蒸気と雨に烟る都市
よいせよいせと引き上げられて井戸を脱出。よしよし。
多少べちゃべちゃしているが気にすまい。
見回した周囲は更地である。寺院が無くなってるとカミナギリヤさんはおっしゃっていたが想定以上に更地であった。
「すっからかんですな」
「百年どころか五百年くらい持ってかれてるんじゃない?
龍の祟りを持ってくならまぁこれくらいは持ってかれてもおかしくないんだけど」
「クーヤちゃんたらお水で汚れちゃったわねぇ~。お姉さんが拭いてあげましょうね」
「触るな近寄るな余計な事をするな木偶人形が。暗黒神様、いつまでも野良犬のように汚れ腐ってないでくだサイ」
うるさいのは放っておいてブルルルンッと再び身体を振り立てて水分を全部飛ばしてやった。後で風呂に入るか。自由都市に風呂があるかはしらないが。多分あるだろう。
しかしよくわからんな。赤の龍は結局どうなったのだろう?歴史ごと喪失したというのもわからん。確かに言われてみれば寺院が消し飛んだという感じはせず、最初から何もありませんでしたという感じの様子であるが……。
「ありがたーく聞きなさいよ!何があったかは知らないけど、赤龍が消滅の際に全部引き受けてったってワケ。
過去に遡及して因果がひっくり返されたってことよ。祟りは最初から起きなかった。だからそれに合わせて世界が改変されたのよ」
「ほーん……」
聞いてもよくわからなかった。悪霊カミナギリヤさんはとみに説明がご下手くそであらせられる。
まぁ取り敢えず歴史の改変が起きたってことか?
「それにしてはあんまりそんな感じがしないような」
そういうのはこう……人の認識も変わるものでは?わからんけどタイムパラドックスとかそういう。
何を言っているのかさっぱりわからないものの、カミナギリヤさんはばっちり何が起きたか認識している様子である。
「元々因果のループが起きていた地点デスからね。それに、そういった辻褄合わせの改変はこの枝では起こり得まセン。秩序の枝ではないノデ。不条理も理不尽も混沌も全てが許容される。
歴史の改変程度の記憶は放置されマス。過去に遡り何かをしたとてその結果は現在に反映されますが現実は何も変わらない。
こうして物質的な改変と修正は成されたとしても、関わりあったゴミムシの記憶もそのままデス。
何処ぞの勇者がそうであったように繰り返しすぎれば上書きされていくので話は別デスガ。ま、その場合は本人も相応の応報を受けますがネ。
歴史は不可逆、しかし可変、でしたか?
それは異なる。歴史は仮定、然して無明。答えなぞ何処にも無いのがこの世界デス。この世界が神の気まぐれによって5分前に作られたものではないと証明は出来ない、そういうもんデス。
凡そ汎ゆる可能性を神は認められた」
羊がもっと小難しいこと言い出した。頭から煙が出てきそうなので追い返そう。
「アスタレル、このデータをもっと恐ろしいものに加工しておくように」
狐の窓を押し付けてぐいぐいと腰を押しやる。はよ帰れ。ん、全然動かないな。鉄か何かか?
「お望みなれば仕方がありませんネ。ではごきげんよう」
狐の窓を受け取った羊はそう言い残すとジジジ、とノイズのようなものを走らせながら闇へと解けて消えた。
かっこいい帰り方しやがって許せん。まあいい。
「よし、つまりはこれで万事解決って事で!」
「それには違いないからいいんじゃないの?
あたし達なんにもしてないから不満だけどぉ。取り敢えず自由都市だっけ?そこに行くわよ!
あのアルアルからなんかせしめてやりなさいよね!!」
「それは無理じゃないかなァ……」
なんかそんな感じがする。せしめること自体は出来ても後からなんか徴収されそうっていうかトータルでこっちが損を被る感じがするというか。
……ちょっと不安になってきたな。キャンペーンに釣られたが大丈夫だろうか?
