亡者の行進
「なんじゃ、もう終わりかえ?」
「クロウディア、申し訳ないけれど貴女に構っている暇はなくなったの」
「フン。なんじゃ真祖の男か。相変わらずじゃの」
「す、すみません……」
「文句なしに魔族一の強者じゃろうに。魔王ではないというのが信じられぬわ。
如何なる業があれば魔王ならずに左様な化物になれるのじゃ」
「ロードはそういうお方だもの」
「本人が吸血鬼としての能力を使う必要がない、下僕が望む全てを叶えるから、じゃったか?
お陰で本人が戦闘能力皆無なのじゃろ。しかし性格がこれでは全く能力が合っとらんの。まぁ良いわ。そろそろ行こうぞ。
瘴気だけではない、異様な気配がしおる」
ちらと遠くを見てから歩き出すクロウディアさんに釣られるようにしてゾロゾロと動き出したのだった。
まぁあまり離れるのは良くないだろうが。
しかしこんなに大勢で大移動というのも。
「ああ……そうだったわね。ちんくしゃ。わたくし達は少し離れるわ。
わたくし達は回収しなくてはならないものがあるの。カグラ、お前はこっちよ。パシリでしょう。ロードもこちらへ。クロウディアはこのまま街へおゆき。場所はわかるでしょう?」
「なんじゃ。仕方がないのう。まあ二人で結界を張っても仕方がないからの」
クロウディアさんのお言葉にいつの間にやら集まってきたらしい面子がういーすと歩き出す。
「じゃあ僕もクロウディアさんと一緒に行けばいいんですかね?
変な気配も僕とクロウディアさんならなんとかなるでしょうし」
「今まで隠れていたではないのですの」
「いや、女性の争いは僕はちょっと」
「一刻も早く海から離れるのよ早く!!砂しかなくてもそっちのほうがマシに決まってるじゃない!!」
カミナギリヤさんがてけてけと走って消えた。瘴気に当てられたらしく直ぐ倒れたが。アンジェラさんが回収している。
ふむ、こっちの何やらの回収班はマリーさんとカグラとおじさんか。何を回収するのだろう。
「なんで俺まで……」
「うぅ……お灸は嫌です……」
「……クーヤ。貴女ならなんとか出来ると思うのだけれど。
今、この荒野には三つの勢力があるわ」
別方向に歩き出しながらもマリーさんは器用にこちらへと向き直り、小さな指が一つ二つ、三つと立てられる。
「一つはわたくし達。そしてもう一つがカグラの情報を元に押し寄せてきた軍勢が一つ。こちらは大した事はないわ。数は多いけれど、今のわたくし達ならば。
厄介なのはもう一つね。と言っても、この勢力のおかげでわたくし達がある程度魔法や種族能力を使えるのだけれど」
「はぁ……」
「覚えがなくて?暗黒の瘴気の淀みから生まれた魔の眷属。理性も知性も無く辺りに居るものを襲うだけだけれど。
その力は恐ろしく強いわ。いつの間にかギルドでレッドキャップと名付けられたみたいだけれど。瘴気や魂を吸収しながら黒の魔力を生み出す、この世ならざる霊的存在ね」
「レッドキャップ」
「そう。頭の部分が赤いの。今やそこら中に居るわ」
はて?特に覚えはないのだが。
「クーヤ。その腕はどうしたの?」
「え?」
考える。腕……何かあったような。ん……ちらっと見る。色の違う腕。
腕を切られてしまったので新しく作ったのだ。そして残った腕でアスタレルの腕をなんとかしようと思って―――――。
そこまで考えて漸く思い出した。そう、腕だ。腕なのである。
「思い出したようね?
残された貴女の腕なのだけれど。今はわたくしが編み上げた封印を施して何とか保たせているの。
凄まじい瘴気を出して、レッドキャップはそこから溢れてきているわ」
完全に忘れていた。そうだった。腕は私より強いのだ。放置していたらヤバイと言われていた。マジでヤバイ事になっているらしい。
しかしお陰でモンスターの街がバレた今も何とかなっているようなので運が良いというかなんというか。棚ぼた?
忘れぬうちに何とかせねば。
「マリーさん、その腕って何処にあるんです?」
まだあそこにあるままか?
