天より来たる御使い2
「グラン、今のところ何の依頼があって?」
「あー……そうだな。薬の調達、食料の調達、女の勧誘のデフォルト三件に加えて、そうだな……」
ちらりと私を見た。
気持ちはわかる。
「牛乳娘を考慮して……この街に行くと言って行方が分からなくなった希少種の捜索、だな」
というわけでペラリと1枚の紙が与えられた。
全員で記載された行方不明者の情報を眺める。名前はカナリー。神霊族であり水の妖精。
見た目は10センチ程で羽根が生えており高速で飛び回る。魔力探知にも引っ掛からず、どこかで捕らえられていると見るのが濃厚とな。
依頼元は妖精王の里、と書いてある。妖精……いいな。
早く見てみたいものである。ひっ捕まえて灯りにすれば丁度いいかもしらん。
「そうね、今日はこれを請けましょう。……他は少し厳しいでしょう」
「……それしかあるまい。明日からはこのおチビは部屋に置いておいて、護衛に誰か一人残したほうがいいのではないかね?」
「……でしょうね」
ちょっと申し訳ない。
すいません。弱くてすいません。
「そうだわ。クーヤ、貴女もわたくし達の能力を見ておく? 戦力の把握は大事なものよ」
「……そうだな、見せておくか。知っていれば逃げるのに役立つだろう。
異界人というのなら一応言っておくが、人様の個人情報だ。言い触らすようなものではないのでね。
私達の情報は黙っていてくれたまえ」
言いつつ、ブラドさんが店主に何やら要求するように手を動かした。
「む、見ておいたので大丈夫です」
びっと手の平を突き出しノーセンキュー。ドヤ顔してやった。
私は賢いのでちゃんと護衛を頼むにあたっては選び抜いたのである。
「……何?」
片手をあげたままのブラドさんが変な顔で見てきた。
「ステータスですよね?
もう確認しておいたので大丈夫なのです」
「………クーヤ、もう一度言ってくれるかしら?」
マリーさんの目が非常に怖い。これは獲物を見つめる鷹の目だ。
この反応、もしや解剖されるようなヤバい事を口走ったろうか。こりゃいかん。
「……お、おお……?
その、なんといいますかこんといいますか。えーともしや見ては駄目なヤツだったです……?」
そうとしか思えない。
プライバシー保護法に引っかかるのやもしれん。いやしかし普通に考えれば当然だ。
個人情報をハッキングで抜かれているようなものだ。ブラドさんも口止めするような事を言っていた。
確かに勝手に見て良いのならば皆さんが私のステータスで驚く謂れがない。
そりゃあ逮捕案件だ。いかーん!
誤魔化すか? いや、ここで誤魔化したところでそれがバレた時に罪が重くなる気がする。
ここは素直に白状して司法取引を考えるべきだ。多分。
「えーとえーと、大丈夫です!
名前と……種族とクラスと、あとはステータス……見たものは誰にも言いませんのであるからしまして!
私の口は大変に重く出来ておりますハイ!!」
両手を上げて猛主張だ。このままではプライバシー侵害罪でホルマリンコースだ。
マリーさんとブラドがゆっくりと目を合わせた。二人でそーっと顔を寄せてくるりと後ろを向く。
「……どうかしら?」
「俄かに信じられんな」
「……ここで彼女が嘘を付く必要も無いし……」
ボソボソと相談を始めてしまった。
クロノア君と二人で置いてけぼりである。
「……クーヤ、疑うわけでは無いのだけど。わたくし達にとっては正直に言って信じられない話なのよ。わたくし達のクラスと……そうね、レベルを言ってみてくれる?」
「マリーさんが封印状態の吸血鬼で1200、ブラドさんが人狼で1100、クロノア君が人造人間で1000であります、はい」
「……本当に見えているのね。すごいわクーヤ。
もしかしたら本の能力に通じるのかもしれないけれど……。
それは神の視点、と呼ばれる能力よ。名前の通り、今の時代においては神々だけが持つ能力とされているわ。
低いランクであっても人類側で持っているのはほんの一握り。ギルドですら十に満たないわ。高ランクとなればギルド幹部でもある異界人が1人だけ。人類がこれを持っているというだけで神々の不興を買うほどよ。
生命の力、魂の在り方、その本質を見抜いて数値化して認識する。それも貴女はかなり詳細に見えるようね。
神々の中では序列によって通る通らないがあると聞くけれど……言ってはなんだけれど、レベル1である貴女がわたくし達のステータスを見えているという事は貴女の眼はそういった力の強さや序列を無視出来るのかしら?」
おお……?
