暁闇の中の光
リュックを背負い直してうーむと考える。キャンペーンの為に受けたはいいが問題は南大陸に行く手段だ。そもそもアルトラ寺院ってどこだ。
やはりここは依頼主から情報を搾り取るべきであろう。ぐいぐいと九龍の長い髪の毛を引っ張る。
何やらうおお……と周りのチンピラが呻いたが知ったこっちゃねぇ。
「アルトラ寺院ってどこにあるのさ。ていうか九龍ってどうやってここに来たのだ。
南大陸に帰るなら私も連れて行くのだ」
それがいい。うむ。腕組みした九龍は暫く考えた後にぐいっと私のお腹を軽い調子で足で持ち上げた。何をする。上下に揺らされてちょっとおもしろい。
「そうさな。ある程度は見て回ったし一旦私は南に戻るヨ。
ここと南大陸直通のトンネルやらも欲しいネ。あれが人の行き来も可能なら言うこと無しで戦況が大きく変わるが……ま、そこまでは高望みアルな」
「そこはクーヤの魔力待ちでしょう。そういった機能を付けて貰わねばダメね。カシャは半人半龍だもの、地獄の霊圧に耐えられたのはそこが大きいわ。
ただの魔族や神霊族、亜人が生身で往復するのは殆ど自殺行為よ。魂が融解しかねないわ」
「魔王の遺産でそういうのが無かったか?転送陣だっつったか……あんたはああいうのは作れねぇのかよ?」
「あれはオリジナルスペルよ。黒魔法が使えなくなってからも起動するようだし……恐らく根源魔法ではないかしら。
それも力ある魔法、魔族や竜ではなく亜人の魔王かもしれないわね。わたくしでもクロウディアでも黒魔法無しでの再現は不可能よ」
「……亜人か……百発百中の占いだの鬼神の類の式神だの召喚系だのあいつらは根源魔法が尽くイカれてやがる。うらやましいこった」
「彼らは種族で大体似たような魔法に偏る傾向がある……けれど、わたくしが知る既存の種族でああいった魔法を持つ種族は居なかったわ。
少なくとも表に出ている種族ではないのでしょう」
ふーん。亜人、亜人か……亜人の魔王とかちょっとおもしろそうだな。愉快痛快のわんぱくっ子かもしれん。
「ま、ないものねだりしてもしょうがないネ。クーヤ、準備はもうできてるアルな?
じゃあさっさと行くヨ。すぐ来ると思うアルから心構えだけしとくアル」
言いながら懐から取り出したのは何かの光る破片である。なんだありゃ。
「あら……交信球を持ってきたの?でも自由都市にあったものとは形状が異なるよう。割ったのかしら?」
「いんや、こいつは新しい破片ヨ。新しく都市に移り住みたいっつー亜人の一族が大事に持ってた奴ネ。
こんなのは使ってナンボよ」
へぇ、こいつがちょくちょくと話題に出る交信球ってやつなのか。控えめに言って球の要素が感じられないが。
どのへんが球なんだ。考えていると横合いからカグラがボリボリと頭を掻きながら口を挟んだ。
「あー、確か元は西にあった神話に出てくる魔神が持ってた千里眼でよ。それをくり抜いて神が千里眼の力を手に入れたとかなんとか……。
んで、地上で交信球って呼んでるのはその魔神の眼球を割った破片のこった。小さい破片であればあるほど機能が悪いし距離も制限がある。
全部の破片を集めて元にもどしゃあ世界の全てを見通せるなんて言われてるらしいが集まった事があるとは聞かねぇな。
神の工芸品としての序列は特殊系列B級、あんま珍しいもんじゃねぇが元がそんなデカくもねぇ眼球だし細かくなりすぎた破片じゃあ使えねぇ。その破片も交信球にしちゃあデカイほうだ。破片に相手の姿くらいは映るんじゃねーか?映ってもしょうがねえからこのサイズだと持ち主が大体割るんだけどよ。
ま、っつーわけでよく取引される神の工芸品だけど数が多くねぇからどこでも持ってるって代物でもねぇ」
「ほーん」
眼球くり抜くとか眼球を割るとかサイコパス神話かよ。近寄らないでほしい。これ以上触らんとこ。
「聞こえるアルか?」
九龍が交信球に唇を寄せて声を掛ける。傍から見ると変な人だな。
暫くするとざざ、ざとノイズ混じりではあるが確かに破片から人の声が返ってきた。かなりタイムラグがありそうだし音質も非常に悪そうだ。破片を集めてくっつけると音質良くなるのだろうか。
「私帰るネ。羽兎族の手配頼むアル」
「……羽兎族ですの?それで来られただなんて、よく彼らと取引できましたわね」
「ま、ギルドもそれなりに幅広く手を伸ばしてるからアルな。
あいつらは取引そのものよりも交渉の場に着かせるほうが苦労したヨ。あそこまで排他的だとそのうち滅びそうネ」
「どうせ力づくで交渉の場に着かせたのでしょう。
まあいいわ。クーヤ、貴女のことだから心配はしていないけれど、また帰ってきなさいな。
他でもない、この大地に」
「!!」
鮮やかな微笑みと共に告げられた言葉、この暗黒神ちゃんも大喜びである。ぴょんと飛び上がって叫んだ。
「頑張りますわーーーい!!」
「あら、元気がいいこと」
ぴょんぴょこ跳ね回って跳ね回りすぎてフィリアのデカイ乳袋に跳ね返されてころりと転がったところで上から声がした。
「来たアル」
「はやいこと」
軽い羽ばたきの音と共に空間に空いてるとしか思えない穴から兎っぽい見た目ながら耳が羽根で出来た奇妙な獣人達が跳ねるようにしながら出てきた。
ロープで吊り下がるゴンドラが揺れている。ふーむ、こいつらが羽兎か。見たまんまだな。
「おまたせしました!ささっと運んでぴょんとひとっ飛び、羽兎のデリバリーサービスご利用頂きありがとうございます!!
