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血の絆

「ひぃひぃ……」


 難破も同然の有り様で陸に辿り着いた。

 後ろには更なる怪我を増やしたウルトに微妙に煤けたクロウディアさん、面白くなさそうにつんとしたままのマリーさんである。

 そんなに可愛い顔したって駄目である。死ぬかと思った。


「生きてるのか俺……」

「死ぬな相棒!!あの時の約束はどうした!?」

「かあちゃん……かあちゃんの味噌汁が飲みてぇ……」


 乗客も船員も死にかけである。当たり前だ。多少問い詰めたい事を言っている奴も居るが、とりあえず死人は出ていなさそうだ。奇跡か。

 何人かがよたよたとしながらばたりと岩場に倒れ込んだ。

 ここはまだ瘴気の範囲外とはいえ、やはり身体に悪い空気はうっすら漂いだしているようで昏倒したようだ。


「仕方がないわね」


「軟弱じゃのう」


 ため息を付きながらマリーさんから数匹のコウモリが飛び出す。たん、と地面を足先で叩いたクロウディアさんの足元から赤い波紋が広がる。


「ちんくしゃ、邪魔をしないでくださる?」


「お主こそ結界を張るなどというタマかえ?」


 またもや一戦始まりそうだ。勘弁してください。

 ウルトも懲りたのか、二人から距離を取って笑顔で誤魔化している。傷はフィリアが見ているが、あんな大怪我どうしようも無いらしく途方にくれているようだ。


「なぁ、妖精王は大丈夫なのか?

 すげぇ暴れようだったけどよ」


「あ」


 カグラの言葉にそういやと思い出す。カミナギリヤさんは大丈夫であろうか。

 海が怖くて引きこもっていたのにこの有り様である。心配だ。

 キョロキョロと探して神霊族の皆さんを発見。わいわいと何かを囲んでざわついている。間違いなくあそこであろう。

 とっとこと走って輪に加わった。


「うわああぁあぁあああん!!」


「うわ」


 物理的にも精神的にも縮んでいた。よっぽど怖かったらしい。


「何よ何よ海なんかいらないわよ人間も魔族も亜人も何が楽しくて海水浴なんかするわけ!?

 信じらんなーい!!バッカじゃないの!?

 ただの塩と水の混合物じゃない!!」


「そうです、ただの塩と水の混合物ですカミナギリヤ様!!

 ですから気をしっかり……!!」


「何が塩と水の混合物よこの世で最も悪しき組み合わせじゃないバッカじゃないの!?

 神様ってほんとにバカね!!あたしだったらあんなもの作らないわよあたしがもっと自然に優しいステキな世界にしてやるわよ!!」


 ダメだこりゃ。両手両足をばたつかせて大暴れである。まぁ暫くすれば正気に戻るだろう。それまでは神霊族の皆さんに子守を頑張ってもらうしかあるまい。

 くわばらくわばら。

 悪霊カミナギリヤさんからささっと離れる。ウルトは美女が怖いとペドになったらしいが私からすれば今のところ幼女の方がよほど怖い。

 さて、あとは……。ポンと手を打つ。おじさんである。不死であるおじさんは勿論無事であろうが、痛みは感じるのだからやはり心配だ。逆に言えば死ぬほどの怪我でも死ねないという人なので。

 あの地味な立ち姿を求めてぷらぷらと人の間をすり抜ける。さて、どこに行ったのやら。

 探していると、ボソボソと声が聞こえてきた。


「おい、アレ……」

「幽霊か?あんなに姿形がはっきりしてるなんざ珍しいな」


 幽霊?

 指差す方向を見やれば確かに。なにやらぼんやりと青く光っている。何か居るらしい。そしてああいうところにおじさんは居るものだ。行ってみるか。

 光の方向へてってけ走る。なんだか蛾のようである。私は暗黒神であるからして蛾ではないのだが。まあいいか。


「あの……戻っていただけませんか……」


「私は私のやりたいようにするのである」


「はぁ……」


 案の定おじさんはそこに居た。チンピラ共が話していた幽霊と一緒に。ん……見たことのある幽霊だな。

 誰だっけ。


「おじさーん!」


 叫んでおじさんにへばりつく。久しぶりのおじさんである。うーむ、癒やしだな。しょぼくれた中年吸血鬼が癒やしとかなんだか間違えている気がしないでもないが仕方がないのだ。

 さて、こちらの幽霊さんは誰ですっけ。


「あ……クーヤさん、無事でよかったです。

 それで、あの、すみません……手鏡が割れてしまって……その……」


 手鏡……。なんだっけ。

 考えているとおじさんがその手鏡をおずおずと差し出してきた。


「あー」


 思い出した。クリシュナのヘキサグラムではないか。見事に割れている。

 うむ、そうなるとこちらの幽霊さん、そういやフィリアが叫んでいた。


「えーと、ディア・ノアだっけ」


「左様。私はディア・ノアである。そなたは闇が棲まう暗黒、深淵なる者。闇、闇、闇」


 なんだか変な人だな。まぁ手鏡の由来を聞いてしまったのでなんとなくお察しではあるが。

 なるほど、手鏡が割れてしまったので幽霊も出てきているのか。手鏡を直せばなんとかなるのか?

