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ユグドラシルの神泉

 


「えー、では八十六番大当たり、尽きぬ泉の霊宝珠プレゼント」


 ゴソゴソと漁る袋は既に底が見えている。うむ、そろそろ景品も終わりだな。出血大サービスの名に恥じぬばら撒き、魔力はほぼ尽きたがまぁ面白かったからよしとする。

 最後の景品である智慧深き巨人の首を娼婦のおねーさん、シャーリィとかいう人にプレゼントしてふりふりと袋を振って中身がカラになったのを確認。

 ウルトの奴が大暴れしすぎたせいで興奮したマリーさんとクロウディアさんの一大決戦となった大地はえぐれ、蜃気楼のようなものが立ち上がる地獄の様相でもはや見る影もないが関わりたくないので言及は避ける。

 このまま自然解散と行くべきであろう。さて、ユグドラシルの神泉とやらを観察してみるとするか。

 しかし氷ばかりで面白いものはなさそうだ。


「おい、大将」


「ん、何さ」


 一個だけ取ったモチで見事永久に消えぬ儚き光とかいう賞品をゲットしたカグラである。俺に光なんざあってもなくても一緒じゃねぇかと文句を言っていたが。まぁ目が見えないのに光があっても困るのはわかるが。

 なんだ、なにか用か。私は忙しいのだ。


「アンタは良いんだろうが、亜人も魔族も食料が要るんだよ。

 水はまぁ、氷でも溶かしゃいいだろうが環境を整えなきゃ人が住める土地じゃねぇ。

 あの変な魔物はどうした?」


「む」


 ナカナカ良い意見を言いおった。生意気な。まぁいい。確かにそれもそうである。地獄の輪っかを設置し引っ越し道具たる魔物を呼び出す。名前なんだっけ。忘れたがまあいいか。

 へっへっへと出てきた尻袋のデカイ奴をひっ捕まえてカグラに投げつけておいた。


「おりゃーっ!!」


「投げるんじゃねぇ!!……ったく、適当にやっとく」


「……そうね、資材は仕方がないわ。わたくしがまた身を削りましょう。

 クーヤ、あのギルドから送られてきた役立たず達とともに神泉の探索をお願いしてもいいかしら?今ならブラドもつけてよ。

 出来れば食料、食料でなくともなにか使えるものがあればいいわ。

 貴女の本でこの神泉の地図は作れるのかしら?何処に何があるかを調べて来て欲しいのよ」


「むむ!」


 任務を言いつけられてしまった。だが何気に重要な事な気がしなくもない。マリーさんが言えば何でも重要な気がしてくる。

 ここは一つ、この暗黒神ちゃん身を粉にして働くべきであろう。


「ウルト、貴方は氷の切り出しよ。少しは役に立ちなさいな。クロウディア、お前はその炎くらいしか役に立たないのだから火でも起こしなさいな。

 では始めましょう。休んでいるのは終わりよ。全てを整えてから好きなだけ休みなさいな」


「仕方ないのう……」


「クーヤちゃん、いってらっしゃーい」


「おー」


 本を開いて神泉の地図を購入。うーむ、かなり広そうだが。まぁ人海戦術という奴だ。先日来た10人とブラドさんも居るなら三日もあればなんとかなるだろう。

 せめて食料は今日中に見つかればいいのだが。まぁ水があるぶんだけマシといったところか。

 クンクンと鼻を鳴らすが芳しい香りはない。これはかなり難航しそうだ。


「ふむ、おチビ。その地図はまだ出せるかね?

 この極限の環境下に危険な生物も居ないだろう。手分けして探す方がいいと思うが。そうだな、ツーマンセルでいいだろう」


「はーい」


 確かにそちらの方がいいだろう。地図を五枚出して適当に配る。集落にご丁寧に印が付いているので親切なことだ。まぁ篝火を大量に炊いてることもあってそもそも見失いようがないが。コンパスもあるし迷うことはあるまいて。

 さて、私は誰と組んだものか……。ブラドさんは飽きたし犬くさいのでお断りだ!