そもそもの話、見えているかどうかみたいな話をおっしゃり始めた。
神様オンリー能力……? 人類は基本持っていない……?
「ではあの石版は……?」
「あれは御使いから人間が賜ばったもの。その複製品。神の工芸品と呼ばれる物よ」
しくじった。司法取引どころではない。
神の力だなんてぴったりフィットのストライクだった。
何としても誤魔化さねば。
余所を向いてピュッピューと口笛吹いて誤魔化しておいた。
いかん、すごい顔だ。助けてアスタレル先生!!
「……まあいいわ。何れ聞かせてねクーヤ。わたくしの封印の件といい、貴女、ただの異界人ではないのでしょう?」
「そうだな。興味がある。神の工芸品に近い御業、マリーを全盛期へと戻せるという本。
元の世界での立ち位置が気になるね、実に」
「…………」
クロノア君は分からないが二人の目がキランキランとしている。
深夜に解剖されやしないだろうか。ちょっと不安になってきた。
ドキドキと若干の緊張と恐怖に胸を高鳴らせつつ、私達は行方不明者の捜索にあたったのだった。
「さて、どこから探すか」
「ブラド、その鼻で何とかしなさいな」
「妖精の匂いなどわかるか」
犬耳生やしているだけあってブラドさんは鼻が利くようだ。
まあ妖精の匂いなど確かに分からないだろう。今回は役に立たなさそうだ。
「行方不明者の捜索なんて初期の頃にしかやらなかったものね」
「随分と懐かしい案件だ」
簡単すぎて難しいらしい。まぁドランゴスレイヤーみてぇな冒険者が薬草探すみたいなもんだろう。
クロノア君もきょろきょろとするばかりだ。よし、ここは私が一肌脱ぐべきであろう。ギラリ。
ここで手柄を立てれば解剖されなくてすむかもしれない。
二人への盾とするようにクロノア君にへばりつきつつ同じように辺りを見回す。
カガリ、ヒラキ、ゴーガン、ドウガ、バードゥ……ここには居ない。
歩き出す。
「クーヤ? どうかしたのかしら?」
きょろきょろ。
実はこう見えて建物だろうが何だろうがどんな障害物があっても知覚できる範囲であれば名前ぐらいは簡単にわかるのだ。単に遠くを見るようにすればいいだけなので。まぁ最近気付いたのだが。ちなみ近くは見えなくなる。視野そのものを広げようとするとキャパオーバーになるようなのでやらない。
グレード、サナエ、レンガ、ガルデラント、カナリー、おっと。
種族は神霊族、クラスは水の妖精、居たようだ。
かなりの人数が密集する地帯。他にも神霊族や亜人がいる。
捕らえられている可能性有り、とあったし同じく捕まっている人たちかもしれないな。
「マリーさん、あそこですよ。あっちの煙が出てる建物の右です」
「クーヤ、貴女わかるの?」
マリーさんが目をぱちくりとして聞いてきた。そういう顔をされると年相応に見えてとても可愛らしい。うーん、アメージング。
でもそういやさっき私のステータス見て長く生きたけれど見たこと無いって言っていた。
この人何歳なんだろう。
……聞くのはやめておくか、うん。レディーに年齢を聞くのは殴られても文句は言えないと私の知識が言っている。
「はい。名前と種族とクラスがわかっていれば片っ端から探せばいいだけなので。
大体の位置はわかるのです」
どうにも平面的な認識らしく位置が遠いと高低差はわからんのだが。
「……貴女、本当にすごいのね。距離まで無視するだなんて。
その致命的なまでのステータスの低さが無ければ正式にわたくし達のチームに招待するところよ」
それは残念な事であった。レベルアップさえ出来れば頑張るのだが。現実は無情である。
カナリーとやらの周囲に注目して1つ1つ指差しながら取捨選択。これはただの通行人、これはただの八百屋。ふむ、やたらと人間が密集している。動きも少なくコソコソしているらしいあたりこの街にとってもよろしくない連中っぽいぞ。
