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神の左手悪魔の右手3

「ブギィー!」


 ブランとしながら眼下の圧倒的な光景を眺める。


「おや、豚のようにお鳴きになられる。辛うじてあった身体の凹凸もほぼ消えているようデスからね。

 少々食べ過ぎなのでは?

 どこが乙女でどこが女子力なのかレポートにして提出して頂きたいもんデス」


「うるさーい!」


 女子力だとか乙女だとかどっから湧いて出たのか似合いもしない事を言いだした悪魔に叫んでから再び視線を戻す。凄まじい、これは最早災害と言っていいだろう。

 雷を纏う粉塵が地響きとなって大気を震わせている。大きいとは言えない島ではあったが、跡形もない。無残な姿と成り果てた抉れた剥き出しの大地は煙を吹き上げながら過ぎた熱により蜃気楼のように暫く揺らいでいたが。

 そこに流れ込んだ海が度が過ぎた熱量に蒸発しながらもその質量で大穴を押し潰し、やがて荒れ狂う大渦となって周囲に津波と言っていい波紋を吐き散らしはじめた。

 灰色に濁った海は黒い罅のような空間の隙間にぶつかる度にその流れを変えては小さな渦を作り、ぶつかり合い最早世紀末過ぎる様相を晒している。


「ふむ、島ごと何処ぞに流れて行きましたネ。

 一か八かの運試しに国ごと乗るとは愉快な人間も居たもんデス。人間は等しく塵屑デスガ稀にああいう異形が産まれる。

 流れ着いた先がまともとも限らず地下だの空中だの人間の生存不可能な環境であればそれだけで詰んだでしょうに。

 駄狐の空間制御も間に合ったかどうか。ま、妖精王のような霞でさえ出来たのですからなんとかしてるでショ」


「む?」


「お気になさらず、こちらの話ですヨ。理解して頂こうとは思っておりませんしその必要もありませんノデ。

 ワタクシ、七大罪の悪魔が七度殺しても飽き足らない程度にはクソ嫌いなんですがネ。今回はまあまあというところでショウ。反吐が出ますネ」


 まあまあと褒めている割に締めの言葉が反吐が出るに続く理由がわからん。

 理解しなくていいというのでどうでもいいが。今日のご飯は何を食べよう。なんか美味いものを食べねばなるまいて。


「そうだ」


 美味いもので思い出した。首をくるりと巡らせば。アスタレルに私とは反対の腕で抱えられているぐったりしたままのフィリアは未だ目覚める様子はない。

 その内目覚めるとは思うのだが。手を伸ばしてブスブスと頬を突いてみるが反応はない。


「…………ああ、人間デス?

 壊れてないかどうかは知りませんが、暫くは会話可能領域に意識は戻りませんヨ。

 レガノアのクソッタレが刻まれた術式と身体を弄り回していったようデスし、抜かれていた魂が戻ったとしても馴染むには掛かりマス。

 精神の復元まで含めてこの人間に悪魔も驚きな根性があったと仮定して大体十日程は戻ってきませんヨ」


「む」


 結構掛かりそうだな。

 ぶにーと引っ張る頬はいい感じに伸びている。しかし動いて喋らないと面白くないな。いつものようにブーブー鳴けというのだ。面白くねぇ。


「起きろ―!!」


 手を伸ばして重力に負けて垂れ下がる胸を引っ叩いてやった。


「キャイン!!」


 豚ではなく犬のような声を上げながらビクンと跳ね上がったかと思うと暫く硬直し、ぼてっとそのまま力尽きた。

 なんだ起きたじゃないか。


「……悪魔も心底驚きなクソが付くど根性の持ち主でしたカ。視界にも入らぬ塵芥デスガ今のは多少ビックリデス。

 起きたのならばとっとと自分で自立してくださいネ」


「……………?」


 茫洋とした瞳が不思議そうに動く。こちらと目が合った。


「………………」


 むにゅりと頬を抓っている。頻りと目を擦りもぞもぞと蠢きやがて結論を出したらしい。

 うんうんとドヤ顔で頷きながら自慢げにおっぱいを反らした。腰を抱えられているのに器用な動きだ。


「クーヤさん、私、夢の中で沢山のクルコの実入りグラタンを頂いたのですわ!

 それにオレンジジュースまで付いておりましたのよ!!

 目の前でそれを恨みがましそうにクーヤさんが見ておりましたわ……!! これはきっと以前にクーヤさんにトーストを奪われた恨みですわね!!

 食べ物の恨みは恐ろしいのですわよ!!」


「夢の中から帰って来てくださいネ」


「あ」


「きゃあああぁぁぁあああ………………………」


 ぱっと離された腕。当たり前だがフィリアは重力に引っ張られてあっという間に落ちていった。


「…………………」


 暫く沈黙した後、叫んだ。


「あーーーーっ!! アホー!! アスタレルのバカ!! 落とす奴があるかー!!

