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神の左手悪魔の右手

 


 てっこてっこと街の中を歩く。垂れ下がる蜘蛛の糸はその尽くが炎に消えた。白い生物やらを黒い異形がムシャムシャとしている。美味いのだろうか。わからん。

 空は紅く染まり、火の粉とも燐とも付かない青白い光が立ち上っている。大地は黒く染まり、神獣とやらも路傍に力なく横たわるのみだ。

 さっきはルイスを見かけたし、メロウダリアも元気に暴れていた。あとは知らん奴らがちらほら居たがおっかないし関わりたくないし。あと興味ないのでどうでもいい。何が悲しくて嬉々としてほにゃららな行為に励む異形を眺めねばならん。

 ふむ、これぞまさに蹂躙と言えよう、わははは。まぁ私の力ではないがそう見たっていいだろう、何せやってるのは悪魔どもであるからして。


「暗黒神様」


「お」


 声の方向を向けばもじゃもじゃのウールを蓄えた角の生えた羊である。ん、アスタレルか。ちらと腕を見やれば、ちゃんと真っ黒な手がくっついている。

 ふむ、ならばいい。

 恩が返せたのか聞こうかと思っていたが、本人も何も言わないし気にした様子もないので言わないでおくことにした。全然足りませんネとか言われたら面倒なので。

 ……しかし、腕をまるで動かさないな。ピクリとも動かない、動くのか?

 多少心配になってきた。まさか動かないとかあるまいな。それは困る。それでは意味がない。よいせと腕下に手を突っ込んで持ち上げてみた。ボヨンと揺れるウールがもったりしていい感じだ。

 たぷたぷと撫で回しておいた。レッサーパンダかカピバラのような真っ黒な手がウールに押されて手前に上がる。手先は蹄かと思ったらそうでもないらしい。足は蹄のようだが。

 しかしルイスといいこいつといい省エネ姿だとあざとすぎるな。

 絶対わかっててやっているのだから益々憎らしいものである。ブラブラと左右に揺らしてみた。羊の足がなすがまま慣性に従いブラブラと揺れ動く。

 耳が服に擦れるのが気になったらしく両腕でバサバサと払われた。ん、何だ動くのか。変な心配させやがって。だったらいいや。

 上に引っ張られて反り返る羊をぽいと降ろして視線を巡らす。さて、目的の人物は何処に居るのやら。


「フィリアはどこかなー」


 あのビッチビチ聖女め。手間をかけさせおってからに。戻ってきたら美味しい物の一つや二つ奢らせねばなるまいて。そうだ、クルコのパイでも作らせるか。

 いや、料理が出来るかは定かではないが。この東大陸の様子を見るに料理の腕など壊滅的な気がしないでもない。出来なかったらやはりなんか奢らせよう。うむ。

 考えているとウールの塊が心底感心というか、驚嘆したような声音で呟くのが耳に届いた。


「それにしても……面白いデスネ。驚きましたヨ」


「何がさ?」


「暗黒神様が、デスヨ。随分とお変わりになられた」


「そう?」


 別に変わったような気がしないが。

 いや、この世界に来てから色々あったし、私にはわからないが傍から見れば変わったのかもしれないな。進化する事はいいことだぞ。


「正直に申し上げますとワタクシ、暗黒神様と初めてお会いになった時にまず思ったのは昆虫が人間の真似事をしている、でございましたノデ。

 まぁ、そもそもまがりなりにも人の真似事をしている、という事自体が信じがたいものだったのですがネ」


「なんだそりゃ」


 微妙に失礼な事を抜かしあそばされておられないだろうか。

 昆虫て。

 この可愛いむっちり幼女を捕まえて昆虫とはなんだ昆虫とは。

 この野郎私をそんな眼で見ていたというのか。小虫が喋って動いたから驚いたとかではあるまいな。

 あれか、私の弱さはまさに虫けらとでもいうのか。……間違ってないな。否定できる要素がない。暗黒街の店主にも赤ん坊レベルと太鼓判を押されたので。

 逆にいとけない小虫ちゃんであるからしてもっと大事にして欲しいのだが。


「昆虫がご不満というのならば別に名状しがたい腐肉の塊でも構いませんヨ」


 益々もって失礼な事を言い出した。生き物ですらなくなってしまった。三角コーナーの生ゴミというわけか。失礼な!プンスコ。


「何を言うのだ!愛くるしくて可愛らしいぷりちークーヤちゃんだぞ!

 このもりもり溢れ出る色気がわからんというのか!」


「どこが愛くるして可愛らしいんデス?