「あと亜人と神霊族に……人間が沢山居ますな。
クラスが黒い牙所属の奴隷商となってますのでこの人たちが犯人じゃないでしょうか」
ブラドさんが呆れたように言った。
「……本当にとんでもないおチビだな。上級神族に近い眼だ。
黒い牙か。希少な種族を拉致しては奴隷として東に流している連中だ。この街にも希少種は居るからな。手が広いとは聞いていたが、既に入り込んでいるとはね。
その無駄に大きな無駄に三つも備えた目は無駄では無いということか」
わけのわからない褒め方をされてしまった。
さっさと済ませようという事で特に事前準備など一切なくそのまま突撃。見敵必殺の勢いで建物の正面入口である。
ドガンと一発。
本日の内柔外剛シャツという全てを裏切りすぎなシャツを着たクロノア君のやくざキックにより見た目頑強な鋼鉄製の扉は一瞬で鉄クズとなった。
あれほどひしゃげていては溶かすよりほか再利用の道はあるまい。
ナンマンダブ。
再利用するにも壁にめり込みすぎて取り出せるかも怪しいが。
「クーヤ、捕まっている希少種はどこに居るかわかるかしら?」
「ええと、大体しか分かりません。地下って事くらいです」
視界の下のほう、つまりは地下に希少種が寄り集まっているらしいのを察知。
「充分よ」
ばっと両手を広げたマリーさん、そのお姿が百は超えるだろう数の金のコウモリと化しあたりに飛び散った。
「わっ!」
コウモリ化、吸血鬼の代表的な能力の一つだがまさかこの目で直に見るとはなぁ。
四方八方に飛んでいったコウモリ達、多分地下への入り口を探しに行ったのだろう。
「クーヤ、黒い牙の連中の居場所と人数は分かるか?
ギルドの賞金首だ。捕らえる」
「うーんと、三階の奥、右端、五人、ですかね」
「分かった。後は人間の匂いを辿る。クロノアを置いていく。何かあったら頼るがいい」
なんだか頼もしい事を行って駆け去って行った。というか今初めて名前呼んだなあのおっさん。
正確にはアヴィスクーヤだが、贅沢は言うまい。
一匹のコウモリとお尋ね者達をふん縛ったブラドさんが戻ってきたのは程なくしてだった。
制圧めっちゃ速いな。早すぎて引くしお尋ね者の顔の形が変わっているのにも引く。まぁ奴隷商というし別に良いか。悪いことは返ってくることもある。
クロノア君の頭のネジを眺めているうちに終わってしまった。
マリーさんから連絡もあったのでふん縛った連中は玄関に放置し皆で地下へと向かう。かなり奥まった隠し通路、よく見つけたなぁ。流石はマリーさんだ。
階段を降りきった先の小部屋、皆まとめて押し込まれていたらしい。
うーん、実に色とりどり。ピンクや黄色やら青やら白やら。
種族は亜人と神霊族、クラスは色々。この人たちが希少種なのだろう。
妖精、一角獣、有翼族にレプラコーンにセイレーンと多種多彩だ。
依頼にあった妖精も発見、かくして依頼達成というわけだろう。めっちゃ早かったな。
あっけなさすぎて味気ない。一時間掛かったろうか?
「怖かったのーーーーー!! カナリーはね!!
ほんとにこわかったのよ!!」
ブインブインと飛び回る妖精、言っては何だがコバエのようで少々うざい。
「おっきな人間がカナリーを封精石で捕まえてしまったのよ!
きっと売られるところだったんだわ! 外は怖いところだっていってたおばあちゃんの言葉は正しかったのよーーーー!!」
うん、飛び回る事より口調がうざい。妖精って皆こうなのか?
夢が壊された気分だ。もっとこう、神秘的な振る舞いをして頂きたい。
「吸血鬼のお姉さま、犬耳のおじさん、ツギハギお兄さん、ほんとうにありがとうなの!!
