黎明の星
ホー、ホーと気分だけでも鳴いておく。
地下なので夜とかないが、それでも住人たちは規則正しくそれなりに時間を決めて動いている。それで言えば今は夜と言ったところである。
こっそりひっそりと抜き足差し足忍び足でそーっとトンネル付き地獄の穴に近づいていく。夜は私の活動時間であるからして。今決めた。
ひょいっと覗き込んだ穴は相変わらずなにやら地響きのような鳴動音を出している。本を開く。まずやっておくことは暗黒神ちゃんマークの設置。ふむ、一応ユミルの街とウルトの巣がほぼ神殿化しているようである。
と言っても瘴気の溜まり方はクソみたいなもんである。まあ彼処は開けた場所だったからな。仕方がない。……ん、ユミルの街は瘴気の溜まり方が早いな。なんでだろ。なんかあったっけ?
考えるが特に思いつかない。綾音さんとイースさんが作ったらしい祠とかあのへんだろうか。まあいい。ここに三つ目を設置してしまえば益々遅くなるだろうが我慢である。周囲にありったけの暗黒花も植えてと。氷でも根付くのはありがたいことである。
ふむ。開拓カテゴリをしげしげと眺めながらこれからのことを考える。
バナナミルクの源泉は高いな。どうにも惑星干渉にあたるらしい。ちぇっ。あ、でもバナナミルクが出る神の工芸品が発掘されるとかいう形ならそれなりに安い。しかしどうせなら源泉がいいな。天然のほうがいい。
どっちにしても買えやしないのだが。魔力は殆どすっからかん、荒野にあった魂達も吸い込んで魔水晶も使い切った。あれ以上の魔力などはっきり言ってアテはない。
「……うーむ」
きっぱり言えるが今の状況、暗黒街に居た頃より悪くなっている。あの荒野に出入りしていた人間達も明確に敵に回った。
ぺらりと本を捲る。あの荒野の魔力も使い、そして追い立てられるように地下に逃れて細々と生きているというのが現状なのだ。
家賃徴収でちまちまと魔力を稼ぎだしてはいるが、それでもでかいもんに使えばあっさりと使い切ってしまうだろう。それこそ日雇いで食いつないでいるみたいなもんである。天使か神でも適当にムシャムシャできればいいのだが、そんな都合よくはいくまいて。
魔物は大量に増えて綾音さんの街、ウルトの巣、モンスターの街の真下とそしてここに設置している地獄の穴周辺から領域を鋭意開拓中のようだ。魔物達が今やっていることは家賃徴収対象を増やすべく土地を広げているというぐらいの作業だろう。
呪われた荒野周辺は元より空白の場所とアスタレルは言っていたが。逆に言えばそれ以外は他の管理者が居るという事な気がするが全くもってそんなの知ったこっちゃねぇとばかりに魔物たちは土地を広げているようだ。いいのだろうか。
だが、それを差し引いてもそれでもなあと言ったところだ。魔物セットを開く。
商品名 魔物ツリー
魔物を初期職の作業用から色々な種類に進化させます。
1匹1匹進化先を指定できるので色々試してみましょう。
パラパラと捲る。強さをあげる余裕はない。ここで買うべきは、これであろう。
魔物が増えたことで購入可能になった新商品である。
商品名 ファニーモンスター
魔物を一匹生ける移動式トイレの魔物へ進化させます。
尻尾のラバーカップはトイレの必需品。領域内の魂を自動回収しますが、エネルギー回収作業は不能になり戦闘も出来ません。
……むむ、百匹くらい居ればいいか?こいつが居れば私が持つ地獄の水洗トイレでしか出来ないものを魔物達がやってくれるのだ。
ここならば私がやればいいが、大陸を跨ぐユミルの街とウルトの巣はいちいち行かねば回収不可能だからな。西大陸と北大陸、私が居ずとも魂をぼつぼつ回収してくれるのならば便利というものだ。
それに魂だけで擦り切れ消滅するのをただ待ちながらブラブラ彷徨う者達をちゃっちゃと行くべき場所に行かせる事ができるのならばその方がいいだろうしな。
