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事案:アルトラ寺院

 


「参ります参ります、祝祭に参りましたので祭文をお収めに参りました」


 声をあげてから瓦礫を潜る。探索は右回り、左の方はどちらにせよ倒壊した壁で埋まっている。寺院の地下にはとんでもないお宝が埋まっているとは聞くが、実際この寺院の正式な見取り図では地下など存在せず、今までも何人か己のように入り込んだらしいが地下に続く階段など発見できなんだと聞く。

 足音を消して周囲を警戒しながら進む。ずしりとした重みを感じる空気が肺に絡みつき、まるで水の中を進んでいるかのような重々しさが全身にある。

 こういった呪場化した建物などの調査と探索を専門に行う祓い屋として数々の依頼をこなしてきたが、この寺院。とびっきりの場所だとその経験から培われた勘が囁く。

 これがどこにでも居る怨霊の類でありそしてこの寺院内にある某方、物に憑いているというのであればまだ己でもなんとかなったであろうが。封ずるなり荼毘に付すなりで多少の緩和は望めた。然しながらこのようなものは手など付けられぬ。ここまでくれば己のようなその筋の亜人の血が少しばかり入っているだけのフリーの除霊屋などではなくまっとうな連中を連れてくるべきだ。

 この寺院の祟りとしか言いようのない怪異が活発化してきたのはここ数年の話、それより以前から呪われた寺院として有名ではあったが教団の管理下にある怪異として特に問題を起こすような寺院ではなかったと聞いている。

 だが、こうして実際に来てみればそんなものはただの表向き、管理など出来ていないと見ればわかった。管理、確かにある意味ではそう言えるだろう。ただ封じ込めて放棄していることを管理と言うのであれば、の話だ。

 封鎖出来ているのもただ単にこの怪異がこの場所に憑いて動かぬものでいるからにほかなるまい。

 なにせその筋の者など腐るほど居るであろう教団ですら手を出せぬでいるのだ。つまるところただの魔術的な呪い、死霊や魔物などによる瘴気などではない。呪術にしろ死霊にしろ闇に属する代物なれば教団の手に負えぬものなどこの世界に存在し得えぬ。教団が放置ではなく放棄しているのであれば可能性は二つ。

 まずは彼の荒野の呪いに近しいモノ。だがここであの荒野のような人魔の隔て無く億単位の死傷者が出た大戦があったなどという歴史はない。

 なれば結論は残る一つ、白光の属性持つ古き神性の反転による厄堕ち。属性の書き換わった神の、紛うこと無く祟りである。

 舌打ちせずにはおれぬというもの、今少し精査が必要であっただろう。この案件、恐らく少し調べれば不審な事が直ぐ様目についた筈だ。確実に何かがあっただろう。事故に見せかけているかあるいは無かったことにしたか。一人、二人ではすむまい。確実に数百単位で祟り殺されている筈だ。

 じゃりじゃりと砂を踏みしめながらカンテラを翳す。夜の闇の中、亜人の血が入っている肉体であっても見通せぬ深い闇が横たわる寺院は僅かばかりそのシルエットが夜の闇よりなお深き色となって浮かび上がっているのみ。進むか、戻るか。手に負えぬのは目に見えている。下手に荒らして祟りを貰うなど割に合わぬ。遠くで微かに楽しげな子供の笑い声。無論、深夜である。

 顔を上げれば、三階の窓に明らかな人工的な光が一瞬だけ灯ったのが見えた。火の気による光ではない。それなりの大きさの都市にて使用されている道具の光り方だった。電気の類など通っている筈もない古い寺院。誰かが今もここに居る。だがそれは人と呼べるような存在などではない。

 答えはすぐに出た。踏みしめた砂は固く、足底にへばりつくような重みがある。それを振りほどくように音を立てて踏みにじり踵を返したところで視界の端に何かが入り込む。

 反射的に視線を戻すがそこには何も無い。首を傾げて再び歩みを再開させようとしたところで再度視界の端に影のような何かが着いてくるのを見咎める。足音もせぬし何の気配もないが。

 視界の端を変わらず黒く染めるものに飛蚊症のようなものかと思った。あるいは睫毛にでもなにかついたか。目を擦り幾度か瞬きを繰り返し、視界が闇に閉ざされる度にソレが近づいてきていることにふと気がつく。

 アルトラ寺院、ここで行ってはならぬ行為の一つとして左に回ってはならないというものがある。

 ────────自分は今、踵を返す際にどちらに身体を向けた?

