蒸気と雨に烟る都市2
───────────铃。
見上げた外壁は遥かに霞む。何処からともなく微かに響き渡る鈴の音。
「おぉー…………」
「はにゃ…………」
ぱかりと口を開けてカミナギリヤさんと二人で呆然と見上げていた。
とっとこと歩いて帰還すること暫し、出発時は未だ昼中であったものの既に夕闇と言っていい。
天に向かって伸びる外壁はパイプやら張り出しやらなんやらごちゃごちゃとしており後から継ぎ足し継ぎ足しと出来上がったであろう事は想像に難くない。
全てを朱金に染め上げる西日の中、あちこちから煙のようなものを吐き出している黄昏の都市の姿はもはや身を丸めて脈動する一つの巨大な生き物のようですらあった。
空から舞い散るように落ちてくる雪にも似た金粒が大地に静かに降り積もり、西日に照らされ輝く薄霧が見えるもの全てを烟らせる。
キャッチした金の物体は……なんじゃこりゃ。見た目は金色の不揃いな花弁といえるものであるが擦ると水となって流れていく。自然のものとも思えないが人工物とも思えない。
肌に当たればひやりと冷たく、濡れた感触。もしや雨か?
魔力的なヤツと雨の混合物かもしれないな。不思議現象である。
「びっくりしたぁ……なにこれ凄いじゃない!
キャメロット達にもいいお土産話が出来そうね!ちょっと、早く入るわよ!!」
キャンキャンと吠え立てるカミナギリヤさんをどーどーとしつつ、いやしかし入るにしてもこの都市の出入り口は何処だ?
混沌とし過ぎていてまるでわからん。
アンジェラさんは来たことがないのだろうか?
「あらあら……クーヤちゃんは乗り物がいるのかしら~?」
おせぇ!!
カグラはよくアンジェラさんと会話を成り立たせていたな。びっくりするほど打ち返しが遅いぞ。ワンテンポどころかテンテンポって感じだ。
「そうねぇ……お姉さんは自由都市には来た事がないのよ~」
無いらしい。というかこのメンバーの組み合わせはまさかの私が世話役になっているのだが。マジか。樽子はあの様子だしあのまま九龍が連れて行ったのであろうが。これで樽子まで居たら悲惨だったに違いない。
カルガモ部隊どころではないのだが。まぁ仕方がない。取り敢えずはよ中に入ってこの面子を誰かに擦り付けよう。
ふむ。ちょいとめぢからを入れて視界を広げ、キョロキョロと見回して周囲を検索。個人を探すでもあるまいし、適当に人が集まっている場所を探せばよかろう。
「あっちだな」
検索に引っかかる人名の密集地帯、あの辺りが怪しいと見た。いざゆかん、南の美味いもの!
外壁沿いをテケテケと走って行けばやがて見えてきたのはそれなりの人だかりである。
順番待ちなのかあちこちにテントを張って寝泊まりしているらしい。数名が例のあの石版に触れて身元照合らしきことをしている。もしやこれはだいぶ時間が掛かるヤツであろうか。
「あれっぽいわね」
カミナギリヤさんの言う通り、あそこが出入り口で間違いあるまいが……。門のようなものが一切見えないのだが。代わりに何かこう……気の所為でなければゴンドラで上に行っている。
いや気の所為じゃないな、ガチで出入り口が外壁の上にあるらしい。いや確かに侵入者0にはなりそうだけど。今ゴンドラと名の付くものに乗りたくないのだが。いや理由は忘れたが。
「たのもー!」
さしあたり門番らしきおっさんとおっさんとおっさんに声を掛けてみる。ついでにおっさんにも。
おっさんしか居ないな。いいけど。
「…………三人、神霊族と人間と魔族、か?」
困惑の表情である。まぁそう言われると確かに妙な組み合わせだ。いやアンジェラさんは人間ではないのだが。申告しておいたほうがいいだろうか?
