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神託を受けしもの

 

 無言でチンピラが樽を蹴った。うっだかなんだか取り敢えずしかと呻き声が聞こえた。沈黙が落ちる。チンピラが再び樽を蹴る。ぶれいなとか聞こえたな。

 ガンガンとサッカーボールにされる樽、やめろとかふざけるなとか聞こえてくる。ふむ。

 目の前に転がってきた樽をそのままころんと転がして水に沈めておいた。ブクブクブク。よし解決。

 解決した所で騒ぎを聞いてブラドさんを毟っていた皆さんが駆けつけてきた。


「何の騒ぎアル?」


「なんか人間入ってたから沈めといた」


「沈めてどうするネ。聞くべき事聞いてから石抱かせて沈めるヨ。そこのお前、回収してくるアル」


 言いながら適当なチンピラの背中を蹴って水に落とす姿は鬼畜以外に形容しようがない。こりゃあ万年二位の貫禄ですわ。そしてこれより下の万年最下位のじーちゃんは何をやらかした。

 当たり前だがここの水はほぼ氷に近い水温であり十分も浸かってれば漏れなく地獄行きになれる。躊躇すらせず落としおった。


「落としたのはアナタも同じヨ」


「私が落としたのは人間入りってだけの樽だし」


「そこに何の違いがあるネ」


 全然違うだろ。まあいい。チンピラが死にそうになりながら樽を回収してきたのでチンピラには暖かいスープをくれてやった。今は出発に備えて魔力を貯める一週間と決めているのでフィリア達が作った配給スープである。

 さて、樽のほうだが。ガッタガタ震えてるな。動く樽である。


「樽ってのは外から締めなきゃ内側から蓋は出来ねーアル。……めんどくせーアルな」


「……そうね。確かに人間の匂いがするわ。それもそれなりに血の良い男ね」


「余の好みの香りではないのう」


 ふーむ、樽は樽、そうサイズは大きくはない。大人では入らないだろう。となれば……子供、であろうか。

 九龍がトンネル横に据え付けられているラーメンタイマーを持ってきてジーコロと連絡を取る。多分綾音さんだな。なにせこの樽達は綾音さん達の街から送られてきている。

 ジリリリリンと呼び出し音が暫く。ガチャリという音とともに街の喧騒が聞こえてきた。なんかいつもより騒がしい感じがあるな。何かあったのかもしれない。


「綾音、聞こえるアルか?」


「……ん、その声、九龍さんですか?」


「人間のガキが潜り込んできたヨ。それもそれなりの血筋の奴ネ。覚えアルか?」


「ああ、それなら丁度良かったですね。多分私達が探している人物です。カシャという12歳の少年です。こんな何があるかもわからない視察に選ばれる程度には末端ですけど貴族の子供ですね。勇者排出の多い血筋で居なくなった子供にも素質があったとか。

