自由都市での攻防
自由都市九龍。
南大陸にある巨大都市である。街の興りを指せば実際には超巨大化したギルドと言えるこの都市は中心にあるギルド本部の周囲を冒険者たちが住まい、そしてそれを当てにした民族がその周りを更に囲う。
人が集まれば金も集まり、物資も集まる。そうなれば発展するは自明の理と言える。特にギルド創始メンバーが住まう上で流れ着いた異界人の住み着く都市に、ギルドの庇護を求めたあらゆる希少種が流れ着く以上、文化の始まる都と名高くも魔力と蒸気で動く蒸気機械が溢れる様相にて東大陸を除けば文明レベルは一際抜けており、討伐対象でもないがモンスター外認定を受けられぬ、さりとて抗う力もないという亜人や魔族であれば先ずはここを目指すであろう。
クンツァイト港であれば教団とギルドがまさしく互いに唾を吐かんばかりに火花吐き散らしにこやかに談話しつつも机の下で全力で足を蹴り合うという最前線の様相なるが、この自由都市九龍であればギルドのお膝元と言い切って良く、この都市にはさしもの教団も教会一つ建てられぬ有様にて虎視眈々と喰らいつく隙を伺うばかりである。
四十年前には見渡す限りの草原にててんとう虫くらいしかおらぬという場所、そこに集まった異界人達が技量もない癖に見よう見真似で掘っ立て小屋を突っ立てただけというみすぼらしさではあったが、その記憶も既に遠く四十年程経った今、南、北、西、この三大陸で最も栄えた都市、と言っても過言ではない。
南大陸で最も大きな港町であるクンツァイト港とあらゆる道の行き着く先と言われるクォーツ街道により繋がるこの都市はクリソベリルの大滝、タンザナイト塩湖、ユークレース山脈と言った南大陸でも三大絶景と呼ばれる観光名所へと繋がる観光ルートへの始まりの都市という事もあり一夜を求めて立ち寄る観光客も多い。
それ故に都市を囲う塀は高く、門前にはギルドの中でも古参と言える者が昼夜を問わずに門番として立つ街である。開け放てば宣教師共がしれっと紛れ込みて神を崇めなサーイとかやらかすであろう。
自由都市を名乗るのならば出入りを自由にしろとか布教行為を解禁しろとか湧いた事を抜かす輩も稀におらぬではないが、自由とは制限された中でこそ保証されるもの、なんでもありなどではないわと突っぱねてなおそれでもギルドとしても頭の痛い問題もある。
神託、と呼ばれる現象である。神降り、天降りとも呼ばれるが確認される現象としては神託と呼ぶのが道理であろう。
三代遡ってなお教団と何の繋がりもなく、その人生においては寧ろ迫害されてきた者達が突然にレガノア信仰に目覚めるという現象である。
人が変わるわけでもない。傍から見ていて身内すらそれと気づかぬ。それを受けた者達に総じて共通点は無く、住まい、年齢、性別、種族、その全てが異なる者達が唐突に信仰に目覚めて教団と繋がりを持つ。
頻繁にあるわけでもなく、把握は出来ぬが誰であっても起こりうるというわけではなく何かしらの条件があるのは確かなれど、それでも頭痛の種であることに相違はない。
何の前兆もなく、極普通の住民が何の違和感をもたせることもなく、普段通りの生活を営みながらも密告に精を出しては盛んに知る限りの情報を流すようになるのだ。
今まで自由都市九龍で炙り出しに成功した神託を受けた者達は八人。潜在的、あるいは既に神託を聞いた者達の数が如何なるものかはギルドとしても未だに予測さえ立てられずにいる。
――――――――――彼ら曰く。神の声を聞いた、と。
ギルド本部、常に人の溢れる場所ではあるがその日訪れた客は招かれざる客、その一言に尽きた。
白銀の紋章を戴く剣は無論の事、着ている装備一式に至るまで力ある霊素に覆われた青年。
周囲に飛び交う小精霊の異様な密度、紛うことなき勇者であった。
刺さるが如き視線の雨を気にすることもなく、むしろそれを楽しむかのようにゆっくりとした歩みで中央へと進み出て満面の笑みで周囲を回視、笑みを深めるがその裏に在るは嘲笑であろう。
人が避けるようにして開けた道の先、つまらぬ顔でテーブルに座りて地図を眺める青年が一人。勇者たる男を避けるでもなく、視線すらやらぬ様に幾分か気分を害すが。
それ故に多少ならぬ加虐が湧いた。今からする話はギルドにとって面白くもない話だ。ちらとでも異を唱えるのならば理由はそれだけで事足る。
亜人も魔族も神霊族も、元来ならば地に伏し祈りを唱えるべきなのだ。身の程を弁えておらぬ傲慢かつ不遜なる態度を改めさせるべく、それを手ずから教育してやるのも悪くはない。
「君、失礼しても?」
「何アルか?」
「……うん?変わった方言だね」
「ほっとくよろし。私忙しい。雑談ならそこらのオバちゃん相手にでもするヨ」
「……あぁ、まあそうだね。ギルドに依頼、というか話があってね。教団からの通達事項と言い換えてもいい。上に取り次いで貰いたいんだけど」
「このギルドの管理者なら私ヨ。言いてー事があれば私に言うアル。
何の為に人が引いたと思ってるアルか?
