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天より来たる御使い5

 乾いた風が甲高い音を立てて砂を巻き上げながら大陸を舐めていく。

 人の声にも似た音は不思議と耳に残った。

 来たときはなんとも思わなかったが死者の怨念まみれと聞くと風の音もソレっぽく聞こえてくるものである。

 この赤い土とか。

 そういえばここで地獄トイレの自動洗浄を使ったらどうなるのだろう。

 魂を吸い込めるのだろうか?

 後で試してみよう。

 考えていると地図を見ていたマリーさんがこれからの行動を提示してくる。


「東からの街道を来ていたようだからそこから行ってみましょう」


「そうだな。こちらが出向けば向こうが気づいて出てくるやもしれん。カナリー、君も東沿岸から結界を辿って来たのだろう?」


「そうなのよー。天使を見たから戻ろうとした途中で捕まってしまったのよ!」


「決まりだな」


 決まったようだ。

 しかし街道とは。

 そんなものあっただろうか?


「街道なんてあるんですか?」


「明確に街道として整えているわけではないわ。結界を伸ばしているだけで見た目は特に変わらないの」


「へぇー」


 行ってみれば確かにここが街道と言われても分からない。

 マリーさんが少し大きめの岩を指差した。


「クーヤ、あれが結界を掘り込んでいる岩よ。ここから沿岸まで同じような岩が等間隔に置いてあるからあれから離れては駄目よ」


「はーい」


 近寄ってみれば確かに何か模様が掘り込んであるようだ。

 これで結界を伸ばしているのだろう。

 ぺたぺたと触ってみる。

 削ったらどうなるんだろうと思ったがどうにも物理的に掘ったというわけではないようだ。

 つるりと掘られた模様は刃物で削ったという断面ではない。

 焼いたというか、そんな感じに見える。


「さあ行くぞ、おチビ。何か見えたら言うがいい」


「ふぁーい」


 いつの間にか歩き出していたらしい。

 とてとてと三人の後を追った。ブーンと妖精が後に続く。

 どうやらカナリーさんも流石に私に慣れてきたようだ。

 取って食いやしないのでもうちょっと近づいてもいいのよ?


「うーん」


 暫く歩いたものの特にそれらしきものは見えない。

 カナリーさんもブインブイン飛び回っているが見つけられないようだ。


「やはり結界外に出たままのようね。そろそろ最後に姿の確認された中間補給所に着くし、ここからは結界外を探しましょう」


「やれやれ。向こうから合流してくれれば楽だったのだがね」


「仕方ないわ。こういった事はままならないものよ」


 マリーさんが何事かを呟きながら一匹のコウモリを出して見せた。

 なんだか妙に光輝いたコウモリである。


「結界を作ったのよ。この蝙蝠から半径5メートル程の広さ。結界の維持にわたくし達全員の魔力を吸い上げているわ。

 疲れたのなら対象から外すわ。言って頂戴」


 おおー。魔法って奴だろう。

 初めて見た。

 ……うう、うん?

