ユグドラシルの神泉2
「むむ!!」
ざばぁと釣り上げた魚はいい感じにぺったんこで小さな目玉にはまつ毛びっしりで硬そうな胴体からカサカサカサとムカデのように大量に生えた足を蠢かしている。
「諦めるヨ。この土地にはゲテモノ魚しか居ねーアル」
「なんてこった!!」
だがしかし事実だ。先程からゲテモノ魚しか釣り上げられていない。あんちゃんはもはや慣れたものなのかこきゃっと私が釣り上げたゲテモノ魚その7をシメている。
「ジャガラの糞持ってきてるアルからちゃっちゃと捌いてみるヨ」
「ジャガラの糞?」
あんちゃんが小袋から取り出したのはコロコロとした糞ていうか土塊みたいなヤツである。なんじゃこりゃ。実は糞収集家だったりするのか?
私にそのコレクションのコメントを求められても糞の良し悪しはわからんのだが。
「南の一部の森林に住んでる獣ヨ。木クズやらなんやら食べて腸内で脂で固めて排出する、要するに体のいい燃料になるので旅をするなら必需品アルな。
ここじゃ薪なんぞ期待できねーアル」
「あー」
なるほど。いつも本で焚き火だしてたから逆に新鮮だ。ここじゃあこんなのを使ってるのか。ほほー。
カココンと何やら缶に糞を放り込んで指パッチン、それだけで糞は燃え上がった。すごいぞ指パッチンで付くとは。奇跡の燃料ではないか。
「じゃ、捌いてみるアルか」
「おー」
ぶりゅんと引き出される目玉。小刀で腹を裂いてモツを取り出し……臭いな。刺激的なこう、腐った海の匂いがする。これ食えるのか?
「胃の中身を見るに藻を食ってるみてーアルな。腸は食えそうにねーアルが……身体のほぼ全てがゼラチン質の塊、骨は軟骨に似てるな……煮て固めればイケるんじゃねーアルか?」
「煮こごり的な……?」
「目玉はやるネ」
ぶりゅうとほじり出された目玉を渡された。いやいらんけど。いやでも美味いかもしれん。うーん……。
しばらく悩んでみたが、身内から湧き出る大いなる食欲の前にゲテモノさはついに敗北した。
「むちゃあ」
「すげーアルなマジで食ったネこいつ」
「!?」
騙された!!いやでも、これは……イケる。目玉うめぇ。とろける触感にイカとかあのへんに似た味がする。普通に美味いぞ。
反して身の方は食えたもんじゃないようだ。あんちゃんは煮ている魚をぺろりと舐めて一瞬、間を置いてからブッと吐き出してしまった。
私を騙したバチがあたったのであろう。ざまーみろ。
「身は駄目アルな……。しかしこの味、多分ジャガラの糞代わりになるヨ。
これはこれで目玉も食料になって身も燃料になるならいいアルな」
「ほほう」
言いながらさらさらと何やら紙に書き付けている。目玉をしゃぶりながら覗き込んで見れば、絵めっちゃうまいな。さっきの魚だ。
シキシネプ、これを名前にするつもりらしい。名前をこっちで勝手に付けていいのだろうか?
なんかこう、学会的な所で相談して決めたりしないのか。
「私が法で私が決めたモンが名前ヨ」
言い切った。すげぇな。でも目玉魚でいいだろう。わかりやすいし。次のゲテモノ魚はさっき私が釣り上げたムカデ足魚である。
ぐったりと力なく横たわる姿に哀愁が漂っていた。
「その足煮ればカニみたいになるんじゃね?」
「奇遇アルな。私も同じこと考えてたヨ」
足は哀れにバキバキとむしり取られてぽいと鍋に放りまれた。ぐつぐつと煮ている内に足が真っ赤になってお湯が一気にどろりんとしたヌメリへと変化していく。
お、おお……なんか出てる、絶対なんか出てるぞこれ。
「胴体の方は……液状の腸しか詰まって無いネ。外皮が袋みたいになってるアルな……多分水を取り込んで吐き出して泳ぐ魚ネ。
この匂い、毒があるな。煮沸しても無理な類ネ。足はどうアルか?」
「うーん……」
木の匙で鍋をかき混ぜてみる。どぅるんとした重み、かつてお湯だったものは謎の物質によりただのヌメリと化して鍋をいっぱいに満たしている。
クンクンと匂いを嗅いでみる。ヘドロの匂いがする。取り敢えず火から上げてみた。ごぼ、ごぼっと沸騰して泡立っていたヌメリはそのまま動かなくなって死んだ。
木の匙でなんとか足を穿り出してみるが。あるのは殻だけで身は既に失われてしまったようだ。からからと残っていた神経だけが悲しげな音を立てた。まあ楽器にはなるんじゃないかな多分。
ゴロンと鍋を逆さまにしてみると、ボリュヌンと固まったヌメリが氷の上に落ちてブルンと固く揺れた。残った足の殻だけがその中に取り残され若干虫入りの琥珀に見えなくもない。
寒天のような強度を誇るそいつに無理矢理匙を突き刺して一掬いして口に入れてみた。何事も挑戦なのだ。あんちゃんがうおぉ……と呻いたが知ったこっちゃねぇ。
もっちゅもっちゅとゴムのような噛みごたえを堪能。味は焼いたゴムに似ている。鼻を抜けていく臭気、要するに食べ物ではないということだ。残念なことである。
「煮えたゴムですな」
「確り飲み込んでおいて感想がそれアルか。しかしゴムになるなら使い道もそれなりにあるであろ。
書いとくネ」
「おー」
それなりに役に立つらしい。なら食べた甲斐もあったというものである。
「そろそろ出るヨ。残りはブラドにでも食わせるネ」
「うむ!!」
それがいいな。ブラドさんならなんとかなるだろう多分。釣り上げた魚を括っていざ出発。他の皆さんは何か見つけたのだろうか。
美味しいものがあればいいのだが。やがて見えてきた合流地点、そこには既に他の皆さんの姿がある。うーん、色々持ってはいるようだが。
「戻ったか。そちらはどうだったのかね?
