蒸気と雨に烟る都市5
「ヨシ!」
指差し呼称をして地図をリュックに仕舞っておいた。何せもう夜である。晩ごはんもばっちり食べたというのに何が悲しくて今から移動して人に会ってなどせねばならないのか。しかも嫌な事前情報しか無い危険人物である。
むしろこのまま無かったことになってもいい。
それよりは私の部屋だ。今のうちに寝心地よくしておかねば。
「まあそうよね。じゃ、クーヤは明日ちゃんと会っときなさいよ。
あたし達は宿で休んでるから」
「な……っ!どうして!?」
「あたしはあんたの下に付いてるんだしこのメイドは会ってもしょうがないじゃない。あんた一人会えば十分じゃないの!!」
「いやだーーーーっ!!カミナギリヤさん達も道連れだわーーーーーい!!」
「イヤよ!!一人で会いなさいよ!!離しなさい、離しなさいってば!!」
カミナギリヤさんの服をぐいぐい引っ張りつつ全身全霊でダダを捏ねついてやった。
なんならそのまま絡みついて暗黒神ちゃんの開きになりつつべちょおとネバついてみた。
「イヤーーーッ!!ちょ、うわ、ぶええぇぇぇぇえん!!」
幼女二人でギャンギャン大暴れである。九龍は茶を啜るだけでアンジェラさんもあらあらまぁまぁするだけなので止めるヤツなど居やしない。
あわやこのまま夜明けを迎えるかというところであったがそこに待ったを掛けたのは茶を啜り終わった九龍であった。
「この世の終わりみてーな状況アルな。別に会いに行く必要無いネ。どうせ噂聞いて向こうからすっ飛んでくるアル。
この都市に来た以上は逃れられねー厄災アルからなぁ?」
「あらまぁ、誰か来たわねぇ~~~」
「「えっ」」
カミナギリヤさんと取っ組み合いをしながら二人同時に声を上げた。
バブブブブンドルルンドルルンと音が遠ざかっていくのを聞きとがめた直後、ドアが凄まじい音を立てて開け放たれた。
食堂から逃れてラウンジに屯していた冒険者たちが散ッ!!と爆速で解散する。それだけで全てがお察しであった。
「コンッバンッワーーーーーー!!!!」
「「ギャーーーーーーーーーーーッ!!!!」」
メジャー片手に息を荒くして迫りくる異形頭。その恐怖感推して知るべし。カミナギリヤさんが思わずといった様子で魔法をぶちかますがそれを問答無用で打ち消してくる。まじか。
「ハァハァハァ、新入り!?!?!ねぇ新入り!?!?!?!新入りだよねぇ新入りって言えオラァン!!!!」
「なっ、なによなによなんなのよ!!ちょっと、あっち行って、行ってったら!!」
「まずは身長体重スリーサイズから始めよう!!各寸法はその後で!!僕は知りたい、君の全てを!!!」
「あばばばばば」
異形頭からメジャーを巻きつけられそうになり慌てて離脱する。なんじゃあ!
「あっ、逃げないで大丈夫大丈夫、僕は君の各寸法が知りたいだけ。痛いこともしないしなんの害もないよ」
「イヤだ!!」
「イヤよ!!」
なんで計られなきゃいけないんだ絶対にお断りである。カミナギリヤさんと揃って九龍の後ろに回り込んで盾にしつつ威嚇する。
「シャーーーッ!!」
「ガオーーーン!!」
「あららら……ちょっとだけだよぉ、ちょっと計って書庫に収蔵するだけなのにさぁ」
「益々イヤに決まってるじゃない……」
つんつんと指先を突付き合わせながらもじもじ。うぜぇ。なんなんだこいつ。じーっと見てみる。
うーむ、名前は……大気の神メルトアルストラムレト、とな。わかりやすく人外である。ていうか異界人、ではなく異界神になっているのだが。創立メンバーがもはや人ですら無くなってしまった。
身体は人間の男のようであるが、いや人間にしても手足が異様に長いが……頭部が金魚鉢であることが目立ちすぎて手足は些末な問題と化している。その眼鏡は一体なんの意味があるというのか。
金魚鉢の中を優雅に金魚が泳いでいるのがなんとも言えない。どうやって喋ってんだこれ。思いながら睨んでいるとその金魚鉢がぐるんと回転した。
「ひょえっ」
カミナギリヤさんが悲鳴を上げる。金魚鉢は回転を止めると金魚鉢ではなくテレビになっていた。テレビの画面には妙なアニメが流れている。眼鏡は外れていない。
反対方向にもう一回転、今度は計量器になってしまった。軽量部分には何故か小さなダルマが乗っている。15g。やかましいわ。
わけのわからん生命活動をやめてほしい。見てくれもおかしいが頭もおかしい、なるほど言葉のままである。
「こいつ寝ぼけて夜中にたまにサイレンヘッドになってるアルが気にするないね」
「何故……?」
サイレンヘッドってアレか?デカくてパーポーパーポーしてるヤツか。想像するだにうるさいのだが。
「僕の愛を受け入れて欲しい!!さぁ!!」
「九龍、こいつなんとかしてくんね?」
「どうにもならんアル。ほっとくよろし。季節が変わったら趣味も変わるアル」
「ええ……」
何故に季節で趣味が変わるのか。そこは頭部が変わったらでは。
「よくわからんアルが元々の世界で神だったらしいアルがここに来て色々バグったらしいネ。
その辺りはセイトカイチョが趣味で調べてたヨ。私に聞くないネ」
「へぇ……異世界の神。ちょっと興味あるわね。あんた、名前は?」
「あっあっあっあっ。ヤバ、ロリの妖精ちゃんに興味持たれるとか僕ってば生徒会長に呪われそぉ。
女の子が関わるとあいつ目の色変えすぎてちょっとうるさいっていうか鬱陶しいっていうかぁ、あっ、どうも大気の神メルトアルストラムレトですよろしくお願いします!
