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スルメ愛好委員会

 


 手に握ったツマミを眺めながら思う。

 ひょろっと伸びた足。起伏の無いペラペラにされた身体。

 ざらざらのお肌にブツブツの色。見てくれは確かにいいとはいえない、が。

 しかし中々どうして。一口噛めばじゅわっと染み出る味。

 癖になる歯ごたえ。噛めば噛むほどに味わい深くなる。

 見た目では分からぬ、秘められたうま味という名の魔力。

 うまみなのかうまあじなのか、答えの出ない問答を人類は有史以来繰り返し問い続けているとかなんとかかんとか。

 そんな事はどうでもいい。……素晴らしい。

 スルメって素晴らしい。送り届けられてきた物資からちょいとくすねたツマミであったが、なんという大当たりであろうか。

 むちゃむちゃ。

 飲み込んでから一気に手に持ったグラスの牛乳を飲み干した。

 白いおひげが出来ただろうが構うものか。

 そうだ。

 チビ、おチビ、牛乳娘におチビちゃん。

 ミニマムボディのぺしゃんこボディ。

 違う。そうではない。

 女は外見じゃないのだ。

 そう、ハートだ!熱く燃え滾るハートこそ女の魅力なのだ!

 この幼児なボディにも乙女心に震える恋するハートが秘められているのだ!

 ダンッ!テーブル代わりの木箱に叩きつけるようにグラスを置いて吼えた。


 [スルメ愛好委員会]


「……クーヤ、何かしらその看板は」


「スルメになろうと思うのです」


「……………」


 そう、スルメになるのだ。

 私はスルメになる。

 外見ではない。中身で勝負するのだ。

 ダンッと力強く木箱を叩いてマリーさんに向けて力説する。

 場所は店主が木箱と氷レンガを積み上げて簡素に作ったカウンターの上。一応ここがローズベリーギルド支部の受付という事になっている。ちなみに店主が一人で作ってギルドマスターじいちゃんはその横で酒を飲んでいた。

 というわけで諦めた表情の店主の横に陣取り看板を備え付けたのだ。すなわちスルメ愛好委員会である。


「女は外見じゃないのですマリーさん!中身です!中身が重要です!!」


 スルメについて熱く語った後、そう締めくくった。


「……すばらしいわ……」


 お?

 マリーさんの後ろに立つ人物がブルブルと震えながら呟いた。


「すっばらしいわクーヤちゃん!アタシ感動しちゃった!そうよね!女は中身よ!!外見なんてクソ喰らえだわ!!棒が付いてるくらいで何よ!!

 アタシもそのスルメ愛好委員会に入れてちょうだい!!」


「ルナドさん…!!そうです!そうなんです!ルナドさんなら分かってくれると信じてました!!」


 ルナドさんが居たらしい。

 カウンター越しに熱い握手を交わす。

 この感情を心から分かち合える、素晴らしい仲間の誕生だった。


「なるほど、いいですわね。つまりは良い女の集まりって事ですのね?私をスカウトせずにどうしますの?」


 ビッチビチ聖女がしゃなりと髪を掻きあげながら寄ってきた。

 なんという溢れ出るビッチビチ臭。


「いや、貴女はノーセンキューです」


「そうね。アタシもあんたはイヤよ」


 二人で即突っ込みを入れておいた。

 外見がよくて中身が駄目なのはスルメ愛好会に相応しくないのだ。

 なんですのと叫ぶフィリアを無視しているとマリーさんが声を掛けてきた。


「クーヤ、わたくしは駄目なのかしら?」


「マリーさんはスルメ愛好会には相応しくありません」


「マリー、スルメ愛好会は中身も外見もパーフェクトなオンナはお断りよ」


 入会したかったらしいマリーさんがプクと頬を膨らませた。

 悔しいらしい。

 でもその膨れっ面も可愛らしいのでやっぱり入会はお断りだ。

 さて、他には誰をスカウトしようか。この街の住人を思い浮かべてはみるものの、いまいち決まらない。

 総じて中身が駄目だからな。


「暗黒神様は中身もダメじゃないデスカ」


「なんだとー!!」


 ルナドさんと話あっていると地獄の穴から這い出てきて色々この地下拠点を散策していたらしい羊悪魔に水を差された。

 地獄の穴をトンネル化してくっつけたのは良いのだが、なんかそこからにょっきり出てきたのである。

 この領域が完全に私の支配下になっていて地獄の穴をトンネル化したおかげで出入り口が固定化されて、ついでにここ最近樽を運搬しまくっているせいで通路という概念が強化されつつあり運が良ければ出られるとかなんとか。この領域からは出られないし時間制限もあるらしいが。

