洒落にならない本当に怖い話
いらないあげるいらないあげると言い合いまくって結局私が勝利を決めた。
しかし、スライムは連れてくるべきだったな。あいつはゴミ箱にいいのだ。ねーちゃんに手を振ってお別れしておいた。
宿屋に泊まらないのかと聞いてみたのだが怪訝な顔をした後微妙そうな顔で遠慮された。やはりあの宿屋呪われてるのだろうか。魔女だからそれがわかるに違いない。
てってこ歩いて宿屋へ帰投。飯屋はなかったがまんじゅうを貰ったので良しとするのだ。
「ん」
床に鍵が散乱していた。ばっちぃ宿屋である。
鍵をざかざかと避けてとんとこと階段を登る。カミナギリヤさんは起きているだろうか。そろそろ良い時間だが。
ドアの前に立ってみれば微かな声。どうやら既に起き出してきているようだ。いい具合に戻ってこれたようだ。よしよし。
「おはよーございまーす!」
ばったーんと音を立てて盛大にドアを開けてやった。突撃、今日の朝ごはん!
開け放った部屋の中は無人。誰もいやしない。痛いほどの静寂が部屋を満たし、崩れかけた床から埃が舞い上がる。どう見ても廃墟です本当にありがとうございました。
新品に見えたドアは耳障りな音を立てて外れかけた蝶番が揺れているし10年くらい磨いていませんが何か?と言わんばかりの白濁した窓がいい感じに黄昏の赤い光を取り込んでいる。
部屋の中に落ちる夕日の光がまるで鮮血のように毒々しいまでの赤さを以てその色を主張する。
一つ頷いてから物置を覗き込む。寝る前の探索で発見したぬいぐるみがそこには確かに鎮座していた。新品同然だったぬいぐるみは10年ものの空気を漂わせてはらわたをぶちまけて転がっている。
「うーむ」
顎に手を当てて考える。くわっと劇画チック作画で叫んだ。
「ギャーッ!」
物置を閉じて部屋を出る。そのまま家を飛び出しもう一度ぎゃーと叫んだところでいい感じになった気がするので本と枝をチェック。リュックもある。完璧だ。
地獄の輪っかを地面に設置。
「出てこいアスタレルー!」
羊野郎の名前を叫べば程なくしてぴょこりと羊が顔を出した。
「その御心のままに。で、どうしまシタか暗黒神様。
こんなオンボロの廃屋になどケツを据えられては我々立つ瀬がありませんノデやめて頂きたいのデスが」
「据えてねぇ!!いや、さっきまではふっつーの宿屋だった気がするんだけど。
カミナギリヤさんも樽子もアンジェラさんも居ないし。ちょっとお前調べるのだ」
キリキリ働くべし。この不思議なミラクル現象の謎を解き明かすのだ。
「調べるまでもなく祟り場に取り込まれただけデショ。
ワタクシ、暗黒神様の行動をずっと見ておりましたがネ。その羽蟲と樽と機械は暗黒神様がご自身で自由都市に置いてきたでしょう。
暗黒神様はここに単独で参られましたヨ。覚えておられないようデ」
「全く記憶にございません」
「…………珍しい、いや、おかしいですネ。この程度の祟り神に暗黒神様が取り込まれるはずもなし。
怖がるなどという感情の機微も持ち合わせておりませんでショウからトリガーに引っかかったということも無し。
ふ………む…………」
しばらく考え込んだ様子のアスタレルだったが。やがて得心が行ったとばかりにああと頷いた。
「理解いたしました。いやはや感情とは時にままならぬもの。人の子程度の情動しか持ち合わせておらぬ、逆に言えば人の子程度の情動は持ち合わせているということ。
あの異界人のオスの撮影してこいなどという戯言もあったのでしょう。仕方が有りませんネ。暗黒神様はあんこくしんちゃんみっちゅと言ったところでございますノデ。
心霊番組を前にワクワクとその始まりを待つ人の如し。赤の龍の祟りを恐れたのではなく、期待したということですネ。
恐怖ではなく好奇心、なるほど仕方がないというモノ。取り込まれたのではなく自分から憑いていったのではネ」
「む?」
「お気になさらず。それで?