使用する瘴気は北と西の瘴気、あとはリストから百匹選ぶわけだが。最早魔物の名前なんて一々見てられない。適当に百匹選び出して進化させておいた。
「……………」
もぞもぞと地獄から顔を出した魔物。ゲゲゲゲと身を震わせ黒い粘液を吹き零しながら体液が沸騰しているかのようにボコリボコリと歪に膨らんでいく。
ばちゃばちゃと大地に落ちた黒い粘液が煙を上げながら氷に溶け込んでその周囲を黒く染めていく。ごっぷんと一際大きな音を立て、膨らんだ身体が震えた。
頭から尻尾へ、体液が移動していくように尻尾へと集まっていく。ぐぐぐと丸くなってぼんと音を立てて弾けた。それで進化完了らしい、
確かに尻尾にラバーカップのようなものを装着している。きゅぽきゅぽと音を鳴らして如何にもコイツで吸い取ってやるぜぇと言わんばかりだ。うむ、頑張れ。
神泉を見回して、恐らく回収する魂が無いと見たのか地獄の穴にすっこんでいった。西か北に行くのだろう。よしよし。
あとはこれだな、ラブアンドピース。ウルトの巣は無人だし綾音さんの街にある奴はイースさん達で封印を施したというので必要無かったのだが。ここにはカグラのような人間に亜人もいるし私の瘴気で死んでしまうと困る。
暗黒花ももう少しいい奴をそろそろ植えておきたい。
ペラリとページを捲る。
商品名 晦冥花
暗黒神のマナを生成し物質界にまあまあ振りまく花。
世話をしなくても枯れる事はないが、暗黒神が死ぬと一緒に枯れてしまう。
商品名 混沌樹
暗黒神のマナを生成し物質界になかなかに振りまく花。
世話をしなくても枯れる事はないが、暗黒神が死ぬと一緒に枯れてしまう。
ばら蒔いていた花よりは大きな中型の観葉植物程度のサイズの花に……樹のほうは低木樹って感じだな。バリバリ購入してところ構わずばら撒きまくってやった。ぼんやりと周囲を照らす花々に深く頷いてどっしとケツを木箱に乗せる。
これで本当に魔力を使い切った。あとは魔物たちが魂を回収するまで時間を潰すかあるいは私が積極的に動いてカミナギリヤさんの里にあったような呪具を回収したりあとはギルドの親父経由の魔石のまんじゅう加工でぼつぼつと稼ぐぐらいであろうか。
うーん……。腕を組んで考える。
天井を見上げる。遠くから氷が軋む音が微かに聞こえる広大な地下空洞。コォンと時折氷同士がぶつかるような音がするものの、それもすぐに闇に呑まれて虚ろへと消えていく。
静かだな。暫くぼーっとしていると、背後から小さく衣擦れの音。大した音ではないが、これほど静かだとそれすら響くというものである。はて。
振り返ってみると、そこに居たのはなんとも珍しく夜には熟睡が常の妖精王様である。
「カミナギリヤさん、どうしたんですか?
眠れないのです?羊の枕いります?よく眠れるらしいですぞ。なんか起きれないヤツも出るらしいですが」
ささと枕を突き出すがそれは笑って押し止められてしまった。残念。
「……いや、貴女と少し話がしたくてな」
「ほほー」
よくわからんがどんと来るがいい。どうせ暇なのだ。それに、ふむ。私にはそのへんの知識が無いしカミナギリヤさんなら詳しそうだし私も聞いてみるか。
「じゃあ私も聞きたいのです」
「ああ、私が貴女と話したいものも多分同じだろうな。
クーヤ殿、これからどうするつもりだ?ここで過ごすのか?」
「それなのです。困ったものですな」
「だろうな。ここに居ても貴女にとって先が無い。広大過ぎる故に瘴気を溜め辛く、霊場ではあるが貴女にとって使える力ではない。
交流もなく、人が行き来できる手段もない。何より人が少なすぎる。これから発展すれば話も変わるのだろうが。このままではな。
土地の管理者は既に貴女だ。この土地を奪えるものなど最早存在しない。この領域ならば神性からの干渉もなく、恐らくだが古き精霊も召喚に応じるのだろう?