「じゃ、私ソイツと組むアルよ。地図寄越すヨロシ」


「ん」


 やたらめった髪の長いあんちゃんだった。口調が面白いのでまあいいか。

 ぺろっと地図を渡しておいた。


「……………………何故ここに居るのかね?」


「様子見に来たネ。前々からそのうち来る言うてたヨ」


「言ってはいたが、いくら何でも急が過ぎる上に何も聞いていないのだが。少しは常識を身に着け給え」


「常識?世界が自分に合わせて当たり前とかいうクソッタレな考えアルな。

 そんなもんは犬に食わせとくヨ」


「常識とは同じ世界に生きる者たちが不要な争いを避ける為の便利なツールなのだが。

 ……まぁ不動の二位に言っても仕方がない上にその非常識さが我々の武器という現状を思えばまさしく犬に食わせるしかないのだがね」


「よろしい。流石マリーベルに付き合い続ける人狼ネ。

 さて、なんだたか。クーヤだったアルか。私九龍ヨ。よろしく頼むアル」


「おー」


 ぎゅむと握手を交わしていざ出発。……やけに手がかってぇな。

 まあブラドさんの知り合いっぽいし変人みたいだが問題はあるまいて。

 それぞれエリアを決めて私達は右端辺りの探索である。何故か居座ったままの馬がこっちを見ているがあれは使わないで置いておこう。こっちで荷馬にでもされればよいのである。若干切なそうな顔をしているが気の所為。


「多少は生命の気配はあれど、食える物となりゃあ難しいところアルなぁ」


「うーむ……」


 確かに。全く生命体が居ないというわけではないが……人の食料になれるかというと難しいのではなかろうか。

 コツコツと反響する靴音。何処まで行っても氷しかねぇ。ごぉぉおと何処からともなく音が聞こえてくるが。水の音であろうか。そういや滝とか言ってたな。

 こちらには無いようだが他のメンツは滝を見つけたかもしれない。時折どしゃあと砂か霜が崩れる音も響いている。

 む、変わった形の氷像発見。地図にぐりぐりと変な像を書き足しておく。……さて、どれほど歩いたか。


「ここが果てアルか」


「みたいですな」


 行き止まりである。巨大極まる氷の壁。パリパリと時折氷が降ってくる。ふむ。見上げても氷壁を吸い込む昏い虚が見つめ返してくるだけでその果ては見えない。

 ずいぶんとデカイ空洞のようだ。崩落したりしないのだろうか。


「…………暗黒神ちゃんだぞーっ!!」


 だぞー、だぞー、だぞー……虚しく反響して消えた。動くものも反応するものもない。


「じゃ、二手に分かれてその辺散策するヨ。視界からは外れねーよーにするアル」


「はーい」


 ささっと壁にダッシュ。気になる気になる。あの壁が気になるのだ。私の暗黒神ちゃんアホ毛が受信している。

 なにかある。いざいざいざ、参らん参らん!!


「むむ!!」


 何かの卵発見。多分卵だろう……卵か?卵な気がするが。氷壁にびっちりとつんつんとしたものがこびりついている。食えるのかこれ?

 卵といえば栄養満点というのが当たり前だが。ふんふんと匂いを嗅いでみる。アンモニアにも似た刺激臭。うーん、一応採取しておくか。

 両手で卵らしきものをすり合わせてみると粉をふいた。粉になるならなんかになるだろう。うむ。ごりごりとヘラで採取採取。

 てってけ走って次は岩の角にちょんと生えている謎の植物である。きのこに見えなくもない。白っぽくカサカサしている。これまた匂いを嗅いでみる。うーん……炒った豆っぽいような。

 食えないこともないのではないだろうか。ちょっと幻覚見えそうだが逆に麻酔にでもなるかもしらん。袋に突っ込んでおく。

 きょろきょろ見回し気になる脆そうな霜の山。


「おりゃーっ!!」


 頭から突っ込んで掘りに掘りまくってやった。妙な多肉植物発見。ずぼっと引き抜いてくんくんと一嗅ぎ。


「くさい!!」


 三日くらい洗ってない靴下の匂いがした。

 一応これも取っとこう。あとは……。たかたか走り回って再び発見。


「む?」


 なんだこりゃ。でっかい氷かと思いきや氷漬けの、木の根っこだろうか?