 フィリアー!!」


「別にいいじゃないデスカ。気付けデス気付け。

 それに魔神族も居るんでショ。拾って来ますヨ」


「気付けて!!」


 んな気付けがあってたまるか!

 バタバタしながら反論すると同時に、青白い炎がフィリアが落ちていった先にちらちらと見えた。む、さっきの馬か。

 よくやった馬!! あとで人参をやろう。


「はひ………はひ……」


 馬の背にしがみついて半泣きのフィリアが回収されてきた。プルプルしている。うむ、やはりフィリアはこうでなくては面白くない。


「クッ、クーヤさん……ッ! わ、わたし……」


 どうやらガッツリ今ので目が覚めたらしい。まぁ今ので起きなかったら相当だ。

 ペタペタと自分の体を触っては感覚を確かめるようにして、東大陸の遥か先をじっと見つめる横顔に浮かぶものは分かりやすい喜びでも憎しみでもなく戸惑いだろう。

 ぽんと降って湧いた諦めていたのであろう自分の未来が信じられないらしい。そういうものか。よくわからんが。


「助けてやったんだから後で美味いものを奢るのだ。もしくはクルコの実入りグラタン作って来るのだ」


「えっ、あ、ふぇ……?!」


 がくがくと頷くのを見届けてほくそ笑んだ。言質は取った。後で覚えとけよ。財布を空にしてくれるわ。


「…………クーヤ、さん、私に何もお聞きになりませんの………?」


 あー、なんかめんどくさいこと言い出した。何やらうじうじ悩んでいる顔をしている。乙女か。幼女な暗黒神ちゃんに人間らしい大いなる悩みを相談してどうするというのだ。食って寝ろとしか言えないぞ。

 確かに色々知っているんだろうけど。私が聞いてもしょうがないだろ。右から左にしか行かぬというのだ。これだけカルガモしていてそれがわからぬとは。

 言いたければ後でマリーさんとかクロウディアさんに言うがいい。その間に私は美味しいものを食べているので。


「だって、わたし、私―――――――――」


「知らん。好きに生きろ。フィリアの好きにすればいいのだ」


 めんどいし。

 エルマイヤ=エードラム=アーガレストア、あの白い半人半獣のツラは覚えたし、神の炉も暫く使い物にならんだろう。

 それに人生レベルでいじめられっ子だったらしいフィリアに根掘り葉掘り聞くようなことでもあるまいて。聖女から解放されたんならもう自由なのだろう。これから先、好きなとこに行って好きに生きろって話だ。


「………………………」


 フィリアは無言のままに俯き、ブルブルと身を震わせている。

 その表情を窺おうにも鼻先と震える唇しかこちらからは見えず、風に煽られる髪の毛の中を大きな水粒がボロボロと空に落ちていくのが見えただけだ。

 夜明けの光に煌めくそれらは何処かへと吹き散らされて光のように消えていく。

 フィリアの奴はとみに泣き虫ってやつだな。泣き虫毛虫挟んで捨てろって歌にもあるだろ。その内目玉が溶けるんじゃないか。


「……もう宜しいデス? 人間の生き死になぞ私にはどうでもいい事デス。

 転移魔法でお送りいたしますのでさっさとお戻りになったほうが宜しいでショウ。

 我々はこの空域で多少暴れてから地獄へと帰還しておきマス。こちらに引きつける間に早々に塵屑共を連れてお隠れになってくださいネ」


 珍しく気を利かせて送ってくれるらしい。時間の短縮にもなるしいいサービスである。まあ以前の時は召喚魔法を介したせいと言われたしな。正規の召喚ならばこれくらいはやってくれるらしい。イッヒッヒ、暗黒神ちゃん大満足である。

 その上にだ、神族を倒してもあちらに瘴気はもう無いのだ。こちらで天使やらを引きつけてくれるならばあちらがかなり楽になる筈だ。

 こっちで時間を稼いでくれている間に尻尾をくるくるに巻いて逃げるべきであろう。


「おー」


 返事してからふとメロウダリアを思い出した。

 また同じことをされても困る。この死にたがり共は隙あらば死ぬからな。


「死にそうになったらとっとと地獄に帰るのだぞ」


「………………自殺志願者扱いというのも面白くはありませんが、我々がこの程度のゴミ共に核を砕かれる程の致命傷を負わされるという認識も面白くありません。

 しかも単に困るから言ってるだけでショウ。

 後で後悔させてやりマス」


「むむ!!」


 めっちゃ面白くなさそうに怒られた。残念なことである。




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