 ぺらぺらと本を捲る。このまま幽霊として居られるとすごく気になるのだ。



 商品名 大禍の聖皇女

 乙女が手にする秘密の手鏡。

 漏れなく海神を焼き殺せちゃう素敵な仕様です。

 大事にしてあげましょう。



 さくっと購入。大した値段でもない。どんな店でも買いたて商品の修理は安いものなのだ。

 しゅるりと解けた手鏡は再び形となっておじさんの手の中に復活した。きらりんと光る鏡面。あの禍々しい血文字がないな。どうかしたのだろうか。


「あ、クーヤさんありがとうございます……えっと、その、これでどうにか戻っていただけませんか……?」


「どうだー!」


 差し出した手鏡はツルリンと光っている。ナカナカに住み心地良さそうに見えるが。

 幽霊は無言で手鏡を見ていたが。


「闇、闇、闇なる者。そなたは私に眷属となれと言わぬのか」


「ええ……?」


 いきなりの言葉に顔がへちゃむくれた。何を言うのだ。

 なりたいと言われれば好きにしろとは思うがなれとは思わん。めんどくさそうだし。


「私は祟り神として悪魔に連なる者とされた存在である。祟り神。祟り神。

 なれと言われれば拒むことは出来ぬ。出来ぬ。出来ぬ。言わぬのか」


「言わんけど」


 好きに生きろ。祟り神とか怖そうだし。


「それであの光神にどう抗うのであるか?

 悪魔は強いがそなたには何の力もない。悪魔は光神に抗えるほど強くはない。あの時もそうだったように。悪魔は人に負けた。狂気に落ちた光に敗北した。盲目白痴の暗黒なる神はこの世から消えた。

 一度負けたならば、変わらねばならぬのである。変わらねば勝てぬのである。

 悪魔だけで勝てぬのならば異なる者を増やすしかないのである。そなたは何もしない。それではあの光神の力を継ぐカーマイン=クラドリールには勝てぬのである。

 セレスティア=クラドリールは聖徒を導きながら西に入った。弾圧と虐殺の歴史が始まる。神降ろしの儀が始まる。神々の威光は消え失せ果て、全ては光に還るのである」


 なんかそう言われると勝てない気がしてきた。卑怯な。悪魔を召喚すればなんとかなるとはなんだったのか。

 嘘つきやがったのかあのクソ羊。まあいい。こういうのは病は気からというように心構えから始まるものだ。


「まぁなんとかなるんじゃね」


「そなたに付き従う者共の心がわからんのである。

 何も考えず、何もしない。そのような有り様で何を成すのであるか?

 そなたはこの世界と人に対して何の感情も持っておらぬ、興味を持っておらぬ。何も思うていないのである」


 知らん。私はなんとかしろと言われただけなのである。しかも最初だけなんとかしろと言われたのである。後は野となれ山となれなのである。

 好きにすればいいのだ。


「悪魔と心中するのであるか?