 この街に今視察団が来てるんです。名目では東大陸の他大陸に出ることのない王侯貴族と教団幹部による各大陸の慰安を兼ねた見聞と理解を深める為の親交として、ですが。

 事前に連絡もありませんでしたし手配書と、あと本に付いて聞かれました。マスターの本を探しているようですね。

 私もその対応に当たっていたので今回の荷は改めていません。その視察団の一人が行方不明になったと捜索中でした。そっちに行っているんですね」


「そりゃ厄介アルなあ。何ぞ言うてるアルか?」


「蛮族共が誘拐した、と。彼らもこうなることを知っていたようなのでただの難癖ですけれど」


「人数は?」


「四名」


「めんどっちいアルから処理任せる。

 あとそっちに神託受けた奴居る。綾音に近い立場居る奴ネ。

 炙り出して殺して沈めてこい。沈める前に四肢もいで情報絞れるだけ絞れ」


「……神託ですか。私は直接見たことがありませんが……。

 確かギルド本部でしか起きていないと聞きましたが」


「状況変わったかあるいは前々から居たのを我々が気付かなかったか。他に理由があるのか。あそこでしか神託を受けた奴が確認出来てないってだけアルからな」


 何気のない会話だが九龍が処理任せると言った瞬間に綾音さんの背後でぎゃああああとかやめろとか助けてとか悲鳴が聞こえてきた。処理ってそういう……やだ怖い。

 しまいにはばしゃあと水音が四回して静かになった。イースさんぽい声が勿体無いとかぼそっと言うのが微かに届いた。やだ怖い。

 ていうか神託ってなんだろ。そーっとマリーさんの裾を引いてみる。


「ああ、クーヤが知らないのも無理はないわ。自由都市九龍に住む人々が慢性的に抱える病気のようなものね。

 感染経路も不明、発症時期も不明。彼らは言うの。神の声を聞いた、と。

 突然に発症し、教団の手足となって動き出す、病よ。楽にしてあげるのが一番の治療法」


「へぇ……」


 神託、最初に出会った勇者を思い出す。あんな感じなのだろうか。確かに治療法はなさそうだ。


「そうですね……今私の手に届く範囲の人々の心を触ってみました。なんとなく神託というものが理解できました。発動条件もなんとなくですが」


「ほう、綾音はなんと見るネ?」


「えー、そのですね。笑わないでくださいね。愛です」


「……………愛ィ?」


 九龍が胡乱げな声をあげた。そして私もあげたい。愛、愛、愛ってなんだ。


「人種も思想も問わない神託の受諾。だったら感情しかないんです。

 潜在的にでも、自覚的にでも構いません。愛に飢えていることです。もちろんそれだけではありませんが……。九龍さんみたいな根っからそういう感情欠如とかそういう人は安心です。

 ……愛に飢えているなんて人は沢山居ます。それでも実際に神託を受ける人数は驚くほど少ない。自由都市だけで上がったのは八人。私が見れば正確な人数がはっきりとするんですが……それでももっと数が多ければもっと状況が変わっていますから。本当に数は少ないんだと思います。

 感情の他にも条件があるんでしょう。そして、多分ですが処理能力が追いついていない。魂の選別、ソート機能がろくに使えていない。だから自由都市九龍だけだったんです。

 きっとあそこを検索し続けるだけで手一杯、それ以上の余裕はありません。この街に神託を受けた人が居るのはその人が自由都市出身だからです。そこで神託を埋め込まれてこの街でそれが発芽したんでしょう。神託の埋め込みと発芽は別個のもの。自由都市の人々は恐らく全員が種を植えられています。そしてレガノアはそれを発芽させることの出来る人々の検索が間に合っていない。自由都市だけで人口はとっくに数十万を超えていますから。そこに東大陸を合わせればむしろ自由都市だけでも間に合わせてることが凄いです。

 この街に神託の芽が発芽した人がいるのは多分本当にたまたまですね。一度自由都市に住み着いてもう一度出る人なんて殆どいませんし。この街でも一人だけです。ですからどの街でもどこでも突発的に神託を受ける者が現れるということではありません。居ればですが自由都市出身者や長期滞在者を警戒するくらいでいいと思います。種を植えた人の動向や居場所なんて逐一把握はしていないでしょうから。完全にキャパオーバーです。マスターならまだしも。発芽可能かどうかしか見る事はせずに片っ端からということでしょう。

 いつ発芽するかわからない種を埋め込まれている、潜伏期間がわからないウィルスみたいなものですね。確かに病と例えて問題ありません」


「……つまり私にもその考えるだにおぞましいもんが既に埋め込まれてるアルか」


「そうなります。ですが九龍さんに発芽の可能性は皆無でしょう。億が一の可能性で愛に目覚めてもまともじゃなさそうというか最初から相手を監禁とかして満足しそうなタイプですし、飢えるなんて絶対ないです」


「ああ、そんな感じがするわね」


「簡単に想像がつくな」


「……確かに私欲しいもの力づくで奪うアルが」


 まあ九龍の歪みきった愛はともかくとして、だ。なんか気になる事が出てきた。珍しくまだ話を聞いているので。


「うーん……処理能力が追いつかない?レガノアが?」


「はい。確かに以前の彼女ならこんな処理に手間取ったりしない。

 マスターは自分が二代目なんて思ってますけど……二代目なのは常闇の神じゃありません。

 二代目なのはレガノアの方です。レガノアの力を引き継いだ人間ですよ。レガノアという神は本当の意味で全知全能の神、本当に彼女なら最初からマスターの居場所も見つけ出せます」