羽蟲と樽と機械でございましたネ。探す必要もないでショ。一晩程度待てばあちらから来るでしょう。
日が昇る頃には着くでしょうカラ適当に一晩過ごせばいいですヨ」
「えー……。寝るとこもないのにどうやって過ごすのさ」
「適当にそのへんに転がってればいいでショウ」
言いながらずぼっと穴から全身を引っこ抜いた羊はぷもんぷもんとウールを掻いたあとにコキゴキと首を鳴らしてみせる。ウールすごい音だな。
「ま、従僕らしく働くといたしまショウ。暫く外しますノデ。深夜には戻りますヨ。
鬱陶しい怪異がそのへんをたむろっている様子ですカラ掃除しておきますので、暗黒神様は健やかに過ごされるがよろしいデショ」
「おー」
よくわからんがなんかいっぱい居るらしい。まぁ片付けてくれるというのなら気にする必要もないだろう。
羊を見送ろうとして、ふと重要なことを思い出す。
「ちょっと待つのだ」
「なんでショウ」
立ち止まった羊の後ろに立ってジャキーンと毛刈り鋏を本で取り出す。チョキチョキと後ろのウールをいくらか頂いておいた。これでよし。
見晴らしのいい丘にウールを置いてごろんと転がって枕にした。うむ、ナカナカいい塩梅の良質なウールである。
「もういいから行っていいよ」
ぺっぺと手を振る。毛を刈り取られた羊は暫く無言だったがちょいちょいと刈り取られた部分のウールを撫で付けて整えると満足したのかカポカポと蹄の音を立てて歩いていった。
イーヒヒと笑ってウールポジを直す。これは良い枕である。暫く持ち歩くか。
寝転がりながら空を見上げる。既に日は落ち太陽の息吹はない。普段はみっつくらい緑と赤と黄色い月があるのだが今夜はそれもないようだ。まぁこの世界の月は気まぐれだからな。
チカチカと瞬く星屑が宵闇の中につぶつぶと見えている。深い青緑、星雲の碧が中天に掛かりいやはや実にろまんちっくというものだ。
じーっと眺めていれば地平線に薄く残っていた夕日の残光もやがて消え去り、そうすれば小さな光が落ちてきそうな程にいっぱいだ。
巨大な天の川はまさにミルキーなウェイと言えよう。
────────────この手に星を。あの届かぬ星を掴んで見せる。
はて、誰の言葉だったか。どっかでこんな言葉を聞いたが思い出せないな。ま、たいしたことじゃあるまいて。
うーむ。なんだか感慨深いものだ。太古に魔王達が見上げたであろう頃と変わらぬままの星空。
それを今は私が見ている?奇妙な感覚だ。むにゃむにゃと口を動かす。これで美味しい肉まんでもあったら完璧だったのだが。
「暗黒神様、そんなクソッタレな物を見て和んむじゃありまセン」
「なにー!」
突然の罵倒に暗黒神ちゃんアームとレッグを振り回した。せっかくいい感じに入眠できそうだったというのになんという横槍。
戻ってくるの早すぎだろ畜生め。
「クソッタレじゃないデスカ。
忌々しい。反吐が出そうだ。見てると発狂しそうデス」
「そこまで!?」
こいつにも苦手なものがあったとは!
夜なんて悪魔が好きそうな時間だというのに意外である。
「……夜は好むものデス。星の光とて悪魔にとっては美しいと感じるものデスシ、心地好くて好ましいデスガネ。
そもそも暗黒と混沌に満たされた宇宙や狂気を孕む星の光といったものは我々に属するものデス。
デスガ、暗黒神様が今ご覧になっているものは別デス」
言われてもう一度空を見上げる。……どこが違うんだ?
普通の星空だ。別に怪獣が居るわけでもないし違和感はない。
アスタレルはひょいと私の目線と合わせる様に傍に寄って屈み込み、ちょいと真っ黒な指で空を指差した。
「よく見るのデス。星じゃありませんヨ。暗黒神様ならこの程度の距離でも認識はできるでショ。
自我があるというのもそれなりのデメリットがあるものデスネ」
「む?」
星じゃない?星にしか見えないが。
「……天使デスヨ。全てネ」
「な、なにぃ!?」
衝撃の告白、これが全部天使だとぅ!?