 妙な形をしている。うーん……?しかも転々と密集している様子にただの岩とか木とかいうわけでもなさそうだ。


「こりゃ面白いアルな」


「うわぁ!!」


「視界から外れるな言うたヨ。なんか来ても知らねーアルからな。

 ま、これを見るに生きて動く動物なぞ生き残ってるとも思えねーアルが」


「む……?」


 どふどふと木の根っこらしきものを叩くあんちゃんは何やら頻りと頷いてなるほど顔をしている。なんだ、なんだというのだ。

 気になるぞ。顔を近づけてみるが……む、多少暖かい空気が漂っているような。


「次元断裂より四千年、当時のユグドラシルの神泉と言えばそれこそ楽園と称されるような肥沃な大地だったと聞くアル。

 巻き込まれ地下に呑まれた動物も多かったんであろ。生き延びるためにこれを選んだ」


「えーと、つまり?」


「よく見るアル。四足の生き物が身を丸めているようであろ?

 これは動物の成れ果てアルよ。元が何かなんざわからねーアルが。動かず、必要最小限の栄養のみでただ生き続ける。ホヤみたいなもんアルな。四千年を掛けてこの姿に進化した。

 運がいいアル。後で人を寄越して回収するヨ。見た所、一応生殖する生き物みたいアルからな。足元にある小さいのが子供ネ。

 養殖出来ればしめたものアル。多分食えるヨ」


「へぇ……」


 すごいな。これが動物とは。元はなにか、四足の獣か何かだったのか。画期的な進化を遂げたなお前ら。

 ほぼ氷漬けだがそれをものともしていないようだ。これ毛皮か?剥いだら使えるだろうか。

 地図にぐりぐりと動物園と書き込んでおいた。さて、一通り見て回ったと思うが。あんちゃんも何やら袋に詰めている様子だし何か見つけたようだが。それでももう少し探索しようという感じなのかてくてくと方向を変えて歩いていった。

 私は勿論その後ろを歩くのみである。付かず離れず、後ろから来ても前から来てもこのあんちゃんを盾に出来る寸法だ。ふはは。


「なんぞ釣り道具持ってるアルか?」


「釣り?」


「ユグドラシルの神泉というだけあって元は巨大な湖畔ヨ。

 動物が生き残ってるくらいアルから魚だって多分生きてるアルよ。食えるかどうかは見ねーとわからんアルが」


「あー」


 なるほど。魚か。確かに食料としてはそちらの方が可能性があるだろう。何よりここに来て新鮮で美味しい魚が食えるかもしらん。

 あんちゃんがついと爪先を立てて氷床にくるりと円を描く。なんだろ。


「アチョー」


 棒読みでその中心を踵で踏み抜いた。冗談みたいな話なのだがそれだけでずるんとそのまま氷は抜けていってしまった。後にあるのは丸くくり抜かれた氷だけである。

 ちゃぷちゃぷと水面が揺れているのが見えた。綺麗な断面は道具を使ったってここまでにはなるまい。


「………………え?手品?」


「種も仕掛けもないネー」


 とんとんと爪先を立てているが確かに種も仕掛けも無いようにしか見えない。こやつ、ナカナカ出来る手品師だな……。

 面白かったので本で適当に釣り竿を出しておいた。ちょこんと二人座って釣タイムと洒落込むのである。

 ついっとあんちゃんの釣り竿が反応したのはすぐである。なんだ、結構魚いるのか?


「掛かってるアルな。毒がなきゃいいアルが」


「おー」


 ぐいぐいと引きずられる水中の魚。釣り竿のしなり的に相当な力を持つ魚な気がするが。このあんちゃん見た目によらず力があるようだ。

 鼻歌すら歌いながら重さを感じさせない動きでぐいぐいと釣り上げていく。はええぇ……。やがて掛かっていた魚がばしゃっと打ち上げられた。わずか5分で釣り上げられた魚にナムサン!!


「………………」


「………………」


 バババババと身をのたうたせて上がった魚は、魚かこれ?