 いや私も二代目だけど。本物は鋭意捜索中である。ていうか何故それを。いやまあいいや。


「…………今のレガノアは力だけを引き継いだ人間、というのかしら」


「はい」


「そうね……。それならばあのフィリアの事も納得がいくわ。あの時あの場所に干渉してきたのは確かに暗黒の神の反面、光明神レガノアだった。あれはやはり、レガノア神はフィリアを助けたのね。態々あの身体の制御権を奪い取って霊脈や端末としての機能を破壊しているのだもの。あちらからすればそんな必要、全くないわ。むしろ邪魔なくらい。何故かしらと思っていたけれど……」


 レガノアがフィリアを助けた……ふむ、なんか納得した。

 わからんけどそんな感じがするぞ。しっくり。そのほうがらしい気がする。なんとなく。

 今の現状を作ったレガノアは二代目、なんかめっちゃ納得した。これを悪魔達は知っていたのであろうか。


「綾音、お前それどこで知ったネ?」


「私はもうイーラ=スピカですから。

 ……ではそちらの方に行った少年は皆さんにお任せします。こちらの神託を受けた者はこちらで処理します。

 …………ですが─────」


「何アルか?」


「こちらに居る者は処理しますが、そちらの方はそちらでお願いしますね。情報のやり取りがマスターの連絡機とトンネルだけという制限された状態で、この街に教会がなくて良かった。それに今この街は季節的に雪が激しいので出入りを制限していますし、出ていっても踏破は不可能ですから。この街の神託受諾者が何を知ってもそもそも密告する先がない。視察団も交信球の類は持っていませんでした。

 この状態でなければもっと大きな問題になっていたでしょうから。

 こちらで神託が発芽した人が居たとしても、そちらに資材に混ぜて人を送り込むなんてできるわけがないんです。樽に資材を詰める作業こそ人に任せていますが、樽そのものをあの祠にある地獄の穴に入れる作業は私とイースさんしかしてませんから。私とイースさんしか資材の入った樽がどこに送られているかを知らない。地下の倉庫に運搬しているという事にしてるんです。

 神託はあくまでその人の思想を変えるだけ。何か力や知識を得るというものではありません。その人の日常になんの違和感もなく紛れ込む行動の変化に過ぎない。だからこそ厄介なのですから。

 今まではそうしていなかった、でもこれからは知った事、知っている事を教団に密告しよう。そういったささやかな、それでも致命的な変化です。

 この街に居る神託受諾者は自由都市出身でした。その街には自由都市出身者はいません。そして座標も分からない場所に、仮にその場所が知れたとしても既に完全にマスターの領域であるそちらに居る方に新しく神託の芽を埋め込む事はレガノアの力でも不可能です。ですが最初から埋め込まれていたのならば話は別ですから。東大陸出身者であれば当然のように神託の芽は埋め込まれていたでしょう。そしてそれはごく最近になって発芽した。

