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偏執アムロフィリア

 

 がここんと蹄を打ち鳴らし大地に降り立つ。

 そこから白い大地には無数の黒い亀裂が走った。ふむ、おかしな土地だな。まあいい。

 ぴょんと馬の背から飛び降りる。私を中心にしてじゅわっと泡立つようにして白い光が引いていく。なんじゃこら。ちょっと面白いぞ。

 バンバンとあちこちを足で踏み鳴らして白い大地を黒くしてやった。アレだ、磁石みたいである。

 さて、先に見えるは一つの街。この真白の大地になってなお一掃映える色とりどりの布。名残を惜しむかのように忘れがたいもののように多くの色を布に焚き染め空に掲げている。

 瓦に漆喰と堀、暗黒街や北大陸で見かけた東由来の品々とは多少毛色が異なっている。じーっと見つめるが神族が一匹、名は……泡雲の君、アラクモネ。暗黒街に攻めてきている奴らを操っている神族だろう。

 ざらざらと神族の情報を引っこ抜く。

 その本性は蜘蛛。太陽神が織物をする際に産んだ神であり天に巣をかけ雲から雲へと渡り、天の上より多くの蜘蛛糸を垂らしては気まぐれのように下界の生物達を操り、その怒りに触れれば蜘蛛糸を巻き取って下界の人々を苦しめると、まぁ要するに雲と雨、旱魃という現象を神格化したものであろう。

 そんな奴がなんでレガノアに取り込まれたのかは謎だが。太陽神とやらの直系の神のようだし神話を統合する際にでも複合されたのだろうか。天に関わる神族ならば片っ端から取り込んだのかもしれないな。

 あるいはエウロピアのように自ら眷属化したか。

 他に神族の気配はない。隠れている、という事もないではないが。私の目を眩ませるような者が居る筈もない。一歩踏み出す。ざらっと大地に黒いものが波紋のように広がり滲む。

 頬を撫でる風にすらレガノアの力を感じる。よくもまあ人間が生きていけるものだ。少しばかり感心した。

 方向性は異なるが、遥か上層の神が持つ神域である事には違いはなく、悪魔が屯し生きる霊層たる私の地獄に等しく、その性質において何ら違いがない。現に動物も植物もこの大地には生きていない。

 よくもここまで人間に肩入れするもんである。魂を選んですらいない、人間種族というものに対する不変且つ絶対的なまでの盲目にも近しい愛。

 神に愛された者の末路など古今東西の口伝伝承、あらゆるものに置いて国問わず決まっているものだが、如何せん規模が大きすぎるだろうに。

 この大地は無である。微生物すら居ない。ここにある命は全て人間だけだ。なんの気配も感じない。

 混沌とは即ち陰であり、闇であり、過去であり肉体であり欲であり魔であり魂であり腐敗であり土であり死であり穢れであり厄災である。

 暗黒神、即ち混沌属性がはるか昔に失われたこの世界はバランスを崩し、既にレガノアの属性に上書きされつつある。

 ステータスなどというのがいい例であろう。魂の情報化と数値化。そして何れは魂だけではなく物質界にもそれは及ぶだろう。

 世界は情報と数値に置き換えられ電脳世界へと変生しつつあるのだ。この大陸は特にそれが顕著に出ている。大地を再びどすっと踏みつける。生命とは情報体だ。それが綺麗サッパリない。0か1か、彼女の世界にはそれしかないからだ。彼女の神域に取り込まれるとはそういうことだ。

 世界を照らし尽くす光、そこには雑多な生命など生きる余地がない。全知全能にして唯一無二、それ故に彼女の世界には一人しか存在し得ないのだ。

 ふと、私が生まれてきた時のことを思い出した。

 この世界は第十八次元二十三層八次反応性法則型宇宙と呼ばれる世界線。ここ以外に、そう。行ける場所は何処もなかった。

 マリーさんの言葉、魂の墓場と呼ばれる世界。異界人達の比喩であったのであろうが……間違いではない。

 この世界、次元、概念宇宙、あらゆる可能性を内包した世界樹と呼ばれるものは既に食いつぶされ尽くし、最早この枝葉しか残っていない。

 物質と霊魂と神と幻想が同じ大地に生きるこの世界。光と秩序に向かう他枝へ行くべきエネルギーを奪いつくさんと全てを剪定し、たった一本だけ残された異形の枝。

 それさえ無くば、この世界の人間種族は電気すら手に入れることなく小さな国で細々と生きたろう。ここはそういう枝である。空想と幻想が生きる世界、カオスの根である。創世より最初の分岐だ。秩序に向かうか混沌のままにあるか。

 生まれては消え行く幾つもの文明の中、イースの言葉通り、何れにせよともどのような形状にしろ生まれた知的生命体が最初に手に入れるのは火だ。ならば火を手に入れなかったのならばどうなるか。

 多くの分岐が存在し得る複合的宇宙であってもその分岐はこの世界が創造されてより最初の生命の始まり、創造されたばかりの世界が未だ不安定だった頃に生まれた混沌の闇に最も近いこの星の中でただ一度しか選ばれることはなかった。

