天より来たる御使い4
ふとテーブルを眺めて気付いた。
「………」
ピーンと四肢を伸ばして恐怖に凝り固まった土気色の顔のまま妖精がピクリともせずこちらをガン見していた。
脂汗がたらたらと流れている。
水の妖精なのに油とは。
話しかけるべきかそっと目を反らすべきか。
考えているとひょいと妖精を摘み上げる手があった。
クロノア君だった。
「…………」
じーっとガチガチに固まったままの妖精を眺めている。
妖精はクロノア君に摘み上げられつつ固まったままにも関わらず目だけが八方睨みのごとくこちらから動かない。
フクロウみたいで不気味である。
こっち見んな。
それを見てマリーさんとブラドさんも妖精の目が覚めたのに気付いたらしかった。
「あら、目が覚めたのね」
「ふむ?無事に目が覚めたのならこれで任務は終了だな」
何でわざわざテーブルの上にひっくり返していたのかと思えば、保護依頼の為にちゃんと起きるまで待っていたようだ。
がさがさとマリーさんが朝の依頼書を取り出してさらさらとサインらしきものをしていた。
美しい文字である。
店主に提出してくるよう言ってそのままブラドさんに押し付けてしまった。
隙を与えない素晴らしい流れるような押し付けっぷり、流石マリーさん、美味しいところだけ持っていった。
あまりの隙のなさにブラドさんも何も言えずに立ち上がりカウンターに向かっていった。
「カナリーと言ったかしら。わたくし達はあなたの故郷から依頼を受けて貴女の捜索と保護を行ったの。
貴女が無事に目を覚まし、これをギルドへと通達。これにてわたくし達は依頼達成、以上よ。
グランに手続きを頼めば貴女の故郷と連絡を取ってくれるでしょう。
その間はギルドの宿場なりで大人しくしておけば今回の様に誘拐などはされないでしょう」
マリーさんの言葉に妖精カナリーは漸く私から目線を反らした。
それでも身体が少しでも私と距離を取ろうとしているのはまぁ、見ないふりをしてやろう。
私は寛大なのだ。
「あ、ありがとうなの。カナリーはおばあちゃん達からの連絡をここで待つのよ」
言いながらこちらをちらちらと尋常ではない引き攣った顔で見てくる。
そんなに怖いかなー。
ただの悪魔の神様だよー。怖くないよー。
にたーと笑ってみたがますます怯えてしまったようだ。
……いっぱい悲しい。
「報酬だ。大したものではないがね」
カウンターから戻ってきたブラドさんはジャリン、と硬貨が入っているらしい小袋をテーブルの上に投げてきた。
「賞金首を入れてもこれだけとはね」
「黒の牙の実動隊などそんなものでしょう」
少ないらしい。
相場がわからん。
まあでもマリーさん達のこれだけって言葉は信用しないほうがいいだろう。
それぐらいはわかる。
「さて、面白い話を聞いてきたぞ。マリー、君好みだろう」
ひょいと肩をすくめて犬耳をピクピクとさせながらブラドさんはニヤリとワイルドな笑顔を見せてきた。
犬耳で台無しだな。
「今朝ここに着く予定だった輸送馬車と未だ連絡が付かんそうだ。フィンバリット商会のものでね。
護衛もかなり居たそうだが。既に捜索隊も派遣されているが見つからんそうだ」
「フィンバリット商会……大きなところね。残骸の一つも見つからないのかしら?」
「ああ。死体一つ無いらしい。状況から見るに何かから逃亡し現在は雲隠れ中といったところだろう」
……この荒地の何処に隠れるんだろう。
何か洞窟とかそんなものがあるのだろうか?
「そうね。盗賊あたりに襲撃されたと言うなら死体なり荷の残骸なり何か痕跡があるでしょう。大陸へ逃げたなら連絡もある筈、それすら無いなら付近に潜伏中でしょうね」
話していると突然、私の背後からテーブルにドンと何かが打ち付けられた。
「おぉ!?」
驚きすぎて飛び上がってしまった。
「がはは、驚かせちまったか?悪かったな牛乳娘。こいつは俺からの報酬だ。大活躍だったそうだな?
