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アルトラ寺院の怖い噂2

 なんともはや。ずりずりと引きずられるようにして連れてこられた街とやらは随分とこう、アレである。


「寂れてるわねー」


「そうねぇ、お宿はあるのかしら~?」


 これを寂れてるの一言で済ますメンタルこそを褒めちぎるべきかどうなのかを真剣に悩んでみてからカミナギリヤさんとアンジェラさんだしなで脳内で片付けといた。

 くるりと見回す。寂れている、というよりはこう……お化け屋敷のセットかなと思ったほうが精神衛生上よろしいのではないだろうか。

 時刻は未だ昼前の筈だが既に何故か暗い。街全体を覆うような鬱蒼とした木々のせいで陽が差していないのもあるが、立ち込める霧のようなもので白く烟る大気が視界を遮る挙げ句に雑然と建てられた一つ残らず窓の締め切られた家屋の壁が感覚を狂わせる。

 ジジジ、緑がかった明かりがポツポツとついているのがホラー感に拍車をかける。なぜ緑色にしたのか。この街を作ったヤツは人の心が無いに違いがない。

 あちこちにある街路樹には……なんであろうか。幹の半ば辺りに奇妙なマークが書かれている。遠目からには巳に近いが……うーん……它、だろうか。

 一本残らず全てに書かれている。住人達はなぜこのような理不尽な行動をかましているのか。怖がらせたいのか?ならば褒めておこう、成功だ。

 樽子をアンジェラさんが片手で抱えつつかっぽかっぽと不思議な足音をさせながら歩いていく。ちなみにカミナギリヤさんはこの悪霊形態になってから浮いたままで一度も地面に足を付けていない。


「とりあえずあそこに泊まりましょうねぇ~」


 視線の先には確かに宿屋らしきものがある。なんだかボロいがまぁいいだろう。

 受付を済ませて取った部屋に四人で向かう。樽子は相変わらずアンジェラさんに抱えられているが。ふーむ、しかし空気の悪い街である。

 何かが腐ったような匂いが微かに漂い、なぜだか窓もいくつか雨戸が締め切られている。なんでだ。

 辿り着いた部屋は三階の中央、特に他に人が居るとも思われないのだがなんでこんな高い部屋をあてがわれたのだろう。まあいいけど。

 かたりとドアを開けて覗き込む。樽子は男だが別にどうにかなるわけもないので全員同じ部屋だ。

 各々が荷物を好き放題に散らしてガサガサと部屋の探索に勤しんでいる。ここは一つ暗黒神ちゃんも部屋を漁るべきであろう。怪しいのは……。


「ここだーっ!」


 がたーんと物置を開けた。潜り込んでクンクンと匂いを嗅ぐ。異常はない。ほんとかー?ほんとに異常はないのかー?二段に分かれているので下の方も覗き込んでみた。やたら新品の今まさに袋から取り出しましたみたいなぬいぐるみが取り残されている。掃除しろよ。

 上を見てみれば、建物にはそぐわない気がするが天井裏に続く蓋がある。まぁ一番上の階のようだし点検も必要なのであろう。よいせと立ち上がって蓋をずらしてみた。そのまま頭を突っ込んで覗き込んでみる。なんか置いてあるな。なんだろ。

 なにかの箱っぽいが。手を伸ばしてみるがまるで届かない。仕方がないな。上半身を乗り上げてちょいちょいと枝を引っ掛けて苦心しつつも引き寄せてみた。見た目は割と高価そうな箱だが。

 埃っぽい箱をぱかりと開けてみる。どれどれ。


「ん……髪の毛と爪かぁ……」


 期待して損した。ていうかきたねぇな。さっさと処分すべきだろ。まぁいいけど。蓋を締めて枝で適当に押しやり大体元の場所に戻しておく。これでよし、ちょうどベッドの上辺りの場所にあったしあれくらいの位置だろう。

 ていうかさっきから私の足を引っ張るのは誰だ。カミナギリヤさんか?悪霊カミナギリヤさんはイタズラっ子なので普通にありえる。

 カミナギリヤさんだったら蹴るのは申し訳ないな。ちらりと下の僅かな光が漏れる穴を見つめる。私の身体で穴はほとんどふさがっているので誰が引っ張っているのかはわからない。

 とりあえず誰何してみよう。うむ。確認は大事だ。穴に向かって叫ぶ。


「誰さ!」


「わたし」


 何故か真後ろから声がした。振り返るがそこには箱しか無い。む?もしや先程の髪の毛と爪は喋る髪の毛と爪だったか。すごいな。さすがはファンタジー世界だ。足を引っ張る誰かも居なくなったし降りるか。

 ずぼっと穴から上半身を引き抜いて戻す。途中で引っかかって暗黒神ちゃんの開きになったがまぁ大丈夫だろう。べちょっと元に戻して降りた。

 埃だらけの頭を振って埃を散らす。掃除するの私じゃないし。物置から出てみれば皆さん部屋の中を思い思いに探索続行中の様子。はて、誰だったんだろさっきの。まあいいか。

 カミナギリヤさんが飾ってある絵画を取り外して裏に貼ってあったらしいボロい札をべりっと剥がしながら唇をアヒル口にしつつさして興味もなさそうな口調で呟いた。


「トリガー多くない?」


「トリガー?」


「スイッチだけど」


「…………?」


 アンジェラさんと首をかしげる。樽子は動かないので知ってるかどうかはわからない。


「あんた達、その程度の知識も無いのによく来たわね!トリガーはトリガーに決まってるじゃない!!」


「はぁ」


 なるほどね。真理である。トリガーはトリガー、いい言葉だ。納得したところで探索に戻る。この部屋は思わせぶりなものがたくさんあって面白いのだ。


「ちょっと!真面目に聞きなさいよ!!何よ!!お願いすれば説明してやらなくもないんだから!!」


「えー」


 お勉強は嫌なのだが。拒否れるならそれに越したことはない。

 だが私のそんな態度が気に食わなかったらしく器用に空中で地団駄を踏みながらプンスカしつつ勝手に説明することにしたらしいカミナギリヤさんが腰に片手を当てながら指を立てた。