あとあとあとそれと―――――」
目が合った。妖精は墜落した。
地面に落ちたまま、暫く私と見詰め合っていたが。ススススと後退りするように移動してブラドさんの影に隠れてしまった。
中々の怯えっぷりだ。演技ではない。本気の怯えがその目に宿っている。
歯の根もあっていないようだ。……はて、何もしていないのだが。なんかビビるところあったか?
「おーい」
「ひいいぃいぃぃいいぃいいぃいぃ!!!」
とんでもない金切り声で叫び、その表情は恐怖に凝り固まって顔色は青を通り越して土気色である。
「クーヤ、何かしたの?」
「いえ、なにも」
何もして無いのだがすごい怯えようだ。そーっと手を伸ばす。
「ひぎっ……ひっ……ひぐっ」
呼吸困難に陥り始めた。
これは手を出さないほうがよさそうだ。手を引っ込める。
「ごべんなさい!! カナリーなにもしてないぃ!! 許してぇ!」
叫ぶやいなやそのまま失神した。
失神した妖精さんをクロノアくんがちょんとつまみ上げる。まあ、これで依頼達成であることに変わりはない。
というわけで残りの被害者は宿舎に預けて賞金首達は丸ごとギルドの出入り口に投げて捨てる。出入りする冒険者達や通りすがる住人達が義務のように蹴るか殴るかしていくので顔の形は益々変わってしまった。恨みを買いすぎだろ。
一仕事も終えて定位置らしいテーブルで昼食と酒を囲む。これで今日は終わりらしい。堕落しただらけきったチームである。いいけども。
テーブルの中心には料理と共に恐怖のあまり失神した妖精がひっくり返っている。
今からカエルの解剖でござい、といったところか。
ナチュラルに料理と共に並ばされる姿はうっかり間違えて食べそうだ。端でちょっと摘んでみた。
「ブラド、醤油さしを取って頂戴」
「……マリー、私の見間違いでなければ君の方が近いのだが?」
「見間違いね」
「…………」
無言で醤油さしに手を伸ばすブラドさん、今日もマリーさんは絶好調だ。
しかし醤油とは。食文化がちぐはぐだなぁ。ピザと醤油って並ぶことあるのか。
思えば酒も無駄に種類が多かった。だというのに車だの通信機器だのは一切見ていないし建物だってレンガや石造りが殆ど。武器の類も剣などの刃物が主流だ。防具だとて皮や鎧のみ。住人達の衣服も品質の上下が激しい。だが食生活だけは全体として頭1つ抜けている。
聞いてみよう。
「ここって何でこんなにご飯だけ充実してるんです?」
ブラドさんとマリーさんはきょとん、と首を傾げてややあってから納得したようだ。
「あぁ……そうね。貴女は異界人だったわね。違和感を覚えて当然だわ。
この世界の食に関して言えば、ほぼ全て先人の異界人達による努力の賜物よ」
「奴ら食に関してだけは異常なまでに執着してね。何を置いても食事だけはと。
……こうしてこの味に慣れれば気持ちは分かるがね」
「元々この世界に残っていた食文化なんて有って無いようなものも同然だったもの。
事情もあって食材そのものも少なくなってしまっていたわ」
「へぇ……だから高いんですか? 食料」
「いえ、この街だけよ。前に話したでしょう? この辺りが死者に呪われているという話。
畜産や農業は街中であっても難しいわ。だから食料はその全てを輸送で賄っているのだもの。
神々による浄化も望めないわ。そこそこの神がこの地を訪れたところで消滅させられるだけ。ここは神々に見捨てられた地よ。
……そうね、貴女はこの街の成り立ちも知らないでしょうね。結界の外に出ては大変だし、話しておくわ」
ふむ、これはしっかり聞いておいたほうがいいだろう。
戦争があったとは知っているがそもそも東と西の国というのがよくわからないし。
前知識はほぼ0に近いのだ。アスタレルも何も言ってなかった。
マリー先生の講釈をがっつりと聞くべく、店主にフライドポテトと牛乳を頼んでおいた。
――――というわけでこの街の長い話が始まったのだ。




