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鍋を食らう者達

 


「むむ!!」


 ざばぁと新しいゲテ魚が釣り上げられた。超長い口に飛び出して破裂しそうな目玉、ネズミのような細長い尻尾に真っ黒いヌメリボディ、うむ。紛うことなきエイリアン魚である。

 ビチビチと跳ねているが食えるだろうか。少し考えてからずりずりと引きずって養殖用の池に放り込んでおいた。食えるといいね。案外刺し身にしたらイケるかもしれん。

 さて、もう少し釣りをすべきか?いやでも飽きてきたな。何か別の暇つぶしをするべきか。というかなんかケツを乗せている樽がめっちゃドンドンされて座り心地が悪い。なんだこの樽。悪霊でもついてんのか。あとで水洗トイレしとこう。


「クーヤ殿、少しいいか?」


 振り返れば、探索に出ていたカミナギリヤさんである。


「あれ、カミナギリヤさんどうしたんです?

 眠れないのです?羊の枕いります?よく眠れるらしいですぞ。なんか起きれないヤツも出るらしいですが」


「いや、寝るような時間ではないのだが……前にもその枕を勧めてこなかったか?」


「そうでしたっけ?」


 暗黒神ちゃん脳は相変わらず深刻な容量不足のようだ。でも言われてみれば言ったような気もする。まあいいか。


「それはいいのだが。これについて知らないか?

 今朝までは無かったと思うのだが」


「ん」


 カミナギリヤさんが指差したものは、もちろん私には覚えのあるものだ。恨みつらみと共に。


「私の頭から生えてきた奴ですな」


 アスタレルのへなちょこ薬のせいで私の頭に芽生えた植物である。そういやさっき引っこ抜いて捨てたな。きっちり根付いてしまったようだ。


「これがか?クーヤ殿の頭からか?

 ……クーヤ殿、これはユグドラシルの芽だ」


「ほほう」


 ユグドラシル、ユグドラシルってなんだ。考える。

 叫んだ。


「な、なにぃ!?」


 ユグドラシルってあれだ。めっちゃすごい樹ではないのか。何故私の頭からそんなものが生えてくる。


「……私もこの神泉を探索したのだが。ユグドラシルは何処にも無かったのだ。伝承では千メートル近い巨木だ。

 見落とすとも思えず、しかし枯れ落ちたとも思えなかったのだが。……今、この場所でユグドラシルは植えられたのだ。

 クーヤ殿、我々が居るここは本当に光暦3923年の世界だろうか?」


「むむ……?」


 光暦3923年、えーと多分この星の年号だろう。この場所は現在か、という事だろうか。ナカナカに哲学的な問いである。


「我々は今、誰にも観測されぬ存在だ。我々が今正しい時空に居るとはここに居る限り誰も証明などできん。

 次元断裂に飲み込まれた大地は場所、時代を問わず何処かへと流れていった。私は思うのだ。この神泉は恐らく遥か過去に流された。

 それこそ地表に未だユグドラシルがある頃には既にここはあったのだろう。人知れず、誰の目に触れることのないまま。遥か遠くの海を覚えているか?あそこは時間の流れが違う事が観測で既に分かっている。次元がずれるとはそういう事だ。

 ここも同じだ。我々はつい先程まで時間の外におり、そしてここはかの大霊地に極似た場所に過ぎなかった。だが、貴女がここにユグドラシルの神泉と呼ばれた大霊地の要を植えた。貴女がここをユグドラシルの神泉と今定義づけたのだ。今まさにこの次元はこの物質界の大地に根を下ろした」


「へぇー……」


「ふ。よくわかっていないという顔をしている。だがそれでいいのだろう。

 私も妖精というだけあって好奇心が旺盛なのだ。気にするなクーヤ殿。自分という存在が気付かぬ内に世界が変容する歴史的瞬間に立ち会っていた、それが嬉しいだけだ」


 よくわからんけどカミナギリヤさんが嬉しそうなのでいいか。


「しかしこの芽、恐らくだが我々という観測者が居なくなった瞬間に長くこの霊地にあり続けた大霊樹ユグドラシルという形に存在が変質し一気に巨木と化すぞ。

 休む前にこの周囲にあるものを片付け、養殖場も移動した方がいい」


 む、それは大変だ。仕方がない。潰されては困る。ちょっとした荷物ならともかく氷レンガで出来た養殖場は私には動かせんな。ウルト呼んであとは誰かに手伝って貰おう。

 樽から降りてピーッとホイッスルを鳴らした。既に染み込んだ習慣によってチンピラ共が慌てたように駆けてきてビシッと並ぶ。長く辛い労働により固い絆で結ばれたようだ。ンン、結構結構。

 並んでから習慣で並んだ自分に気付いたらしく咽び泣く奴が出てきたが暗黒神ちゃんは気にしないのだ。


「あ、クーヤちゃん樽はもういいです?」


「ん?樽?」


 ホイッスルにつられて歩み寄ってきたウルトが不思議な事を言いだした。樽、なんかあったっけ?


