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がさごそとリュックに荷物を詰める。出発の朝である。おやつに食料にデザートにつまみ、どれも重要なのだ。
本に枝、あとは適当に金貨を詰めて完成である。なにやら適当すぎる気がしないでもないが、まぁなんとかなるであろう。
よいしょと背負っていざ出陣、弾丸のように部屋を飛び出してみれば……ふむ、何やら牢屋の方でワイワイとしている。なんであろうか。
フィリアとカグラに……あの後ろ姿、マリーさんに違いない。マリーさんはあの樽子が好きではないらしく全く近寄ろうとしなかったのだが。
「マリーさーん!……とついでにフィリアとカグラ」
「俺らはついでかよ」
「なんですの!!酷くありませんこと!?」
「あら、クーヤ。随分と早いのね?」
「今日はおでかけなのです」
「あー。そういやそうだったか。ま、頑張れよ大将」
「ああ……そうだったわね。後でソウシ達から話があるでしょうから出立の前に寄っていきなさいな」
「む」
仕方がないな。何やらめんどくさいことを押し付けられそうな悪寒もするが。まぁめんどくさそうなら適当に誰かに押し付けよう。
フィリアもぷりぷりしているしこういう時は話を逸らすに限る。
「何かあったんです?」
「……クーヤ、貴女あの子になにかしたかしら?」
「え?」
覗き込んでみる。樽子は真っ白な髪の毛になって燃え尽きていた。ぼんやりと空中を眺めてどこともしれぬ場所に意識が飛んでいるらしい。
思い出す。昨日会話したときにはこんな様子ではなかった。もしや私が帰った後に誰かが来たのだろうか?
「うーん……?私が昨日最後に見た時は普通でしたけど」
「そう。まぁ龍の因子が強すぎたのを調整するのに大人しいのは好都合ね。
龍というのは頑固で困るわ」
龍……そういやなんか龍のモザイク云々って話をしていたな。
なんであろうか。
「元々龍というのは人と子を成せるの。龍と人間の混血というのも異類婚姻譚に類する伝承では珍しくないわ。
ただ、この場合は……そういったものではなく後天的な魔術的外科処置によるものね。雌雄モザイク体の龍の因子持ち、……錬金術の類になるのかしら。
身体的には全くの人間だし龍の要素は一切外に出ていない。確か、シャハトリアの家と言えば大体の者が赤銅色の髪の毛に褐色色の肌を持っていた筈。古くは東大陸の砂漠地帯に住んでいた一族の末裔。
優性遺伝だから他家の者と交わっても子供は大抵その色よ。この肌の色、広義的にはホムンクルスだからでしょうね。血管が透けて見えない、死体の白色よ。人間の精液を蒸留器内で腐敗させ、出来上がった透明な物質に人間の血液を与えながら馬の胎内と同温で保管し続けることで産まれる人工生命体。
その作成過程で死体となってしまうからホムンクルスの肌に色は付かないと言われているわ。とは言っても、この方法で実際に出来上がるのは魔素を蓄えて動いているように見えるだけの肉塊でしかない。
広く知れ渡っているこの方法はそれらしく整えただけの代物。この少年は恐らく本物のやり方を元にして作られたのでしょう。その過程で龍の因子を混ぜ込まれた」
「ほほー」
いつの間にかメガネを付けたマリーさんが若干興奮した様子で語り続ける。その話長くなりますかね?聞きたいが怒られそうなので聞けない。
なんとも逆らい難い女教師の迫力に負けて正座まで決めてしまった。フィリアとカグラも思わずといった体で正座している。黒板と指示棒まで出てきた。いかん。
「ルナドの頼みだもの。先日からフィリア達と色々とこの少年の身体を調べていたのだけれど。ルナドが言っていた導火線、多分だけれどこの少年に血をかけるつもりだったのだと思うわ。