調子こいた勇者なんぞ誰も関わりたくもなければ突付きたくもねーアル。アナタが誰でも反応は一緒よ」
椅子に座り直し、さも興味もなさそうな様子を見せる男の姿に流石に噛み締めた歯が軋んだ。
大した魔力も感じない。細身の身体は剣を振るうようにも見えず。
その眇められた目にあからさまな程にこちらを舐め腐った心根が透けて見えるようである。
管理者、などと嘯いてはおるが様子を見るにいいところ代理人であろう。いやさ、若すぎる姿とあまりにも軽い態度はどう見たとて一介の取るに足らぬ冒険者だ。
何を考えておるかは知らぬが、いい度胸だ。
「……僕はクロイツマイン。クロイツマイン=ライン=ハーツマルト。名前くらいは聞いたことあると思うけど。
人を探していてね。四人程。教団から発行された手配書はギルド本部ともなればもう見ただろう?
禍津日の混沌。こいつは最優先だ。残念ながら名前も姿も未だわからないけどね。そして聖女フィリアフィル=ノーブルガード、妖精王カミナギリヤ、破壊竜ウルトディアス。その内二人はごく最近にギルドに登録されたと情報があったんだけどね?
そしてもう一つ。嘆かわしいことだが―――――世界に災厄をばら撒こうとしている者達がいる、と親切な方から教団に密告があってね。
言わなくてもわかるだろう?神の工芸品だよ。それを収集して回っている、とね。知っていると思うけど、神の工芸品の管理は教団が行うものだよ。
目録にあるものは勿論、それに殉ずる等級の物までね。教団の認定を受けていない者による神の工芸品の回収作業、そして許可なく一箇所に集める行為、不認可の神の工芸品の使用と研究。
何れも世界を混乱せしめる大逆行為として教団から禁じられているのはこの世界で生きるのならば知っている筈だけれど。いくらギルドでも流石にね?
あまり事を荒立てたくはないだろう?」
「名前も教団の規律とやらも知らんアルな。それに詰まらん脅しに私達が従う理由は無いアル。ついでにギルドに登録したヤツがどんなヤツだろうと関係ないね。過去も生まれも思想も問わない。
誰だろうが何をしてきたんだろうが拒む事は無い。ギルドの戒律を守り名を連ね続けるならば、受けいれた仲間の敵は我々全員の敵だ、と。人間なら知っている事であろ?
それで辛酸を舐めさせられてきたのは教団アルからなぁ?」
「……それは残念だな。理由などではなく、この世界に生きる者の義務だよ。脅しというのも誤解だ。世界を徒に混乱させ戦火に巻き込むのは避けるべきだろう?
神の工芸品はそれ一つでも国を滅ぼしかねない代物なのだからね。アガレスタの悲劇、ラ=ディルダの悪夢、双頭の蛇の厄災、何れも無知なる者による神の工芸品の使用によるものだ。
規則とは秩序の為にあるものだ。歴史の積み重ねで生まれるものだよ。意味もなくあるわけではないよ。さて、ここには相当数の神の工芸品があると見られているわけだけれど……中には長らく行方不明だった魔王の遺産もあるんじゃないかな?