行方不明者の捜索なんざペーペーのケツに卵の殻を引っ付けたようなルーキーの仕事だが…正直お前さん死ぬんじゃねぇかと思ってたからな。祝いだ!」
テーブルに打ち付けられたものは大きなグラスであった。
牛乳である。
店主のおごりのようだ。
素晴らしい。
いそいそと手を伸ばす。
ほぼ全てマリーさん達の手柄であるが言わないでおこう。
牛乳にしては少し黄色がかっている。
何であろうか。
グラスを抱えて一口付けてみた。
───────────瞬間、衝撃奔る。
出逢うべくして出逢った二人。
運命としか言いようがなかった。
奇跡の邂逅、この出逢いに心からの祝福を。
「親父、これは―――――!?」
「ぬはは、いいだろう?新商品のバナナミルクだ。牛乳娘には丁度いい塩梅だろ!」
なんてこった。
濃厚なミルクに加えられたまろやかな独特の甘さ。
素晴らしいぞ店主。
褒めてつかわそうではないか。
グビグビと一気に飲み干す。
なんて美味しいのだろう。
これはイイ。すばらし。
私がバナナミルクに舌鼓を打っている間にマリーさん達と店主の間で会議が始まった。
「で、マリー。お前らに正式に街のお偉いさんからご指名で依頼だ。話は聞いてるだろうが……フィンバリット商会輸送馬車の捜索。
夜明け前に中間補給所を輸送馬車が出発したのは確認できてる。そこからの行方がわからん。
当然だが商会も隠蔽魔術を使ってるから探知魔法には引っ掛からん。
地道に人海戦術と言いたいが……さすがに長々と作業はさせられねぇ。行商ルートに敷かれた結界外に出ちまってるようだからな。
って事でお前さん達にお鉢が回ってきた。マリーなら単独で結界が張れるからな。
急がねぇとあちらさんが保たねぇ。結界を張れる人材は居るだろうがそう長くは無いだろう。
ただの行商なら自己責任で放置だが。ま、荷が食料となると話は別だ」
食料、と聞いた瞬間、皆の目つきが変わった。
やる気ゲージが一気に振り切れたようだ。
「報酬は?」
「マリーが魔石の類を集めてるとは聞いた。つーわけでお偉いさんと交渉してきてね。赤石の2等級が5つ。純度は60から80ってとこだ。どうだ?」
「……いいでしょう。受けましょう」
おお、交渉が上手くいったようだ。
それにしても昨日からマリーさん達のやる気が出ているのはどうやら魔石を探しての事らしい。
多分封印を解く為のだろう。
この調子なら直ぐ解く事が出来そうで何よりである。
ガタガタと立ち上がり準備を始めた。
む?私も行くのだろうか?
取り合えずリュックを確認しといた。
「それにしても……結界外にまで出ているとはね。死ぬのは分かっているだろうに」
「そうね……何から逃げているのかしら?」
「その辺りはわからん。この辺に妖魔だのなんだの出るはずねえからな。フィンバリット商会なら盗賊が来たところで護衛で十分凌げる筈だ」
……もしや危険な仕事なのでは。
ちょっぴり怖い。
口を挟んできたのは存在を忘れかけていたカナリーさんだった。
意外なところからの情報提供であった。
「カナリーがここに来たのは天使が見たかったからなのよ。この群島が見える街に住んでたっていうおじさんが遠くから白い翼の御使いを見たっていうのよ」
「「………天使?」」
全員の声が見事にハモった。
我に返ったのはやはりマリーさんが一番早かった。
「それこそまさかでしょう。ここに天使が来るなんて」
「そうなのよ!カナリーも驚いたのよ!でもカナリーも見たのよ!真っ白な天使だったのよー!」
「……どこで見た?」
「この島ではないのよ。この島から東よりに少し離れた小さな島なのよ!」
その答えにブラドさんが顎に手を当てて考え込んでしまった。
ふーむと店主が難しい顔。
「東か。フィンバリット商会も今回は東の方から出発してる…天使を見つけて逃げたってんならそりゃ結界外に出るだろうな。そっちの方がマシだ」
「それなら確かに戦おうなんてしないわね。対話なんて無駄な試みもしないでしょうし…一考すらせずまず逃亡でしょう。
痕跡が無いのは当然ね。綺麗に逃亡か綺麗に全滅かの二択だもの」
「……天使と対話する位ならA級災害危険生物との対話の方がまだ望みがあるからな。……しかし此処にくるとはかなり位の低い天使だな」
「でしょうね。少しでも知恵があるなら来ないもの。階位の低い末端天使でしょう」
天使………天使ィ!?
