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マリー様の特別講義

 


「では始めましょう、感謝なさいな。特にウルトディアス。

 わたくしが教鞭をとるなんて早々なくてよ?」


「はーい」


 何やら流れで魔法のお勉強が始まってしまった。ウルトがそういえばマリーベルさんに魔法を教えて貰おうと思ってたんですよねーとか発言するからだ。

 樽やら木箱やらを椅子にウルトとついでにカグラと九龍も揃ってちょこんと座る。


「そうね、このメンバーならば暗黒魔法の講習がいいかしら。わたくしが使う魔法もウルトディアスが使えるであろう魔法も暗黒魔法になるでしょう。

 カグラと九龍は魔力がほとんど感じられないし……精霊魔術になるのかしら」


「残念ながら私精霊ダメだったアルね。とっくに契約の儀は試したヨ。精霊全部そっぽ向きやがったネ」


「そもそも九龍に精霊魔術など不要なのではなくて?使うことがあるのかしら」


「まぁ殴った方が早いのは否定しねーアルが」


「でしょうね。精霊もそれを察知したんじゃないかしら。契約のしがいがない、という事ね」


「契約の儀ねぇ……俺なんかと契約結びたがる精霊なんざいやがるのか?

 自慢じゃねぇが俺ァ全くの霊力魔力無しだぞ。アルカ家で祈主になってからそれなりに仕込まれたが、全く身につかなかったしな」


「あら、それは人間の今の魔導学でしょう?カミナギリヤを見ていればわかりそうなものだけれど。精霊たちにこいつには自分が居なければダメだと思わせるのがコツよ。

 精霊王がレガノアに半ば取り込まれかけ、精霊達もその影響を受け始めている今では考えられないけれど、わたくしの時代において最高峰と言われた精霊術士は大抵が何処かしら肉体的、あるいは精神的に欠損がある場合が殆ど。

 当時の有名人と言えば盲目だった竹取翁、小人症だった親指姫に四肢の無かった芋虫男。あとは聾唖だったハーメルンの笛吹。いずれも力ある大精霊と契約した者たちだったわね。また戦いたいものだけれど。

 わたくしの見立てではカグラは見込みがあってよ。貴方は精霊に好かれやすいタイプの人間だもの。五千年前なら真っ先に刈り取らねばならなかったタイプね」


「五千年前」


「あら、失言ね。気にしなくていいわ」


 マリーさんて何歳なんだろ……今の発言で謎が深まってしまった。


「そういえばカミナギリヤさんも似たような事を言ってましたけど。起きたばかりの僕にはよくわからないんですが精霊ってどうなっちゃったんですか?

 七千年前とはちょっと手応えが変わってますよね?」


「七千年前」


「クーヤ、ウルトディアスは脳筋竜だから年数も数えられないだけだから気にしなくていいわ。

 精霊とは神霊族と違って肉体がない、つまり精神だけの生き物よ。引きずられやすく、うつろいやすい。その性質が変質しやすいの。神の位階を昇りやすいといえばいいかしら。

 とは言ってもあくまで物質界における神の位階に上がるだけで、特に天使に変質するなど通常ならありえないわ。クーヤ達が会ったという例の蒼の神龍種などもそうだったけれど。

 神界、浄界は霊層が元より高い世界、真っ先にレガノアに食いつぶされた世界でしょう。神龍種などは基本的にあそこから出てきたりはしないわ。それが仇になった。あの蒼の神龍が若く確固たる楔を持っていなかったのもあるでしょうね。

 そうね、世界の理が書き換わりつつある、という事よ。世界の全てがレガノアの神域、天国と呼ばれる世界になりつつあるの。

 カグラとフィリアから話を聞く限り、天使が当たり前のようにウロウロとしているようだから東大陸はかなり霊的高階層に行っているのでしょう。天より楽園が降りてくるなんて伝承、大真面目に実行されても地上の生き物には厄介なだけという好例ね。

 変質したこの世界で、精霊王は長年の間四大天使として名前を祀り上げられて聖書にもその姿や名前が記されているわ。今やその影響を大きく受けている。精霊王がそうなのだもの。その下の精霊も然りという事ね。

 古い精霊はともかく、新しい精霊が霊力の高い人間であれば誰彼構わず付きやすいのはそういう理由よ。わたくしが知る限りでは古い精霊が契約している人間は見たことも聞いたこともないわ。

 カグラは古い精霊に好かれやすそうだし、そういう意味ではわたくし期待しているの。古き精霊は殆ど神に近いし、天使に転生するなど無かったと見ていいわ。恐らくその存在は殆ど消え、幽界にその存在の残滓が残るだけでしょう。

 クーヤが旧魔神族として幽界からスレイプニルを蘇らせたでしょう?

