの。

 ン、しかしそれは仕方がない。古きものは何れ喪失していく。忘却され土の下に眠りゆく。だからこそ古く大事にされたものは尊く、故にこそ力を持つのだ。連綿と時を重ねることの如何に難しきことか。

 仕方がない、仕方がない。ただの武器として分霊され続けるのも虚しくはあったが今はもうヨイヨイ」


「おお……?」


 なんのこっちゃ。


「ゲルトルートだったか?

 あの異界の悪魔が本霊が宿る玉を砕いて呉れたンでな。妾はもう太陽神天陽では無い、そのナは悪魔の一柱である。依代が崩れたのならば地獄に往くのみよ。あすこは一時的にでも地獄に繋がっとった故にちゃんと戻れたンでな。

 長らく悪魔とされていた妾だが地獄に来たのは生まれて始めてゾ。

 いやはや、驚きの何も無さだ!!」


「ゲルトルート……?」


 誰だっけ。

 とんと覚えがないが。


「やンれ、物覚えが悪いと聞いてはいたがまっことであったか。いや覚える気が無いのか興味が無いのか。単に刹那的な性格なのか?

 ほうれほれ、一度東大陸に上陸したンじゃろ?

 西大陸に来た二人組の片割れよ、あのおのこよ。あの時の事は東大陸の一部の人間と悪魔が結託してやった事でな。その仲立ちをしておったのが東に流れ着いておった異界の悪魔じゃ。

 あの島の住人と剣聖と異界の悪魔の東からの離脱、妾の解放、暗黒神殿から天使の模造品と大教皇の端末の引き剥がし、そのようなことをなァ。

 ほうれほれ」


「うーむ……いたような、いなかったような……?」


 ぶらんぶらんと左右に揺らされながら思い出してみる。うっすらと記憶にあるようなないような。居たような居なかったような。


「おぉ、ヨイヨイ。そのうち見えるであろ。ようこそ暗黒神殿、此処こそが地獄の一丁目、とは言うても一丁目しか無いが。

 現状、地獄界において万魔殿とはこれこの一つ。暗黒アパート、その屋上である」


「アパート」


「アパートじゃな。棟が増えれば団地となろう」


「団地」


 アパートとか団地とかあまりにも所帯じみてないか?

 せめてマンションにして欲しいのだが。

 屋上を見回してみる。パタパタと洗濯物が棚引いていた。明らかな共同洗濯場に更に黄ばんだタイルもよろしくない。なんて慎ましい。昭和の空気だぞこれは。そこはかとなく排水溝の匂いまでしているしドクダミの匂いも漂っている。

 ここの排水溝絶対にボウフラ居るに違いない。トイレの内装だって丸タイルだ断言してもいい。


「こまいのを除けばマァ、大きめのが27匹程住んでおる。孵りそうな卵も幾らかあるが今はその程度の人数よ。

 良かったの、暗黒神殿。暗黒神殿が落とした爆弾も質量の割には余波は少なく済んだ。人数が今少し揃うておれば自棄になって物質界くらい滅ぼしてやろうとするのも居たかもしれン。

 マァマァ壁に頭を打ち付ける程度で済んでおる」


「えぇ……」


 ワケがわからん。なんでそんな事に。


「そりゃァ愛じゃよ。悪魔というものは総じて神を愛して愛して辛抱タマランわけじゃな。愛とは身勝手で一方通行で理不尽なもんじゃが熱量だけは何よりもある」


 返事はせずに唸り声を上げた。

 何を考えているのやら、さっさと見切りをつければよかったのだ。別にヴォイドに落とされたからってどうという事もないのだ。

 宇宙も次元も崩壊するまであそこに居ただろうし。

 暗黒神なんて霊質だけなんだから一つの性質しか持たないのだし核が違ったってどれでも一緒だし面倒が無いならそっちで良かったのに。

 どう考えたとて私という個に拘る必要なんか何も無かったのだ。個などハナから持たない存在なのだから。

 口を聞いた事も姿を認識される事も無かったし、彼らにとってもそれ程身近な存在というわけでもなかった筈なのだ。

 いつだったか、アスタレルの言った言葉を思い出す。


(悪魔は情がとーっても深くて一途で健気ないじましい生き物デス)


 あんな軽い調子で言われた言葉、私だって何を調子のいい事をとしか思わなかった。

 悪魔共と来たら私に向けてケツを叩いてくるわパシリにするわ髪の毛引っ張るわで私の扱い散々だというのに。

 それがまさかあの言葉が本当に、嘘偽りのない、全くの本心からの言葉であり私自身に向けられた言葉だなどとどういう反応をすればいいのかまるでわからん。何が正しいんだ?

 というかよく考えたらあいつら何の個も持たない生命体ですらない名前だけの存在の為にあんなわけわからん情熱燃やしてたというのか?悪魔の頭がおかしい疑惑きたな。

 あいつらが求めてやまない、あいつらが命をも懸けた願いの為に先代を探してやるつもりだったというのにそれが他ならぬ私の事でしたーなどと言われると何言ってんだお前らしか感想がない。いやそれはどうでもいいやつだろしか言うことねぇ。その願いに相応しい先代が最初から何処にも居なかったとか手の付けようが無いだろ。想像の埒外、選択肢にすら上がらなかった可能性をひょいと出されても困るのだ。一気にそんな願いの為に命懸けてたとか気でも狂ってたのか案件である。

 考えれば考えるほどげんなりしてきた。

 本当に感情とはよくわからないものだ。

 特に愛とは理解不能な分野だ。

 愛の為、人は神の思惑を無視して容易くその限界を超えてみせる。

 悪魔達だってそうだ。

 いつか私にも分かるといっていたが……本当にそんな日がくるのだろうか?

 レガノア。






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すばらっ! 流石のこころないあんこくしんさま! 感無量の無神経っぷりで我大満足!
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