私としてはおチビの神の幸運に期待をしていたのだが」
「ま、それなりに収穫あたヨ。次からコイツがメインで探索チーム組んでやらせたほうがいいネ。
私も見つけたいう事はその幸運に他者もあやかれるいう事ヨ。資料だとアイテム収集ランクSっつーことアルが。
どっちかっていうと幸運値がランクSネ。招き猫、…言うたか?まぁとにかくラッキーアイテムアルな」
「では次からはそうするか」
「ひとまず人入れる。養殖できそうな動物居たヨ。あとは破壊竜に氷抜かせて水中を総ざらいアルな。
あーと、クーヤ。なんだたか、トンネルはどうね?」
「む」
そういやトンネル試すのだった。地獄の穴をちょんと設置。さて……本をぱかりと開けばトンネル作った時に放り込んだ小石が二個そのままの状態で放置されている。
トンネル移動
移動元
ル・ミエルの樹の窪地 石×2
移動先
ユミルの街の祠
取り敢えずここにもトンネルを設置せねばなるまい。あとは一応モンスターの街の下の地下空洞に設置したヤツも一応トンネル化するか。
地獄の輪っかをもう一つ購入して腕に付けて地面に置いたものはトンネル化しておいた。移動先に新しくユグドラシルの神泉と暗黒神の大空洞が追加された。これでよし。
ふむ、あとは物の行き来である。というか生き物が行き来できれば一番いいのだが。あんちゃん達にもそのまま本を見せる。
「ユミルの街はわかるが。ル・ミエルの樹の窪地とは何処かね?」
「ウルトの巣ですな」
「……西大陸か」
「……もう一つはユミルの街アルか。綾音と連絡取れるか?
そういう道具持ってる聞いたヨ」
「ちょっと待つのだ」
ラーメンタイマーを取り出す。えーと、綾音さんと。む、何やら安いな。まぁ安いのはいいことだ。
がちゃんと魔力を支払って電話を掛ける。ジリリリリン、ジリリリリリン、暫く音が鳴っていたが。がちゃんという音と共に騒がしい喧騒が聞こえてくる。
「……はい?」
「お、久しぶりですな」
「えーと、その声……もしかしてマスターですか?
私が食べているエビフライの尻尾からマスターの声がします」
「エビフライて。しかも尻尾て。いやいいけど。ていうかマスター?」
なんだそりゃ。
「はい。私はもう名を呼べませんから」
「………?
まあいいや。綾音さんに用事があるっていうあんちゃんに代わるー」
よくわからん。まあいいか。取り敢えずあんちゃんに代わっておいた。ラーメンタイマーに向かって何やらあれを入れるネこれ試すネと指示を出しているらしいあんちゃんを眺めてからトンネルに視線を戻す。
トンネルを活用するならもうちょっとトンネル設置しておくべきだったか。まぁしてなかったものは仕方がないのだ。
しかしこのトンネル、大した大きさが無いが大きさはどれぐらいまで行けるのであろうか。もしかしたら拡張機能とかあるのかもしれん。
地獄を通った物が無事で済むかどうかは未知数、下手すりゃ悪魔にとっ捕まることもある、よく考えなくてもろくでもないな。使えるのか?
今までも魔物が行き来していたとは思うのだが。私が使うのは初めてである。あのクッキーモンスターにした魔物を使ってなんとか運搬するとかだろうか。それなら大きさも気にする必要がなくなる気がしなくもない。
暗黒神ちゃん脳をフル活動で考えていたところ、足元から声。
「ぎぃー」
「ん」
いつの間にやら生首ちゃんである。いつもはカグラに乗っているのだが現在カグラは体力の限界となって力尽きて死んでいる。生首ちゃんなりに自由に探索中といったところであろうか。
興味深そうにトンネルを覗き込み、そのままガサガサと入り込んでいった。
沈黙が落ちる。
「…………………おおー……?」
大丈夫なのか?なんかそのまま見送ってしまったが。
本を開いてみる。
移動元
ユグドラシルの神泉 リレイディア(肉)
肉、肉!?肉にされた!?
流石にそれは困るというかヤバイ。
「こらーっ!出てこーい!!」
トンネルに向かって叫ぶ。やがてガサガサとトンネルに足先が掛けられリレイディアが元気に飛び出してきた。なんだ良かった。
「ぎぃー」
その額に油性ペンでデカデカと肉と書かれていたが。まぁ無事で何よりである。うむ。