九龍様、本日の配達のご用命は神樹ユグドラシルより自由都市九龍でお間違えないでしょうか!」
「それでいいアルよ」
「かしこまりました!それではゴンドラにお乗りください!皆さまが搭乗次第に当サービスは出発いたします!
飛行予定時間は1時間、現時点での予想死傷率は54%、レッドゾーンのため遺書オプションをおすすめいたしますが如何がなさいますか?」
「いらねーアル」
「かしこまりました、それでは良き運搬を!!」
いや最後の最後で変なの挟まなかったか?挟んだよな?乗りたくない。とても乗りたくない。全身全霊で突っ張って抵抗するが哀れ、暗黒神ちゃんたらゴンドラに投げ込まれた。
「ギャーーーーーーーッ!!!」
「ほれ、静かにしないと舌を噛むアルよ。マリーベル、あの小僧連れてくるアル」
「もう連れてきていてよ」
マリーさんによりぽんと投げ込まれたのは真っ白いままの樽子である。む、こいつも連れて行くのか。いいけど。
あとは誰か来るのだろうか。できれば死傷率とやらを下げる為に誰かしら付いてきて頂きたい切実に。
ポケットに手を突っ込んだままのカグラが顎で何か示すような動きをしている。いや、カグラはいらないのだが。死にそうだし。
じーっと見ているとひたりとゴンドラの縁に白い指がにゅっとかかって飛び上がった。
「ひゃっほう!」
「俺はついていけねぇんだろ。俺の命なんざどうでもいいけどよ。
とっとと終わらせてぇくらいなんだが、どうにもそれが気に食わねーって奴らが居るからよ。
俺は俺の事くらい面倒見れる。だから、そいつも連れてけ」
「おー……?」
そいつ?
誰の事だ。白い指をじっと見つめる。そこからするんと顔を覗かせたのは新緑の瞳とゆるりとウェーブした焦げ茶の髪の毛。
「カグラちゃんたら酷いわぁ~。しくしく。
お姉さんもついていくからクーヤちゃんよろしくねぇ~」
意外すぎる。いや、カミナギリヤさんが言うには戦闘能力はこのメンバーの中でも突き抜けているらしいけど。
ていうか既にゴンドラは三メートルくらい浮いているのだがどうやってここまで。よじよじと這い登ってくるアンジェラさんは何でも無い段差を登ってきたかのようにうんしょうんしょしている。
アンジェラさんと入れ替わるようにゴンドラの下を見れば、いつの間にか集まってきていたらしい暗黒街の住人たちがこちらを見上げていた。ようやく解放されると喜んでいるチンピラ共は私が帰った暁には不眠不休で働かねば終わらないノルマを与えようと心に誓った。
マリーさんにクロノアくん、ブラドさんにフィリアとカグラ、カグラの足元には生首ちゃんにスライム。そしてギルドマスターのじいちゃんにぽつんと離れたところでクロウディアさんとウルトが居る。
妖精の隠れ里のみなさんも手を振ってくれていた。むむ、なんだかこそばゆいな。
一番前に居るカナリーさんは両手を振っているし、隣のキャメロットさんも微笑みを浮かべてこちらを見上げていた。
おお、神霊族の皆さんは私のことを怪物扱いしていたものだが、なんだかんだとそれなりの好感度を稼ぎ出しているようではないか。よしよし。
ふと、キャメロットさんが静かに頭を下げた。少しの間下げていた頭をゆっくりと上げ、そしてその唇がどうぞよろしくお願いいたしますと動くのを最後に、ゴンドラが高らかに空を舞う。
「いってきますわーい!!」
こちらも手を振り返して答える。長い旅になるかもしれんが、人が行き来出来るようになったらまた顔を出したいものだ。
温泉にも浸かり足りないしバナナミルクの源泉はまだ出来ていないしやること満載である。
さて、目指すは自由都市九龍。依頼内容はアルトラ寺院に奉納された神の工芸品の奪取、あるいは破壊。
難易度Sの大仕事である。いっちょ頑張らねばなるまい。やる気を出しながら両手を突き出してひっくり返った。眠いから寝る。
「今までずーっと里をほったからしにされていたクソガキ様でございますから。
構いませんよ。さぁ、行ってらっしゃいませ。里の者一同、お土産を期待しながらそのお戻りをお待ちしております。何年、何十年。そして何百年でも」
「何よ!あたしがそんなに待たせるわけないでしょ!大量のお土産で泡を吹かせてやる!
キャメロット達こそあたしが帰るまでにこのくらーい辛気くさーい泉を立派な妖精の森にしときなさいよ!」
「はい!その羽根でどこまでも、どこまでもお行きください!花吹雪く我らの王───────────……様!!」