いかーん!!
これはヤバイ事態である。
勇者ではなくまさか天使がくるとは。
「て、天使って大丈夫なんでしょうか……!?」
キョドりながら必死に問えばマリーさんは少し微妙な表情をしてみせた。
「……大丈夫、とも言い切れないのが実情ね。この街に来ないとも限らないわ」
逃げたほうがいいだろうか。
あまりにも予想外すぎる。
「まあ、如何な天使とは言えこの大地にあっては長くはもたん。ここから離れず精々見つからんよう逃げ回るのが賢いだろうな。
フィンバリット商会が大陸へ戻ったと知らせが来ないのも同じ考えだからだろう」
そうか。
そういえばこの辺りの死者が神や御使いを恨んでいるせいで彼らは来れないと行っていた。
「敷かれた結界に入る事もなく消滅してくれれば有り難いわね」
「そうだな。祈るとしようか」
ここから逃げて群島を離れるのは逆にまずそうだ。
このままマリーさん達に引っ付いているのがよさそうである。
見つかったら確実に追い回される。
一人でそんな状況になれば逃げ切るのは難しいだろう。
「マリーさん、そのフィンバリット商会を探すのに同行してもいいですか?」
「ええ、構わないわ。むしろそちらの方が有り難いわね。貴女の探索能力を使えば早々に輸送馬車の回収も出来るでしょう」
「そうだな。街に置いていってもし天使が来たら対応できん。おこちゃまだがれっきとした護衛対象だ。マリーの封印の件もある」
マリーさんがちらりとこちらを見てきた。
何だかこちらを探るようなとでも言えばいいのか。
そんな目だ。
「クーヤ。貴女、天使に追われるような覚えがあって?護衛の依頼といい天使に怯えていた事といいそうとしか思えないのだけれど」
む、確かにマリーさんがそう思うのも無理は無い。
こうなっては正直に言ってリスクが高いからと嫌がられるのもやむなしだろう。
「はい。天使や勇者に多分ですが追われてると思います」
「多分?」
「恐らく追われるだろうとは思っていましたが実際のところどうなのかはまだわからないのです」
「何か追われるような事をしたのかしら?」
「いえ、何かしたわけではないのですが。強いて言えば私の存在がレガノアにとってよろしくないというか」
「……貴女の生まれが原因で粛清対象となっていると言う事ね?」
「まあ、そうですな」
「ここに天使が来たのは貴女に因のある事なのかしら?」
「うーん……。ここに来た天使が私に気付いてるかどうかもわからないですしなんとも……」
「そう。わかったわ」
軽く返事をしただけでマリーさん達は準備に戻ってしまった。
……頼んでおいてなんだがいいのだろうか?
「大丈夫なんですか?」
答えたのはブラドさんだった。
「天使だろうが勇者だろうがマリーの封印解除には代えられんさ」
……それならまあいいか。
ギブアンドテイクって奴なのだろう。
「気をつけていけよ。特に牛乳娘」
店主にがっしと大きな手で掴まれて頭をぐりぐりされてしまった。
店主なりの激励なのだろう。
頭がぐわんぐわんしているが。
力加減を考えて欲しいものだ。
「カナリーも行くのよ!!」
妖精もか!
「役に立つのかね?」
「水の精霊なら使役出来るのよー!恩返しをするのよ!……それにこの街に居るよりあなた達についていった方が安全なのよ」
人の事を言えた義理ではないがリアルな理由であった。