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漬け込み樽

 


 なんだかお通夜モードというか陰鬱な雰囲気である。まあしょうがないが。実際お通夜だしな。とは言っても、元々こういった事を多く経験して来たであろう人々だ。

 そんなもんに慣れていいのかとも思うが実際慣れてしまっているのであろう。それとも立ち止まっている暇はないという事であろうか。切り替えるようにしてキビキビと動き出したのは程なくしてからである。

 流石に思うところがあったのかブラドさんとマリーさんはどこかへと姿を消してしまった。きっとルナドさんと付き合いも長かったのであろう。そっとしとくか。……の割にクロノア君は平然としている。まぁでもクロノア君もブラドさんに気を使ったのかもしれん。

 まあいい。さて、こちらはこちらでやるべきことをやらねば。彼女に頼まれたしな。足をぶらぶらさせながら樽を眺める。樽は未だに沈黙を保っているが、それでも時折ごろんと動く。


「んじゃ、鏡割りの儀式と洒落込むアルか」


 ゴトリと取り出されたるは巨大な木槌。え、それで割るの?突っ込みを入れるものは誰も居ない。

 死なないといいね、気が早いヤツは既に十字を切っている。


「総司、酒のんで遊んでねーでこれぐらいやるヨ」


「儂はおめーと違って若くねーんだからいたいけな老人の腰を労ってくれてもいいんじゃねーかな」


「この前手合わせしたけど特に衰えてる様子ないネ。さっさと抑えるよ。私全力で叩き割るネ」


「え?全力?やだー、誰か替わりにやってよ儂やだ」


「住嘴。とっとと抑える」


 ぶつくさ言いながらじーちゃんが樽を抑える。樽が明らかにやめろと言わんばかりにガタガタと揺れるが二人の外道は全く聞こえた様子もなくいい笑顔で照準を合わせている。

 位置取りを直しつつ九龍が木槌を構えてじーちゃんが樽の横に腰をしかと据えた。


「九龍とー」


「総司のー」


「「鏡割りコーナー」」


 なんか始まった。取り敢えず拍手をしておいた。


「せーの」


「いっくアルよー」


 稀に見る最高の笑顔だった。あ、これ中の人死んだな。短い命であった。ナムサン。

 ひゅごと風を切る音が微かに耳に届く。刹那、時が止まったように全ての音が掻き消えた。

 ぼっ、閃光のような目を焼く光と共に空気が潰れる音がした。振り上げられた木槌が音を置き去りにするのを私は確かに見た。

 雷鳴のような音と共に空気が焦げ付く匂い。じゅばと波紋となって広がる衝撃。

 対するじーちゃんも負けてはいない。笑顔から一転、まるで鷹のような目つきでその手元が掻き消え、焼けた鉄を打ったような真白の火花を放つ。

 樽がまるで越えてはならん次元を越えたかのようにブレ、まるで樽が幻であるかのように振り下ろされた筈の木槌がすり抜けるを私の目は確かに見た。

 ゴォン、木槌が虚しく氷を叩く音だけが反響して消えていった。

 しゅおおぉおお……と樽と木槌は白い煙を放っているしなんか時折プラズマのような青白い光が周囲に散る。ん、何か見てはいけないものをみたのでは?


「哎呀、しくじったか」


「呵々々、鏡割りってのは熟練の達人しか出来ねーんだ」


 嘘こけ。あんなのが鏡割りであってたまるか。もういい私が直接樽を割ってくれる。


「おりゃーっ!!」


「「あ」」


 解き放たれたミニマムボディプレスが樽を直撃、私の重量に押された樽の蓋は哀れすぽんと飛んでどこかへと行った。

 これでよし。今日も労働した感じがする。しかしあの人外鏡割りのせいで中身は死んでるんじゃないのか。

 ちらっと覗き込む。中身は空だった。首を振る。沈痛な面持ちでそっと身体を起こした。

 樽は転がしても叩いてもやはり空である。そっと手を合わせておく。


「ご臨終です」


 言った瞬間、シュバッとなにもない空間で突然火花が散った。煙が吹き上がりその中に微かに見える人影。バチバチと弾けるプラズマに青白い光が断続的に瞬いて弾ける。

 そしてそこから転がり出てきた者が居る。


「な、なっ、な!?なん、え、あれ?今僕死ななかったか?」


「おー」


 起きた。割と元気だ。身体はぷすぷすと煙を上げてボロボロだが。


「すげーなあの坊主、樽で時空跳躍成功させたヨ」


「いやすごいの儂だし」


「綾音ー、これがカシャいう奴か?」


「えーと、特徴をいいますね。赤みがかった鉛色の髪で肌は白人、目は緑で背丈は百四十かその程度で体重は四十はないくらいの少年です。

 名前はカシャ=シャハリトリア=ルー。性格は……そうですね、貴族の勇者ですね」


「……!?この声、あのギルドマスター代理の声……?

