ユグドラシルの神泉3
「ふんふーん、ふんふーん」
鼻歌を歌いながらウルトがザクザクと槍で氷をブロックにして積み上げていく。
神器とかいう大事そうな武器だというのに完全にシャベル化している。ざくっと切ってぶすっと刺してぽいっと投げる。
それを繰り返して見事なピラミッドを作り上げている。ちなみにピラミッドは完成する傍から何処からか街の住人がやってきて資材としてするーっと氷の上を滑らしながら持っていくので増えることはない。
かまくらのようなものを作っているらしい。再び資材代わりのコウモリを放って縮んでしまったマリーさんによってある程度のものは確保出来たのだがやはりそれでも足りないのだ。で、足りないぶんをウルトが切り出した氷レンガでなんとかしているらしい。
そんなもんで家を作るとか凍りついて死ぬんじゃないかと思うのだが流石の元魔王さま、何か氷を切り出す際に加工しているらしい。それにウルト制作氷レンガで作った家の中にクロウディアさんが付けた焚き火を設置してそれなりにヌクヌクと暮らしているようだ。
住人たちも大分休んだせいかぼつぼつと釣りに勤しんだり集めてきた素材で何か作ったり辛うじて採取できる植物や魚を捏ねて焼いて挽いて乾かしてと色々試してパンのようなものを作ったり麺のようなものを作ったりとナカナカやっているようである。
しかし思い返すとあの船に乗っていた一般人もここには居た筈なのだが、あの過酷な労働と現状の開墾作業で染まったのかもはや見分けはつかない。イキイキと色々試している。まあいいけど。
釣り上げた魚の毒味は私が毒が効かないということで基本的に私になっているがたまにブラドさんもマリーさんと九龍に抑え込まれながら高笑いを決めるクロウディアさんに妙な色をした食料を口に流し込まれて白目を剥いているがまぁブラドさんなのでいいだろう。
「ほれ」
ぽいとゴム魚が泳ぐ養殖場にリレイディアを放る。
「ぎぃー」
ぼちゃっと水に浸かった生首ちゃんがぱちゃぱちゃと泳ぐのを眺めながら氷に開いた穴に釣り糸を垂らした。
この神泉についてから大体一週間程経っただろうか。ある程度探索も終わって九龍の指示の下色々資材が行き来しているようである。ちなみに私のラーメンタイマー連絡機はトンネルの横に設置され魔石で動くように魔改造されている。
たまにマリーさんたちも誰かと連絡を取っているらしいが私にはまああまり興味の無い話だ。ちなみにあの九龍とかいうあんちゃんがギルドの総裁だったらしい。お偉いさんだったというわけである。その割には自由主義すぎる気がするがそれがいいらしいのでまあいいんじゃね。
「クーヤちゃん暇そうですねー」
「まあ暇だけど」
探索が終わったので私はやることがないのである。トンネルから次々にゴロゴロと転がってくる樽を眺めてあくびを決める程度には暇である。
樽には食料やらなんやらが積んでいるらしいが数が少ないので食料制限が掛けられているので暗黒神ちゃんとしては実に不満極まりない。だが少ないのはどうしようもないので我慢である。そろそろ我慢ができなくなって暴飲暴食を決めそうな感じがあるが。
トンネルを通った樽はたまに悪魔が悪戯するらしく中身が変質していることもあるらしいが今のところ順調に輸送手段として立派に活躍している。
と、魚釣りを堪能しているところで背後から声を掛けられてしまった。
「クーヤ、ちょっと用あるネ」
「む」
噂をすればなんとやら実はギルドの総裁だった。まぁ確かに九龍とかいう名前はどこかで聞いたような……聞かなかったような……。聞いたような気がしなくもなきにしもあらずんば虎子を得ず。
したり顔でうんうんと頷いていると眼前に何やら突きつけられた。
「これ見るアル」
「ん?」
ぴらっと渡された紙切れ。うーん、賞金首的なアレっぽいが。
「なにこれ?」
「手配書ヨ。あなたの手配書」
手配書……手配書。手配書はまあいい。いや良くはないが。それよりも気になることがある。コレが私の手配書、手配書だと……!?
ガバっと顔をあげてグルンッと後ろを向いた。ゲルの中でぐったりと座り込んでいたカグラが気まずそーに頭を掻いてしっしと手を振ってくる。
お前か、お前のせいなのかこの惨状は!
「……………あー、大将。言っとくが俺がせいじゃねぇからな?