 貧相極まりない人間の幼児じゃないデスカ。ドラム缶体系に加えてイカ腹。

 暗黒神様の色仕掛けが通用するなぞ特殊な趣味か悪魔くらいなもんデショ」


 ぐぬぬ、否定できない。確かにペドしか引っかかりそうもない。

 唸った。唸りを上げてついでに威嚇とばかりに歯を鳴らす。


「いつの日にか必ずや絶世の美女になって女子力と乙女さでぎゃふんと言わせてくれる……」


「期待せずに待っておりますヨ。どうせ口だけでしょうガ。

 ……人間などどれも同じとは貴女のお言葉だったでしょうに……魂の位階を昇ったわけでもない人間の為に動かれるなどと何の気まぐれかと思いましたガ。

 ま、貴女がお望みとあらば我々もやりますがネ」


 妙なことを言い出したなりにアスタレルもなんだかやる気を出したようだ。ま、良いことである。


「私は探索はあまり得意とするところではありませんのでネ。人間などという塵の如き生き物なぞ気付くのにも一苦労デス。

 虫眼鏡で地面を這って虱潰しに探し回るなんぞしたくありませんノデ。

 というわけで神族が一匹、そちらを片付けると致しまショウ」


「おー。……あ、ちょっと待つのだ」


 見送ろうとして思い出した。よくやった我が暗黒脳よ。

 そうだった、もうちょっと賄賂を渡しとくつもりなのであった。更にやる気を出してくれたら万々歳と言ったところであろうか。


「ほれ」


 ぽいと人魚の涙を放った。危なげなく両手ではしっとキャッチした羊は不思議そうにピアスを眺めている。


「……何デス?」


「お土産」


「……………ま、頂いておきますがネ」


 言うなりぶちっと羊の耳にそのままピアスをねじ込んだ。いてぇ、見てるだけでいてぇ。あいたーと思わず目を覆った。

 が、本人には痛覚はないのか平然と具合を確かめるようにしてさわさわとしている。ろまんちっくな感じで恋が実っちゃうのか。プフー。

 うっしっしと笑ってからハンカチを取り出してひらひらと見送った。胡散臭そうな顔をした悪魔ではあったが、特に何を言うでもなく私に背を向けると無言で歩き出すとそのまま見えなくなった。

 さて、私もフィリアを探すとしよう。フィリアは今肉体だけの状態なので多少探しにくいが。まあなんとかなるであろう。さっさとこの魂を元に戻して美味しいものを奢らせねば。

 木の枝を倒して指し示された方向に歩きだしてきっちり二分後、背後で爆炎が吹き上がった。髪の毛が爆風に煽られて口の中に入る。最悪である。

 ……………まあ、やる気を出してくれたようで万々歳とみなしておくか。うむ。

 若さとは振り返らないことであるからして振り返ることなくさささっと歩く。

 さて、フィリアの肉体のある場所には神族も居るのであろうが……アスタレルがなんとかしてくると言っていたし、私が辿り着く頃にはなんとかなっているであろう。

 蒼い燐が舞い上がる中、一歩踏み出す。私の道を阻むものは存在しない。

 うむ、行くとするか。

 キョロキョロと周囲を眺め回しつ街を練り歩く。お、食い物屋らしきものを発見。飛びついてガサガサと漁りまくる。


「むむ!」


 なんか同じものしかないな。やはりガチでレーション食ってやがったか。フィルムをバリバリと剥いで食らいついてみた。

 うーむ、味がしないな。パキンと砕けて噛めば噛むほどに粉のように崩れていく。粉吹く硬い食感、苦くもなく甘くもなくひやりとしたものだけが口内に残る無味無臭の味。無味の小麦粉を水で固めて乾燥させたものを食っている、という表現が一番近い。

 食い物屋には所狭しとこれが並んでいるだけだ。七日分、三日分、一日分、日数によってパック詰めされている物には完全食と印字されたシールが貼られ、説明書のようなものには成分表と一日三個食べる事、そして名前が書いてある。配給制らしい。

 それにしてもこんなのが東大陸の日常食だというのか。やっぱりという感じだがこれでは何を楽しみに生きているのかわからん。奴隷の街ではでっぷりデブった親父も居たが。絶対にこの食生活の揺り戻しだ。

 そりゃあ他大陸に出たらガツガツムシャムシャするわ。バリバリと五本目を食い終わったところで奥の間に住人発見。特に何を言うこともなくぼんやりと教会を見ている。

 ふむ、そういや神獣やら天使は悪魔に食われているが人間は見かけていない。家に引きこもっているのか。戦闘で壊れた家屋や火が付いた家もあったが、まぁ確かに崩れるほどのものではない。

 悪魔は教会のような建物を中心に集っているし、その辺の家には興味を向ける様子もない。家に引きこもるのが確かに一番賢いかもしらん。

 住人がなんで襲われる教会を眺めているのかは知らんが。何か思う所でもあるのであろうか。まあいいや。こちらに注目を向ける様子もないし、今のうちにこの完全食とやらをくすねるだけくすねてやろう。

 何せ引越し先は地下だからな。食べ物があるかどうかは怪しいところだ。手頃なサイズで栄養満点なら繋ぎにはいいだろう。一頻りくすねてから金貨をぽいと置いておいた。この大陸で使えるかは知らんがこれでよし。

 パンパンになったリュックは若干苦しげなうめき声をあげている。前々から思っていたがまさかこのリュック生き物なのか?

