Kyrie eleison
カミナギリヤさんにケツを振って威嚇しまくった後にどたどたと階段を駆け上り辿り着いた四階。端から端まで駆け回ってピンポーンと来た部屋をオープンセサミ!
どーれどれ。外観と同じくまぁまぁド派手である。
狭い部屋、というよりも小部屋といった印象を受ける部屋には赤い格子の嵌った窓に金の飾り紐で彩られた提灯、ワケのわからん不思議模様の仕切り、その奥にひっそりと並ぶ彫り物入りの丸テーブルにデザイン揃いの椅子に壁にはアルコーブベッドというのか単に壁と見分けのつかないだけの天蓋付きベッドというのかまぁとにかくそういったものがごちゃごちゃと詰められ放題にされ部屋の光源も薄暗く。
まさしくえきぞちっくと言えよう。一歩間違えば中華系のピンクなホテルであるが下品さは不思議と無い。なんなら丸テーブルの上には高貴そうでオシャンな香篆がででんと設置されている。金型もよりどりみどりな事である。誰がやるのかは知らないが。
茶器セットもばっちりと取り揃えられている。
下品さはない、下品さはないが……そこはかとなくヤバい関係者のお部屋でーす感があるのは御愛嬌であろう。なんかそっち系のあかん人用のゲストルームの装いゲフンゲフン。
本棚もあった。漁ってみる。
[清く正しい誅殺を]
[絶対バレない死体の隠し方100選]
[今からでも間に合う簡単料理]
[自由都市九龍の歩き方~ピタ@パン編~]
[ジョーカー×生徒会長 転生パロアンソロNo.4]
[失敗しないセーフティハウス選び]
[極!ドンラガーマン6巻]
[絶対に効く呪い図鑑]
クソみたいなラインナップだな。誰が並べたんだこれ。ふむ、自前の本を取り出して悪魔おすすめブックセットを購入。
一緒に詰めておいた。暗黒神様総攻め本はよくわからんが。先代がかわいそう。悪魔事典、隠秘の谷、ハルイヤの断片、雪晴雲雀春霞之墨絵、ナカナカの品揃いとみた。これでよし。
あとは部屋を居心地よくせねば。ひとまず暗黒神ちゃんマークを設置。地獄のトンネルは……さてどうしておこうか。一応設置しておくか。よしよし。
見たところ家具はどれも立派なもんである。ここらへんは良いか。一応きのこのランプを一個置いておいた。私の色が欲しいのである。
肝心のベッドを覗き込んでみれば開放感の全く無い周囲を圧迫する壁と垂れ下がる布に丸くくり抜かれたような出入り口がいい感じに秘密基地感を持たせている。
ごろりとひところがり。おお、すべすべの布地にフカフカのマットレス、脅威の低反発さを誇る安眠枕、これは素晴らしいのでは。
天板を見上げる。刃物が備え付けてあった。
「………………」
暗殺者対策やめろ。全部屋似たようなもんなのか?
実は九龍の部屋じゃあるまいな。九龍の部屋だとすればあの本棚は九龍の趣味になるが。いやしかし四階と言っていたしな。ピンポーンときた部屋ではあったがまさか間違えたか?
でも渡された鍵でばっちりドアは開いている。
「うむ……?」
鍵を取り出してみる。タグを拝見。
[頑張れ囮!(☌ᴗ☌)σ ]
クソかよ。まあいい。いや待て、ふむ……囮……囮か。良いかもしれないな。
暫くここに住み着くというのなら注意が必要なのである。何せあの荒野のような無敵バリアーが無いのだ。
マリーさん達にはあっちが私を見つけるのは至難の業と言われたものの、住み着いて活動し影響が大きくなれば何れは露見する。羊が居るからなんとかなるであろうとは言えど、その際にうまいことすり抜けるように保険は掛けておくに越したこともあるまい。
私が自由都市の中で自由に動ける為の安全保障というヤツだ。
先ほど吸い上げた魔力の消化は終わっていないが、それでも軽く何かしらの手を打てるだけの魔力は既に還元されている。
カテゴリ生活セット。
商品名 マリオネット暗黒神様
暗黒神様の過去ポイントをピン留めして現世に復元します。
天理に従い中身はありませんのでうまく操りましょう。
ん、これでいいか。マリオネットというからには恐らく操縦がいるが。
囮になればそれでいいのだ。
えーと……過去ポイントの検索。まぁ考えるまでもなく昔すぎると天文学的魔力が必要だ。当然先代時代だろうからな。
かと言って最近すぎる地点だと安いが囮パワーは皆無である。なぜなら全く同じ私だからだ。
「お」
安くもないが買えない程ではないという絶妙ポイント発見。
現在起点のマイナス3923年地点、なんだろ。まあいい。ぽちっと復元。
ぼとんと音がした。どうやら届いた、届いたのか?届いたでいいか。手足を伸ばした私のようなものが目の前に転がっていた。
なぜだかわからんが腹に大穴が空いている。大丈夫か?