月のものがある女性は龍を祀る山に登ってはいけないと言われるほどに龍は血を忌避する。吸血鬼とは正反対ね。龍の因子を崩壊させて魔力暴走させるつもりだったのでしょう。
暴走する龍としての霊力に人間の炉が耐えきれずに肉体ごと風船のように破裂して周囲を融解させた筈よ。
ホムンクルスの正しい作り方は生きた人間を素体として作る方法なのだけれど。人間を半分、そして魔族ないし神霊族などの霊的生命体を半分。
残った痕跡、そしてフィリアやカグラから聞き出し、ギルドに調べさせた情報を元に考えれば実行された儀式は錬金術と黒魔術から組み立てられた半霊素体精製学術における最大の神秘。黒魔術というだけあって黒のマナがなければ発動はしない筈だから何かしら精霊術に置き換えたか神々の神秘を使ったか。
シャハトリア家の生きたままの赤子をへその緒を付けたまま半分に断ち切ってその死体を同じく半分に断ち切った龍の死体、人間の精液と馬の精液と共に混ぜ合わせ、密閉した蒸留器で90日間に渡り発酵させて出来上がった腐敗物を数種類のハーブと共に煮詰めて余分な物を気化したもの、所謂ホムンクルスベビーね。
そして孕んだ女を堕胎させその流れ出た赤子の死体と共に胎内にこれを混ぜ込んだものを再び戻し、10月10日後にその母体から新しい人造生命が産まれるの。これが恐らく当時実行された魔術実験。
そのときに産まれたのがこの少年ということね。だからこの少年の身体から龍の因子を抜き去ることは殆ど不可能に近いわ。ロードが起きてらっしゃれば吸血鬼化も視野には入ったでしょう。でも今のままではロードがお目覚めになられるのはまだ掛かるわ。
素体にされた龍もかなり古い力強き龍だったのでしょう。備えた魔力炉からして赤の龍かしら。
母体は生きてはいないでしょうね。龍の合意を得ていたとは思えないもの。母体のみならず儀式の実行者からその身内まで凄まじい祟りを受けた筈よ。
魔族でも神霊族でもない、神龍種を素体にするなんて狂気の沙汰ね。それも竜ではなくよりによって龍だなんて。今、観測できる六龍は消滅したばかりの青を除けば確か緑と空だったかしら。近似色の黄と紫まで揃って空位、よほど赤が呪われたのでしょう。
でも元来求めた基準には満たなかったのでしょう。あるいは何か問題があったか。
殆ど捨て駒に近い扱いだもの。フィリアとカグラが話してみたところ一般教育しか受けていないようだし、この狂信的性質は教育よりも龍の性質が出ているせいね。……ああ、それでかもしれないわね。
龍は陽に属し、善を好み陰を厭う生き物。慈悲深く優しいわ。だからこそそれがひっくり返った時には荒ぶり災いを呼び毒素を撒き散らす祟り神と化すし竜よりよほど恐ろしく残虐になる。赤の龍の祟り、シャハトリア家も流石に実験的な儀式の一度きりで懲り懲りということかしら。あの荒野は呪力圏内に入った生命を呪殺するものだったけれど、あそことは違う本物の祟り神よ。神に祟られるというのは七代遡って血を連ねる者を根こそぎすらありえる。
よく情報の封鎖ができたわね。大地にレガノアの加護があったとしてもそもそも龍とは光に属するものだもの。抑え込むのに相当な人柱を必要としたでしょうし、もしかしたら神族を人柱にすらしたかもしれないわ。今の当主も苦労しているでしょう。この少年は龍の子供のようなものだから祟りを逃れたようだけれど」
「シャハトリア、っつったか。確かにあの一族が治める土地にどでかい社が建てられてたな。一万人の殉死者と共に神族が七柱祀られたとか。建ててから今でもずーっと祭祀をやってる筈だ。
あのガキ、14かそこらだろ。ちょうどその頃結構な騒ぎが起きてよ。シャハトリアの土地どころかその周囲一帯まるごと祟りを貰った、とかなんとかだったな。アルカ家にも祈祷の依頼が来てたような覚えがあるぜ。
どっかの家が何かやらかしたんじゃねーかって話だったが……多分それじゃねぇか?