そのままちょっと計らせてほしいんですけどどうですか!!僕元の世界で大気の神やってて季節を司るってだけだったんだけど歴史が長すぎて結構色々複合されてるっていうか魂の選定者とか冥王神とかそういうのと合一されててまぁ民の事を何でも知っててそれを元に死後肉体の清算と魂の返済を行うみたいな感じだったんだけど当然ながらこれ異世界の話だし異世界でもただの神話扱いっていうか物語の登場人物っていうかまぁそんな存在になってたところに異界に渡ってそこでなんか肉体を得てこういう生命体みたいな感じにされちゃったワケですけどなんか今でも計らずにはいられないっていうか記録せずにはいられないっていうかいや別に返済と清算するワケじゃないんだけどそこはそれとしてルーチンワークっていうかそういう在り方として定められたからには逃れられないっていうか」
「ちょっと!!話が長いし早口すぎて何言ってるかわかんないわよ!!計るんじゃないわよ!!」
「ギャーッ!!」
カミナギリヤさんがへばりついてきた。巻き添え計測はゴメンである。なんとか逃れようとするがべちょおとへばりついてくるカミナギリヤさんは一向に剥がれる様子もなくなんなら益々へばりついてきた。
こうなればナムサン、九龍にへばりついて巻き添えを増やす事で全てを差し引き0でゴーさせるしかあるまい。カミナギリヤさんをへばりつけたままに九龍の足にへばりついて異形頭に向かって猛威嚇する。
今の私はイカっ腹の怒れる幼女であるからして無敵で最強なのである。だからメジャーを持ってにじりよるのをやめろ!
「嘿。こいつら躊躇なく私盾にするアル。後にするヨ」
「別に九龍くんごと計ってもいいけど」
「…………」
クソデカ溜め息と共に足に私達をへばりつけたままの九龍が茶器を回収しそのまま流れるように異形頭に投擲した。
じゅごおと物が投げられたというにはおかしい音を立てて飛来する茶器はぐるんと一回転しピンボール台へと変じた頭部に吸い込まれがちゃーんがらんぴよよんがらがらがらじゃがぽーんと音を立てて台から跳ね落ちて虚空へと消えた。
消えると同時に再び頭部が回転し黒電話が鎮座する。
ジリリリリーン!!何故か電話がかかってきた。意味不明すぎて最早手を付けようがない。
「何よ!!どうなってんのよアンタ!!」
「気にするだけ無駄ヨ」
電話は鳴り続けている。だんだん気になってきたので九龍から剥がれて大気の神略してラムレトによじ登って電話に出てみた。カミナギリヤさんは一瞬で私から剥がれた。
「もしもしあーテステス、こちらラブリープリチーマジカルクーヤちゃんですどーぞ」
「ちょっと!?出るの!?」
カミナギリヤさんの鋭いツッコミが炸裂した。しかし電話の先は無言のままでそのままガチャリと音を立てて切られてしまった。
おのれ。
「すげーアルな、そいつの電話に出たヤツ初めて見たヨ」
「あらあら、クーヤちゃんは勇気りんりんなのねぇ~」
「無言電話だったんだけど」
腹立ってきたな。折角出たというのに無言とは失礼ではあるまいか?
腹立ったのでじーころじーころとダイヤルを回して電話を掛けまくってやった。
「出ろーっ!!」
「うっそでしょマジ!?ちょちょちょちょちょ待って待って待って、頭の中がなんか凄い混線してる!!こんなの初めて過ぎてなんか凄い!!
すっごい遠くの電波拾ってる感じヤバすぎて僕ちょっとなんか自我が崩壊しそうごめん九龍くんこの生きた理不尽幼女なんとかしてください!!」
「…………ふむ、こりゃあギルド最下位ランキングに燦然と輝く大型新人アルな。
まぁローズベリーでは既に理不尽の権化ブラック幼女として名を馳せてるらしいアルが」
「なんでさ」
何やら背後で納得いかねぇ会話の気配を察知。
「堂に入ったブラック経営であの支部の冒険者が泣いて謝った聞いたアルが?」
「そんなことあったっけ?」
とんと覚えがない。あのギルドの冒険者共はチンピラであるからして物覚えも悪いのであろう。絵に描いたような見事なホワイト経営だった筈であるが。
「あんた、そんなだから立てば理不尽座れば厄災歩く姿は起きて見る悪夢とか言われるんでしょ」
「なっ……ど、どうして?!」
納得いかねぇ!!不服を申し立てるぞ私は!!
「千年運営してそうなブラック企業とか封建社会と資本主義社会の悪いところの煮凝りとか悪魔も真っ青の理不尽な混沌とか散々な言われようだったじゃない。
ローズベリーで近寄りたくない冒険者ランキング第一位だったわよアンタ」
「!?」
何故だ!?というかそんなランキング聞いてないぞ私は!言ったヤツに悪魔をけしかけてやろうか。
クソッ、戻ったらもっと働かせねば。働かせて頂いてありがとうございますという気持ちで生きろという話だ。全く!全く!!
プリプリしながらラムレトから飛び降りる。ぐるりんと回って一斗缶になった頭部はおいておいて一頻り地団駄を踏みつつ九龍に金貨を払って食事代を清算し鍵を振り回した。もう寝る!
「あんた、間違いなくこの建物にお似合いメンバーだからこの街に居るならちゃんと此処に住んどきなさいよ。
近寄るべからずの看板立てといてあげるわよ!」
キエーッ!!