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天より来たる御使い6

  三人が軽やかに馬車から飛び降りた。


「い、行くんですか?」


 おずおずと切り出せばマリーさん達は当然と言わんばかりのお顔である。


「クーヤ、貴女は残った方がいいわ」


 いやいやいや行きます!

 天使が近くに居るというのに皆様と離れて一人なんて嫌ですとも!!

 それにこう言ってはなんだが地上に降りてまだ殆ど何もしていないのだ。

 今なら死んでも特に問題はない。

 というわけで強気でいくべきだ。よし。


「行きますー!」


「……大丈夫なのかね?」


「たぶん!」


 力強く返したのにマリーさんもブラドさんもなんだか不安そうである。

 失礼な。

 相変わらず無表情なクロノア君を見習って欲しい。


「カナリーも行くのよ!」


「え?」


 来るのか。


「天使が相手ならいざとなれば三つ目小娘を差し出して逃げるのよー!」


「このやろー!」


 なんて妖精だ! しかも小娘呼ばわりとは!!

 生意気である。こんな時ばっかり近寄ってきた妖精を引っつかんでぎゅーと絞めてやった。

 ざまーみろい!


「何を漫才しているのかね。追いていっても?」


「「だめえぇぇっ!!」」


 不本意ながらカナリーさんとハモってしまった。

 不安げな小太りに見送られながら馬車を飛び降り、街へと向かって歩みを進めている三人の後ろに付いてそろりそろりと歩く。


「静かね」


 だいぶ近くまで来たが……マリーさんの言うとおり酷く静かだ。

 周囲に気を配りながら崩れかけた門を潜る。物音ひとつしない。街はどこまでも静まり返っていた。


「……住人は何処に行ってしまったんですかね?」


 人影は全く見当たらない。

 ちょっと探そうかとも思ったが……それよりは近辺に目を向けておいた方がいいか。


「西から逃げたか、下水道にでも逃げたか、建物に隠れているかのどれかでしょうね。見たところ死体も無いようだし……人には興味が無いのかしら」


「その辺の建物に何人か隠れているようだな。人の匂いがする」


「天使の居場所はわかって?」


「さてな。マリーの魔力探知は?」


「天使も余程弱っているようね。ほとんど感じないわ」


「死にかけか」


「それならカナリーがやっつけてやるのよー!」


 喜んで返事をした。


「どうぞどうぞどうぞ」


「う、嘘なのよ! カナリーのお茶目なのよ!!」


 ちぇっ!

 使えない妖精である。天使をワンパンで沈めるとかしてくれればいいのに。


「お気楽なコンビだな」


 ブラドさんに言われてしまった。地味にショッキング。この世の終わりだ。世を儚んで身を投げるまであった。

 立ち止まり、目を閉じて周囲の魔力の探知をしていたらしいマリーさんが赤い目をゆっくりと開く。


「……広場に行きましょう。少しだけれどこの街とは異色の力を感じるわ」


 街の入り口から歩き続け、いくつかの路地を潜り抜けた先。

 あと二、三回曲がれば広場というところまで来たところで違和感。

 見られている?

 後ろ、いや。頭上か。しかし見上げた空には何も無い。確かに視線が感じられたのだが。


「………………?」

 

 首を傾げつつ辿り着いた先。

 街の中ほどに位置する広場。

 何者をも拒む清浄な空気、辺りに満ちる聖気。

 普段の喧騒からは考えられないほど静まりかえった街。

 人っ子一人居ない。

 無人と化した街の中心にそいつは居たのだ。

 真っ白な羽根を羽ばたかせているが別に羽根で飛んでいるわけではないだろう。

 屋根よりは少し高いくらいの空中にじっと静止している。

 人ならざる骨格に人間の赤ん坊のような顔、かなり不気味だ。金銀輝く真っ白な服。

 だが……呪われているというこの地の影響だろうか。

 あちこちがぐずぐずと真っ黒に溶け崩れ落ちている。

 あれが小太りの言っていた腐食だろう。しかし今はその症状の進行も止まっているように見えた。

 この街の結界のお陰なのだろう。

 金の光を撒き散らしながらそいつはゆっくりと地上に降り立ち私達の方向を向く。

 いや、私達というよりも私を見ている。

 辺りに展開される幾つもの幾何学的な黄金の魔法陣、何か魔法でも使うつもりだろう。

 絶対ヤバイ威力に違いない。辞世の句を詠むか、思ったところで動いたのはまさかのクロノア君だった。

 やや早めであったが、天使の周囲に広がる金色の魔法陣を気にした様子もなく、普通に歩くようにして天使に近づいていく。

 手の届く範囲まできたところで躊躇も無く天使の首を掴み、力を入れる為の予備動作すらなく簡単に天使を片腕で持ち上げてしまった。軽い物を持ち上げるような動きだったがクロノア君の足が僅かに大地に沈むのが見えた。