ロウディジットではお金が必要であったがここはどうだろう。
「中に入りたいのです」
おっさんの服の裾をぐいぐいと引っ張りつつ自己主張しておく。どのおっさんだったかはわからなくなってしまったがいいだろう。
「……そこの人間もか?」
「あの人は人間じゃないのです」
怪訝な顔をされてしまった。いやまぁ確かにアンジェラさんは見た目で言えば人間と見分けはつかないが。
とにかく受付をして貰わねば困るので更に裾を引っ張って主張しておく。
怪訝そうにしつつもおっさんは受付用紙らしきものを差し出してきた。よしよし。
三人で寄り集まって項目を埋めていく。えーと、名前と種族に冒険者登録の有無、訪問目的に冒険者登録持ちであれば所属ギルド諸々と。所属ギルドそういや知らないな。
スキンヘッドが適当に偽造してたのは覚えているのだが。空白にしとこ。
「あたしがあのトカゲ支部の所属なのおかしいわよね?なんでよ」
なんでもヘチマもありゃしない。書き終わった紙をおっさんに押し付けておく。
「……冒険者か。それならまぁそこまでは待たん。近場に居ろ」
「きゃっほう!」
飛び上がっておく。待たないのならば美味しいものにもすぐありつけるというものである。イッヒッヒ。
ギルドに登録してあるのならあの石版で身元照合が出来ればすぐ入れるようだ。ふむ、ぐるりとテント群を見回す。
種族クラス問わず色々な人達が待っているようである。食事時なせいかそこはかとなくいい匂いがしている。ヤバい、この食欲のままにそこらのテントを襲いかねない。鼻を摘んでおいた。
やがて回ってきた順番により石版にて身元の確認。問題なく通ったようで何よりである。
何やらうさんくさそーにしているが。なんでだ。
「実績とランクが釣り合ってなくないか?」
「青の祠攻略……?」
そういや好き放題に書かれたのだった。それは私のせいじゃないぞ。しれりとしつつゴンドラに乗る。うーん、ゴンドラ……ゴンドラ……。
一刻も早く降りたいので急いで欲しい。
胡散臭そうにしつつもおっさん達は漸うとゴンドラを作動させた。ガゴン、と一つ揺れてゆっくりと高度を上げていく。ぶしゅーと煙が吐き出されるにまあ電気ではない力で動いているらしい。
低い駆動音を響かせながら上がっていくゴンドラから見える景色はナカナカに絶景と言える。感心したようなカミナギリヤさんの声をBGMにしつつ下を見下ろせばいい感じに腕組をしつつ高笑いをキメたくなる気分になれる。いやしないけど。
高くなっていく視点をものともせず何処までも続くと思わせる外壁は同じ構造は一つとして無く妙なパイプが生えていたり妙な文字が書いてあったり、ひらひらと舞い散る金の紙吹雪が吹き出す煙に煽られて吹き散っていく。うーん、おもしろ観光地って感じだな。
ぎごご、軋んだ金属音と共にゴンドラが止まる。どーれどれ。外壁にぼかりと空いた暗い穴。ここが出入り口なのだろうか。都市の印象もあってなんか龍の口って感じがして若干得も言われぬ恐怖があるのだが。しかも龍は龍でも光属性ではないヤツである。
まず突撃したのはカミナギリヤさんであった。いいけど羽根がぶつかりそうで怖いのだが。ぐしゃっといきそう。続いてアンジェラさん。今度は尻がつっかえそう。
尻が消えていくのを見送ってから深呼吸、よしいざゆかん!!
ずぼっと顔を突っ込んでそして尻がつっかえた。アンジェラさんは普通に通れたのに何故だ。ま、七不思議というやつであろう。無理やり身体を捻ってなんとか脱出。
「…………おー…………!」
「すっご………!!」
混沌を煮詰めたような、建築法なにそれうまいの?と言わんばかりに雑に乱立する建物。それすら覆い尽くさんとばかりに瞬くような光を放ちながら金吹雪が降り注ぐ。
烟る霧が夕暮れの光を受けて淡く輝き、その合間を行き交う人々の姿がここからでも見えた。蒸気を吐き出す機械が音を立てて稼働する。華美なオブジェが無遠慮に置かれ、赤い灯籠が濡れた大地を照らし出す。
雑然、混迷、猥雑、無秩序、然して一つの生き物が如く。
これが、自由都市九龍。
─────铃。
涼やかな鈴音だけが高く、空に響き渡る。
「ひょえー!!」
「ぶるぶるしてないでしっかりしなさいよ!」
恐ろしいことに外壁から無造作に生えた細い足場だけが降りる手段であった。足場というかただの鉄棒である。地上十数メートルだというのに。
カミナギリヤさんはぶいーんと飛んでいくだけだしアンジェラさんがバランスを崩すなどという事があるわけもなく。私一人だけがぶるぶると風に煽られながらの階段降りとは。
クソッ、羊を帰すのが早すぎた!
後悔しても時既に遅く自慢のむちむちレッグを駆使してなんとか一段一段、いや一棒一棒と降りていく。美味いものをたらふく食わねば割にあわねぇ!!