 そちらにも気配があります。情報屋ルナド。貴方は神託を受け、その少年を手引きする事をこちらの神託受諾者に連絡を取って実行に移した」


 綾音さんが言い終えた瞬間、轟音と共に床の氷が砕けて水しぶきが上がった。そのままぐらぐらと揺れる大地、何が起きたのかも理解できないまま地面にむっちり転がる。

 慌てて顔を上げれば、九龍の拳をその筋肉で受け止める薬の影響で元オカマになった女性。


「………チッ、神託ってのはこれだから厄介アルな!!」


「あら、やだ。アタシだってこんな事はしたくなかったのよ。

 でも仕方がないわねぇ。アタシ、本当の愛を知ったの。神様の大いなる愛よ。それは全身が包み込まれているようで、まるで官能にも似た最高の酩酊感があるの。

 これが愛なのね、アタシそう思ったのよ。ごめんね。思っちゃったの」


「……ルナド、わたくし貴方がレガノアに傅くところなんてみたくなくてよ?」


「そう言ってくれるのは最高に嬉しいわ。他ならぬマリーの言葉だもの。本当にビンビンくるわぁ。

 アタシが男だったらきっと貴女に惚れてたわ。でも人としてのアタシはレガノアちゃんに惚れちゃったの」


「……そう……。でも、そうね。わたくしが自分で今まさに楽にしてあげるのが一番の治療法と言ったばかりだものね」


「そうして欲しいわ。これは人が知るべき愛じゃあない。あまりにも圧倒的で、あまりにも大きくて……この人の為なら何だってできる、この人の為なら何だって捨てられる。

 いいえ、皆にこの愛を教えてあげなくちゃ、これを知らないのは生物としてあまりにも不幸なんだって思っちゃうの。母親の居ない子供を憐れむように。

 でもきっとこんなのは間違ってるわ。皆、もう母親の庇護を求める子供じゃないのだもの。わかってるのに動けないの……女って生き物は目の前で飢えている子供は見捨てられない、そうでしょ?」


 ばつんと音を立てて九龍の拳を払うルナドさんがゴキボキと首を鳴らしながら体勢を整える。九龍にその命は渡せないとばかりの朗らかな笑顔は普段と全く変わらないようにみえる。

 距離を取ったクロウディアさんが魔法を唱えるが、それをマリーさんが押し留めた。


「なんじゃ、事情はわからぬが最早そやつは敵なのじゃろ?

 戦闘狂のお主が止めるとは珍しいの」


「ルナドは人間の情報屋よ。体術はそれなりだけれど、驚異ではないわ。

 わたくし達が手を出すまでもないでしょう」


「ありがとマリー、貴女は本当に。いつでもイイ女ね。やっぱりスルメ愛好委員会には入れられないわ。

 貴女なら仕方ないかなってアタシ思っちゃうもの。妬む気にもならないの。それはきっと一つの救いね」


 ギシリと肉体が軋む。確かに、あくまで人間の、それも何の加護も受けていない人間だ。見た所なにか称号を得ているということもない。となれば確かに驚異ではないのだろうが……。

 でもそれならばどうするだろう。なんというか、多分本当に治療というか解放は不可能な感じがあるのだが。

 最初の勇者が受けたらしき神託とはその様相が全く違う。あれは元の精神、魂をも破壊する直接的な干渉だ。これは静かで、まるで深い海に一人沈んでいくかのような。


「あとその樽の男の子。女としてのアタシの最後の頼みよ。出来ればその命を助けて上げて欲しいの、人間の貴族の子供で勇者の卵、とんでもないじゃじゃ馬だろうけど。

 アタシが手引きしたのは人間の子供じゃあない。ただの爆弾よ。大量の魔力を持つ子供だったからね。その身体加工されてるのよ。アタシはここで導火線に火をつけるつもりだった。

 自分が自爆前提の特攻させられてる自覚もない子供なの」


「そんな手段を取れば貴女も死ぬでしょうに」


「それで良かったのよ、それで。死ねて本望とすら思うわ。アタシは今からその樽の少年を解放して火をつけるの。

 それがアタシにできる神様への愛の証明」


 微笑みながら両腕を広げる姿に迷いは一切ない。

 そんなルナドさんの背後に、立つ人影。ルナドさんも気付いているだろうに振り返ろうとはしない。九龍がため息を付いて腕を下ろした。


「私はオカマも趣味でなければ元男もお断りだがね。今この瞬間だけは誰よりも君を愛そう」


 言いながら、ブラドさんがそっとルナドさんの首に手を掛ける。


「あら、嘘つきね。四千年前から魔王の手で氷漬けにされてたアイスマン、ヴァンパイアハンターのブラッドロア=クルージュ。貴方が追い続けるのは今も昔もたった一人でしょ。

 手の届かない人を追って駆け続けた人狼、そんな貴方の背中を見るのがアタシ好きなの。女としてのアタシはいつでもその背中を追ってた。

 うふふ。────────ああでも、アタシ今こそ本当の愛を手に入れたのね。悪魔はアタシの願いを叶えてくれた。

 やっぱり人の愛はこうでなくちゃ」


 その首が拉げた。

 小さな篝火と共にその遺体は水底へと沈められた。

 これが、神託。

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