ガルーネシアの緑錆の羊皮紙、エウリュアルの星杖とかね」
「どっちもねーアルよ。欲しければ自分達で見つけるヨ、他人が生み出した成果を収穫するだけで肥え太った豚みたいな連中アルな。無知、というのもお前らが言うなって話アル。
風習も文化も伝統もその尽くを破壊してきたヤツらだけには言えねー話アルよ。その話のどれもが隠れ住んできた部族に伝わってきていた神の工芸品の暴走。部族の権力者を殺し回ったのは誰アルかなぁ?」
「それは誤解だ。教団も探索はしているさ。土に埋めたまま放置していい代物でなし。まぁそんなに簡単に見つかるのならば神の工芸品なんて呼ばれはしない。苦労しているとも。だから感謝しているんだよ。
これもまた神の御心、神のお導きに感謝します。君達は導き手なのさ。これでまた世界は一つ良くなるのだから。
部族の年長者達のことも教団は残念に思っているし、悲劇として伝わっているよ。神の工芸品の譲渡を拒むなんて愚かな事をしなければあんな不幸は起こらなかった。
いつ暴走するかもわからないような力ある道具を我欲に駆られて占有なんてしようとされては教団としても打てる手は一つしか無い。悲しいことだけどね」
「話にならんアル。その上神様とやらのお導きって時点で感謝もクソもねーアルな。……それに。
私達が、というよりはギルドに依頼を持ち込む者達が神の工芸品を血眼になって探す理由を今更論じる趣味もねーアルが?」
「神の工芸品の供出は義務だと言っただろう?
そして知識や技術、前途有望な子供達を東大陸で管理するのも必要なことだよ。別に悪い話でもない筈だろう?
引き換えに教団は金銭も支払っているし、何よりもちゃんと神に祈りと感謝を伝えているしね」
「東大陸以外で使えもしない、しかも金額としてもアホらしい雀の涙な金銭に意味もなければ、逆にどちらも出せない部族は神様にご報告しませんなんて脅し付きが悪い話じゃなければ何アル?
連れ帰った餓鬼共も何に使っているのか開示は一切なし、まともに管理してるなんぞ誰も信じてねーアル」
「脅し、なんて言われるのは看過できないんだけどね」
「それ以外に何と言えばいいのでアルか?
人間の神への報告如何で天使に粛清されるか否かが決まるなんぞ悪い冗談みてーな世界アルな。他種族はモンスターにして奉仕種族、笑えねー話アル」
「僕達だって望んでそうしているわけではないさ。必要とあればそうするだけのこと、そうならないようにお互いに努力は必要だろう。奉仕種族というのもまぁ……否定はしないさ。そういう生まれである事はどうしたって事実だしね。でも知恵ある生き物だ。生まれはどうあれ可能な限りは保護したいと思うものだよ。
不幸な事は避けるべきだよ。お互いにね」
「肉体は天使に粛清された挙句に魂は持ち帰られて何をされるかわからない、不幸なのはこちらだけでアナタ達にとってはどっちでも幸福ね」
「そんなことはないさ。命が失われるのは悲しいことだからね……ああ、そうだ、もう一つ。神の工芸品の中でも教団が特に探しているものがあるんだ。
聞いたことはないかい?見た目は本、と聞いている。
最低限でも咎人の枷を外すことが可能であり、主な能力としてどんな物でも現世に作り出せる、教団としての見立てでは恐らくは―――――――――――どんな願いも叶うという本だ。どんな奇跡も起こせるという神の工芸品だよ。
たとえ東大陸でも複製は勿論解析も不可能だろうね。ほんの僅かだったけれどロウディジットで観測されたものと同じ魔力の残滓が残った遺物が青の祠跡で回収された。青の祠が何者かによって暴かれたのは知っているだろう。そこにあったのさ。ぽつんとね。
永久の光を湛える火鉢、と名付けられたこれを解析したのさ。結論として鉢部分に使われている物質の解析すら千年以上先の技術でなくば不可能とだけわかった。技術予測もそれ以上は無意味だからね。千年先さ。
中で燃えている炭に関しては魔力で燃えているのかどうなのかすらわからない。
神話級の道具に干渉でき、そんなものを作り出せる、間違いなく宇宙創世の神代レベルの本だよ。
神の工芸品目録にも今回の更新で載った本でね。付けられた名前は神の代理人。言うまでもないことだけれどあまりにも危険すぎる代物だ。
教団として最優先での探索と回収、教団本部にて永久保管対象となった紛うこと無く創世神話級の神の工芸品。まさか君達が何も知らない、なんて事はないだろう?」
「ま、情報がきてることは否定しねーアルが」
「だろうね。さて、持ち主についても知らないなんて言わないだろう?