「人間漬け込んでたじゃないですか。さっきからなんだか全然動かないですけど」


「あ」


 完全に忘れていた。そういや椅子にしていた樽には人間入ってたのだった。だがここは一つ知らんふりをしておくべきであろう。

 椅子にしているもんに人間が入っている事を忘れるとかイメージが悪いので。


「持ってっていいよ」


「はーい。僕、牢屋作るの頑張りましたからね。あんまりああいうのって得意じゃなかったんですけど人間の姿を取ってるとあんなに楽なんですね。

 なんでも試してみればよかったなあ」


 まぁ竜形態で工作は難しいだろう。なんか夢中で氷レンガ作ってるなーと思っていたがどうやらああいう細やかな作業が気に入ったらしい。

 ゴロゴロと運搬されていく樽をひらひらとハンカチ振って見送っておいた。集落の中心でガランガランと鳴る鐘が夕刻を告げる。ブラドさんとマリーさんも戻ってきたようだ。……ブラドさんの顔がやけにボコボコだな。しかしなんかスッキリした顔でもある。


「あらクーヤ。どうしたのかしら?

 …………ああ、ブラドの顔ならわたくしが活を入れてよ。いつまでもヘタれていては困るもの。

 悲しみや悼みを忘れるならば戦う事が一番だもの。わたくしが慰めるだなんて早々なくてよブラド?」


「君の慰めは一般常識に照らし合わせて言えばトドメにしかなっていない。しかもただのサンドバックだっただろう。

 気を使ってくれたのは素直に礼を言うがね。二度としないでくれると有り難いのだが。この美形の顔の形が変わっているではないか」


「人狼の回復力なら一日で治るでしょう」


 クロノア君が付いて行かなかった理由がわかった。マリーさんなりの慰めがどういうものかを知っていたからだな。

 そりゃあ行かないだろう。

 ふむ、よし。何時も通りの二人である。暗黒神ちゃん大ハッスルって感じだ。

 ぎゅぎゅっと腕まくりする。この犬耳のおっさんを労るべく、この暗黒神ちゃんが手ずから料理に作ってやろうではないか。普段は店主を中心にフィリアや神霊族の皆さんが簡素な食堂で料理を作っているのだが。

 そこで私も手伝うのだ。なんかそういう気分になったので。そうと決まれば話は早い。幾つかの養殖場から魚を引っ掴んでバビュンと駆け出した。

 これでうまい料理を作ってやるのである。


「……………」


 さて、料理が出来たのはいいのだが何故だかフィリアが死んでいる。なんでだろ。まあいいか。


「出来たぞ者どもーっ!!」


 鍋を引っつかんで食堂と決めている広場に飛び込む。店主は逃げた。何故だ。まぁいい。あの野蛮なスキンヘッドにはこの高尚な料理が理解できなかったのだろう。

 ぐいっと突き出す。


「皆さん!完成しましたよ!その名も名付けてクーヤちゃん暗黒メニューです!」


「何だ?もう出来たのかね?少しはまともな―――――うっぷ」


 ブラドさんが白目を剥いて気絶した。

 あれ?あまりにも美味しそうで失神したのか?もったいないおっさんである。


「クーヤ、申し訳ないけれど……その名状しがたい、料理……かしら……?……それをこちらへ近づけないで頂戴」


「え!?」


 と思いきやマリーさんまで青い顔だった。

 あのクロノア君ですら全身で拒絶を示している。

 鍋を見つめる。まさか、もしかしたら、信じがたいが、絶対に有り得ない筈だが、万が一にも、否、億が一の可能性で――――――不味そうだというのか!?

 皆さんの顔を見れば、鼻を押さえてのけぞるようにしてこちらを見ている。

 近付けると更に後ずさった。クロウディアさんとウルトが逃げた。カミナギリヤさんが呻いている。カグラとアンジェラさんは近寄ってきもしない。

 九龍とじーちゃんはいつの間に確保したのか保存食をバリバリ食っている。それはいいがそのガスマスクどっから持ってきた。


「え?え?」


 馬鹿な。有り得ない。鍋を眺める。

 紫芋らしきものと紫キャベツらしきものを大量に突っ込んだ目にも鮮やかな紫色の料理は実に高貴さを醸し出している。

 柔らかくなればいいと思って煮込みまくったメインのエイリアン魚は解け崩れている程に柔らかジューシィ。虚ろな眼窩と鍋から圧倒的にはみ出す口がプリティである。

 素材の味を生かさんが為に下ごしらえはしていない。魚は魚だし内蔵だって食べられるじゃないか。鱗だって魚の一部だし食える筈だ。

 調味料は良くわからなかったが調味料と言うぐらいだし、豪華な方がよかれと思って全部大量に突っ込んだ。

 舌に乗せた瞬間に七つぐらいの味が広がるに違いない。

 牛乳が好きなので牛乳もたくさん入れた。臭みを取るっていうしな。後味の爽やかさを演出する為にレモンも入れている。吹き抜ける爽やかさを約束する。何故か牛乳が分離したが問題はない。強いて言えば具が増えた程度だろう。