災い逃れの祈祷なんぞアルカ家の領分じゃねぇし、神性の祟り専門だったオンカミカムイ家ですら匙を投げたってところか。クソッタレな事したもんだな、ファック、死ぬなら一人で死ねばいいもんをよ」
「そういえばそんな話があったと聞きましたわね。聖女の苦行に入っていた頃ですから私はあまり知らないのですけれど。
何か、神の工芸品が出来たと聞いておりますわ。なんでもアルトラ寺院に奉納されたとか」
おもしろアイテムはぽんぽこ出来やがるな。そんなにぽんぽこ出来るのなら集める必要も無い気がするが。いやでも一万人に神様七人とかぽんぽこでもないか。
この本だとぽんぽこ出来るのが逆に申し訳なくなってくる。
「丁度いい話してるアルな?」
「あら、万年二位ではないの」
「呵々、結構な事ネ。いっとう上に立つなら嫌われてナンボよ。末端に好かれるのは現場の上ぐらいがよろしいアル。
クーヤ、お前に指名依頼ヨ。南大陸に行くんであろ。アルトラ寺院、丁度南大陸にある寺院ヨ。よっぽどの危険物、東にはとても置いておけなかったんであろうな。
姿形も伝わってきてはねーアルが。それでもクーヤなら鼻が効くネ。此処はかのユグドラシルの神泉、伝説にある通りならば龍が生れ出づる霊泉。
しかし呪われていない筈の青の龍すら今の所その気配が無いネ。このままじゃあ多分生まれてこねーアルな。ほっときゃその神の工芸品とやら南大陸で大災害を起こすの時間の問題ヨ。
その赤の龍、恐らくまだ生きているヨ。アルトラ寺院にあるのは神の工芸品っつーより龍そのものアルな。生きたまま恨みつらみを溜め込みつつある。青の龍の位は汚染され呪われたネ。残りの空と緑も今の龍が死ねばそれで終わりヨ」
「…………赤の龍が生きている、とは思えないけれど……」
「さっきの話を聞く限り儀式に使われたのは半分アルな?
なら、もう半分は?
半分でも生かすことは出来るヨ。生かしているだけであろうが。私思うにまだ絞れるから処分しないんじゃねーアルかな。
一度きりで懲り懲り?因果を断ち切ること出来た魔族らしい事ヨ。ナイナイ。私わかる。二度目を必ず実行する。その餓鬼、ただ失敗作だから遺棄されてるだけヨ。
餓鬼の方は絞り尽くして最早絞りカス、残った最後の使い道に投げ込んだだけネ。だから赤の龍まだ恨んでる。神託を受けた二人、たまたま綾音の街に来た視察団、たまたまここに居たクーヤ、たまたま選ばれたこの場所。
全てが偶然となればそれは運命っつーもんヨ。そういう星の下に定められた事。そして得てしてそういうのは人の意思があって初めて成る。
天命に生きるのは人の業。というわけで改めて指名依頼アル。依頼主は私、皇九龍で指名はアヴィス=クーヤ。…………呪われそうアルな。二度と口にしないヨ。
依頼内容はアルトラ寺院内に保管されているであろう赤の龍の回収、及び解放。文句なしのS級難易度ネ。
達成の暁には冒険者ランクの昇格と古魔石。巨人の月と呼ばれる純度99.6の大真珠。これよりは型落ちアルがレッドベリル、純度80を三個。
期限は特に無いあるがそれまで依頼の受注は不可ヨ」
「えー……」
めんどくさい事言いだした。やっぱり誰かになすりつけるか。
「指名依頼だから誰ぞに押し付ける無いネ。というよりクーヤ以外にほぼほぼ無理ネ。同行者は好きにするヨロシ。それにこれは破壊竜にとっても助かる事ヨ。
龍と竜、切っても切り離せねー陰陽にて青が討ち取られた故にそこな竜にもその影響が出ているアル。黒のマナとやらが無いせいで竜の特性が死んでいるっつーのもあるが。問題は赤の龍その近似色まで不在で当の青の龍にも次が生まれない事ヨ。龍の空位がありすぎて挙げ句に呪われてるのは良くないネ。
勿論普段のままならそこまで影響はねーアルがな。霊界と極界の流が悪くなる一方ネ。
それに呪いも今は龍のみで済んでるアルが。そのうち間違いなく竜の方にもいくアルよ?
シャハトリアが二回目をやらかせば竜を飛び越えて竜の関係者まで行くアルな。蛇の祟りってのはそういう理不尽なもんネ。近日中にやらなきゃならないのを今なら魔石にランクアップまでついてくるアル。
お得ヨ」
「お得」
「お得ネ。放置するわけにもいかないのをついでに謝礼まで付くしその謝礼も出血大サービス。
更には今受注するとオマケに純度60のブルートパーズも追加で三個つけるアル」
「むむ!!」
「ランクアップも二階級特進ヨ」
「なんと!!」
「あと10秒でアナタ当選したこれらのキャンペーンは締め切りで他の奴に回るネ。じゅーう、きゅーう、はーち」
「受ける!!」
立ち上がって挙手した。何というお得感。制限時間内にも間に合った。これで文句はあるまい。お得なキャンペーンは私のもんだ。
なんだか詐欺にあった哀れな被害者を見るかのような目でマリーさん達に見られてしまったが、キャンペーンなんだから私がお得に決まっているのだ。