 何かが視界の端から常にこちらを覗き込んでくる。こすってもこすっても落ちない。逃げるようにもつれ転びながら走る。それでも視界の端を埋めるそれは離れることもない。

 光に照らされた己の身体が生み出す影の如く、どこまで行っても逃げられはしない。我が身を以て悟った。

 この寺院では右回りに探索し、左に回ってはならない。何故ならば左後ろに常に着いてくるモノがあるからだ。それに追いつかれたくなくば見るべからず。

 網膜に直接焼き付いたように広がる黒い影。それが己を間近より見つめる何者かの黒い瞳であると気付くのもまたさほど時間は掛からなかった。


「紅花知りませぬか」




【第一級呪場:アルトラ寺院に関する調査報告書】 魔導研究機関より


 ここ最近の怪異の活発化を受けて怪異、呪詛を専門とする祓い屋集団に探索と調査を依頼。

 当方より怪異の現状報告と被害の拡大、怪異の感染防止の為に呪詛返し、及び人型を所持した上での探索を提示。

 依頼受領の通知から二日後、先方より調査団から一名行方不明者が出た為に依頼のキャンセル連絡あり。

 二週間に渡る調査にて目撃情報と残されていた本人執筆による手記からおおよその足取りを特定せしめたものとみなす。以下に詳細を報告する。

 調査団が泊まっていた宿より深夜に一人で出ていく姿を同じ宿の宿泊客が目撃。その後、ただならぬ様子で街を徘徊していたのを見たとの報告多数。

 時間、目撃場所から街の外周付近を時計回りに周っていたと見られる。本人の手記にはアルトラ寺院の情報を住人に聴き込んでいたように書かれているがそのような事実は確認されていない。※話しかけられたという住人は一人も発見できず、こちらに関しては引き続き聞き込みの継続を求める。

 およそ2時間後、街を出たようだがその時の姿は目撃者発見ならず。恐らくはそのままアルトラ寺院へ向かったと見られている。転移魔法の魔術記録は残っていないものの、街からアルトラ寺院への移動時間に不審な点あり。原因不明。

 手記にアルトラ寺院の詳細な外観報告あり。相違なし。荒れた字で「参ります参ります、祝祭に参りましたので祭文をお収めに参りました」との記載あり。意図不明。

 紅花を探している旨が散見している。※紅花なるものの詳細無し。

 地下へ続く扉を発見したとの記帳を最後に手記は途切れている。手記が発見された付近にそれらしき物は発見できず。

 周囲に境界の揺らぎを確認。恐らくは寺院の祟りに招かれ、別層次元に存在がずれ込んだものであると結論付ける。観測、及び救助不能。以上を以て調査を終了とする。





 九龍がパタンと持っていた小さな手帳を閉じた。


「と、言うわけでアルトラ寺院、通称オカルト寺院。

 二百年前から司祭すら居ないとっくのとうにほぼ廃寺院になっている別の意味で観光名所として有名な心霊スポットアル。

 きっちりレガノア教の寺院管理表にも記載されている由緒正しい寺院アルが二百年ほど前に寺院内に居た人間全てが生活感そのままに原因不明の蒸発。発見したのは朝の拝礼に訪れた信者達ネ。

 その後も何人かの司祭が異動してきたアルがその尽くが一週間以内に身体の不調を訴えてその症状が似たり寄ったりだったことから何らかの呪術的なことに巻き込まれていると教団が認め、異端事例ということで当時としては異例の魔導研究機関の呪術系最高峰術士と共に合同で調査。

 結局一年みっちり調べて原因はわからずじまい、その間に転属していた司祭達はなんと監視もばっちりだった筈の病院内で全員行方不明。それどころか寺院に入ったわけでもなんでもない病院スタッフの中からも同様の症状を訴える者が続出、その後またもや全員行方不明になったあたりで拡散感染系の怪異として調査は打ち切り。

 というわけで何かしらの神性クラスの存在の祟り、あるいは次元断裂に伴う異境界接続による物質界への影響と見なされ特異事案A級八号として第一級呪場認定、教団及び魔導研究機関の調査記録と情報の全ては破棄され寺院は裏で運用不能として事実上の廃院が決定。教団にとっても魔導研究機関にとってもメンツの問題から共同管理下怪異として扱うことも決定。特に封鎖されてるわけでもねーアルし別に管理人が居るわけでもねーアルから入るも自由、ただし自己責任。