 知性持った生き物が火を手にするよりも先に精神による世界への物理的干渉を成す、この事象は他の世界線で起きることはついぞなかったのだ。

 それがこの分岐、世界を照らす光もなく、星の開拓など成されず幻想の生き物たちが揺蕩うままに生きる最果ての世界と成り果てた世界である。

 創造されたこの箱庭の中、ただ一振りのみ、光へと伸び続ける世界樹を支える根の如く。唯一闇へと成長を続ける宵闇の枝。

 観測可能領域内、多元的宇宙を含め一定の秩序と理を持つ閉じた世界体系、概念宇宙の中にあって時間と空間は無限に等しく、世界線の縦の軸の中で複数の知的生命体が発生するは珍しくもないがそれが横の時間軸をも同じくする可能性はほぼなく、宇宙空間を渡る文明レベルとなりその道を交えて出逢う可能性は絶無である。

 不可説不可説転が一の可能性を以って他文明に干渉しうる距離と時と文明に恵まれたる別種の知的生命体があったとして、過去未来において干渉したという分岐が存在する時点で時の概念無き圧縮された平面事象とみなせばそれらはただの一個の複合体となる。

 滅ぼすか統合するか、消え行くか、操作するか、何れの分岐においても互いに干渉し合い混成し終焉を迎えるが故である。他者の存在があれば寄り添わずにはいられない、孤独には耐えられぬ知性持つ生命体としての業からは逃れられないからだ。

 他者を求め光を求め力を求め知を求め、欲し続けるは人の業というもの。

 この世界に生きるただ一人の人間に会いたいと願ったレガノア、天の国をこの世界に下ろす事を願った者、この世界の人間の為に他の全ての枝を剪定し続ける者。

 この世界にはあらゆる宇宙より吸い上げた全ての魂と可能性が圧縮され詰まっている。破裂するのを待つように。

 今のこの世界ならば、何が起きても不思議ではないのだ。こんなエネルギーを蓄えて何に使うやらである。宇宙開闢でもするのか。変わった趣味である。好きにしたらいいとは思うが楽しいのだろうか。最初に戻ってどうするのだ。

 満ち満ちた魔力でレガノアのような普遍的概念、根源概念の実体化だって出来るだろうに。既に実体化しているので無意味だが。いや、そもそも最初のエネルギーはどっから持ってきたのやら。

 ……ん、何やら難しいことが頭に思い浮かんで爆発しそうになってきた。イースさんでもあるまいし我が暗黒脳がなんだか調子が悪いぞ。

 ぼかぼかと二、三回叩いてみるとなんとなくシャッキリした気がする。よし、行くか。

 ちらと馬を見やればなぜだか着いてくるらしい。別にいいけど人参はやらんぞ。この馬が人参を食うかは知らないが。足の数が多いし人参は食わないかもしれないな。人参は美味いぞ。

 適当に考えて一頻り納得してから何処までも続く真白の平原を、黒い道を引きずりながら歩く。

 見上げた空は青いが何処か薄い。その内白くなりそうだ。

 大地に色もなく、こんな大陸でこの世界の人間達はどうやって生きているのやら。レーションみたいなパッサパサの食料食ってても驚かないぞ。川すらなさそうな土地だ。

 思えばマリーさん達が食料に関しては異界人の努力の賜物と言っていた。もしかしたならばガチでレーション食ってるかもしれん。娯楽の類は無いと言っていたカグラ、そこに食に関するものが含まれていてもおかしくはない。

 何せ暴食とかいう悪魔が居るぐらいだ。あのウナギも食べる事を忌避していたし。

 この世界の人間一体何が楽しくて生きているんだ。

 今まで会った人間、バーミリオンやレイカードの事を考えればもはやああいう方向性にしか快楽がないのかもしれない。

 欲は無く楽はなく、苦は無く飢えもない、霊質的に、物質的に極限まで満ちた世界。疫病や貧困がはこびる時代、逆に全てが満たされた極限の時代の中で拷問や死刑が娯楽化し過激化するのはよく有る話だ。

 全てが満たされ最早他者を虐げ肉の快楽に溺れるぐらいしかその生を全う出来ないのであろうか。フィリアがそうであったようにそこまでしてもなお神に見捨てられる事はなく満たされたままなのだからその方向性に歯止めも効かなかっただろう。

 花人さんやらおじさんやらの例があるので全くもって同情はしないが。

 くわばらくわばら。

 背後でかぽぽんと馬が蹄を鳴らした。


「ふむ」


 腕を組んで立ち止まる。

 街まで数百メートルほど。勢力圏内と言ったところか。いくらか手前で空から神族の糸が霧雨のようにつつつと落ちてくる。ゆらゆらと揺れるそれらは絡め取られれば即座に巻き取られてちゅーちゅーされるであろう。

 あの異界人のおっさんも剣聖とやらも街の中だろう。動きはない。この暗黒神ちゃんを放置とはいい度胸である。

 のこのこ行けば敵がどかーんと来る系の誰がどう考えても罠なのではあるが。最初からフィリアを餌にするつもりだったか、いや、それならばもう少し体裁を整えているであろうし神族一人という事もなかっただろう。

 私が来たので急造で拵えた即席罠と言ったところである。神族が一人、天使の気配がいくらかある。神獣も配置しているようだが。

 あの街に住む人間達の方に何故かやる気がないようだな。諦めているのかそれとも他に思惑でもあるのか。

 どっちにしても答えは一つなわけだが。

 ま、今回は運がなかったと思って諦めて頂こう。間が悪かったでもいい。

 今の私に出来ないことなど何もない。そうとも、今ならばなんでも出来る気がするのだ。

 トン、トンと足先で地を叩く。私の真っ黒な影が広がる。怪物達が潜む真の闇。質量を持った恐怖が此処にある。

 さぁ、天を仰げ。


「全員出てこーい!」


 地獄に潜む魔性達が私の下知に従い、溢れ出た。





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