みょいんみょいんと唸りながら感覚に任せて接続してみる。まず立ち上がる。視界は良好。感覚もある。いつもより視界が高いのが多少気になるが。
左足を前に、右足を前に。うむうむ。身体を見下ろしながらあちこち力を入れたりを繰り返してみればちゃんと思い通りに動かせていることもわかる。長いから多少振り回しているが。
腹の大穴はよくわからんしほっとこう。なでなで。あとは発声か。えーと。
「しょ、わた、わ、お、あああぁかあぁぁい、いれ、ら、ぼぼぼぼっぼぼぼぼぼ」
自分でなんだがぶっ壊れたスピーカーみたいな音がした。この腹が原因な気がしなくもない。
ぴーぴーがーがーする体に歩み寄ってみれば上からの視点ではいまいちわからなかったがどうにも完全貫通クソデカ穴である。これはあかん。
穴をどうやって埋めたものかをふむと考えてみるが……。本で埋まるかこれ?ちょっと高そうだな。喋るのは放棄しとこう。
ていうか二つの身体を操縦するのって割とめんどいな。視点も二つあるし。処理落ちするほどではないが如何にも余計な労力を強いられているというめんどくささがある。
悪魔ならなんとかできるだろうか?
設置した地獄トンネルに声を掛けてみた。
「アスタレルー。これめんどくさいんだけどあんたこっちの私の身体を操縦できね?」
「お戯れを。遠回しに死ねとおっしゃる。吝かではありませんが命を擲ったところで10秒持ちませんネ」
にょきっと生えた羊に嫌がられた。いやでもよく考えたらマイナス3923年地点って普通に先代の頃な気がするな。
なんだっけ、邪神討伐だかなんだかの瞬間なのだろう。つまり死ぬ寸前の身体というわけだ。そりゃ安いわ。それでも先代は先代だしアスタレル的にNGらしい。別に死なんだろ。
しかし……ぐぬぬ、自力で頑張るしかないらしい。むいーん、ずごごご。
がくんがくんと揺れつつ姿勢制御を行う。だんだん安定してきた。目もぱちぱちと。よしよしこんな感じか。
いややっぱめんどくさいなこれ。よく考えたらただの囮だし何もまともに生活することはないな。とりあえずそこらの椅子に座ってそのまま接続をぶち切る。
じーっと動かない身体を眺めてみた。
名 アヴィス=クーヤ(マイナス3923年地点)
種族 -----
クラス ■■■
性別 ■
Lv:-------
ふむ、まあ囮にはなりそうなスペックって感じだ。何せ暗黒神といえば暗黒神である。しかも確実に私より目立つ。このままここに座らせとこう。
あとは……そうだな。囮であるからしてここで完全放置というわけにはいかない。それっぽくしてもらわねば困る。
椅子に座らせた身体の足元に別途地獄のわっかを設置、準備万端である。
「じゃあお前らはここでこの身体を暗黒神として扱って守るように」
言いつけておけばこれでよし。悪魔が守っていればいかにもソレであろう。完璧だ。
一頻り頷いて自らの作戦に惚れ惚れとしつつアスタレルを見下ろしてみれば。
「お断りします」
「あれ?」
何故だ。しかも真顔で口調にも一切の遊びはない。
これはガチなヤツだ。ガチで嫌がられた。なんでだ。時系列的には先代時代の身体なわけだしむしろ喜ぶかと思ったのだが。
「死んでも嫌です。やらせるのならば私の魂を砕いて頂きたい」
「おおう……」
想像を超えてむっちゃ嫌がられた。おかしいな。仕方がない、他の悪魔に頼むか。
「申し上げておきますが他の悪魔とて返事は同じです。
似せただけの人形を守れなどと、御冗談を」
先手を打たれてしまった。
いや別に似せただけの人形ではないのだが。何せ過去からの復元である。
本人ぞ?????