 現在でも通常寺院としての復旧は見込めないままでその性質から密かに曰く付きの神の工芸品(アーティファクト)なんかを封印、奉納する場所として運営中。肝試しに相応しい場所として地元民は勝手に自壊しねーかなと常々思っている。

 曰く、井戸の中から呻き声がする。曰く、存在しない筈の地下室から歩く音が聞こえるなどなど。それを抜いても現在進行系で入り込んだ者の不審死報告多数アル。

 海なんぞ遥か遠くの立地で海水がぶ飲みでエクストリーム溺死、地面から3階の吹き抜けに飛び降りというアクロバティック自殺、展示されている絵画の前で肉体が絵の具化状態で発見のファンタスティック気化死、家具の間の僅か3センチに隠れたファニー隠れんぼ死などなど。

 探索の際にはオカルト寺院らしく幾つかルールが存在するネ。破ったらどうなるかは誰も知らないとは聞くがそれならなんでんなルールを知ってるかって話アルな。まぁオカルトなんてそんなもんアル。

 寺院に入る際には絶対に正門からは入らず右手にある壁が崩れた場所より一言、参ります参ります、祝祭に参りましたので祭文をお収めに参りましたと言ってから入る。

 寺院の宮司様にお会いした時には紅花知りませぬかと聞かれるので壁に向かって後ろ向きに立ち知りませぬ知りませぬと二言返して七分待ってからその部屋から出て寺院から出るまで絶対に入ってはならない。

 探索する際には絶対に右回りで寺院内を巡る事。左に回ってはならない。寺院内の石を持ち帰ってはならない。寺院内で収めましたと言ってはならない。誰かに会ってもお辞儀をしてはならない。

 地下へ続く階段を見つけた者は絶対に階段を三段降りてからあがること、上がった後はその階段が見えなくなる場所まで移動するまで声をあげてはならない。

 寺院を出る時は正門から出ること。ただし、探索中に右手を掴まれた者は正門から出てはならない、と……結構ルールが多いアルがまあ気にせず正門からゴーするヨ」


「なんでその話した」


 言え、何故その話をしたのだ。寝ようかと思ったのに叩き起こされた挙げ句にこれから行く場所の恐怖のホラー話を聞かされた私はどうすればいい。

 行きたくなさだけが積もり良いことが一つもない。しかも堂々と正面からゴーとか言ってやがる。何故そんなことを。


「コイツいんのにそんな祟りの類が意味なんかあんのぉ?」


 カミナギリヤさんがアクビ混じりに心底どうでもよさげに呟いた。なんで居るかといわれれば起きたら居たのであるからしょうがない。

 最後にキャメロットさんがお辞儀していたのを思い出す。あれはきっとカミナギリヤさんをよろしく、という意味だったのだろう。クソガキモードで同行しているカミナギリヤさんは先程からワガママ三昧の好き放題にしている。逆に新鮮まである。

 里の長としてこれ以上は好きには出来ないと言っていたがクソガキモードであればそんなのしらないもーんと言ったところであろう。いやいいけど。キャメロットさんだけではなく、里の皆さんもきっとわかっていてああして手を振っていたのだろう。


「うふふ、オバケはお姉さん見たことがないわぁ~。楽しみねぇ~」


 見たくないんですが。畜生、このメンツは失敗だ。全員オバケが出たら嬉々として突っ込んでいくだろうし破ってはならない都市伝説シリーズがあれば全部破いて検証するし検索してはならないワードは片っ端から検索していくし心霊スポットがあれば突撃晩ごはんしていくタイプだ。間違いねぇ。

 しかも周囲が被害を被って自分はちゃっかり何の怖い目にも遭わないタイプと見た。全員そのタイプなのだから要するに被害を被るのは私だけということだ。クソッ、なんてこった!

 いや待てよ。先程からゴンドラの隅で体育座りを決めたまま動かない樽子が居た。こいつになすりつけとこ。よしよし、これで万事解決だ。


「ていうか、あんたわかってて言ってるでしょ。そりゃあコイツじゃないと無理案件じゃん。

 それって考えるまでもなく赤の龍の祟りじゃない。蛇の祟りってほんと厄介ね!