 そして無造作に振り上げた腕、次の瞬間には天使は突っ込んだ建物諸共にあちらの通りへと吹き飛ばされていた。

 うわぁ、意外とワイルドだ。

 ただ掴んで殴るという技巧もクソも無い、文字通りの力技であった。


「全く、とんだ肉体労働だよ」


 嘆息と共に動いたブラドさんが瓦礫の中をよろめきながらも立ち上がりつつあった天使に駆け寄る。

 姿勢を落とした、獣そのものの疾風のような速さ。

 肉薄し、顎を打ち上げ、身体の伸びきった天使に拳を何度か入れるとおまけとばかりに最後に長い足を振り下ろし踵を入れてその巨体を地面へと叩きつけていた。

 普段の様子からは想像も付かないような流れるような蓮撃。

 力のクロノア君と技のブラドさんであった。


「ブラド、お下がりなさいな」


 クロノア君とブラドさんの攻撃の間にいつの間にやら魔法を完成させていたらしい。

 天へと掲げたマリーさんの手には紫電の光。

 そのまま天使へと向けられた手の平から放たれた雷は刹那の間、周囲を真白に染め上げた。


神鳴(ミカヅチ)


 閃光に目がチカチカした。辺り一帯にジジ、ジと帯電する光。

 マリーさんの放った魔法の威力は相当なものであったようだ。

 天使が居たあたりの建物は融解している。石材は高温の為か色が抜けて真っ白に変色してしまっていた。崩れた石の断面だけが黒ずみ、周囲には焦げた匂いが漂う。

 ブラドさんが服が焦げたと文句を言っていた。

 放っとこう。

 しかし雇っておいてなんだけれども……これほどとは思わなかった。

 これは如何な天使とはいえ、やっつけちゃったのではないだろうか?

 …………やったか!?


「さて、これほど手ごたえが感じられないとは些かショッキングだね」


 ほほう、余裕を感じられる台詞だ。

 今ならブラドさんでもかっこいいと感じられるぞ。ひゅーひゅー!


「仕方ないわ。防御障壁の一つも抜けなかったもの。この姿とは言え本気を出したのだけど」


 ん?


「…………」


 あれ?


「さて、どうやって逃げようかしら?」


「策を弄した程度で逃げられればいいが」


 ………んんん?


「なんて顔をしているの、クーヤ」


 髪の毛をしゃなりと掻き上げるマリーさんは実にいつも通りの余裕顔だ。

 その余裕顔のまま、私に軽い調子でおっしゃったのであった。


「何か天才的な策でもおだしなさいな。この場から逃げ切れるとびきりの案を」


 無茶をおっしゃらないでほしいものだ。

 融解した建物、そこには―――――――――天使が先ほどと変わらず、無傷と言って差し支えない姿で立っていた。

 叫んだ。


「にに、に、逃げるってそれではなにゆえこの街に!?」


 普段ほどの余裕はなかったものの、ものすんごい普通な態度でこの街に入ったというのに。

 まさかの逃亡宣言であった。


「まさかこれほど手も足もでないとは思わなかったのでね」


「と言うよりも……こちらに意識を向けるとは思わなかったわ。驚いたわね。

 様子見だけするつもりだったけれど……周囲にも人は居るでしょうに。視界に入る前からこちらを見たわね。それも真っ直ぐに」


「クレヤボンスか。こちらの何を見たのやら」


 ……そういやさっき見られているような感覚があったな。

 あれか。天使の透視能力だったらしい。

 となれば、どうやらあの天使の探し物は大真面目に私のようだ。

 どうしたものか。


「あわわわわ……! こ、この三つ目小娘を差し出して許してもらうのよ!」


「う、裏切り者ー!」


 引っつかんで絞めた。お前もしぬのだ。


「ああ、このおチビはレガノアの粛清対象だったな。半信半疑だったのだが」


「どうやら本当にクーヤを探してここに来たようね……となれば、やる事は決まりね。

 ここで良かったわ。他の場所ならどうしようもなかったもの」


「誰が抱える?」


「足の速さだけなら貴方、と言いたいけれど」


「逃げるだけならいいがね。私が撹乱、クロノアが殿、マリーの能力頼りだろう。結界もマリーしか張れん」


「それが一番ね」


 なにやら話が進んでいる。

 何故だ、何故に皆してこっちを見るのか。うんうんと頷きながら見るのをやめていただきたい。


「クーヤ」


「あい」


「この街の結界を消せば一番楽だけれど……まだ住人も居るし、何よりこの結界は一度消してしまうと今は張りなおす事ができないの。

 弱々しい貴女には酷だけれど、お仕事をして貰わければならないわ。囮よ。

 わたくしが貴女を抱えて逃げるわ。そして追って来た天使を結界外へ誘い出す。

 あの様子なら10分保たせれば消滅するわ。そうなればわたくし達の勝ちよ。

 頼めるかしら」


 ですよねー……。

 倒せないとくれば勝手に消滅してもらうしかない。だが結界が張ってあるこの街ではそれが出来ない。

 結界は消せない、となれば誰かが結界外に叩き出すか、誘い出すしかないのだ。

 そしてこんな街の中心から天使を叩き出せる力があるならそもそもこんな戦術を取る必要もないだろう。

 天使は私だけをじっと見ている。

 他の誰が逃げようと目もくれないだろう。だが私が逃げればまず追ってくる。

 残された道は最早ひとつしかない。そして必要なものは決意だけだ。


「……あい」


 がっくりと項垂れながらしょんぼりと頷いた。

 やるしかねぇ。


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