 面妖な……これが蛮族の術というわけですか。人の精神をへし折る術というわけですね。神の意思に背く邪法をこうも当たり前のように使うとは全く不浄な……やはり蛮族というものは滅ぶべき悪だ。

 人が教え導くに足る種は少なくとも善性を持っていなければその資格はありません。獣ならば万物の霊長として保護もしましょう。全ての生き物は平等に生きる権利がある。ですが貴方達は獣ではなく、この星に住まうべき生き物でもない。

 不浄より這い出ていた淀みです。これほどの数の魔族がこんな地下に居るとは……。亜人もいるようですが。貴方達も失格ですね。悪、それでしかない。

 この集落はなんのつもりです?何をしているのです。全てを吐きなさい。

 僕の名はカシャ=シャハリトリア=ルー。今こそ貴方達の罪を暴く者の名です」


 言いながら私に隠し持っていたらしき短剣を突きつけてくる。

 ん、樽で越えてはならん次元を越えたショックのあまりに精神が死んだか?それとも記憶が飛んだか。

 まあいい。どこかくらいは教えてやろう。


「ここはモンスターの街暫定ユグドラシルの神泉拠点なのです」


「…………ユグドラシルの神泉、ですか。またくだらない虚偽を。

 ここはユミルの街の地下でしょう。あの街は国交を一方的に打ち切り街に住んでいた人々から住む家を奪い取り追い出し、そして今現在に至るまで教団の受け入れをしようとしない。

 反社会的な亜人や神霊族が住まうばかり。工芸の街とは言っていますが本当なのですか?東大陸にある如何なる国とも交易も行わないあたり、嘘としか思えません。

 視察団への対応も最悪の一言です。協力する姿勢を見せず、我々をあんな粗末な宿に放り込んで放置する始末。視察団に対する敬意も無ければはるばる来た我々へ相応しい歓待もない。

 それらの理由がこれということでしょう。違いますか?

 地下に施設を作りまたいらぬ争いを起こす為の準備を整えていたと見るのが合理的です。ギルドにあった果実と宝石は神の工芸品(アーティファクト)でしたね。

 ギルドぐるみ、ということですか」


 なんだめっちゃ元気だな。さっきまでぶれいなとかやめろとか悲鳴上げてた癖に。

 しかも現在進行系で服とか煙が上がってて穴だらけのボロボロ、髪の毛も若干チリチリアフロだというのに。逆に根性があるかもしれん。


「一番よわそーな奴に剣を突きつけながら何を言っても取り合うに値しないネ。せめて私か総司に向かってその言葉吐けばマシだったアルが。

 ま、何をどう言ってもお前は今から捕虜ヨ。国際法なんて上等なもんはこの世界にはねーしあっても私守る気ないネ。少なくとも捕虜として生かしはするヨ。

 私の拳止めた人間の最後の頼み私聞くアル。ルナドに感謝しとくことネ」


「……捕虜?何を言って────」


「クッソ生意気なボンボンだな。ローズベリー支部の洗礼だ。樽に漬けとく」


 カシャ少年は哀れ、店主に足首を捕まれ樽に投げ込まれ漬け込むの言葉どおりバナナの皮やらなんやらが詰められそのまま蓋が閉められた。樽からはどんどんと暴れる音が響いているが蓋は外れないようだ。

 うむ、いい感じに静かになったな。どっしとケツを下ろして再び釣りに勤しむことにする。今日は落ち込んでいるであろうブラドさんの為にうまい魚を釣り上げてやろう。

 この騒ぎの中まるで変わること無く鼻歌を口ずさみながら氷レンガを作り続けていたらしい破壊竜様が呑気に声を上げた。


「牢屋って一畳ぐらいでいいですよねー?」


「ウルトディアス、これに一畳も勿体ないじゃろ。

 樽がおけるサイズでよいわ」




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