「いい!?トリガーってのはこういう祟り場に散りばめられたトラップみたいなもんなの。

 祟りってのは意思も何もない条件が揃えば発動する災害よ。今この領域は赤の竜の内臓がぶちまけられてるみたいな状態なの、わかる?魂の核が損なわれて破裂して撒き散らされてるわけ。

 それを踏めば発動する。こういう祟りを貰う条件っていうのはね、気付きよ。気付くこと。トリガーに気付くことで縁が出来てそこから祟りを貰うの。

 例えばこう、なにかの隙間から誰かが見てるみたいな怖い話を聞いたとするでしょ。それが祟りの種になる。んで、寝る前とかお風呂に入る時とかそういう意思の隙間が出来るっていうか意識が向く瞬間があるの。そこでふと気付くのよ。身の回りにある隙間に。

 それがトリガーよ!」


「んん……?」


 悪霊カミナギリヤさんは説明が下手くそである。

 つまり……?


「トリガーって何かしら~?」


 一拍遅れてアンジェラさんがのんびりとおっしゃった。一人会話が遅れている。まぁカグラがアンジェラは会話が遅れるって言ってたしな。


「あぁ~、スイッチねぇ~。お姉さんも知ってるわよ~」


「何よ!!あんた遅いわよ!!」


 確かに。


「こういうのが出たら怖いとか、そういう人の不安や畏れから実体化するのは祟りが起きた際に起きる一連の怪異に見られる現象の一つなのよ~。

 人々の共通認識から作られ浮かび上がるモノだからその幻想の強度が強ければ強いほど実体化しやすいの~。だからこわ~いお話を作って広めるのは本当はよくないのよ~。

 でも暗闇を恐れて空想の怪物を想像するのは人の性だから~しょうがないのねぇ~。

 スイッチっていうのはそういう幻想を補強する為の不安の種なのよ~。こういうのが出たら怖いなと思うのは人だからしょうがないから~。

 そこで怪異ちゃんはこういう、って思い浮かべるのをより具体的にする為にスイッチをたくさん設置するの~。例えば屋根裏の髪の毛とか~、絵の裏の御札とか~。

 そういうのを人に見つけさせて不安がらせるのねぇ~」


「ふーん」


 怖い話するとよって来るよみたいなもんだろう。青行燈とかは正しかったというわけだ。いや待てよ?


「じゃあ九龍がホラー話を聞かせたの駄目じゃん」


 現に私はめちゃくちゃ不安になっている。どうするんだこの溢れんばかりの不安が形になってしまったら。

 この胸に収められた小さな心臓がドキンコドキンコしているぞ。どうやってドキンコドキンコしているのかは定かではないが。そもそもこのドキンコするものが心臓かどうかすら怪しい。これもまたホラーの一つかもしれないな。


「あのアルアル男、その辺は考えてたみたいね。

 聞かせても問題ないメンバーだもん。そこのメイドは勿論ホラー話で不安になるなんて機能がないし、私だって幽霊みたいなもんだから私が不安になったって意味ないし。

 クーヤだってそんな機能ないでしょ。樽子はそもそも聞いてたかどうかも怪しいし?」


 あるわい。クソッ、アスタレルといいなんで私はそんな鋼メンタル扱いされているのだ。

 よし、決めたぞ。今回の下働きはアスタレルに決めた。あいつを働かせよう。

 本来はいつもどおりルイスあたりにしようかと思っていたが、あいつを働かせるのだ。いつの日かとっちめることは夢見つつもそれまでは使い倒してやる。

 ぷかぷかと浮いていたカミナギリヤさんがぼすっとど真ん中のベッドに落っこちた。


「ここ、私が使うからあんた達は別のベッド使って。

 んじゃ、今から7時間後に出発ね。この街からあの寺院までは転移魔法使うし、ちょうど日の入りくらいに起きれば大体真夜中くらいになるんじゃない?

 うるさく寝たら承知しないから」


「おやすみなさーい」


 言うが早いか入眠したらしいカミナギリヤさんから返事はない。すげぇ寝付きだ。私だってここまで寝付きよくないぞ。私も精進せねばなるまい。

 しかし悪霊モードになってから背中の小さな蝶の翅がしまえないらしくうつ伏せで寝ているが寝にくくないのだろうか。呼吸しづらそうである。

 ていうか鱗粉散ったりしないだろうか。ホテルの人が怒ったらどうしよう。いやいいか。怒られるのは私じゃないからな。ふはは。


「クーヤちゃんもおやすみかしら~?」


 樽子をベッドに乗せつつアンジェラさんが聞いてくる。うーん……別に寝ようと思えば寝れなくもない。寝とくか。

 アンジェラさんはどうやら寝るとかいう機能がないらしく寝ないらしいが。それはそれで不幸な話だ。寝ることの楽しみを知らないとは。

 まぁアンジェラさんもそのうち寝ることが出来るようになるかもしれない。適当に祈ってから左端のベッドにダイブ。

 ん、そういや位置的にここは真上にあの変てこな箱があるのか?まあいいか。

 私も寝よ。ぐー。



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