ユグドラシルの神温泉
新しい朝がきた。
いやまあ真っ暗だが。気分的には朝なのだ。布団を飛び出しいざいざいざ、推して参る!
「あら、何をしてますの。もうお昼ですわよ」
昼だったか……。
まあいい。昨日は大ハッスルしてしまったからな。丁度お昼時のようだし飯食って色々遊んで回るとしよう。
今日のメニューは店主たちが作ったぴりりとスパイス香る挽肉と野菜のミンチを煮詰めたまあ要するにキーマカレーのようなものだ。
なんかやけに膨らんだ丸型でテッカテカのナンに付けてムシャリと食らいつく。
「!!」
食らいついたらアツアツのナンの中からとろけるチーズが垂れてきた。なんか入ってると思ったらチーズだったらしい。蜂蜜が混ざっているのかちょっと甘い。これは……美味い。流石である。甘めの生地がぴりっとした辛さのルーと実に合う。
もっしゃもっしゃと二枚三枚と平らげてまぁ腹4分目といったところで切り上げておく。この食欲のままに食い続けたらこの拠点の食い物がなくなってしまうからな。
うぃーっとイカ腹をポンと鳴らして椅子の上でだらーと広がる。フィリアが給仕係なのだが給仕しながら体格のいいおっさんに乳を押し付けているのはフィリアだからしょうがない。ソープ嬢みたいなもんだ。
「食べ終わりましたの?
……そういえば、外にカミナギリヤ様が申しておりましたユグドラシルが生えていますわよ。
その周囲の氷も溶け出したようでクロウディア様とマリーベル様が温泉にすると意気込んでおりましたわ。ユグドラシルが生えたおかげでそれを媒介にこの霊地に手を加えることができるようになったとか。
カミナギリヤ様がお持ちになられていた神舟も解放してユグドラシルと神舟を要として神霊族の皆様総出で森を築き上げておりましたわ。
どうせクーヤさんは今日も暇でしょうから見に行かれればそれなりに暇が潰せるのではありませんこと?」
「む」
暇と決め付けられたが紛うこと無く暇である。それに昨日カミナギリヤさんが言っていたユグドラシルとやらも興味があるし神舟とやらはわからんが面白そうだ。
私は食堂で寝泊まりしているので外の様子はまだ見ていないしな。霜だらけの氷レンガはこれでナカナカプライバシーに配慮出来ているので外の様子は中にいる限りはわからないのだ。
確かに外から騒々しい声が聞こえる。ふむ、行ってみるか。
リュックを背負い直して小腹が空いた時の為にお持ち帰りでラム肉の網焼きとトマトと目玉焼きが挟まったパンを包んで貰って首に掛ける。これでよし。
元気いっぱい、いざいかん!!気合を入れて飛び出した瞬間、それが目に入った。
「おー……?」
見上げるほどの巨木である。なんだこりゃすげえ。ぐねぐねとした幹にあちこちに伸びまくる枝にみっしりと生い茂る葉っぱ、氷と霜に覆われた大地にあってあまりにも異様である。
しかもだ。ユグドラシルだけではなくその下の方にもここは原生林だったかなという気がしてくるほどの木が生えまくっている。ふわふわと飛び交うカラフルな光も相まってあのカミナギリヤさんの里に近い空気だ。木の根元やら霜の隙間やらから光る花を咲かせる植物も生えまくりだ。地下洞窟の中の森という環境で全体的に薄暗いというのにあちこちの光のせいか不思議と暗くは感じない。
植物が生えている大地が真っ白な霜でなければマジで妖精の森だ。その合間をすいーっと光る妖精さん達が飛び交うという有様は昨日までの殺風景さが嘘のようである。とはいってもこの広大な地下の一部分が森化しているだけでそこを一歩出ればまた氷と霜しかないのだが。
神霊族の皆さんが森を築き上げているとは聞いていたがまさに森を作り出してしまったようである。この木って果実とか生るのだろうか。生るといいなあ。美味しいやつがいいのだが。
「三つ目娘なのよー!いつまで寝てるのよー」
「カナリーさんだって髪の毛寝癖だらけじゃんか」
口を開けて眺めているとカナリーさんがケチをつけてきおった。でもカナリーさんも明らかに寝てただろ。寝てないのよー!とかなんとか言っているが顔が完全に寝起きだ。
「カミナギリヤ様がクルコの実が生る木を移してくださったのよー!
