赤帽と共に去りぬ3
「マリー、待て。君の荷物は多すぎる。私一人では無理だ」
引きずって来られたブラドさんは泣き言を言っている。そこで断るだとか嫌だとかいう言葉じゃない辺りに二人の力関係が見えるようである。
「あら、狼は古来からソリを引くものでしょう?
頑張りなさいな」
「無理を言うのはやめたまえ!?」
「がんばれー」
「おチビ!頼むからマリーを煽ってくれるな!」
なんだ、ブラドさんはダメなおっさんだな。犬耳を生やしている癖に生意気である。
マリーさんが言うんだからおとなしくソリを引くべき。なんならソリでも出してやるぞ。
「ソリで荷を移動させるなぞ冗談にもなっていないぞ!?
おチビが地図で示したポイントまでここからどれほどの距離があるのかわかっているのかね?
しかも地下とくれば掘り進める事になるのだろう?いくら人狼でも死ぬぞ?!」
「クーヤ、貴女は大丈夫なのかしら?
荷物はそれほど多くはないと思うのだけれど」
「マリー!何事もなかったかのように話を進めるのはやめたまえ!!」
「大丈夫ですわーい!」
というかそろそろ終わっているかもしれない。結構長居しているし。ちらっと廊下を覗き込めば私の部屋の前には三匹の小動物が鎮座している。終わったらしい。
ちょいちょいと手招きすればたかたかたと蛇行しながら進むリレイディアの後に続いてスライムと運搬魔物が歩いてきた。うーん、リレイディアが一番権力が強いのか。
まぁ生首とは言え女神だしな。足元に三匹が来たところで魔物の腹を抱えてぐいっと持ち上げた。ん、ベッドを食っていた割にそんなに重くないな。悪魔パワーは不思議である。
「こいつなのです」
「……おチビ、これ以上何を増やすつもりなのかね?」
なんだその呆れきった眼は。しかもまるで私が碌でもないものばかり増やしているような言い様である。失敬な。
抱えた魔物を置いて尻袋を叩く。げぷっと鳴いた魔物はゲロンと石鹸を吐き出して恨みがましい目で私を見上げてからもう一度がふがふと石鹸を食い散らした。
「このようになんでも収納出来る胃袋なヤツなのです」
へっへっへと蒸気を吹かす魔物はどこかドヤ顔をしている気がする。
マリーさんとブラドさんにその顔を向けているならまだしも完全に私を見ながらなので私をバカにしていると見ていいだろう。
クソッ、胃袋の強さでは負けんぞ。
「…………クーヤは相変わらずだこと」
「滅茶苦茶なおチビだ」
「これは魔物かしら?レッドキャップに似ているわね。
クーヤ、少し研究させてもらいたいのだけれど」
「どうぞ」
ぐいぐいと突き出した。マリーさんがおっしゃるならこの暗黒神、吝かではないのだ。
尻袋をブルブルさせて嫌がっている様子だが我慢するのだ。
マリーさんの柔らかそうな手で嬲られる魔物はブルブルしたまま恨みがましい目で私を見つめている。
なんだ、文句があるというのか。
「後でスケッチしてから生態研究をしたいわね。
この口は見た目だけなのかしら?臀部の袋は周りの空間を歪めているようね」
「おチビ、こいつならばマリーの荷物も食えるのかね?