「そうデスヨ。天使デス」
「えー……冗談とかじゃなく?」
俄かには信じられない話だ。
「この宇宙にはここにしかまともな生物は居ないと言ったでショウ?アレが理由デス。
宇宙はそれなりに広いのデス。過去を含めれば当然、ここ以外にも生命が誕生するに適した条件の星や銀河もありましたヨ。
霊的高位体である天使に食われ尽くされ、銀河ごとレガノアに飲み込まれましたネ。アレらはそれの残骸デス。
天使の受肉に使われ、惑星ごと天使そのものと成り果てているのデス」
「うわー……」
それなら確かにアスタレルも嫌がるだろうな。
あの光が全部天使か。ああ、でも確かに言われてみればあれらは天使であると私の目にも見える。えーと、レベル10万?コワ、近寄らんとこ。
「もう本当にこの宇宙に生き物って居ないの?」
「私が探索した限りはネ。発見は出来ませんでしたヨ。実際に探しまわったわけではないので極々、小さな生命体はいたのかもしれませんが。
異界から流れてきた生命体も宇宙を探索する天使に攻撃されて魂を取り込まれて終わりでショウ。
あの天使達はああやって宇宙全体をカバーしているのデス。おかげでこの星には少ないデスガ。
もう既に、集団や大きな生命体は居ないデスネ」
「へぇ、時間が経てばまた新しく産まれてくるの?」
「……もうこの宇宙のどこにも生命が産まれることはありませんヨ。
全て食い尽くされ、新たな魂が産まれ出る余地はもうありまセン。元々この宇宙に居た生物も天使に殺させるか放置して死ぬのを待つかすれば魂を取り込んでしまえますからネ。永い時が流れた。最早生き残りなどいやしません。
無から有を生み出すは暗黒神様の領域、暗黒神様の領域外ではその奇跡も見込めない。魂核は既にカラッケツ。生命体が生殖行為を行ったところで精々が物言わぬ肉の塊が世にこぼれ落ちるのみ。
暗黒神様が一度身罷られた時点でこの世界にある魂核は有限の資源となっていたのデス。そしてそれは最早この惑星に僅かに残るのみ。
ですから今となっては暗黒神様にわざわざこんな所で間怠っこしい方法を取って貰っているのデス。
生命が産まれるなら気長に条件のいい星を見繕って暗黒神様を放り込んで水を満たし何億年でも待てば良いだけデスからね。
生命が産まれたら魂を取り込んで知的生命体が産まれたら何かしら干渉し、領域を広げていけばイイ。
暗黒神様は死んでも死なないのデスから、仮に途中で見つかって殺されても、それこそ何千、何万回でもやり直せるのでその内成功しますヨ。
カオスの星とは言えどこの星はレガノアの意識が向きすぎている。敵のお膝元で築城しているようなもんデス。ですがそちらのほうがまだしも成功率が高いからというだけの理由でここで築城しているのですヨ」
「…………」
ありがとうレガノア。億万年単位でリトライさせられるとこだった。
「何言ってるんですカ。暗黒神様なら別に平気でショウ。何百万、何億回、何京回でもネ」
「無茶言うな!!」
無理に決まってんだろ!
「口だけでショウ」
「んなわけあるかー!」
こちとら必死に言っている。何だその妙な思い込み。
無茶振りしないでほしい。なんでどいつもこいつも私にそんな過度な期待をかけているのだ。見ての通りミニマム暗黒神ちゃんであるからしてやめていただきたい。
「……どうだか。まぁいいでショウ。取り敢えずあれらは全部天使デス。
顕現した天使に埋め尽くされ、もうレガノアの神域そのものと言っていいでショウ。
空間を丸ごと肥大化した神域で食い潰し、次元的に断絶させている。この枝葉に流れ込んだ魂を片っ端から取り込むだけで回帰せぬが故に生命体が生まれない。
この星でかろうじて生命が生まれるのは何のこともない、レガノアに取り込めぬ属性を持つ死んだ者の魂がそのまま輪廻に還ることもなく漂いそのまま近くの肉の器に宿り生まれているだけデス。
正式な洗浄工程を経ていませんからネ。実のところ前世の記憶として過去を覚えている者は多いのですヨ。