ていうかそれを回収しにいくのか。
「レッドキャップが生まれる源泉だもの。流石に街の近くには置いておけなかったの。
東の方へ続く群島の一つに保管してあるわ。ここから近いところよ」
東……完全にバリア的な扱いにされている。
「それと、こちらを御覧なさいな」
ぺらりんと優雅に広げられたのは地図である。
ふむ、地図だな。しかもへんてこりんな。正確性の高い地図を態々デフォルメしているような奇妙な地図だ。
あちこちに絵柄が書いてある。海にはイカとかタコ、陸には狼や鬼の絵柄などなど。
「これは教会が発行している地図。教会が集めた情報、そして密告によるものを付け加えた討伐対象モンスターやダンジョンが描かれたものね。
そしてこの版が最新のものなのだけれど」
「へぇ……」
言われてみれば確かに。西大陸に幾つか点在して描かれているこれは恐らく現在魔王を名乗っている魔族の居城、魔王の城であろう。
恐らくは青の祠があったと思われる場所には黒っぽい怪物の絵と雲の絵を組み合わせたアイコン。あの異界か。地味にSとかかれている。
「この荒野はここ」
とん、と示された部分。ふむ、たしかにこの荒野のようだ。そしてそこにある。
狼男のような怪物のアイコンと建物のアイコンだ。しっかと書かれている。モンスターの巣、Bランクと。
あーあー……。
「……これが地図なんでしょうか?なんだか随分と見にくいです……」
「カグラ。貴方、本当に場所以外を流してないのね。B止まりだなんて。それにギルドの事も書いていないよう」
「場所ぐらいしか流してねぇっつったろーが。んな忠誠心ねぇよ。それよりも、あんたらにとっちゃあこっちの方が重要なんじゃねぇのか」
ぽんと何やら投げ渡された。何だこりゃ。丸められた羊皮紙をめくってみる。ん、ウォンテッドなアレのようだ。
なになに……。
「えーと、黒き悪夢の権現、禍津神なる不浄神、光穢す名も無き闇の落とし子。魔王が崇める闇の神。討伐したら即楽園行き。なんじゃこりゃ」
「あんたの事だろ」
「え?」
このよくわからん言われようの、しかも似顔絵が尋常じゃないぐらい汚らしい奴が私ですと?
「レガノアの怨敵の姿形を何としてでも伝えろっつーから腹立っちまって適当ぶっこいたらそうなった」
「何をするーっ!!」
怒ったが良く考えると似てないのは良いことだ。よくやったカグラ。
「あんた魔力がカス過ぎて教会でも探知しきれねぇみたいだし、暫くは保つだろ。ついでにフィリアフィルのも出てんぞ。
こっちも似てねぇけどな。天界の技術でも使えばもっとマシな奴が出来んだろうが……東は写真の類も使えねぇからな」
「そうなの?」
意外な。コンクリートとか使ってるみたいだし発達してそうなものだが。
「必要以上の科学は天使が粛清するのさ。娯楽の類は特にな。ある程度迷信深い方が人間はいいんだろうぜ。
外に出た人間からすりゃあ馬鹿馬鹿しいけどな。東の中心部じゃあ世界は丸くねぇし大地を天亀が支えてる。天はこの星を中心に回ってるし重りを付けて水に投げて浮けば魔女。信仰と努力は実を結んで当たり前。
猿みてぇに与えられた道具を使ってるだけで原理なんざわかっちゃいねぇし自力で作ったもんなんざ皆無だ。作れば死ぬ。天使が来なくとも人間に異端として処分される。
この銃も元は禁忌の領域だけどな。銃そのものの機巧を弄くりゃあ天使が飛んでくるだろうぜ。祈主として聖痕を受け継いで教会の信徒として使うから良いんだよ」
「へぇ……」
そうなのか。まぁ科学は神を殺すっていうしな。話を聞いた感じだとレガノアは科学属性っぽいのだが。その領域まで行かれると困るとかそういうのだろうか。
しかし少し気になるな。
「カグラはめっちゃ裏切ってるじゃんか。その祈主って意味あんの?」
言葉だけで裏切らないなら楽なもんである。今まで誰もカグラみたいなのが出なかったのか?
「聖痕にそういう記述があんだよ。アルカ・レラは最初に撃ち殺そうとしたのは天使だったらしいぜ。その時に天使が来て聖痕に何か手を加えられたらしい。
翌朝には敬虔な神の使徒になってたんだと。認証紋が聖痕と呼ばれたのもそっからだな。手を加えられた箇所が高度過ぎて人間じゃあどうにもなんねぇ。
代々の祈主は大体が神の為に喜んで生きて神の為に喜んで死んだ。聖痕を受け継ぐ前にどんな人間だったかは関係ねえ。例外なくだ。
この聖痕のおかげでアルカ家の奴らは死後の天界行きが決まってるから聖銃と聖痕を手放すって選択肢はねぇみたいだしな。影で言われてたぜ。祈主の有り様はまるで人の罪を背負う神の子のようだってな」
「え?じゃあカグラは?」
「弄ったって言っただろうが。俺だって聖痕を受け継いだ当時は神の為に死にますとか言ってたぜ。
聖痕を焼き付けられたと言っても実際に物質的な手にあるもんじゃねえ。俺の魂に刻まれた天使が使う高度な魔術式だ。俺じゃ書き換えようがねぇから物理的に潰した。ほらよ」
何の気なしに手袋を外されて見せられたカグラの手。
「……………わぁ」
ボロッボロのカスみたいな手だ。指が五本ついてるのが信じられねぇ。熱傷か何かだろうか。皮膚は真っ赤で血が滲んでいるし、溶けたらしい爪は一枚も無い。
聖痕とやらも確かに手の甲にある。ぼんやりと光った複雑怪奇な模様。言った通り、一部の模様が齧り取られたように抉れている。
「魂に刻まれた魔術式をどうにかするにゃ魂をどうにかするしかねぇ。しょうがねえから聖痕の継承を自分にやった。
聖痕の継承は祈主として当たり前の行動だからな。完全な聖痕に制限されてねぇのはそれぐらいだったからよ。三回ぐらいやったか?