これは私の推察だが、亜人達の出生率も上がる筈だ。貴女の領域内ならば魔族も亜人も、我々もまだ生きていける。だが、それは逆にここが貴女の土地とあちらの神々にもわかるということだ。
神々は人になどには安易に呼びかけ啓示など与えないだろうが、神々や御使いが直接貴女の領域に侵入し貴女を探し出そうとする可能性ならば十分にある。確かに地下になど早々気づくまいが……。
ユミルの街とル・ミエルの氷窟も貴女の眷属達が食い潰し多くの神性の領域を侵食しつつあるようだ。土地を奪い返しにあちらにも行くかもしれん。どちらにせよ、神々の全面戦争に近い状態になってしまった。
…………それに、貴女は気にしておられるのだろう。
ここに次に神、天使や勇者の類が来れば保ちはしない。確かにここならば見つかる可能性は極々低い。だが、ここが最後なのだ。
最早ここしか無い。僅かなリスクを背負うにはあまりにも重すぎる」
そうなのだ。私を追ってまたなんか強いヤツが来るかもしれないのだ。私が見つかることはまず無いとは言われたがそれに残った全てを賭けるのかという話である。
誰もいないなら気にしないが、この脆弱な場所が魔族やら亜人やらの彼らにとって本当の最後の場所になったのだ。魔族や亜人達にとってここしか無いのに私がここに籠城してもいいものか。
人形姫やら武神やらのあのレガノアが贔屓している筈の人間への無関心っぷり、ああいうタイプの神とかにこの地下が発見されたとしても恐らくこの拠点の皆さんは無視されるであろう。
なんか命令されたとかそういうわけでもないのならば積極的に粛清するとかはしない筈だ。あのウナギタイプだと怪しいが。だが、それも私がここに居なければという大前提がある。私がここに居れば無条件で全員粛清だろう。
ここは言うなれば戦時病院みたいなもんである。あの荒野と違って呪いもない。アスタレルが私をあの荒野にしておけと言ったのはあの場所がどの国からも無視されており、あの神をも呪い潰す結界と呼べるものがあったからだ。
ここにはそんなものはない。見つかれば後はない。地下である都合上、水でも流し込まれりゃそれで終わりである。ウルトがなんとかするかもしれんけど。実際、ウルトがそんな事をしてあの身体が保つかどうかは疑問が残る。
つまりは私が別の拠点を見つけ出して移り住むか、魔力をたらふくと溜め込んで戻りここをレガノアが直接来なけりゃどうにもならんような鉄壁の城塞に開拓するか、だ。がっちりとした拠点にするのならばこちらの方がいいだろう。となれば後者となる。
前の私ならばそんな手段取るわけないが。流石にここに居る既にボロボロメンツを全員肉の壁にするというのも何である。それにだ。今ならば多少の無茶は効くのだ。なにせ悪魔召喚にあの羊野郎がいる。なんとかなる。
ここにもしもの時の天使や勇者対策に防衛戦力を残しつつ私は一時離脱、これしかあるまいて。ラーメンタイマーで連絡は取れる。アスタレルを呼び出せば転移魔法が使える。戻ろうと思えば戻れるのだ。
私という絶対的な囮がぶらぶらしつつ魔力を回収し、可能であれば各地に隠れ住む神霊族だか亜人だかをこの拠点に連れ込み、と。あとはまあ神の工芸品の回収とかか?