そうして貰えるならば私の命が助かるのだがね」
「えー…」
「クーヤ、わたくしからもお願いしたいわ。
物質を収納する様子を観察したいの。失伝した空間魔導学の次元の穴の復元が出来るかもしれないわ」
「わかりました!」
ビシっと敬礼して力いっぱい叫んだ。
「……おチビ、私に何の恨みがあるのかね?」
ブラドさんがついに拗ねてしまった。鬱陶しい犬耳のおっさんである。
まぁいい。こいつとカミナギリヤさんのベッドの下を併用すればそんなに大きくもない街だ。
かなり楽に引っ越し出来るかもしれないしな。マリーさんだけではなく他の人にも貸し出すか。
ベッドの下の重さを考えれば、可能な限りこの魔物に食わせた方がいいだろう。
さて、急がねばならんと言われたが実際どれだけの時間が掛かるやら。窓から街の様子を眺めている。せかせかと動く住人たちだが、状況に反しあまり迅速とはいえないようだ。無理もないが。
少し考えてから、私も台車やら引っ越しに便利な道具を作る事にした。猫の手も借りたいって言うしな。少しは足しになるかもしれないならやるべきであろう。
魔物がマリーさんの家財をムシャムシャと飲み込んでいくのを暫く眺めてから、本と枝を抱えて歩き出した。
地響きは未だ遠いが急いだほうがいいだろう。
どれほどの時間が経ったか。
何度かクロノアくんとブラドさんがマリーさんの結界コウモリを預かってから街を出た。
恐らくこの街に来ている奴らの相手だろう。それにしても思った以上に作業が早々と進み、後に残っているのは最早捨てていくものばかりのようだ。
大量に出した台車やコンテナが役に立った、というのもあるのだが。それ以上に魔物が尋常じゃないぐらいの収納能力を見せつけたのがデカいだろう。
マリーさんの部屋に始まりクロノアくんとブラドさん、カグラにアンジェラさん、兎にも角にも入る入る。
私が拾ってきた面子はほぼ手ぶらだったので少なくとも知り合いぐらいの荷物はいけるのではないかと思っていたのだが。
ギルド宿舎のチンピラから宿屋の娼婦まで片っ端から飲み込み続けてしまいには手当たり次第に食い散らかして結局のところ手荷物以外はほぼ食ってしまったのだ。
げぇっぷと口を開けてゲップをかます魔物の大きさも重さも全く変化はない。私でも持ち上げられる状態のままだ。あの荷物は何処に行ったのかめちゃくちゃ気になるぞ。
「クーヤちゃん、マリーさん達も終わったみたいですし街の外に行きますよー」
「うむ!」
のんきな顔を覗かせたウルトも怪我はすっかり治っている様子だ。
とはいっても見た目だけらしいが。鱗で取り繕っているらしい。器用なドラゴンである。
風が吹く荒野の中、砂塵に烟る街を眺める。
前に立つマリーさんも感慨深げだ。
「……結界は核だけを残していきましょう。エウリュアルが居ない以上は解除するのは得策ではないもの」
ガサガサと地図を眺める。地下と言っていた。どうやら皆さんガチで掘り進めるつもりのようだが。もしやここからスコップとツルハシで掘り進めるのであろうか?
瘴気は大丈夫なのだろうか。それに穴を残していては後を追われそうであるが。
地にぺたぺたと手を付けるマリーさんが何やらカミナギリヤさんと相談している。地下水脈、とか聞こえてくるあたりどうやら私が考える手段とは違うようである。
よく考えたらカミナギリヤさんは本物の転移魔法の使い手だ。地下の空洞でも探し当てればそこに転移とか出来るのかもしれないな。
しかし、この街もついに見納めか……。デンジャラスな世紀末暗黒街ではあったがこうなると私としても胸にこみ上げてくるものがあるな。
結局イグアナさんとやらの地面にあきまくっているという穴は見ることがなかった。残念なことである。いいけど。
建物を眺めつ、少し気になった。更地にするものと思っていたが。建物は残していくのであろうか?
「マリーさんマリーさん、建物は残していくんですか?」
キョトン、としたマリーさんはやがて得心がいったように頷き、ついっと指を差してからなんだか悪戯っ子のようなお顔でおっしゃった。
「ああ、あの建物は―――――――」
マリーさんのお言葉は途中で聞こえなくなった。
ふと気になったのだ。気になって気になってしょうがなくなったのだ。
本能のままに見上げた先。
遥か上空、青い空を横切る黒い影。