暗黒神様はまだご覧になっておられないでしょうが、南大陸では食事をする際には大仰な感謝を述べる習慣があります。理由はソレですネ。至極単純、自分も死ねば誰かの糧になるわけでそして自らの糧も自分たちの先祖だからデスよ。輪廻転生、それを身をもって知っているわけデス。
限られた魂というリソースを使いまわしてなんとかやりくりしている、それが現状デス。
この宇宙、時間も空間も何処まで行ってももう何もない。
この星は言わば事象宇宙全てを含めて唯一レガノアの神域に開いた小さな穴。カオスの中心、世界樹の中で光である科学ではなく闇である混沌を司るただ一振りの枝。
幻想の中の種族が生き、暗黒神様への謁見を果たした生き物の子孫共が住まう暗黒の星。現実無き本の中にある世界です。此処だけは混沌属性を持ち得ぬ光明神レガノアは神域に取り込めないのデス。真逆の属性ですからネ。故にこの星を魂を溜め込む最後の器にするしかない。レガノアはその性質上、一にして全、全にして一という神性。暗黒神様がこうしてお生まれになって存在する以上、レガノアが混沌属性を持つ手段は現状ありまセン。故にこの枝の中をレガノアの属性を持たされた者達で満たし最後に食い潰す為の準備中といったところデス。取り込むこと叶わぬ唯一の属性、それを限りなく圧縮し削り取り極限の零に近しくする。今のあちらに出来ることはそれのみ。
……そもそも論を述べるのならばクソ忌々しいデスガ暗黒神様とレガノアは元来表裏一体、同一の神。世界を満たしていたエーテルが暗黒神様の属性領域とレガノアの属性領域という水と油に分けられたのが事の発端で同一人物が領域を奪い合っているという不毛な話デス。やる気がないだけにこちらの分が悪い」
やる気がないのあたりでなぜだかこちらをみた。なんでだ。暗黒神ちゃんはこんなにやる気に満ち溢れているというのに。
「こちらの、幻想が住んだ星では本来ならば人間などという原始の生き物は進化の果てに失われつつあった種族。亜人も魔族も神霊もホモ・サピエンスの先のツリーにある種族。
魂の位を上がり役割を終えたとうに過ぎ去った過去でしかありまセン。この星は元来、二重構造になった星だったのですヨ。二つの層は嘗てバベルの塔と呼ばれる虹の橋で繋がっていた。
片方は旧人類、そしてもう片方に新人類。互いにその層が在ることは知っては居てもバベルの塔は魂だけでしか通ること叶わぬ道。カルマを振り切り肉の器からの解放を成し遂げることで到れる楽園への道。
ま、それも既に失われた世界構造。旧種が新種を駆逐するというこの矛盾、その矛盾に支配されているのがこの星の現実デス」
「ふーん」
よくわからんかったがそれは頑張らねばならないな。多分。
「この星を暗黒神様のものとし、上級悪魔の更なる顕現が出来れば、何れあの宇宙を巡回する天使共を焼き殺してやれマス。楽しみデスネ」
「そうなんだ」
他人事のように呟いておいた。
だって天使と悪魔の宇宙大戦争なんてアーマゲドンなんぞ関わりたくないし。
他所で勝手にやってほしい。そこまで考えてふと閃いた。こいつらの言を信ずるならば私とレガノアはほぼ同レベルの神様ということらしい。
では今の私が彼女の領域に手出しが出来ないならば、しからば逆もあり得るのでは?
「ねぇねぇ、この星を私が占領したらそのまま領域を閉じて引き篭もっちゃダメなの?」
逆を言えば、私が領域を閉じてしまえばレガノアにはどうしようも出来ないのだろう。前に綾音さんだったかユグドラシルの温泉にはレガノアも手を出せないと言っていた。つまり可能なのだ。
頑張って人間なんとかしてこの星をまるごと地獄に取り込んで、せっせと魂のリサイクルに勤しむのだ。さすれば小さくともエコロジーな一つの完成した宇宙が爆誕する。すなわち鎖国である。
「地獄の中にこの星を入れてさー、全部閉じて外のレガノアの宇宙なんて気にしないで引き籠もればよくね?よくねよくね?ねぇねぇねぇ!」
ぐいぐいとウールを引っ張って主張する。時代は鎖国、鎖国です!
