天より来たる御使い3
「─────この街に関してはこれぐらいかしら」
「ふーむ」
なんやかんや半分ぐらいしか頭に入らなかった。まあいいか。しかし結界、結界か……。
結界の外から二時間かけて参りました。ただでさえ解剖されそうなので言わないどこう。
よし、ひとまず大体の事はわかった、筈だ。
幾星霜続いた戦争も生き残った魔族の代表と人間の代表が会議を開いて和睦するという形で終結し、今のトレンドは世界平和らしい。
まぁ和睦と言ってもほぼ人間の圧勝だったために和平会議というより東国の戦後処理、と言った方が良いものだったようだ。
その結果、西の各所にあった国はその面積を主要都市のみとされその都市にも多くの人間が入り、魔族の人々は新しく大きな集団を作って暮らす事を禁止されたらしい。都市、組織、国、大きな括りで1つになることが軒並み禁止と。村単位でしか存在を許されず、互いの交易も不可。そんな事をしているのが見つかったら処刑らしい。生きるのも大変そうだ。今は大きな団体と言えば魔王城内くらいにしかないとか。今でも魔王城はよく攻め込まれているらしい。
そして西大陸に住む全ての人々を対象に東大陸との交易の開始と内容の取り決め、友好の為として移住者の選定、技術発展の為に技術者の派遣などを決めた大陸間協定が結ばれた。
戦争末期の頃にはもうそれがどんなに偏っていようが、どんなに理不尽であろうが逆らうことなど不可能であったようである。
個人であれば嫌がって出奔するものも居たそうだが、そういった者達はモンスターと呼ばれ討伐対象に認定されてしまったとのこと。
そして西の国を降した東の国は南大陸と北大陸に足を伸ばした。それまでは西大陸の魔族達が必然的に壁となっていたらしいが。
南大陸に多い今は亜人と呼ばれる人々は元々少数部族が殆どで閉鎖的だった事もあり、基本的には我関せずというスタンスであり人魔戦争にもノータッチ。
北の神霊族は滅多な事では人に姿を見せず、居る事は知られていたが精霊じみた扱いだったようだ。
それぞれの大陸に東大陸の人間達が上陸し始めた当時も彼ら彼女らは殆ど干渉などしなかったらしい。
そして戦争が終わり数百年が経ち、特に南大陸に住んでいた人々は漸くヤバいことに気付いた。全ての面において人間に勝てない。そして人間にとって他種族など利用価値が無ければ生かす気がない。人間の背後に居るレガノアという神、そのヤバさにやっと気付いたのだ。南大陸に数多くいた神々が消えた。精霊などが天使へと変貌した。何故か子が生まれなくなった。
何故西大陸の魔王達が死に物狂いで戦っていたかを悟った。だが、全ては遅かった。
人魔戦争の始まりについてはマリーさんも聞いていて気持ちの良い話ではないからと少し濁したが……とにかく魔族の皆さんは何某か、とんでもない事が起きたことを察知しそして事態の全容はわからぬものの東大陸の人間達と戦うしかない事を悟ったらしい。とにかくなんかあったようだ。どうにもマリーさんの話の端々からそもこの惑星全体の地殻自体になんかあったっぽいのが伺えるが。西大陸は惑星上に存在してなかったっぽい……? この辺りはよくわからんかった。
「魔王って強そうなのに弱いんです? 人間の圧勝だったって……」
弱いのは困る。
魔王という響きに相応しく、是非とも勇者をやっつけて貰いたいのだ。
レガノアが加護を与えているらしい勇者、倒して貰えばちょっぴりは影響があるに違いない。
「そうね……。ここ数代の魔王達は自称だもの。
弱いわね。それでも開戦時の魔王達は今代に比べればまだマシだったのだけれど」
自称なのか。
自称も気になるけど当時について先に聞いておこう。
「何があったのかはわたくしもわからない。兎にも角にも人の認知できない領域で世界を揺るがすほどの事が起こったようね。
世界が変わった日。世界から死が失われた日よ。
神々が実体を持って地上に降り立ちレガノアの従属神となった。世界に満ちたマナが変わった。黒魔術、暗黒魔法と呼ばれていた類のものが徐々に使えなくなり遂には起動すらしなくなった。
闇に属する魔力が消滅、それと共に魔族や竜族など種として最高峰に位置してきていた種族の魔力は信じられないほどに減退した。
魔王と呼ばれる者達は本来であれば一個の生命体として無敵であったはずだったのよ。
そう決められていたの。それがこの世界のルール。でもそうでは無くなった。
逆に人間の方が異常なまでに力を持ち始めたの。最初こそ拮抗していたけれど時が経てば経つほど魔族が押され始めた。
名のある者が討ち取られる事が相次ぎ勇者の出現と天使の顕現がそれに拍車をかけた。
争い続けた数千年、中期の頃にはもう既に勝ち目など無かったわ」
なんと。魔王とはそんなに強かったのか。しかし何があったんだろう?