 よくわからん。悪魔が出てこられるのは試行回数的に一万分の一くらいの確率らしいが。一万回も試したのあんたと聞けば不思議そうにそれが何か?とか言われたので頭がおかしいのであろう。

 自由だなコイツら。いいけど。ちなみにこの前はメロウダリアがぶらぶらしていた。ルイスは未だに見かけない。クルシュナは頻繁に見かけている。なんか見たこと無い獣がおるでと頭をかじられたらしい住人から報告が上がっていたのだが捕まえてみればこれがクルシュナだった。

 聞けば穴が開いていたから出てきた、と。メロウダリアに言わせれば七大悪魔という特殊な出自が原因と聞いたが。地獄と物質界を隔てる境界の中間に存在するとかなんとか。

 イーラとアワリティアもトンネルを自由に行き来できる悪魔、らしいが見たことはない。どんな奴らなんだろ。


「外見も駄目、中身も駄目ならせいぜい見目を良くしなければ駄目でショウ?」


 樽に座り込んで羊足をぶらつかせながらしげしげと集落を観察していた羊野郎がひょいとウールから一つの瓶を取り出して左右に振ってみせる。


「なにそれ?」


 問いかければアスタレルは面白そうに嗤って答えた。


「大人になれる薬デスヨ」


「……なん……だと……!?」


 なんだその薬。めっちゃ欲しい。大人ってアレだ。しゃなりんほろりん優雅で美麗なをとななのだ。多分如何にも世界が豊穣そうな色々とたわわに実りあげた金髪褐色の慈愛に満ちた微笑みが眩しい黄金美女になるはずだ。

 ……ん、誰だっけなコレは。まあいいか。

 それを聞いたルナドさんが掠れた声で呟いた。


「……この棒と袋を何とかする薬は……ないの……?」


「ありますヨ」


 再びウールから別の瓶を取り出して振って見せた。

 ルナドさんがガクンと床に膝を付いてアスタレルに向かって両手を組み、祈るように傅いた。


「悪魔様……!!愛に彷徨える子羊たるアタシにそれを恵んで頂戴……!!」


「構いませんヨ。たいしたものでもありませんからネ」


 アスタレルはぽいとその瓶をルナドさんに向かって投げた。

 それを受け取ったルナドさんが吠えた。文字通り吠えた。野太い。


「うおおおぉおぉぉおぉおおぉぉいよっしゃあぁああぁぁぁあ!!!」


「効果は一日だけデス。対価が無い替わりにネ」


「それでも構わないわ……!!アタシにもこれで愛が育めるのね……!!」


「!?

 待て、ルナドに何を渡している!?やめたまえ、私に元男と寝る趣味はな、離せこの万年二位!!

 何かねその面白くてたまらんものを見つけたアルという顔は!?

   やめ、やめろおおぉおおおお!!!」


 ブラドさんに合掌。

 しかし速攻でスルメ愛好会の会員が一人減った!?

 会長たる私も抜け出さねば!!アスタレルに縋りついてぴょこぴょこ跳ねる。


「アスタレル!!大人になる瓶は?私にも効くの!?」


「一応ネ。ご自分の意思で飲むのですし効くでしょうネ」


 ぽんと放り投げられたそれを必死に追いかけてゲットする。犬とでも何とでも言うがいい。


「いやったぁああぁあぁぁぁぁあ!!」


 ルナドさんの隣で吠えた。

 一日ぐらい夢を見たっていいじゃない!だって乙女だもの!