君達は随分と鼻が利くようだ。世界の行く末を憂う敬虔なる信者をこうも弾かれるとはね。でもまあ、君達のギルドに所属する異界人ということくらいはわかっているんだけれど。
隠し立てはお勧めしないな。持ち主について情報の開示をしてくれないかい?勿論知りうるその全てを。教団としても穏便に済ませたいんだよ。
聞いてくれるね?」
「それについては偶然に依る所が大きいアルが。流れ着いた先もアレなら立ち寄ったギルドも北大陸の綾音が管理するギルド、綾音なら私信用してるアルが。
あのギルドでは何人か不幸な奴が出たと聞いてるアル。海の藻屑になったのが全員が隠れた信者様だったのは、ま、不幸な偶然アルよ。そのうち綾音をここに呼び出すつもりではアルがな。
異界人が持ち込んだ本、神の工芸品目録に登録するのはまあ勝手あるが神の代理人とかいう名前を勝手に付けるってのは持ち込んだ持ち主が聞いたら怒るアルよ?
それにそれを回収して教団に永久保管してどうするつもりアル? なんでも叶える奇跡の本、ただ保管する、なんて事はあるわけねーアルからな。
目録は私まだ見てないアルが。何を書いたかは想像が付くアル。どうせ神から賜った教団のシンボル、神の御業をここに出現せり、とかアルね。
救世主かそれに次ぐ教団の権力者に持たせて百年でも二百年でも継がせるつもりであろ?その内に神からの賜り品という言葉も真実になる。
まさか異界人を殺して奪い取った貴重な代物なんて書けねーであろうからな」
「まさか。保管するだけだと言っただろう?
そんな危険なものは放置できないというだけだよ。異界人というのはどうも何をしでかすかわからないし、どんな世界で育ったかもわからないからね。
猿に爆弾を持たせておくなんて誰にとっても良くはないことだろう?
北大陸の青の祠で見つかった火鉢、ロウディジットで観測された魔力、ブルードラゴン支部での破壊竜のギルド登録、そして最後に南大陸から東大陸に流されてきた絵画。
東大陸のオークションに出品された悪魔の芸術品と見られる絵画があったんだけど、ここから東大陸に流れてきたんだよ。その絵画からも少しだけれど同じ魔力が残っていた。
つまりはこう考えるのが自然だろう。持ち主は北大陸の青の祠に流れ着き火鉢を作り破壊竜を本で解放、その影響で青の祠は崩落し邪竜の瘴気により霊峰は異界化、その後ロウディジット、そしてブルードラゴン支部から観光船を経由してここへ、そして悪魔の芸術品をその本で復元し、ここから東大陸へと流した。
流出経路はギルド管理の商会だったよ。持ち主が尽く発狂してるから嫌がらせのつもりだったんだろうけど。
……僕としては異界人ならば、ここに今住んでいてもおかしくないと思っているんだけどな」
「猿?面白いことを言うアルな。クロイツマイン=ライン=ハーツマルト。アナタほんとバカね。
四源精霊と契約した事で身の程を見誤った。単に小精霊までをも従えるアナタが自ら探し回る事で確実性を高めたかったんであろうが……。
その神代の奇跡をも起こす神の本を前にして欲に目が曇った。手を致命的に誤ったヨ。アナタをどうこう出来るヤツは存在しない、その傲慢が私達とてもありがたいね。まさかこの時期にご本人ここに来るなんてありがたすぎて何の罠かと思ったよ。
偶然にしては出来過ぎネ。確かにここはギルド総本部、ギルドに関する情報ならばここが一番よ。精霊もここならば多いしアナタには相性いいね。その悪魔の芸術品とやらも確かにここから流したよ。持ってきたのは妖精王アルが。絵画はルート洗浄目的で暫くこっちで置いておいたよ。だから絵画は最後じゃないね。それもまた偶然アルが。
一つ一つとればそう考えたくなるもの無理ないね。それぞれ別個の事柄だなんて思えねーだろうアルからな。ただの偶然、誰も信じないヨ。
私から言わせれば青の祠の火鉢とやらもそれを教団が回収したとも今聞いたアルしロウディジットの魔力観測とやらも初耳ね。
私まだ持ち主に会ってないアルから本を探す為にアナタ出て来る予想外だったし破壊竜の登録は知ってるアルが観光船に乗った理由もここに来る為ではないと知っている以上アナタが今目の前に居る事が神の定めた運命と判断するしかねーアルな。
先に私が持ち主会って本を見れば教団が本をどうするかもその為アナタ出て来るも予想したしそう動いたアルが。そうすれば私の動きを小精霊が察知してアナタ出てこなかったの今分かるネ。
アナタと相対して小精霊の動きをこの目で実際見れば、意識を読み取られるレベルで察知するの理解出来る。正直アナタの能力舐めてたね。動きを読まれる、そんな次元じゃねーアル。思考、行動、意識の流れ、小精霊それにすら反応してる。
私は知らなかった、だからアナタ私の意識を読み取るできずここにノコノコ来た。私の目の前に。
……アナタここに来る教団は止めなかったアルか?正直私単身東に乗り込むくらい考えてたアルが」
「…………僕をどうこうする、なんてまさか本気じゃないだろう?君がかい?