あのおもしろアイテムは結構使えるようだし。それにルイスやメロウダリアのような悪魔の解放をしつつ私につられてやってきた勇者やら天使やらを羊野郎になんとかさせてその魂をバリボリ吸い込んで食べる、恐ろしい話だが多くの魔力を一気に稼ぎ出すのならば最早それしかない。
家賃徴収も育てば大きな収入源になるのだろうが……この脆弱な拠点を一刻も早くなんとかせねば私は安眠できる土地がないのである。
魔力を溜めてウルトやクロウディアさんを魔王にして、と。あとは西大陸の魔王とやらも見てみたほうがいいか。やること山盛りである。
それに何より美味しい食べ物もないここでぼけーっとこの微々たる量しかない魔力が貯まるのを待つ、何百年掛かるっていう話だ。何百年もこの胃袋を宥めるなど不可能だぞ。あのトンネルがもっとデカければもっとどんどこ輸送出来たのだが。拡張にも魔力を使うのだからしょうがない。
そしてここには爆弾を抱えた奴が既に複数名居るしな。
「皆どんな感じなのさ」
「そうだな。正確なところを述べよう。
まずはアッシュだな。見ての通り半年は動けんだろう。頭蓋が完全に吹き飛んでいるからな。この半年というのもこの大霊地だからだ。通常ならば数年は起きてこられんだろう。傷と呼べるかも疑わしい状態だ。あの真祖としての力も眷属化した天使もアッシュが起き出すまで使えん。
それにウルトディアスだが……あれは戦えん。前に負った傷が深いというのもあるが。クーヤ殿も見ただろう?あの有様を。
これ以上戦いの本能に身を任せれば邪竜の本性に引きずられる。今はまだ戻ってこられるようだが……何れこのまま戦いに出れば神話にある破壊竜に堕ちるだろう。
……ウルトディアスは気付いていないようだが、会話をしていると時折話が飛ぶ事がある。
記憶もかなり歯抜けになっている可能性が高い。気付いてはいないが、恐らく自分の現状にある程度自覚はあるだろう。顔には出さんが……暗黒魔法、精霊魔術になど手を出そうとしているのが良い証拠だ。
竜としては最早使い物にならぬとしても、あれなりに貴女の力になれればと思っているのだろう」
ちらりとウルトの寝床を眺めるカミナギリヤさんは深くため息を付いて気を紛らわせるように足を組み替えた。
ぴんと弾かれた花弁がひらひらと氷の上に落ちて消える。
「次に人間の二人。フィリアは精霊魔術しか今は戦える手段がない。彼女の白炉はもう使えないからな。精神と肉体に備わる霊脈なども破壊されていた。
セレスティア=クラドリールの端末であったフィリアの生まれを思えば我々と共に居るのならばそれしかなかったとは言え、何か巨大な精霊か、神族の後ろ盾が無くばクーヤ殿と同じ戦場に立つのは難しいだろう。
カグラももう無理だろうな。魂を弾丸にして削るというのは元来狂気の沙汰だ。
クーヤ殿、魂を削るというのはじわじわと不調がくるものではなく、一息に来るものなのだ。それまでどれほど通常通りに見えていたとしても、魂が底を付いた瞬間に事切れる。
次に放つ一発が最後の魂の欠片であってもおかしくはない。カグラはそれほどに魂を削りきってしまっている。あと何発でいつ底を付くか、という段階なのだ。
次の戦では死ぬかもしれん、次は大丈夫でもその次はわからない。あの男はそういうところまで来ている。あの召使い、アンジェラだったか。
あれならばまだ戦力になれる。カグラは無理だ」
どしゃあ、どこからか氷が崩れる音がした。
ゆらりと大地を這うようにして漂う冷気が僅かに揺らいでそのまま何処かへと流れていく。
そういやここって空気とかどうなってるんだろ。どっかに穴でも開いてるんだろうけど気になる。
「神霊族の民、そして元よりモンスターの街に済んでいた住人たち。とてもではないがハナから神々を相手取れるほどではない。
ブラッドロア、クロノア、二人も厳しいだろう。クロノア、元勇者だったか。神の工芸品クラスの剣があればあるいは。嘗て邪神を封じた勇者だ。その伝説的な技量に疑いの余地はないからな。
例え動く死体に成り果てて全盛期とは言えぬとしても、それでもその剣に錆などないだろう。
あとはギルドのメンバーか。カイジョウソウシ、ファンクーロン。彼らは強い。だが、あまりにも表舞台に立ち過ぎる。彼らには彼らのやるべきことがあるだろう。守るべきものがある。その手に抱え込めるものは多くはない。
現時点で言えば魔王へと戻ったマリーベル、元魔王のクロウディア、北大陸に居るであろう綾音とイース。カグラの付き人。
これぐらいか。この土地に残るのは最低限マリーベルとクロウディアだろう。何かあれば対応できる。この霊地で静かに療養する者達も守れよう。……そして私もだ。
……すまないが、私も貴女の旅にこれ以上はついて行くことが叶わぬ。50年間もの間、里の皆が奴隷として売られ、その数を減らし続けるのを見捨て続けたのだ。
私にはもう離れることなど許されない」
「まあしょうがないんじゃないかなー」
こんな無茶苦茶過ぎる長い散歩、無理にとも言わないしな。好きにすればいいのである。
枝をフリフリとしながら出発の日時を決めた。まぁ少しは魔力がなければ話にならないからな。
そうだな、一週間後くらいに出発してまずは南大陸にでも行くか。