ひーひーとしながらなんとか大地に着地。長く力を入れすぎた足が若干震えている。おのれ。とにかく一にご飯二にご飯三と四もご飯だ。それしかねぇ。
近くのおっさんを捕まえて取り敢えずギルドの場所を尋ねる。あの暗黒街でも綾音さんの街でもギルドには食事処があったからな。しかしおっさんしかいないのかこの都市は。いやそんな筈はないのだが。
「よし、じゃあ行くわよクーヤ!!あのアルアルから何かせしめてやるわ!!」
「せしめるのは良いですけど私は関係ないのであるからして何か三倍返し請求されたらカミナギリヤさん一人でお願いします!」
競い合うようにして猛ダッシュ。
「あらあら、二人とも走ったら危ないわよ~?」
言われるが早いか二人揃ってヘンテコ機械から吹き出した蒸気に煽られて滑って顔面スライディングをキメてしまった。
揃って呻きながら立ち上がる。今度はゆっくり歩いていった。私は反省できる暗黒神ちゃんなのである。
「ギルドはこの都市の中心部だったわね……この都市広そうなんだけどなんか移動手段あるんじゃないの?」
「む」
確かに。あの出入り口から見下ろした都市は全景こそ霞んではいたもののそれでも広大であることは疑いなかった。
「あら~、二人とも転んじゃったのねぇ~。大丈夫かしら~?」
「何よ!遅いわよ!それは10分前じゃないの!!」
「まぁ~、あれはギルドに向かう乗り物じゃないかしら~?」
アンジェラさんのテンテンポはともかくとして指差した方向には確かにギルド行きとペンキで書かれた……なんだろ、機械……?
まぁ機械らしき物がある。丸いフォルムに車輪が二つ。後ろには荷台らしきものが連結されている様子。機械部分に乗りすぱーと煙草を吸っているおっさんが運転手なのだろうか。
いやほんとに先程からおっさんにしか遭遇しないのだが。耳が獣のようになっているので獣人的な人なのであろう。ちょっと毛色の変わったおっさんが現れたな。
同じような機械が並ぶ道には訪れた人達が何やら交渉して荷台部分に乗り、ドゥルルンと音を立てて走り去ってゆくのでどうにもタクシー的なヤツのようである。よし、あれに乗ろう。
「おじさーん、三人頼むー!」
「ん、ギルド行きで良いのか?」
「おー」
「三人で銀貨三枚だ」
ごそごそとリュックを漁って銀貨を支払い。いやカミナギリヤさんの分を支払うの納得いかないな。浮いてるじゃんか。……いやよく考えたら何故私が支払いを……?
まぁいいけども。カルガモ部隊のリーダーであるからしてこれぐらいは太っ腹に出してやらねばならんのであろう、多分。
バブブブブンドルルンドルルンとぶっ壊れてんじゃないかという音を立てて機械が動き出す。ぶしゅーと吐き出された蒸気が金色の粒となって石畳に落ちていく。
この金の雨粒な不思議現象、もしかしたらこの機械が吐き出す蒸気が理由なのだろうか。ふむふむ。
時折水を跳ねながら進んでいく機械の荷台からカミナギリヤさんと二人であーとかおーとか叫びながら街並みを眺める。屋台もそれなりにあるようだ。あれも捨てがたいな。
建物には龍の意匠や狼の意匠が多い。まぁこれは現地の文化というよりも異界人の影響なのであろうが。たまにくたばれクソジジイ共!と落書きされているのはご愛嬌であろうか。
しかしサスペンションなどとは無縁なのか先程から揺れがヤバいのだが。アンジェラさんが一切動かずまさしく直立不動で立ち続けているのが不気味すぎる。どうなってんだ。
「お嬢さんがた、着いたぞ」
「やっほう!」
「キャハハハ!行くわよ早く行くわよ!!」
「ありがとうございました~」
「ん。
このギルドは一人クソみたいな爺が居るから気ィ付けろ。
見た目は美形だが騙されるな、大体暇そうにしてるが暇そうにしてたら近寄るな。万が一楽しそうにしてたらもっと近寄るなよ」
「Oh…………」
それはもう一切近寄るなだろ。どんな爺だ。
おっさんに促されるままにぴょんと降りる。
バブブブブンドルルンドルルンと再びぶっ壊れんじゃないかという音を立てておっさんは彼方へと走り去っていった。
よし、行くか。見上げる建物は赤い灯籠をいくつも吊り下げ薄暗がりに沈む都市にあって尚、鮮やかな存在感を放っている。
窓から溢れる湯気はいかにも美味そうな匂い。よし、食らい尽くしてくれるわ。
それにしても玄関口らしき部分の横にデンと備わっている自立しているのが信じ難い斜めに拉げて今にも潰れそうなボロカスの掘っ立て小屋はなんなんだろ。横に看板が立ててある。
[ギルド記念館]
覗き込んでみた。ぺんぺん草が生えているだけであった。