「九龍が言ってたキャンペーンが不安になってきました」
「それなら最初からあんたが損を被ってるから大丈夫でしょ」
「な、なにぃ!?」
騙された!?クソッ、なんてこった!
「それじゃあ行きましょうねぇ~。あら~、でもどうやって行きましょうか~?」
「む」
しまったな。羊を追い返すのは転移をさせてからのほうが良かったか。
ちらっとカミナギリヤさんを見る。助けて妖精王様!!
「……何よ。無理に決まってるじゃない。ここはあたしの陣地でもないし。あの荒野みたいに管理者不在でもないし。北大陸のあの辺りはまだ神霊族の領域だからあたしの転移だって問題ないけどぉ。
南大陸なんて大半がガッチガチにレガノア神族の管轄じゃない。下手にあたしが精霊界に接続したら逆にあたしまで上書きされて取り込まれるわよ!南大陸ってのはあんたが思う以上に魔族や神霊族は何も出来ないの!
クーヤがこっちと転移先の領域も奪い取ってるならまぁあんたの領域だしあたしも使い放題使えただろうけど。
そ、そんな目で見たってダメなんだから!!」
ちえっ、カミナギリヤさんでもここはダメらしい。いやでも寺院に来る時に転移を使ってたような……いや思えばあれはよくわからんがカミナギリヤさん達は置いてけぼりの不思議移動であった。
おのれ。では歩いていくしかないというのか。それは嫌だ。
しかしイヤだイヤだと駄々をこねても都市は歩いてこない、だから歩いていくのである。
なんという世知辛さ。いやよく考えたらカミナギリヤさんは浮いているしアンジェラさんはそもそも機械的な人だ。クソッ、実質私が歩くだけではないか!
プリプリしながらもとっとこと歩く。
歩きつつもちょいと気になった。
「そのー、なんだっけ、領域ってどうやって奪い取るんです?」
アスタレル先生がうっすらとおっしゃっていた神性呪力圏だか神性領域だったか?代理人を立てて神話がどうこうと言っていたが。いやそれはぶっちゃけもはや関係ないとも言っていたような。
意識集合体の神々と同じことしてもしょうがないとかなんとか……魔力での編纂だったか?
わけわからんくなってきたな。うろ覚えだしな。
「あたしに聞かないでよ。そもそも奪い取るってのが普通は無理なんだから。物質界の意識集合体の神々や神霊族の王に大精霊樹でも出来やしないわよ。
干渉領域は神族にとっては代理人や歴史の積み重ねで人々の信仰が移り変わる事で変わるものだし、神霊族や精霊みたいなのにとっては生まれた霊域とそこに連なる龍脈が自分のもので当たり前。
そもそも世界ってのは複雑なものなんだから領域だって液状化した地層みたいに積み重なるだけだし、分厚かったり密度があったり穴が空いてたり色々複合的に出来てるもんなの!
格の強さ、力の強さで上層や下層に亀裂を入れて押し入る事は出来ても自分以外を一気に押し流して全部自分のものにするなんて無理ってワケ。あんたやレガノアは層が乗る世界の土台そのものだから上書きと簒奪が出来るだけよ。
まぁあんたなら……そこらの神々は勿論、今のレガノアからなら領域も奪い取れるんじゃないの?
あっちとクーヤじゃ演算能力と処理能力が桁違いでしょ。話にもならないわよ。出力不足で足元くらいだろうけどぉ」
「む?」
いやそういえば東大陸で真っ白な大地を踏みつけて黒くして遊んだような。あれのことか?
「西大陸でも問答無用で氷雪王を頭から踏みつけにしてたじゃないの。神格が違いすぎるって話なのよこれは。
あんたのお膝元ならそこいらのヤツなら加護も恩寵も権能も禄に振るえやしないわ。その本で魔力さえあれば神器も召喚も好き放題に封印できてたじゃない。魔力があっても普通は出来ないの!