 深海魚って奴らはどうしてこうデンジャラスな見た目なのであろうか。いやここが深海なのかは知らないが。

 半透明の顔に芋虫のような胴体、ヒレは小さくクラゲのように明滅している。いや食えないだろうこれは。私でも食える気がしない。


「一応〆るアルか……」


 食うのかコレを。すげぇなこのあんちゃん。きゅっと捻り息絶えた魚をしげしげと眺めている。煮ても焼いても食えないだろソレは。


「この世界で生きるコツはなんでも口に入れる事よ。陸にあれば足が四本あればネコ以外は食える、海にあれば釣り上げた物は運が良ければ食えるアル」


「ただの運任せじゃん」


「運も実力の内ネ。茶やる。少し休憩ヨ」


「わーい!!」


 暖かいお茶を貰ってしまった。ウマウマ。そのへんに腰掛けて休憩タイムである。

 ごそごそと袋を置いて地図を開く。ぐりぐりとその辺にあったものを書き加えて完成。暗黒神ちゃん頑張ったアル。


「さて、やることは山積みアルな……」


「む」


「いくら何でも資源がなさ過ぎネ。輸送ルートを確保しなきゃ話にならんアル。

 地下をこのまま拡張するにしても距離があり過ぎるからネ、どっかこの近辺の街に繋がるのを一本が精々。

 魔王の遺産でもありゃあ楽アルが……食料ならさっきの動物に、魚もまぁ見てくれはアレあるが恐らく食料足り得る種類もいるネ。

 それでもそれだけじゃあ人は生きていけねーアルからな」


「ほほー」


 それもそうだ。なにがしか、他所から仕入れねばここは立ち行くまいて。輸送ルート、輸送か……なんか本で出せたっけ。

 考えて、ふと閃く。いや本当に使えるかどうかは知らないが。せっかく作ったのに利用しないのもなんである。

 確かそう、あのウルトの巣と綾音さんの街にトンネル付き地獄の穴がある筈だ。物質界の物を転移させる、地獄を通るので不安が残るが物は試しであろう。


「綾音さんの街とあとウルトの巣……西大陸のなんちゃらの樹だったらトンネル作った」


「トンネル?」


「なんかこう、こう……物を転送するけどお代は見てのおかえりのような……」


 両手でろくろを回しつつ説明する。


「ふぅむ、面白い話ネ。少し考えるヨ。後で試すヨロシ。

 ……その本が例のアレか。少し拝借しても?」


「まあいいけど」


 例のアレ、例のアレってなんだ。ギルドになんか情報が出回っているのであろうか。もしや私は有名人?

 凄いぞ暗黒神ちゃん大ハッスルだ。


「…………中身は見ないほうがいいアルな。ふむ、これ興味深いね。

 しかし安心もしたアル」


「安心?」


 何の話だ。


「思ったよりその本が大したこと無くてヨ」


 いきなりバカにされた。


「なんだとーっ!!」


「事実ネ。その本そのものは大した力は持ってねーアル。たとえその本奪ってもアナタ普段つかてる力は無いネ。

 力の核はその本じゃあ無い。となると脅迫拷問洗脳アルが……それもアナタ多分効果ないネ。事実上他者の本の使用は不可能と見ていいなら安心ヨ」


「む?」


「コレ神の工芸品(アーティファクト)目録の最新版。一ページ目見るヨ」


「むむむむむ!!!」


 本のぺろんとめくった一枚目、そこには本の絵が描いてある。神の代理人、カリス?

 えーと、製作者はレガノア、サリャール修道院図書館所蔵。神の奇跡を秘めし本。審判の時に救世主がその手に持つという神の代理人たる証を立てる本である、とな。

 そんな凄い本があるのか。驚きである。


「アナタの本の事よ」


「な、なにぃ!?」


 この本がサリャール修道院とかいうところにあるというのか!!暗黒神ちゃんもびっくりだ。あれ、ではこの手にある本は一体……?


「まさか偽物かお前―っ!!」


 地面に投げつけてこの幼いむっちりボディから今放つ、必殺のぉー……ボディープレース!!

 華麗なるボディプレスを決めた所で頭の上から呆れたような声が降ってきた。


「んなわけねーアル。要するに、宣言ヨ。その本教団が徴発する言うネ」


「なんでさ」


「端的に言えば欲しいからアルな。ま、徴発された所で痛くも痒くもないアル。

 その本だけ持っていった所で意味なんざねーヨロシ」


「へえ……」


 何だ偽物じゃないのか。ならいいや。

 のっしりとケツをおろして再び釣り竿を握った。あのあんちゃんが釣り上げた以外の魚が食いたいので。

 この本が偽物じゃないという話以外はまあ難しそうだったのでどうでもいいのだ。わかるヤツがあとで聞けばいいのでアル。




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