確かに話を聞く限りとんでもない事があったようだが。そういやマリーさん昔は死があったって言ってた。
その事件とやらが原因で死が失われたと見るべきところであるが、よく分からないな。アスタレルからは何も聞いていない。必要無いと思ったのかどうなのか。謎だ。
もう一つ聞いておこう。
「今の魔王が自称とは一体?」
答えたのは今まで黙っていたブラドさんだった。
「魔王というのは本来は魔族の神、と言っていいのかわからんがとある神に与えられる最高位の称号だよ。
今は単に多少使えるというだけの自信過剰の分を弁えぬバカが自らそう名乗るというだけのものでしかないがね。
昔は本物だった。
昏き深淵に座すという神に謁見を果たすこと能うた者にこそ与えられる至高の称号。
無限に等しい魔力。現在過去未来のあらゆる知識。世界を捻じ曲げるレベルの桁外れの超常能力。圧倒的な身体性能。どんな形であれ運命を捻じ曲げる程の力を持つ連中だ。
挙げ句に在任中は不滅であるなどとふざけた不死スキルを持つという笑ってしまうような怪物でね。
今の世代はそもそも本来の魔王がどのようなものであるかも知らんだろう。
自分で魔王と名乗っていると言うだけの連中さ」
「ほほー」
すごいな。魔王って昔は強かったんだな。しかし今はダメダメ、と。なんとか強くなってくれればいいのに。
その魔族の神様に謁見するとか出来ないのだろうか?
……まあブラドさんの言い方を見るに多分すごい難しい事なんだろう。むしろ簡単だと困る。
そんなのが沢山居たらなんて考えるだに恐ろしい。びっくり玉手箱ワールドではないか。
それにアスタレルの話によればレガノアは他の神様を自分の子分にしてしまっているというし。
となればその魔族の神様が今も居るかどうかもわからないという話になってくる。
というかもしかしなくてもマリーさんの言う魔族と竜族の衰退の原因って今まさに悪魔が神様相手にプレイ中とかいう陣取りゲームが原因じゃなかろうか。
その神様は恐らく陣取りゲームに負けてレガノアに取り込まれた。だから魔族と人間の力関係が逆転したのではないだろうか。
しかしそうなると勇者って本物の魔王と同レベルの怪物の匂いがするのだが。いや、レガノアは他の神とは次元が違うとか言ってたし魔王を超えている可能性も普通にあるな。
大丈夫だろうか。
「今代魔王達も何れはモンスターの王として勇者に討伐されるでしょう。
先程の話で南大陸に住んでいた種族の子は生まれなくなったと言ったでしょう?
レガノアの加護を持たない種族は繁殖力が落ち、力ある固体は産まれない。人の血を入れねば駄目なの。
……次代の魔王はもっと弱い者になるでしょうね」
大丈夫じゃなさそうだ。それは困る。すごく困る。後はもう弱くなる一方ということだ。
レガノアの加護にそんな力が。まさに詰んでるとしか言いようのない状況である。何故、戦争後に子供が生まれなくなったか。レガノアの加護が無いのが原因らしい。
うーむ、神様の加護とは思った以上に強力なブツのようだ。アスタレルの神の加護をもった勇者は卑怯という言葉はマジだったわけである。神様の加護を沢山持った勇者、そりゃあ卑怯だろう。
それにしても神様の加護って色々種類でもあるのだろうか。私の加護ってそんなレガノアのような効果は無さそうな気がする。アスタレルはそこらの生物に加護でも与えろと言っていたが……そもそも効果を知らないな。どうなるんだろう。これについては調べる必要がありそうだ。
しかしこうなると別のアプローチを模索すべきかもしれない。
生物への加護と勇者の討伐は取り合えず置いておいて悪魔の孵化、これを優先すべきかもしれない。アスタレルの言う通りにするようで癪だが。
そうすればダメダメな私でも何とかなると言っていたしな。
「この街は人間にはモンスターの街と呼ばれているの。
亜人も魔族も人間の血が入ってもおらず、教会の認可も無い者はモンスターとして討伐対象だもの。
神霊族も扱いは動物と変わらないわ」
なるほど……がさがさと地図を取り出す。
「ああ、そういえば地図が作れたと言っていたわね」
「はい、これです」
皿と妖精をまとめて脇にどかして机の上に広げて見せる。
東の大陸が人間の国、西が魔族で南が亜人、北には神霊族、と。
ぐりぐりと書き込む。
「精度が高いわね。ああ、この街はここよ」
指差された地点に修羅の国と書き込んだ。
この街は今の現状に我慢がならず、レジスタンスのように生きる人々が寄り集まって出来たものらしい。
そしてそこに東大陸でレガノアを信仰し、生きていたのでは絶対に手に入らないものを求めて背信の道を選んだ人間側の背教者が混ざり込んで今の状態になった。モンスターの街か……。
気長にやるしかないだろう。悪魔を召還してこき使えればいいのだが。
ため息を付いた。
先はまだまだ長そうである。