確かに情報は流したけどもう何も連絡してねぇよ。あの時よりヒデェことになってるけどノータッチだ」
「な、なにぃ!?じゃあなんでこんな事になってるのさ!!」
ブルブルと震えながら手配書をくわっと広げて掲げる。
「あははー、クーヤちゃんすっごい事になってますねー。ゴツくて髭だらけでもじゃもじゃですよ」
ウルトが笑顔で手配書の感想を述べた。そう、描かれているのはどうみてもむくつけきおっさんじゃねぇか。
これが私だというのか。なんだこの手配書。一体誰がこんな酷いことを。
怒りに任せてビリビリに引き裂きまくってやった。ざまーみろ。が、予備として大量に持っていたらしく九龍が同じ手配書をドサッと渡してきた。
「このやろーっ!!」
全部破いてやった。破いて破きまくって暗黒神ちゃんたら読まずに食べた。
「あら、最新の手配書ね?更新されたのはクーヤだけなのかしら」
騒ぎに気付いたらしくこちらへ歩み寄ってきたのはマリーさんだ。
すっかり縮んだマリーさんにがばりと食らいつく。クンクンしておいた。いい香りである。
「マリーさーん!!酷いのですその手配書は!!」
「そうアルな。今回の更新分はそれだけヨ。他にも何人か上がるかと思ってたアルが……。
まあ教団も一枚岩というわけにもいかねーって事アルかな」
言いながらまだ隠し持っていたらしい手配書をマリーさんに手渡す九龍の腕に齧り付いた。
ガルルルルッ。
ちょんと摘んでひらひらと揺らしながら手配書を眺めるマリーさんは優雅に微笑んでパリッと雷を放って手配書を炭に変えてふっと息を吹きかけ拭き散らした。
おお……ゴミ捨て一つとってもなんと優雅な。
「そうね。あの騒ぎだもの。姿も見られていないようだし、こうなったら何か決定的なことでも無い限りクーヤに辿り着く可能性は低いでしょう。
彼らが探しているものはあくまで力の強い神だもの。放置していればこの手配書は更に実際のクーヤとかけ離れたものになっていくでしょうね。
それに神の工芸品目録に載せたのならクーヤの本の存在も知ったのでしょうけれど、九龍の話を聞く限りでは異界人の本としか見做していないよう。
聖都ではオカルト関連の魔導書を片っ端から回収して民間伝承に至るまで呪いの類を集めているというから既に暗黒魔法の研究も始まっているでしょうに、あの本と暗黒魔法をまだ関連付けて考えていないのは……ああ、ただの偶然の産物だったけれど、クーヤをギルドに登録させたのは今となっては僥倖だったわね。
そうね、ギルドの真実の石板で異界人とされた以上、悪魔の召喚を見られたりクーヤに気付いた神族を逃したり、そういった致命的な事をしでかさなければ疑われることはまず無いわ。
その本で出したものもあくまで異界人としての力、異界の本として扱われるでしょう。
真実の石板は御使いからの賜り物、レガノアの眷属から与えられたもの。つまりはレガノアの魂を選定する為の神としての力そのものよ。
あれを欺くだなんて、並の神族でも不可能よ。何より教団があれを疑うことは戒律に反するわ。時期が一致しすぎているし、教団の内部で考えるものはそれなりには居るかもしれないけれど……どちらにしてもそれを口にすることは出来ないの。異端審問にかけられかねない。
そういうことだから、手配書は暫くは放置するほうがいいでしょう。神の炉の破壊、武神と人形姫に泡雲の君の消滅、発動する暗黒魔法に何人かの勇者殺し。これらが勝手にクーヤを実像とかけ離れた異形の神に仕立て上げてくれるわ」
「え?」
よくわからん。ちんぷんかんぷんである。
「あー、なるほどアルなあ……」
「どういうことさ」
「そうアルなぁ、わかりやすく言えば探している獲物が残した排泄物がデカくてその内容物が危険生物の死体や食えやしねー合金やらだったらそこからそれ相応の生き物であると狩人は判断するって事アル。
その横にちっこい力の無い草食のチビが立っててもその二つを結びつけるヤツは居ないってこったアルな。
言われても実際に出してるところを見るまで誰も信じねーアル」
「きたねぇ」
最低な例えだった。いや、わかりやすいけど。
「……そうね、美しさの欠片もない下品極まりない例えだけれど大体あっているわ。
人間にとって神とは完成された究極の生命体のことを指すわ。世界を創り出し、魂を管理する力在る生命体、遥か天に住まう者達。
それ以外は神ではない、というより神とはそういうものという認識なの。完成されたエネルギー体、それが神というものよ。
太陽は東より昇り西へと沈む、それと同じくらいにごく当たり前の事。そしてそれは決して間違いではないの。神なる言葉は元来そういう存在を指すのだもの。
そして力が強ければ強いほどそれに相応しい神気を纏い、それに伴う巨大なエネルギーを内包するというのは神秘学の理よ。
神としての力が恐ろしいほどに強いのにほぼ無名で本人の肉体もか弱い、そんな矛盾は元来ありえないわ。
人間達が探している存在はあくまで勇者や神族を消滅させ、神の炉を一時的にせよ使用不能にする力強き神。だからクーヤとかけ離れた像になっていくのよ。
力無く、未熟で欲に弱く魂の管理にも興味がない、そういう存在は本来ならば神というカテゴリに入らない。
概念としての立場や役割を思えば確かに神と呼んで差し支えないわ。けれど、正確に言えば神と呼べる存在ではないの。
エーテルというものを知っているかしら?
昔、説明の付かない背反する事象を同時に成立させる為にXとして打ち出された架空の物質の名前よ。柔らかく、硬く、光を通さず、透明で、軽く、重い物質。
物理学や魔道学、それらがまだ未熟だった時代には研究者達によって多くの理論が発表され、そして議論されたわ。
その中で既存の力学や法則、数学的にも間違っている筈がない、しかし極一部にはその理論に当てはまらない事例が存在する、という事もあったの。勿論後の時代の研究や技術の革新によって修正されたものばかりだけれど。
当時はどうしても正しい答えも導き出すことが出来なかった。だからエーテルを作り出したのよ。こんな物質、法則があればこの例外も有り得る、そういったものを詰め込んだ言ってしまえば帳尻合わせの浪漫溢れる物質。
矛盾した属性を複合的に持った何処にも存在し得ない虚数から成る未知なる物質。
神としか呼べない、けれど神ではない。古く、強く、そして新しく無力。エーテルのような存在」
マリーさんはなんだか大事な秘密を打ち明けるような、とんでもない悪戯をするような微笑みを浮かべた静かな囁き声で紡いだ。
「だから悪魔もわたくし達も、その存在を示す時はこう呼ぶの。混沌、と」