僕ならば魔王連中だって単騎で消滅させられるよ。ただの、亜人の都で僕が不覚を取ると?冗談にも程があるな。全くおもしろくない。
君は準人間か……亜人かな?どちらにしても僕に会ってどうするんだい?
目の前に居るよ?見せてご覧よ。僕を相手に何をしてみせるかを。教団が止める?止めるわけないだろう。教団の指針に口出ししては私物化していた二人が消えたんだ。
教団の内部を引っ掻き回す臆病者達が消えてくれてせいせいしているよ。功の独占を図ったかどうなのかは知らないけど。自らの力に見合わぬ任を請けた挙句に無様に失敗、何の情報も持ち帰らぬまま行方不明とはね。
さて、交渉は決裂。僕はこれで戻るけど……。
精々抗っておくれよ。僕も四源精霊の力を偶には振るわないと腕が錆びそうなんだ。
それでは失礼するよ。今日は会えなかったけどギルド総裁によろしく」
踵を返してギルドを後にしようとしたところで背後より声。
「哎呀。お客さん、お忘れ物アルよ」
「……ん?何かな?」
「その首アル。アナタが東大陸に帰れるのは魂だけアルね。神様に縋る口も閉じて貰うのが私達一番よ。
ここには誰も来なかった、それが一番平和ね」
呆、と少しばかり呆気に取られた。
長い黒髪を括った美青年と称すべき姿形の男から飛び出した言葉はクロイツマインとしても理解するに時間を要したのだ。
そのような様のクロイツマインを何ら先ほどと変わることなく、今言った言葉がまるで幻聴であったかのように思えてくるほどの笑顔で見つめてくる男を言葉もなく見つめ返しながら、眺めるその特徴から漸く一人の人物を弾き出した。
腰下まであろうかという長い黒髪、光を反射する瑠璃の如き不可思議な色の目、独特の華美な服装と実際に特徴だけを抜き出せば該当するは一人しかいない。それに気づかなんだのは偏に、実際に目の前に居る人物が聞き及んでいた情報を思えばそこにあまりに大きすぎる相違がある故である。
「……………ああ、成る程。君か。随分と若作りだ。不老不死の霊薬を飲んだなんて言われるわけだよ。
君が、自由の狼――――――ギルド総裁、皇九龍。
確かもう六十歳以上だと聞いたけど。というか街の名前に自分の名前とかちょっとどうかな」
そうとも、聞く年齢を思えば目の前の人間がそれと思えなんだも無理もない。
不老不死の霊薬、眉唾なるものではあったが実際に見ればそうとしか思えぬものだ。若作り、という次元を越えている。明らかに二十代の姿で時が止まっているのだ。
「ほっとくよろし。私が付けたんじゃねーアル。没後に銅像を立てられるみたいなもんで本人には拒否権がなかったアルよ」
「ふぅん。まあいいけどね。今まで多くの勇者と相対してきた君だからこそわかりそうなものだよ。
勇者を挑発するっていうのはあまり褒められた行動じゃない。特に僕のような聖者の称号を持った勇者などはね」
「自信だけはいっちょまえなモヤシ程チョロいもんはねーアルな。
無闇矢鱈と前に突っ込んでくるだけで突出した阿呆なぞ叩いて潰せばそれで終わりアル。
アナタ奥に引っ込んでばかりで我々頭の痛い問題だったヨ。誰かにすっ込んでろと首根っこ抑えられてたアルか?
例えば……そうアルな。この手配書の聖女フィリアフィルは除外として……異界人ゲルトルート=ガントレットあたりアルか。
剣聖ジェダも頭は悪くなかったアルし、アナタが動かないように家に縛り付けるくらいはするアルな。両名共に先日の次元断裂で行方不明、かくして躾のなっていない阿呆は飛び出してきたという訳ネ」
「ふむ。どうやら本気で僕に勝てるつもりでいるらしい。
この都市ごと灰燼に帰せばその愚かな思考も二度と考えはしないのかな?
反省して改めるといい。君にはその機会を与えよう」