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アルトラ寺院の怖い噂

 


 ゆらゆらと揺れるゴンドラの中、口を開けて眺めていた羽兎がひくひくとYの鼻をひくつかせキョロキョロと辺りを見回し始める。

 何かを探るような動きに出発する際の口上を思い出して無言で身構えた。まだ死にたくないので。


「お客様、当サービスはこれより亜空間航行に入ります。滑落、引き伸ばし、衝撃などがありますのでしっかりと身体を固定した上で踏ん張ってください」


「………………」


 滑落と衝撃はまだわかるが、引き伸ばし……?大体亜空間航空ってなんだ?不安しかない言語を連発されて不安にならないわけがない。

 そっとカミナギリヤさんを見上げる。先生お助けください。


「…………何よ、あたしを見たってしょうがないじゃない。羽兎族の移動ってこんなもんでしょ。こいつら鼻が利くのよ、霊子レベルで。種族全員がこう。多分そういう根源魔法なのよ。

 その鼻の良さで次元の隙間を嗅ぎ分けて移動するわけ。別に次元に穴を開けるとかそういう能力じゃなくて元々空間にある穴を見つけるだけだし次元の隙間なんてものは揺蕩うもの、移動中に塞がる事も当然あるし次元の隙間から隙間へプレート移動を重ねて目的地に行くもんなの。

 転移魔法みたいに快適とは言えないわよ」


 どうやら我慢するしかないらしい。なんてこった。ぐんと僅かに引っ張られる感触。エレベーターの落下直前のようなぞぞぞとした感触が背中をさする。まだ心の準備ができてないのでもうちょっと待って頂きたいいますぐに。

 ガクンとゴンドラが揺れる。前方の景色がやけに遠くに見えた。まるで魚眼レンズを通して景色を見るかのような違和感。空気が圧迫感を持って落ちてくるような圧力。

 ふと、視界に入る自分の指に目を剥いた。


「うぇ!?」


 伸びる。伸びる伸びる。ぐんぐん伸びる。私の指はなんかこう、実は液体金属的なものだったのだろうかとちょっぴり思う程度にぐんぐん伸びる。


「何よ、あたしを見たってしょうがないじゃない─────」


 くぁんとカミナギリヤさんの声が反響して何度も何度も遠くから近くから聞こえてくる。


「なによ、あたしぃをぉみぃたってたってたってたってないないないないないなによなによなになに言えないじゃないぃいいいいいぃいぃぃ」


 ブツンとラジオを切ったように全ての音が止まった。目の前に立つ九龍が遥か遠くに立っているような錯覚。僅かな時間を置いた後に引き伸ばしの意味をこれでもかと理解する羽目になるとはその瞬間の暗黒神ちゃんは全く考えていませんでした。

 周囲の景色がぐんぐんと伸びる。身体も伸びる。スパゲッティー現象とかいうヤツじゃないのかこれは。私は今ブラックホールを体験している。ぐえーと鳴いて平然としているアンジェラさんに全力でへばりついた。

 甲高い耳鳴り、鼻につく臭いは刺激的でどことなく塩素系洗剤みたいな感じもする。色が抜けたかと思うと極彩色に塗りつぶされたりぷくぷくと泡立ったり、かと思えば真っ黒な亀裂が目の前に走ったりもする。

 ウルト以上のクソな乗り物なんて無いと思っていた。今こそそれを訂正しよう。二度と乗らない、絶対にだ。喜ぶがいいウルト、ワースト一位の座から転落したぞ。

 静かになったりうるさくなったり、景色が変わったり進行方向が変わったり。

 奇妙な生物が遠くを歩くのが見え、人間のようなものが頭上を浮遊する。けたたましい赤ん坊の鳴き声が反響し獣の群れが私達の後ろから駆け抜けてゆく。

 どれほどの時間そうしていたかはわからない。だが、ふと気づけばどこまでも青い空の中に居た。

 いつの間にか、としか言いようがない。

 天地の判別はつかず、果ての無き大気が見えるのみ。

 樽子がぼんやりとした様子で顔を上げる。何を見ているのかはしらないが。確かに何かを見ているらしい。

 何かを喋っているようだが声は聞こえない。大丈夫かこやつと枝で突付こうとして、その前に血のように赤い風がゴンドラを舐めるようにして覆い尽くした。


「大変おまたせしました!間もなく自由都市九龍に到着します。

 皆様お疲れ様でした」


 吹き抜ける風が青々とした匂いを運んでくる。空気が変わったのが肌でわかった。湿気った空気は今までのどことも違う。見上げる空はどことなく色も薄く、相反して大地ばかりが色鮮やかだ。