 あれは物質界に開いた穴よ。この世界に打ち込まれた錨。あれを起点にしてこの場所ならば契約の儀で幽界から実体化し召喚と契約に応じる古き精霊も出てくるのではないかと思っているのだけれど」


「へー。そういえば新しい精霊しか見ないですねー。フィリアさんが契約しているのも見たことのない精霊ばかりですし。

 古い精霊かぁ……」


「俺にはンなもんはよくわかんねぇな……まぁ出来たら設けもん程度に考えとくけどよ」


 ほんとによくわからん。古い精霊とやらがカグラと契約する可能性がないでもないと覚えとけばいいか。


「あとは暗黒魔法だけれど……」


「そういえば悪魔が使う魔法も暗黒魔法でしたっけ?

 あとは黒魔術とか聞いたような気がしますねー」


「そうね。黒魔術は世界から失われた理よ。最近は起動するものも多いけれど。理論を紐解き、規定の儀式、規定の言葉、規定の生贄を捧げる事でいつでも、誰であっても再現可能な事象を起こせる魔の術。

 呪いや智慧、千里眼、人の精神を変質させる。そういった悪魔の力を使用すべく悪魔召喚を行う奥義は大体これに属するものよ。世界に敷かれていたルール。

 魔導書や伝承、そしてそれらから導き出される理論、直接悪魔に尋ねる場合もあるけれど。そういった知識によって広がる分野よ。

 誰でも発動可能な反面、悪魔の気まぐれや気分に大きく左右されるし、召喚者に過ぎた悪魔であればその場で呪い殺されることもあるわ。クーヤに出逢った頃にあったカーマラーヤの紙片による学生達の死もそうだったわね。

 似たような事があれに限らず最近は頻発しているらしいけれど。

 悪魔の力も確かに暗黒魔法に近いわね。眷属である悪魔たちのあれは根源魔法だけれど、根源魔法が暗黒魔法と言えばいいのかしら」


「ほほー」


 ふむ、それなら直接聞いた方が早いのでは?

 折角張本人達が居るのである。地獄の輪っかを設置。ちょいと考えてから、そのあたり強そうな奴を呼び出して聞いてみることにする。

 なんでか召喚可能になってたのでついでだ。


「出てこいアスタレルー!」


 穴からぴょこっと顔を出した羊。省エネのようである。まあ省エネの方が愛嬌があるからいいけど。


「我が神の呼び声に応じますは我が天命、と。………ふむ、虫共も居るようデスね。どーも、黒貌という呼び名の方が通りがいいデス?

 精々死んでこい。死んで初めて価値が生まれる。

 それでなんデスカ、暗黒神様。私を呼び出すとは珍しいこともあるものデス」


 相変わらず隠しきれない口の悪さだな、まあいい。


「ちょっと勉強してるから悪魔の魔法について聞きたいのだ」


「おや。かくも珍しき事があるものデス。勉強なぞと嫌がりそうなものデスガ」


「まあ嫌だけど」


 マリーさんの講義ならば別だ。カグラが疲れたように声をあげる。


「…………大将のそれは?」


「クーヤのこれは例外よ。考えるだけ無駄と思いなさいな。クーヤにとってはしまっていた手足を出すくらいの感覚でしょう。

 黒貌の召喚なんて有史以来出来た者はいないでしょうし……黒貌の名を識ること自体が有史初じゃないかしら……。何の苦労もせずに才ある魔術師が血筋を何代も掛けて解くであろう知識を得てしまっていたなんて……。不覚ね……。