 ぐびびと飲み干してやった。ワクワクしながら待つ。

 効果が現れたのは程なくである。

 後ろであの筋肉量は何一つ変わることなかったルナドさんとマリーさんとクロウディアさんと九龍に取り押さえられて大事なものを奪われそうなブラドさんの悲鳴を聞きながら呆然と呟く。


「なぜだ」


 大きくなった。ああ、大きくなったとも。氷に映ったその姿、の、頭頂部。

 大きな見事な若葉。

 私の頭から大きな芽が出ていた。


「なんじゃこりゃー!」


 わたしゃ種かい!ぐいぐい引っ張るが抜けやしない。

 青々とした葉っぱは肉厚でぷるんぷるんである。


「……なんじゃこりゃー!!」


「暗黒神様は植物判定だったヨウデ」


「植物じゃないわーい!!」


 大暴れしてやった。こんなものが生えてどうしろと。


「貴女の中で大人になった自己という概念が空っぽだったのが原因なので私に言われても困りますネ。願いの根本が無い、故に叶わない。

 大人になる、貴女が心底そう思っていれば叶いましたヨ。実際には望んだままの理想の姿に変ずる自己改造の薬ですのデ。私もなんと反応をすればいいのかわかりかねる変容に呆然とするばかりでございマス。

 ──────全く、呆れる程に混沌としておりますネ、我らの暗黒神様は。

 まあいいデショ。大きくはなったじゃないデスカ」


「大人になりたいんだ!!植物じゃねぇ!!」


 益々大暴れしてやった。


「では大人の定義をドウゾ」


 む、小難しいことを聞きやがるな。

 一時動作停止して考える。えーとえーと。思い出したのは娼婦のシャーリィさんである。


「背が高くてボンキュッボンで化粧してて香水かけてるのだ。女子力を高めるのだ」


「どうしようもないほどクソな定義ありがとうございマシタ」


「なんだとー!?」


「では化粧品もドウゾ。暗黒神様の願いを果たすが我々眷属の存在意義ですからネ。

 言われればするしかありませんノデ」


 手慣れた様子でウールから化粧品をぽんぽんと取り出してくる。

 何で慣れてるんだ。まあいい。

 顔を近づける。

 ふんふんと匂いを嗅いで、あまりにつーんとする匂いに涙が出た。


「くせぇ!いらなーい!!」


 何だこの刺激臭!

 こんなもんつけるか!鼻がひん曲がって戻らなくなりそうだ!

 ちんくしゃ顔で鼻を抑えて足をバタつかせながら氷の上にもんどりうって倒れた。

 そしてそのまま動かない。

 くさいので寝る。


「で、女子力とやらがどうしましたかネ?」


「何だろうねー」


 さも私は知りませんとばかりに欠伸をしながら答えた。

 女子力はもういい。

 けっとやさぐれて氷に転がりながら羊を眺めていると、その羊の顔面がドロリと崩れた。


「うわ」


「おや、どうやら時間のようで。それではご機嫌よう。

 その頭部の芽が大きく育つと良いデスネ暗黒神様」


「うるさーい!!」


 トンネル化している地獄の穴にひょいと消えたウールに氷を投げてからバッと立ち上がって釣り道具を取り出す。

 美味しい魚を釣るのだ。スルメ愛好委員会は解散しました。頭に手をやってぐぐっと双葉を引っ張る。キュッポンと間抜けな音を立てて抜けたそれをぽいっと捨てて木箱にケツを乗せて水面に糸を垂らした。


「ん」


 ふと、それが目に入った。ゴロンゴロンと運搬されてくる樽。それをバカンと割って中身を倉庫へと持っていく。

 目の前で行われている出来のいい工場のような流れ作業の中にそれはあった。

 あの樽の中身は基本的に食料である。住人達が転がしていくうちの一つに食料と見做すか微妙なものがあった。

 ふむと考える。


「生きた人間食べるの?」


 樽を指差す。見た目はただの樽だが。私の目は誤魔化せんぞ。指差した樽が、ゴロリと震えた。






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