ま、そんだけやりゃあ魂も魔術式も削れるって話だろ?高度な術式なんざ特によ。後は簡単だ。
聖痕が削れたお陰でまともに動けるようになったところで神の啓示が下りましたとか適当こいてそのまま南のギルドに駆け込んで魂の結晶化技術で俺の魂を結晶化させて弾丸部分だろってとこの記述を虱潰しに削った。
結構最初の方でその記述に当たったのはラッキーだったな。
目も殆ど見えてねぇし味覚もねぇ、皮膚は温度もわかんねぇし嗅覚も死んだが祈主としてアルカ家と神に仕えるよりはマシだ。
一発撃つ度に地下のガキが一人死ぬのにそれを喜ぶなんざ死んでも御免だ」
「頭おかしいんじゃね?」
さらっと言ってるが頭おかしいだろ。サングラスはただのオシャレアイテムだと思ってたがガチな奴だったか。
食事も全部アンジェラさんが世話をしていたが、視覚と嗅覚と味覚が壊れているからか。腐っててもわからないのだろう。
「俺からすりゃああっちの方がおかしいんだよ」
そうかもしれないがどっちもおかしいとしか思わないぞ。
「クーヤ、腕はあちらの方よ。見えるかしら?
……カグラ、貴方はとても面白い男ね。世が世ならば勇者にもなれていたのではないかしら」
「勇者?冗談だろ。気持ちワリィ」
心底いやそーなカグラだが。マリーさんの言う勇者は多分、今まで私が会ったような勇者とは違う存在を示している気がする。
勇気ある者、まぁ確かに孤児やら奴隷やらの子供たちの為に文字通り魂を削るなどと普通の人間にはできそうもない。
パシリから勇者パシリに昇格である。
さて、カグラを昇格させたところでマリーさんが示した方向を眺める。
「アレですな」
間違いあるまい。何と禍々しい。赤黒い瘴気が吹き出す黒い塊。腕の面影が全くねぇ。
レッドキャップとやらが周囲をウロウロと彷徨っている。レッドキャップというなんだか可愛い感じの名前が完全にあっていないただの怪物である。
一定以上にあの瘴気が広がらないのはマリーさんが施したという結界のおかげであろう。
「す、すごいです……」
「……ありゃほんとに腕か?」
「最初の頃はまだ腕の形を保っていたのだけれど。最近になってああなってしまったわ」
おう……。早く戻れという言葉はそういう意味でも正しかったようだ。あれじゃあくっつけたぐらいじゃどうにもなるまい。
まあ戻す気もないので別に構わない。
ぺらぺらと本を開く。求めるものは直ぐに見つかった。
商品名 黒貌の腕
悪魔の腕。
普通ならば買える値段ではないが。そこにコレを付けるのだ。
下取り項目である。そこにそれはあった。暗黒神の腕。あの腕を下取りとして悪魔の腕へとするのだ。
今となっては大して使ってもない機能だが、思わぬところで使えるものだ。あの腕は煮ても焼いても私の魔力への還元は無理であろう。
あれでは例え地獄に流したって無理だ。私の腕では地獄に流したところで分解など出来ない筈だし。出来るならいくらでもやっている。
というわけで。これで晴れて借金返済。
商品名 黒貌の腕
悪魔の腕を暗黒神の腕で賄います。
該当の悪魔が死ぬまで暗黒神の腕を復活させることは出来ません。
構わん構わん。この腕で機能は事足りている。それに私の腕であいつの腕ならばお釣りがくるであろう。
サクッと購入。値段もいい感じだっていうかタダ同然になったな。思ったより良い下取りだった。下取りって得てして安く買い叩かれるものだと思っていたが。
目の前で赤黒い瘴気を放っていた黒い塊は僅かに撓むとそのまま消滅した。後に残ったのはレッドキャップと瘴気の残滓だけである。
さよなら私の腕。元気でやれよ。せいぜいあいつの役に立ってやるがいい。
あの時は特に意味もない筈だったのにあいつ自身の腕を犠牲に助けられたのだ。あの時の恩はこれで返せたであろうか。
今度会ったら聞いてみるか。