 不気味な見た目といい嫌な生き物だな。まあいい。ずっしりと重いリュックを背負ってすたこらさっさと見つかる前に逃亡である。

 大きく開けた広場の中央に石造りの展望台。上の方で悪魔が何やらムシャムシャしているようだが、逆に言えば安全圏だ。階段を登ってから柵に乗り上げてぐるりと街を見回す。

 一際大きな建物。そこに神族の気配と異界人の気配。あちらにフィリアの肉体もあるであろう。さっさと取り返すに限る。

 目的地は定まった。いざゆかーん!!







 顔を上げる。主の意識がこちらの方向を向いた。

 適当に暴れながらも主より先んじて辿り着いた先には神族が一匹、他に何匹か人間も居るのであろうが……認識は出来ない。

 居ても居なくとも変わらぬ故に気にすることはない。

 ただ、ここで神族を齧り取れば主が探しているという恐らくはこの空間のどこぞに転がっていると思われる人間の肉体も消し飛ぶであろうことは想像に難くはない。

 望まれるのならば塵芥が如き人間であろうが保護すべきもの足り得る故に多少は融通するとも。

 唯一認知出来るものは八本足の蜘蛛。幼い女の形を取っているようだが己の視界ではただの虫なれば。

 同じ街中である。主の足でもさほどの時間はかかるまい。さっさと引き離すが良かろうほどに。魂無き人間は床に転がっているであろうと見做し、地に近き所を避けて乱雑とも言える適当さで空間を削ぐ。

 いくらか人間に当たったか、悲鳴と怒号。次いで血臭が漂いて静かになった。残った者達が生きているか死んでいるかは知らぬが、少なくとも手を出してくる愚者はおらぬようではある。よろしい。興味の向かぬ物事にはわかりやすく、手間が掛からぬ事を悪魔は好む。

 神前での凶行に聊か魂を荒ぶらせたらしく荒れた所作で立ち上がりたる神族は、やはり小さいようだ。

 童を模した姿を取る神族は少なくはない。神秘性の問題である。成熟した女や盛の男より老人や童の方がよりらしい、という事である。

 しばし考えつ、先程のやり取りを思い出す。

 美しくなりたい、可愛らしくなりたい、それはつまり周囲から愛されたいという事だ。

 誰かの愛を望むという事だ。全く信じがたい。

 愛、喜び、怒り、悲しみ、苦しみ。感情というものをそもそも理解しておらぬであろうに、前提からおかしいだろう。

 どうせ口だけであろうとも。既に言った事を忘れていても驚かぬ自信がある。どうせ直ぐに放り投げるのだ。本気などではない故に。言ってみただけ、まさしく。

 人間の女の真似事、それ以上の意味は無いのだろう。

 そも、主に関して言えば幼児の姿をとっているのもあの姿が本質に合っているからだろう。

 知識欲も顕示欲も名誉欲も嫉妬も性欲も愛も無い。根本的に興味が無い。あるのはただただ人の子と同じ、快か不快か。それだけだ。

 食事を好み、睡眠も好む。人の子の遊びを好んで真似をする。気分が良ければそれで満足であり、それ以外はどうでもいいのだ。

 ああして曲がりなりにもそれなりに見れる人の姿を取っているのが悪魔にすれば奇跡にしか思えぬ程に。

 それにしてもレガノアや人を真似てみたというだけに過ぎまい。

 何が乙女だ。馬鹿馬鹿しい。

 言うほどに生命体としてまともな感情を持った分かりやすい生き物ならばこれ程苦労はしていないという話だ。

 だが、あの呆れる程に混沌としている神を心の底から愛し、信じているのだからそれもまた、仕方が無い。

 深き闇の深淵の中に石を投げ入れ続ける無為な生き方、返ってくるものは何も無いと知っていながらもそれに殉ずる事を選び取りたるが悪魔である。どれほどの献身を捧げても神から返ってくるものは何も無いと知っていた。それが信仰というものだ。故に、それでよかったのだ。

 何千、何万、永遠に近い時間繰り返し続けたその狂気に近しい無意味な行動の果てに、闇の中から無造作に石が投げ返された時の得も言われぬ感動たるや如何ばかりか。

 石が投げ返されたその理由は知るところではなく、また知る必要もない。

 ―――――――神の御心はわからぬもの、それでもなおその御心を疑わぬは眷属というもの。

 人魚の涙に触れる。ああして気まぐれに投げ与えられる褒美に心底から喜び勇みて命を投げ捨てる。それが悪魔というものだ。

 目前のモドキに手を伸ばす。


「さぁ、愛し合いましょう。愉悦に身を任せるがままに貪りあい、互いの魂が擦り切れ果てるまで」


「黒の狂信者。黒貌の羊奴が。此の領域と人々は私の管理するモノたち。

 神の前でのその見るもおぞましい、許し難き狼藉。血などという汚穢なものを私の前に散らすなんて。

 かくて神罰は下される。神の怒りを買いたる者はその命を以って償わねばならぬと思い知るが良いわ」


「あ?知ったことか。神はこの世にただ一人きり、その名を騙る罪深さを地獄で万年掛けて学ばせてやる」


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