三つ目娘には勿体無いのよ!」
「な、何ぃ!?」
クルコの実だとぅ!?そういやあの実はカミナギリヤさんが居る大地に生えてくるとかなんとか言っていた。え、やだここ離れたくない。
店主にパイにしてもらうつもりだったのに未だに作ってもらっていないのだ。畜生なんてこった。
もう生ってたりしないだろうか。今のうちに食いだめせねばならない。
「クルコーーーっ!!」
森の中へ猛ダッシュである。このレッグが火を吹いた。
「ま、待つのよー!!」
ブィーンとカナリーさんが付いてきたようだが今はそれよりクルコなのだ。クルコの実はどこだ!!
木々を飛び越え枝をくぐり、大地の氷と霜もやがては緑に覆われ始める。そして中心地たるユグドラシルの元に突撃暗黒神ちゃんしてやった。
「あれならまだ生っていないな」
一秒で轟沈、膝から崩れ落ちた。なんてこった……。
でっけぇユグドラシルの元にはカミナギリヤさんにクロウディアさん、マリーさん、周囲には見学しているらしい人々が木を見上げたりしている。
ユグドラシルの横にはあの里にあった一際でっけぇ木も生えている。それでもユグドラシルの横では小さく見えてしまうのだが。
氷が溶けだしたの言葉通りユグドラシルを中心に木々が水に沈んでいる。あちこちに島が出来ているが。透明度が高すぎてちゃんと底が見える。底の方は……苔か?真緑である。柔らかそうだ。手を突っ込んでみるともぬんとなんとも言えない感じで手が少し沈んだ。天然絨毯みたいである。
「クーヤ、丁度よかったわ。魔術の図面引きが終わったところなの。
見ていくでしょう?貴女は魔法の類は使うことが出来ないでしょうけれど、わたくしの生徒だもの」
「やったー!!」
よくわからんが見るべき。マリーさんが言うなら見るべきものなのである。
「ふむ……黒魔法というものは私の知るところではないからな。このようなものなのか。……興味深いな」
「図面自体は確かにわたくしとクロウディアの黒の魔法だけれど。この場所なら貴女の独壇場でしょう。
魔術構成と起動は貴女のほうがいいわ」
「そうだな。では起動する。皆もあまり動くな」
おお……?
マリーさんとクロウディアさん、そしてカミナギリヤさんの複合魔法のようだ。
ぶおんと微かな音を立てて魔術が起動したらしい。波紋のような光が大地を、そして周囲の木々を舐めるようにして広がっていく。ずず、小さな音が徐々に大きくなり、葉擦れの音が響き出した。
地響きを立てて木々が脈動する。これは……動いてないか?揺れる地面がせりあがり石や岩が明らかに人の意志が反映された形に形成されていく。階段、壁、そしてがぼんと音を立ててあちこち陥没した。
十分ほどだろうか。少しずつ動いてた木が完全に静止したのは。こぉーんと何処からか氷の音がした。ぱらぱらと上から氷の粒が降ってくる。
ユグドラシルの根本やあちこちからざぶざぶと水が吹き出ている。水源なのだろう。岩が密集するところを覗き込むと道が出来ていてそこから水が森の方へと小川となって流れていっているようだ。循環も完璧だった。水に顔を突っ込んでぐびぐびしてみた。うまい。恐るべし。
「どうだ?」
「流石妖精王と言ったところかしら。設計はわたくし達の黒の魔法だというのに問題なく精霊魔術として起動してみせたわね」
「ふむ、扱いは難しいがこの大地ならばな」
「では仕上げといくかの。余は地脈を変えるのは得意ではないのじゃが……אברא כדברא、其は赤熱の大地を抱くもの也」