なんで納得しないんだわけがわからん。
「ガワと役割が同じものを提示されて本人にどっちも同じだからこちらにしろと勧められる、今ならばワタクシ確実に全悪魔の同情を集められます。
的確に悪魔全員の魂のトラウマを抉り抜いて頂き誠に有難うございました」
有難うございましたって割に目が死んでるのだが。珍しいな。
うーむ、どうやら本当にナシらしい。仕方がない。悪魔を使うのはやめとくか。
しかし囮作戦は結構良かったはずだ。ようするに今のやり方がダメってことだろう。
改めて椅子に座る死にかけを眺める。ふむ、手足もにょきにょきと長く、胴体も長い。髪の毛は相変わらずずるずると長く顔つきも丸いが……どちらかと言えば中性的、と言えるか?
どっちになっても別にというか、気にしてないので固定してないって気もするが。
腹の大穴は見事な貫通っぷりでこれは致命傷ですわって感じである。先代、の筈であるが大きさを除けばほぼ私と同じスペックという印象だ。
つまらんな。特に面白みがない。鼻を摘んでみたり髪の毛を持ち上げてみたりとしてみるが本の説明通り中身がないのがわかる。
この際だから聞いてみるか。ぼちぼち情報も欲しかったしな。
「アスタレルって先代に会ったことあんの?」
「…………ありませんよ」
「無いの?」
意外だな。悪魔共は割と先代を慕っている様子だから会ったことはあるものと思っていたのだが。
しかしいやに間があったが。
「子である我々だけは逢えない。我々だけは絶対に。世界の構造としてそうだった。
逢えるのは刹那、存在を終え闇に還るその瞬間のみ。悪魔は死にたがり、と貴女はおっしゃいましたが。
それはある意味で正しい。正しかった」
「ほーん」
ようするに死んだ瞬間にしか会えないって事か?
まぁでも暗黒神という役割を考えればおかしくはないのか。魂をずごごとされる時にしか会えないって事になるのだろう。
それじゃ先代情報皆無ではないか。見つけるのは苦労しそうだ。
何かを私に期待しているこやつら、ふむ……。いやでもよく考えたらあの寺院でなんか会話したな。
頭を振ってえっちらおっちらと記憶をホリホリする。えーと、思い出してきた。そうだった、確かレガノアと暗黒神とは元来表裏一体の神だったと。
───────────悪魔共の望みは今の形で暗黒神が存続すること、それのみだと。
「お前らって会いたいの?」
「どなたに?」
「先代に」
「………………以前から一つ、我々は貴女にお伺いしたい事がございました」
「何さ」
改まって聞くような事があったか?
しかも羊スタイルをやめていつもの姿である。なんだ、ちょっと空気が重いのだが。
「貴女の思い描く未来ですよ。
貴女はこれから何を望まれるのです?その果ては?
貴女の目指すものを我々は知りたい。我々は長らく恐れていた。しかしこうして貴女と逢うこと叶い、言葉を交わし、触れ合い、その最中にふと思ったのですよ。気付いたと言ってもいいでしょう。
我々が想像していた以上に貴女はお優しく、そしてあまりにも残酷で理不尽でした。
─────故に、これは我々の総意です。見て見ぬ振りをしてきた転換点、恐れを踏み越えそれを確かめねばならない時が来ました」
「ん?」
なんだ、変な事を聞いてくるヤツだな。
しかし思い描く未来か。顎に手を当ててしばし熟考。
「まぁ先代見つけて暗黒神に戻して私は元居たところに還ろうかなぁとか思ってたけど。
でもお前らが今の形がいいって言うから先代は置いといて私が暗黒神としてレガノアと合体して元みたいに世界運営に方向転換だな。
お前ら先代と一緒に居たそうだし、お前らが叶えたい願いなら私が叶えてやらねばならんだろうしな」
私の言葉に目の前の、僅かに目を見開いた悪魔は遅れてその口端をゆっくりと引き上げる。
その表情にふと、人間のような美しい微笑みを浮かべた彼女を思い出した。
「───────────今、この瞬間にお聞きして良かった」
そう言って笑った悪魔は私が復元した先代の髪の毛をそっと、壊れ物を扱うかのように持ち上げ。
珍しくも、なんの衒いも見受けられない静かで穏やかな微笑み──────……そう、まるで子供のように素直で。無垢で、あどけなく。
床に流れ落ちるがままの漆黒の髪の毛の一筋に、敬虔な信者がその手にした神の徴にそうするように、祈るように唇を寄せた。