 時間を超えて祟り殺して焼いてるんじゃない。記録って遡れないの?二百年前どころじゃないと思うけど。赤の龍の件があった時点で教団だってその寺院の原因不明の怪異の原因の検討つけたでしょ。それで運び込んでるんだからさー。

 完全に殺しに来てるじゃない。南大陸ごと喰われろってことでしょ。祟りなんて無差別で理不尽なものだし祟られるべき本人が祟られないなんてよくある話だし。

 次の実験の人柱をアンタ達にするつもりじゃない。アルトラ寺院って寺社管理番号2348、建造年光歴3284年コガネ月の4番、自由都市の座標って旧時代の地図に照らし合わせれば234、832、844でしょ。ご丁寧に天体儀でもプシケの月の通り道。

 地脈は見てないけど多分同じ管轄じゃない?

 まぁ逆にその立地だから今の教団が赤の龍を置いたんだろうけど。今も曰く付きの神の工芸品(アーティファクト)を封印する場所になってるんだっけ?

 あんた、よく生きてるわね。現在進行系で教団が呪いまくってるってことじゃん」


「まぁそうアルな。教団の連中も神頼みが過ぎるネ」


「その手帳が話にあった見つかった手記ってヤツ?」


「一応処分されたっつーことにはなってるアルがな。処分したらしたで祟りが膨らみかねねーってんで魔導研究機関が倉庫に押し込んでたブツをちょいと拝借してきたネ。

 とは言っても魔導研究機関も意図的に情報を漏らしてる節がアルね。出回ってるルールとやらも改変されてはいるようアルがほぼ手記にあるものそのままアルからな。

 下手に刺激させないためか、逆に祟りの強度を上げるためか。あの集団の考えることは私わからんアル」


 魔導研究機関……ちょくちょく聞く単語だがよくわからんな。

 精霊さんとの契約をしてくれるところとかいう話だったが。


「その魔導研究機関ってなにさ?」


「ふむ?クーヤは知らねーアルか。

 大元のルーツは魔導連盟らしいアルが……正式名称は超常奇蹟研究機関。少なくとも人魔大戦の頃から存在してる組織アル。その頃は素直に魔導研究所らしく種族も問わず魔道士が集まってたようアルな。 

 一応独立した国際機関みてーな扱いで教団との仲はあまりいいとは言えねーみてーアル。奇蹟の研究ってのは教団にとっちゃ異端でアルからな。とは言っても間違いなく人間族文明圏で最先端の魔法技術と魔道士を擁する組織で神の工芸品(アーティファクト)の研究やらも専門部署があるくらいネ。魔導の才があれば教団よりもこっちに進むのがセオリーらしいヨ。

 東大陸じゃあ魔という言葉は基本的に無しアルからな。大戦以降に組織の大変革という名の粛清が横行し超常奇蹟研究機関と名を改め今までも人間しか所属してない組織だったアルが。

 ギルドに教団が接触してくる前段階として建前公明正大な国際機関の名を箕に声をかけてきたアルよ。まあそれをいいことにン千年も偏った研究やってきた組織アルし権力争いも所詮箱庭の中での事、外敵には脆いと見て横合いからぶん殴ってこっちの人員も籍を置かせて別部署作らせたアルが。今亜人やら魔族やらの精霊契約をやってるのはそこアルな。

 わざわざ希少な亜人やら魔族やら、そこからさらに指折りの人材にそっち系に強い異界人を頭にしてねじ込んだヨ。あいつら確実に魔導学の研究を百年は進めたネ。功績がデカすぎて公明正大を謳って接触してきただけあって評価しねーわけにもいかず、付け焼き刃の協力体制なんぞ組んだところで結局は仲のわりー教団も口を出せず、奇蹟評議会も教団も指を咥えて超常奇蹟研究機関特科第6部署、通称生徒会が公明正大に亜人魔族人間問わず精霊契約の儀を行ってあらゆる魔導魔術の研究に人間様の資金使ってやるのを見てるネ。

 この手帳とオカルト寺院の担当は元来こっちじゃねーアルがいくつかの資料と一緒にパク、貸出させたネ」


「へー」


 パクったのか。まぁなにかに使ってた感じもないしいいだろう。

 しかしほんとにギルドは手広くやっているな。さらりと言っているが恐ろしい机の下での足の蹴り合いだ。これ以上深く突っ込まないほうがいいだろう。

 闇は知らないままのほうがいいこともあるのだ。

 空を見上げる。とは言ってもゴンドラはぐんぐんと上昇を続けているが未だこの空洞の上は見えやしない。真っ暗な中でゴンドラに付けられた灯りとカミナギリヤさんの翅やら花やらだけが光源だ。飛行予定時間は1時間と言っていたが。

 羽兎族が羽ばたく音だけが静かな闇に反響して消えていくのをぼけーっと口を開けて聞き流すのであった。




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