 なんだかおかしい。


「マリーさん、疲れました」


「早すぎだろう」


 ブラドさんに呆れたように突っ込まれた。

 しかし疲れたものは疲れたのである。

 それも倒れそうなレベルで。


「……まぁ、クーヤの魔力量ならそうなるわね。初めから外しておくべきだったわ。……大丈夫かしら?」


 対象から外してくれたらしい。

 少しマシになった。


「さ、行きましょうか」


「どちらに向かう?」


「そうね……」


 道を外れるとなったら範囲は360度。

 何処に行ったのやらである。

 見回してみる。

 隠れるような所があるのかと思っていたがこの辺りは赤茶けた巨岩が辺りに乱立し、戦争の名残なのかあちこちボコボコで隙間だらけだ。

 隠れようと思ったら遮蔽物はいくらでもありそうである。

 これは苦労しそうだ。


「足跡もなし、と」


「ブラド、匂いは残っていて?」


「既に残っていないようだな」


 ぴんと思いついた。

 リュックを下ろして木の枝を取り出す。

 三人と妖精が不思議そうに集まってきた。


「クーヤ?何か当てがあるのかしら」


 こういう時は困った時の神頼みに限るのだ。

 地面に立てて手を離した。

 ぐーらぐらと暫く揺れたあと、パタリと倒れた。

 倒れた方向を指差す。


「あっちです」


「適当すぎる」


 むむ、ブラドさんは反対のようだ。

 適当もクソもあるかい。

 どうせわからんのだ。


「うるさーい!ブラドさんなんか一人寂しく彷徨ってしまえー!」


「何を言うか!私が一人で彷徨うなど世の女性に悪いだろう!これだからおこちゃまは!」


「………………まあいいわ。ブラドは一人彷徨わせるとして、特に行き先を示すようなものも無いし、クーヤの言う方向に行きましょうか」


「マリーまで何を言うのかね!これだから幼児体型は!」


 とりあえずブラドさんは無視して皆で進み出した。

 後ろでブラドさんがブツブツと言っていたがそんなものは放置である。

 全く。

 女性に体型の話を振るなどなってない犬耳おっさんだ。

 それから2、30分ほど歩いた頃だった。

 ブラドさんが呆然と呟く。


「…………これは冗談か何かかね?」


「…………まさか本当に居るなんて予想外ね……。正直なところ間に合わず死体の回収になると思っていたのだけど」


 前方の切り立った岩同士のほっそりとした隙間。

 そこにはいくつかの輸送馬車と幾人かの人、あれならキャラバンとでも呼ぶべきだろう。その姿があった。

 カナリーさんがブイーンと飛んでいった。


「きっとあれなのよーーーー!!」





「よく来てくださった…………!!」


 小太りのおっさんが平身低頭とにもかくにも頭を下げまくる。

 ハゲの照り返しが眩しいのでやめて欲しい。


「わたくしの結界を広げておいたわ。あまり離れないで頂戴」


「感謝いたします……!護衛の魔術師達の魔力量もあと1時間持つかどうかというところでした……!」


 ぐったりと座り込んだお兄さん達がその魔術師とやらだろう。

 全員顔は真っ青で今にも倒れ込みそうだ。


「三人でよく持たせたものだ」


「はい、三人とも我が商会の指折りの術師です。それでもやはり人間ですから神の加護無き魔術師でこの呪われた土地ではこれが精一杯でした…………」


「そうでしょうね」


 マリーさん達は涼しい顔だ。

 私は二秒でギブアップだったのだが。

 私からすればこの人たちも十分である。


「結界そのものもあまりいい物ではないのでしょう?体調は平気かしら」


「何人かが既に昏倒しておりまして…………早急な治療が必要でしょうな…………」


「それで?何故こんなところに居るのだね?自殺願望でもあるのか?」


「それが…………」


 小太りおっさんも歯切れが悪い。


「話に聞くとおり、天使が居たのかしら?」


 マリーさんの問いに意を決したのか、小太りおっさんは少しずつ話し始めた。


「…………はい」


 話を聞けば、どうやらこの街に来る途中、かなりの高度だったが一人の天使が居る事に気付いたらしい。

 おっさん達が先に気づいた為、向こうがこちらに気付く前に結界の外へ逃げ出し、ずっとここに隠れていたそうだ。


「賢明な判断ね。その天使はどんな様子だったのかしら」


「…………何かを、探しているような様子でございました」


 むむむむ。


「探している?わざわざここに来る程に?」


「ええ…………、身体のあちこちが既に腐食しておりましたが…………それには全く頓着していないようでした」


 むむむむむむむ!!


「そう。何を探しているのかしら…………?」


「さて、神の御心はわからんな」


 ブラドさんが周囲を警戒しながら答えた後、マリーさんがちらりとこちらを見た。

 違います。

 私が犯人ではないのです。

 多分。…………多分。

 …………そうだといいな、いいやきっとそうに違いない。私が決めたぞ。


「とりあえず戻りましょう。わたくし達は街のほうから来たけれど天使らしきものは見かけなかったし…………早々に治療すべき人間が居るのでしょう?」


「そうですか…………それならば街へ行きましょう。それにあの御使いも先は長くなさそうでした」


「ならば街へ来ればよかったものを」


「その様な勇気は私共は持ち合わせておりません。御使いが居ると聞いた場所に来るなど…………皆様ぐらいのものでございます」


「そんなものか」


 ブラドさんは軽く肩を竦めて見せた。

 …………この三人、何だかんだ全員レベル1000越えだしなー…………。

 この小太りおっさんの集団は一番高くて30ほどだ。

 そりゃあ970の差は埋めがたいだろう。

 小太りおっさんがあちこちに指示を出し、疲れきった様子の魔術師は回収。

 キャラバンは街へと向かったのだった。

 しばらく進んで、遠景に街が見えてきた頃だった。

 マリーさんが深刻な顔でここで待つように指示をだしたのは。


「ここに居なさい。…………街の様子がおかしいわ」


 ブラドさんが鼻をひくつかせる。


「…………こういう時は得てして最悪の道が選ばれるものだな」


 クロノア君はじっと街を見つめている。


「………………」


 えー…………まさか。

 小太りおっさんも脂汗まみれだ。


「あの…………まさか…………!?」


 小太りの掠れた声にマリーさん達は頷く。

 その見つめる先、土煙だけではない。

 明らかに炎の煙をあげる街があった。


「天使は街へと入ってしまったようね。厄介だこと」


 マリーさんの声にいつもの余裕はなかった。


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