「…それも悪くないデスがね」
「え、いいの?」
意外な。イヤデスネと言われるかと思ったのだが。
「別に構いませんヨ。暗黒神様が本気で領域を閉じてしまえばあちらにも手など出せまセン。勝利の放棄を選べば負けることはないでしょう。それはそれで悪くも無し。引き剥がされた反面は我々にとって重要ではないデスからネ。
ある意味、我々は勇者に感謝している部分もあるのですヨ。あれが人間であるということ。感情は理を凌駕し心胆から望めばこそ叶う奇跡もある」
「ナニソレ?」
「我々、今となってはレガノアも勇者も割とどうでもいいということデス」
「どうでもいいて!!」
「わかりやすく言えば賢者タイムというヤツですネ。
実際問題、この詰んだ世界を根本からどうにかするという話ならば暗黒神様が今のレガノアを食らうか元の表裏一体の神に戻るしか無い。どちらにせよ分かたれた役割を同一に戻さねば話にならない。全てがレガノアに取り込まれれば破滅はやむなし、逆に暗黒神様が全てを取り込めばそれはそれで崩壊する。どれも取らぬならば全てをなかったことにするのみ。
我々が目指す勝利の形は今のこの世界がどうなろうと今の形で暗黒神様がこのまま存続すること。さっくり申し上げますが我々の目的は究極的にそれのみ。あちらにとって暗黒神様は無視出来ぬ存在ですが我々とってはそうではない。あちらが手を出さぬなら放置しても良かったのですよ。レガノアの排除は必要だからやって頂いているのです。そこに暗黒神様のご希望どおり世界をあるべき形に戻すという前提付け条件が付加されるならば即ちレガノアを食らっていただくことになるのですが……。暗黒神様がそれを放棄し本気で引き篭もられるのならばそれもまた我々にとっては勝利の一つのカタチ。
正直なところを申し上げると暗黒神様が我々の希望通りにレガノアを食うかどうかはまさに神のみぞ知るということ。あの時無抵抗のまま消滅の道を選んだ神に有り金全てベットするにはネ。
ある意味理想の終わりですヨ、その引き籠もり箱庭エンドは」
「やっぱ無しで」
世界を放棄して引き篭もり箱庭エンドと言われるとなんというかヤバいバッドエンドの気配しか感じられない。
残念そうな顔をしているがなしだなし。ふーむ、しかしこの大冒険の終わりか。考えてなかったが……。世界を放棄しないのならば私がレガノアを食うか全部無かったことにして元に戻るかの二択ということか?
悪魔共も目指す勝利は今の形で暗黒神が存続する、などと言っているし。先代のことを思う。彼女を見つけ出せばなんとかなると思っていたが。実はそうでもないのか?
…………ふむ、賢者タイムと言うと語弊があるがようするに悪魔共が願っていた奇跡が今の世界で叶っているということだろう。
さいきん、ひとりのにんげんがわたしにねがうのです。わたしにあいたいと───────。
脳裏にふとよぎる言葉。思い返す。そうだ、先程コヤツはなんと言ったか。
……クソ忌々しいデスガ暗黒神様とレガノアは元来表裏一体、同一の神、と。ふふん、見えてきた。見えてきたぞ。クソ忌々しいとつけるほどだ。
今の形と言った。そして私がレガノアを食らうことしか認められないと。つまり、悪魔共にとって暗黒神とレガノアが元の一柱に戻るのはよっぽど嫌なことなのだ。
にんまりと笑った。にしししと笑ってウールをかき混ぜる。ほほー。ほほー。ほうほうほう。
「なんです?その顔は実にろくでもない考えに帰結した時の顔ですね。
感情も理解しておらぬ精神で我々の言動と行動を推し量り出した結論なぞ十中八九的はずれな考えであると私は確信しております。
即刻うち捨ててくださいますよう恐み恐み申し上げる」
羊の癖に照れているのか?ふふん、だが私の目は誤魔化せんぞ。永遠に会うこと叶わぬ存在だったのが地に根を下ろし何処かで生きているのが嬉しくて堪らんのだろう。そうに違いない。色々あったから私もそれぐらい勉強したのだ。
どこぞに行ったのかレガノアに取り込まれたのかはわからんままの先代をなんとか見つけ出して暗黒神役職に戻すつもりだったが……。それでは先代の意向にもよるが世界の破滅は避けられないしよしんば先代が世界をなんとかしますとなってもそれではこいつらの願いは叶わなくなるということだろう。ちょっと軌道修正するとしよう。
先代を見つけ出し、こいつらに引き合わせてそのまま管理は丸投げしておいて私はレガノアと合体して恐らくは元通りであろうエネルギー体になって世界管理に勤しむ、と。これである。完璧だ。完璧すぎる計画立案。
まぁ先代暗黒神にこの座を譲ったところで私という存在は元あった場所に還るだけだと思っていたくらいだしそれくらいは構わないだろう。たいしたことじゃあるまい。
うむうむと頷いているとアスタレルが面白くなさそうな顔をしたままこれまた面白くなさそうな口調でおっしゃった。
「暗黒神様、人の話を9割聞き流して適当に自己完結する悪癖を改めて頂きたいのですが。聞く気もないのであれば難聴主人公どころではありません。
私が今言った熱烈な言葉もろくに聞いてらっしゃらなかったでしょう」
「え?」
なんでわかったんだ。