 匂いは重要なので良い匂いのするものを入れようと思って出汁の出そうな謎の骨とミントのようなもの、紫蘇っぽいものとチーズも入れている。

 気分がいいようにと良い感じに天国にいけるらしいきのこの粉末も入れている。デザートにはケーキも突っ込んでおいた。

 そこまで見て───────気付く。


「何これ不味そう」


 何だこりゃ。

 こりゃいかん。人の食い物ではない。料理が楽しすぎて分からなかった。


「クーヤ、貴女……とても、なんと言ったらいいのかしら……。

 とてもではないけれど、わたくしには言葉に出来ないわ」


「ムギィ……」


 返す言葉も無い。

 これは流石に食わせる事は出来ない。既に毒物である。スライムでも無理だろう。というかリレイディアもスライムもテントに引っ込んだまま全く出てこない。

 さっきまで元気に水で遊んでいたというのに。仕方がない。悪魔共に食わせる事にした。三匹でいいか。


「出てこいメロウダリアにルイスにアスタレルー!」


 私の影からぴょこっと三匹の動物が顔を出す。じーっと私が持つ鍋を半目で眺めている。


「お前ら、食料もったいないし。食え」


「おやおや。そのこの世全ての怨念と呪いと祟りを焚き染めた悪夢のような料理もどきを私共に食えとおっしゃる」


「お嬢様、それは悪魔でも死にますぞ」


「主様の手料理だなんてあちきは悦びのあまり闇に還りそうでありんすなぁ」


「別に死なないじゃん。いーから食え」


 押し付けるとしょうがないですねぇとかブツブツ言いながらひょいとどこからか悪魔印のスプーンを取り出してもそもそと三匹で食べ始めた。これで無駄にならずに済む。我ながら素晴らしい処理の仕方である。

 次の魚を見繕うか。振り返ると店主達がいつの間にか作ったらしい料理を泣きながらがっつく住人たちが居た。なんだそんなに腹減ってたならさっきのでも良かったか。

 しかしもう悪魔に食わせている最中だ。仕方がない。やはりもう一回作るべきであろう。広場の隣にある養殖場にたったかして魚を眺める。さて、どれにしたものか。


「……平気なのかね?」


「お嬢様に賜った物であれば平気か否かを問われれば私共は平気と答える他ありませんな」


「これはこれで甘露、というものではありんす。まさに天にも昇る味と言えましょうなぁ。まさに極楽、極楽。

 唯一無二の味わぇの。

 ……マジで天に昇りそうだ。二重の意味で。俺の真体死んでねぇか?」


「地獄に帰ってから確かめればよろしい。ヒビぐらいで済めばよろしいですが」


「それは平気とは言わんだろう」


「……知ってるか?

 悪魔ってのはそもそも物質界にあるような毒物ってのは効かねェんだ。

 物質的な肉体を持ってるわけじゃネェからな。霊的な呪いなら効くが。多少のものなら食ったって気付きもしねェよ。

 味覚ってのも作ろうと思えば作れる。だがまぁ、マズイだとかねェんだ。好みはあるが。マズイってのは毒物に対する反応だからな。苦いだとか、辛いだとか、刺激があるだとかな。

 毒物が効かねぇんだからマズイも糞もねェ」


「……どんな物でも全く問題はない。本当に平気、ということかしら。凄いわね。その料理が平気だなんて羨ましいわ」


「その上で言うが。悪魔をして食えたもんじゃねェ。

 激烈にマズイ。永く生きたが未知の味だ。食材以外に確実に何か得体の知れないものを混ぜ込んでおりますね。暗黒神様もご自覚は無いのでしょうが」


「こんな物を作れるとはお嬢様の手際は如何なるものなのか、芸術的に興味がありますな。地獄にある全ての不浄を混ぜ込んだとしてもこうはなりますまい」


「あと一口で多分死ぬ」


「君達、残した方がいいのではないかね!?」


「アホか。暗黒神様手ずからお作り頂いた料理、それを賜るという珍しいくらいのご褒美。たとえ死ぬと分かっててもその選択肢はハナから存在しませんヨ」


「味覚遮断なぞとするわけもありませんな。人にはわからぬ領域というものでございます」


「誰がやるか。殺すぞ」


「三匹共に見上げた信仰ね。ブラド、わたくしは貴方にもこうなって欲しいのだけど」


「冗談はよしたまえ!?私でも死ぬぞ!?」


「あら、わたくしの料理が食べられないと言うのかしら。マズイと?

 ブラドの癖に生意気である、と言ったところね」


 とっとこ戻る。

 ん、なんだよくわからんが全員仲良くやってるな。会話も弾んでいたようで結構結構。通夜というものの締めは宴であるものだ。

 リベンジの為に漁っていた養殖場から引き上げてきた魚をべちゃっと下ろす。九龍が最初に釣り上げたゲテモノ魚である。煮ても焼いてもどうにもならないとされた魚、これこそ私に相応しい食材。

 抱え直して高々と掲げて宣誓した。


「次はこの魚で料理をする!!」


 全員蜘蛛の子を散らすように逃げていった。解せぬ。


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