 やがて遠くの地平線に幾筋もの煙と微かな音。何やら人の密集地帯のような雰囲気があるぞ。街だろうか。

 九龍がちょいと指し示す。……なるほど、あれが。


「ギルドのお膝元へようこそネ。あれが自由都市九龍ヨ」


「ほほーん」


 うむ、うなずく。頭をブンブン振って再起動。嫌な旅であった。

 多分悪い夢を見ていたんだろう、そうだろう。多分運搬中は寝てた。というわけで私は全てを忘れることに決めた。それが精神衛生上最も正しい判断であろう。


「当サービスはこれより地表へと下降します。ご利用ありがとうございました。またのお越しを羽兎デリバリーサービス一同心よりお待ちしております。ピッピッポー」


 いや二度と利用はしねぇから。ずしとゴンドラが地面に接地すると同時に飛び出した。予想を超えてデンジャラスなので。

 送料の支払いをする九龍の足にしがみついて金貨を差し出す。私の統計的に九龍はここで送料を奢らせると絶対に後でめんどくさいことになるタイプだ。こっちにお金が無いタイミングを見計らって代わりと言いつつ本当に欲しいお宝をもぎ取っていくに違いない。断言してもいい。

 貸しを作れば作るほど雪だるま式に利子が増えていくのでそもそも貸しを作らないようにしなければ。

 えーと、カミナギリヤさんとアンジェラさん、あと樽子と私で金貨四枚か。アンジェラさんは貨物扱いな気もするがまあいいだろう。

 羽兎が持つレジスターのハンドルがジャカジャカジャーンと唸る。ブバッと断続的に吐き出されるレシートがぐんぐん伸びる。ん、なんか嫌な思い出が脳裏によぎったような……いや忘れよう。

 ゴンドラMサイズ料が二百呼び出し料三百本日の使用ルートは三月兎の白毛皮から酔いどれ兎の茶色毛皮経由で終点までお茶飲み兎の虹毛皮、飛行時間は53分、予想死傷率は54%の為致死料金を10%上乗せでオプションは無し、往復券ご利用の為次回5%割引ジャカジャカジャーン。

 よくわからんが精算が終わったらしくブバーッと出てきたレシートとともに釣り銭が渡された。チャリンと銅貨が数枚。あのユグドラシル地下からここまで一時間の料金と思えばまあこんなものであろう。


「自由都市とアルトラ寺院はちょいと離れてるアルからな。なんぞ移動手段持ってるアルか?

 無いなら私馬車でも寄越すヨ」


「あんたは来ないのぉ?」


「こう見えて忙しいアルよ。凸る時はカメラでも持っていってあとで映像だけ寄越すネ。

 心霊ホラーとして夏に売り出すヨ」


「魔法とか幽霊が実在してるここで売れるの?」


「種が丸わかりの手品で喜ぶ民衆の心理ネ」


「ほーん」


 この映画はフィクションですみたいなもんか。そもそもビデオを売るにしても再生機器は一体どこからと疑問はあるが。とりあえずホラー寺院には私とカミナギリヤさん、アンジェラさんに樽子というわけだ。

 突っ込む前に悪魔を一匹呼び出しとけば不測の事態もあるまい。多分。

 ぐいぐいと九龍のズボンを引っ張る。


「アルトラ寺院の傍になんか泊まるとことかある?」


 ホラー寺院には真っ昼間から行きたいからな。近くに一晩泊まって朝から出立、これがベスト。


「寺院管理もやってる街がすぐ近くにあるネ。中条辰砂って呼ばれてるとこアル。そこで準備整えてからアルトラ寺院に行って依頼を遂行。

 その後に自由都市のギルドに来るヨ。達成報酬渡すネ。一応これ地図ヨ」


 樽子の出自と赤の龍とやらの状態を考えれば名付けた奴は確実に頭がおかしいとわかる名前の街はともかく渡された地図はわかりにくいがまぁなんとかなるか。移動は……馬車を頼むか。カミナギリヤさんの転移ではすぐに着いてしまうからな。


「んじゃあ馬車を「じゃー転移行くわよ。昼に仮眠して夜にアルトラ寺院に入るんだから!」


 言いかけたところでカミナギリヤさんの無情な声と人の心が無い宣言。ちょっと待って、言う前に全ては掻き消えた。

 八卦三条四条四方の予予にかがねの廻し、冥道廻りて双子のいらえを起こし給ふな。外の赤子眠りて内の赤子泣く。参ります参ります、祝いの席にお呼ばれしました。樽子がブツブツ言っているのだけがなんとなく心の片隅に引っかかった。

 ……お前既に取り憑かれてね?近寄らんとこ。




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