じゅわっと煙が吹き上がり、ユグドラシル周辺を埋め尽くす水がゴボゴボと沸騰する。だがそれも僅かな時間だ。下からあちこち生えてきた氷が柱となった。それが温度調節だったのかどうなのか、沸騰していた湖が静かになり周囲には湯けむりがもうもうと立ちこめている。
そう、湯けむりである。そういや温泉を作ると意気込んでいたと聞いたがマジでそれだけの為にこんな大掛かりな事をしていらっしゃったのであろうか、この三人。
唐突に出来た原生林の中に唐突に湖が出来上がり唐突に出来た石の柱やら階段やらが散逸しそして唐突に湖が全部温泉になった。
底は苔なのに大丈夫なのか?木々も根本が浸かっているがお湯って大丈夫なのか。しかも残った氷柱は温泉の中にきっちり立っている。溶ける様子はない。景観が完全にちぐはぐすぎて意味がわからん。なんだこれ。
周囲の木に比べれば背の低い木が密集して隠しているうっすら見える石造りの床で出来たちょっとした広場はなんだろと思っていたが温泉となると多分身体洗ったりするところか。あちこち穴が開いてるようだし。小さな滝のようなものも見える。
「少し加工するぞ」
カミナギリヤさんが指を組んでなにやら呪文を唱えた。しばらくすると上からぼちゃぼちゃと黄色い果実が降ってきた。いい香りである。柚子?うまそうだ。
しかもなんだかじわじわと周囲に芳しいような、なんだか奇妙な匂いが立ち込めてきている。なんかこう、水質をいじっているのであろうか。めっちゃ健康に良さそうだ。すげぇ。なんという無駄遣い。
「完璧な仕事じゃな。どれ、酒はあるのかえ?
一番風呂はもちろん余らであろ?」
「そうね。グランに言って年代物を出させましょう。
なにせここの住人達は長く氷を溶かして水だけで身体を洗っていたもの。これで衛生環境もマシになるでしょう」
なんと。温泉の為だけに頑張っているのかと思っていたがちゃんと理由があったらしい。確かに私も風呂とかないし水を作って濡れタオルで拭いていたが。亜人や人間はそれではキツイのだろう。
考えてもなかったが衛生的には最悪だっただろう。しかしこの温泉、これでは混浴なのでは?いいのだろうか。
「女湯はこっち、男湯はあっちよ」
ついっとマリーさんが指をユグドラシルの反対側をさす。やたらめったら木々が生い茂りうっすらと岩壁が見えている。ちゃんと分けられているらしい。自然すぎて気付かんわ。
「クーヤ殿も入るだろう?」
「む?」
私は別に水でいいのだが。まあ入るだろうと言われたら断るのもなんである。
ちょっと入ってみることにした。温泉とか初経験な気がするぞ。ピクニックがわりにこの珍妙景観を見ながら首に下げた肉とパンをがふがふと摂取して立ち上がる。がふがふしている間に皆さんあちこちに散って行ってしまったので準備をしているのであろう。
私も着替え取ってくるか。てってけ走って部屋に入ってがさがさと荷物を漁る。タオルと着替え、石鹸とかはどうしよう。いるのか?桶もいるだろうか。
取り敢えず全部持ってこう。ついでに食堂によって店主に酒を要求しておいた。まだ持ってくのかよとか言われたので既にマリーさん達が襲来していたのかもしれん。
まあいいか。
「フィリアも行く?」
「温泉ですの?……そうですわね、ここ最近はまともにお風呂にも入れていませんし。
私も行きますわ。少々お待ちくださいまし」
「おー」
なんだかんだ全員入るのか。まぁあのアホみたいな広さなら別にいいだろうけど。後で悪魔どもも呼び出してやるか。