あの悪魔はその辺り何も言わなかったんでしょ?」
「言ってたかな……言ってたかも……?なんかごにゃごにゃと……こう……」
ろくろを回しておく。
「やりとりは知らないけどぉ、それってあんたが聞いたから答えたんじゃないの?」
「そうだったような気も……?」
言われてみれば記憶が混濁してますねとかなんとか言って説明モードに入ったような。
あとは確かに暗黒神ってなにするのさと聞いたような気もするし。
「眷属なんだから基本的にはあんたが聞いたから答えた筈よ。その答えが都合の悪いもの知られたくないものを伏せてたかどうかはわかんないわね。答え方によっては誘導も考えられたんじゃない?
ちょっとしか付き合ってないけど反逆が成立する寸前を楽しんでるみたいなとこあるみたいだし?
無理心中されそうになったらいいなさいよ。あたし達でなんとか出来るかは知らないけど。
とにかく、あんたが望んだことをしてあんたが求めたことを答えたと思うわよ。最初はなんて言われたのよ?」
「えっ。えーとえーと……お前は暗黒神様として生まれたから悪魔の為に身を粉にしてキリキリ働けやとかだったような……」
「……それは多分あんたが怒らせたんでしょ。後でかなりの反動食らった筈よ。その前にはなんかなかったの?」
「その前…………むむむ…………」
最初……最初……そういやなんか言ってたような……?
───────────懸けまくも畏き我らが神、我らが神籬へ天降りますよう恐み恐み申し上げる。
「む、なんか取り敢えずここに来い的なことを言われたような」
「それっぽいわね。じゃあそれでしょ。あたしでもわかるわよ。
あんたが来てくれればそれでよかったんでしょ。その後はあんたが聞くから答えたって感じじゃない?」
えー。なんか納得いかねぇ。意味わからんし。なんでそんなことを。
というか都合の悪いことを伏せてたとか誘導とか何やら不穏な事が聞こえたのだが。九龍にも騙されていたのが発覚したのだ、あいつが私を騙してないという保証はないのでは?
「……暗黒魔天様にお願いして聞き入れて貰えればもしかしたら暗黒神役を降りれると言われたのですけども」
「それ頷いてないでしょうね?」
「えっ」
半眼で睨めつけられてしまった。まずかったのか?
いやこの言い方、明らかにまずかったやつである。
騙された!?クソッ、なんて世界だ!!
カミナギリヤさんがぶいーんと私の目の前に滞空しびっと指を突きつけてきた。
ヌワーッ!
「いい?暗黒魔天と白光魔天はこの宇宙世界における最上位管理者の神性だけどあんたよりは格下よ。
暗黒魔天と白光魔天、全ての過去と全ての未来を記す書物、創生の神が手にする叡智の杖がその本質。現宇宙どころか外宇宙の創生の神が下なわけないじゃない。
ほんっとにスレスレを生きてるわねあんた!
ここにいるって事は出来なかったんでしょうけど、もしそれが出来てたら自分の意志でこの宇宙の管理化に入るとこだったのよ!」
「だ、ダメなんです?」
ズドドドドドと鼻が猛連打された。ぐえー。
「良いか悪いか聞かれたら知らないわよ!どうなるかわかったもんじゃないんだから!
ちゃんとしなさいよ!!」
「ノーーン!!」
小突かれまくってしまった、悪霊カミナギリヤさんは容赦がない!
うっすらと見えてきた自由都市、その外壁に向かって全力ダッシュで逃亡を図ったのであった。
のんびりと着いてきていたアンジェラさんが同じくのんびりとした口調で呟く。
「あらあら、そういえばお姉さん乗り物を持ってたのだったわ~」
「!?」
騙された!?いや騙されてはいない……いないが!!
騙された感が天元突破だチクショウ!!