 あの勇者の時に見たクーヤの腹部から生えた腕、あれは黒貌だったということね」


「悪魔の魔法デスカ。話は聞いておりましたガ。暗黒魔法と呼ぶにはネ。

 暗黒魔法なんてあくまで物質界の生き物が使う型落ちデショ。我々にとってこれは手足を動かすより呼吸するよりも容易い事。

 暗黒神様も本を使用する際に何かを考えたりとかしないデショ」


「うーん……?まあそうだけど。

 じゃあ悪魔の使う魔法ってどういう感じなの?」


 問いかけると、アスタレルは羊のむっちり唇に真っ黒い指を当てて少しばかり考え込んだように視線を下に流した。


「ふむ…あえて言うならば、そうですネ」


「うんうん」


 悪魔の魔法、どんなものやら興味が湧くではないか。

 何かこう…凄いかもしらん。かっこいいかもしらん!

 わくわくしながら待っていると、アスタレル先生は羊ながら実に真顔でこうおっしゃったのである。


「マジカルラジカル☆デビルンミラクルと言ったところデス」


 耳をかっぽじった。


「え?何ていったの?」


「マジカルラジカル☆デビルンミラクル」


「おぐふっ!!」


 二度は耐えられなかった。私の腹筋直撃だった。

 ぐあぁぁっ!!

 おなかを押さえて決壊しそうなダムを必死に耐える。そのツラで何て単語をいいやがる!

 駄目だ死にそう。


「何言ってんの!?うぐぐ…私を殺す気かーい!」


「あ、でも確かにマジカルラジカル☆デビルンミラクルですよね」


 ウルトまで言い出しやがった!クソッ!!二人して完全犯罪を成す気か!!

 お前らのせいで死にそうな幼女が一人いるのだ!

 ヤメロー!


「失礼しちゃいますネ」


 プリプリすんな!!

 駄目だ本気で死にそうだ!ひくひくと痙攣するお腹が非常に痛い。

 誰かこいつら何とかして。じゃなきゃ私が笑い死ぬ。


「げふっ!…何そのばかばかしい魔法!!

 やめてよ、真面目に答えてよ!」


「真面目デスヨ。

 真面目に答えてマジカルラジカル☆デビルンミラクルなのデス」


 限界だった。

 床にひっくり返ってうずくまり突き刺さるような腹の痛みに耐える。


「おふっ…うぐぐぐ…っ!イヒッ!!」


「そうとしか言いようがありませんからネ。

 不条理で不合理で強力で狂っていてアホらしくて馬鹿馬鹿しくなる。考えるだけ無駄、それに尽きます。

 混沌魔法とでも言い換えまショウか?

 出来ないことは何もない、そういう魔法デスヨ。そもそも魔法の域を超えてますヨ。

 自分でなんですがアホくせぇほどに。

 かくあれかし、祈りを捧げれば応える声がある。これ以上はない」


「ブヒヒヒ、うんもういいよ。あー面白かった。

 地獄に帰るのだ」


「…………………なんとも酷いこの言動、私を召喚しておいて質問一つこっきりで地獄に帰れとは。

 尽くし甲斐のある主でワタシはとても嬉しいデス。私が目の前で身を粉にして働いても知らん顔されそうでゾクゾクしますネ。

 ああ、それと暗黒神様。魔法を覚えるだとか使うだとか絶対にすること無きようお願いしますネ。これは従僕からの至極真面目な祈り。

 恐み恐み申し上げる」


「え?なんでさ」


「暗黒神様が魔法を使うなどと、絶対に在ってはならない。極論を言えば今のこの現状、既に我々にとって身悶えする状況なのですヨ。

 血涙流しながら健気に耐えているのが今でございますネ。その手足は不要、そう言われれば我々悲痛のあまり死んでしまいマス」


「へぇー……。よくわからんけど私が魔法覚えたらダメというのだな。つまらん。じゃあもう帰っていいよ」


 プンスコ。


「これですヨ。この全くもって感情というものをクソ程も理解してないのが手に取るように理解できる精神性の無さ。

 アーヒドイヒドイ。まあそれもよろしいでしょう。我々のやることは変わらない。それでは暗黒神様、いつでも私の名をお呼びくださいネ」


 いつぞやのようにハンカチで目尻を拭きながらも大人しく地獄にすっこんでいった。何だったんだ。まあいいけど。


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