 悪魔にこの世の摂理となった光に抗う気力が残っているとは思えぬのである。私が最後に見た悪魔は疲れ果てていたのである。

 神を失い、失意のどん底に居た。一歩も歩けないほどに」


 なるほど。まぁそれなら――――――。


「大丈夫じゃないかなあ。やる気に満ち満ちてたし」


 元気いっぱいだったぞ。めっちゃやる気いっぱいだった。

 それに私だって何も思ってないなんて事はないぞ。失敬な。


「左様であるか。それならばもう良いのである。勇者なる者も嘆きと失意の底に居た。今はどうしているかは私は知らぬ。

 だが、明日この世が終わるとしても。最後の瞬間をあのまま過ごすよりはいいのである」


 ん、何気に敗北前提で言ってるような。いいけど。

 にしても明日この世が終わるとしても、か。明日この世が終わるなら私はお腹いっぱいに美味しいものを食べたいものだ。皆さんは何をするのであろうか。

 考えているとディア・ノアがするりと滑り込むようにして手鏡の中へと姿を消してしまった。言うだけ言って結局戻るのか。

 おじさんにこの手鏡はあげよう。うむ。似合ってるぞおじさん。

 押し付けたところで背後で光。結局あの二人は暴れるに至ったらしい。魔王様勘弁してください。

 なんとか仲良くはしてくれないのだろうか。せめて暴れない程度になって欲しい。


「なんでしょうか……?」


 不思議そうなおじさんを見ていてはたと思いつく。マリーさんをおじさんに会わせて懐古で煙に巻いてしまおう。

 がっしと腕をつかむ。


「行くぞおじさーん!!」


「え?」


 おじさんを引っ張って爆走暗黒神である。

 炎が吹き上がり雷が鳴る。大暴れしすぎではないだろうか。巻き込まれたらしい人々がほうほうの体で逃げ出している。

 ウルトがのほーんとしつつも自分はちゃっかり氷の壁で隠れている。同じ魔王ならなんとかしてくれと思うのだが、あれに突っ込みたくないのはわからんでもないので言うのはやめておく。


「な、何でしょうアレは……」


 二人の姿は見えない。いや、どこかには居ると思うのだが。


「おじさん!なんとかマリーさんを止めてください!!」


「マ、マリー?マリーベルですか?」


「そうだー!!」


「あ、あの中にです?」


「はい」


 おじさんはじっと炎と雷の塊を眺めながら、やがて諦めたように、それでも苦悶が滲む声で呟いた。


「……できれば、会いたくはなかった」


 赤い目が炎雷を見つめる。

 悩むかのようにおじさんはしばし無言で手をぎゅうと握り、そして静かにその名を呼んだ。


「マリーベル。私です」


 ひゅうと風が吹き、そこはもう静かな荒野が広がるばかりである。

 おー……。予想以上のおじさん効果。マリーさんもおじさんには思う所があるのだろうか。花人さんも一秒でおじさんに落ちていたし。

 会いたくなかったか。あの時のおじさんを思えば吸血鬼にしてしまったマリーさんに対して罪悪感があるのだろう。

 目の前に真紅のドレスが広がる。黄金の髪を掻き上げながら軽やかに降り立つ。

 おじさんと同じ赤い目をしたマリーさん。今思うとマリーさんも元は人間だったのだろうか?

 二人の間にはきっと二人だけの話があるのであろう。


「我らの君主。そう、クーヤが言っていたおじさん、とはロードの事だったの」


「…………マリーベル、そのように私を呼ばなくていいんです」


「ロード、わたくしに貴方の御名を呼ぶ事はもう叶わないの。

 わたくしに貴方のお言葉を違える事は出来ないとしても。

 貴方の言葉は絶対にして神聖。貴方のお言葉一つでわたくしたちは灰になる。

 貴方のお言葉を叶えられぬのも同じ」


 ぶるぶると震えるマリーさんの口から血が溢れ出す。赤い目がさらに赤みを増して、やがて血となって溢れた。

 見れば顔だけではなく爪からも血が滲み出している。


「まままま、マリーさーん!!」


 大惨事だ!!あわあわわわわ……!!


「……っ!!マリーベル、すみません!!忘れてください……!!」


 ぐらりとした身体を気力で支えたらしいマリーさんを気遣うようにおじさんがごそごそと取り出した真っ白いハンカチでごしごしと血を拭う。

 だ、大丈夫であろうか。まさか文字通り逆らえないとは思わなかった。あんな言葉ひとつにさえ。


「すみません……マリーベル、やはり貴女を吸血鬼になどするのではなかった……。

 あの時のまま、あの頃のままで――――――」


「ロード、わたくしは後悔していないの。だから気に病む必要はなくてよ。

 吸血鬼になれてよかった。魔王になれてよかった。今のわたくしは幸福ですもの。ふふ、あの時にロードに救って頂けなかったならばわたくしはここに立ってはいないわ。

 運命に抗うきっかけを頂けてわたくしは貴方に感謝しているの」


 言う割に口調が親しげというか、言うほど目上に対するものでは無いのはきっとあれがマリーさんの限界なのだろう。出来る限りおじさんの願いに応えようとしているに違いない。

 流石マリーさんだ。ちいさな唇がかぷりとおじさんの指先を噛んだ。


「それに、血は美味しいもの。戦いの本能に身を任せるのは心地良いいわ」


 ぶち壊しだ。きっとおじさんを気遣ってわざとなのだろうけども。いや、本心である可能性も無きにしもあらずだが。


「それにしてもクーヤ、どこでロードとお会いになられたの?

 不死であるこの方の事だもの、生きてはおられると思っていたのだけれど。吸血鬼に会う度に聞いていたけれど、誰もロードの居場所を知らずに皆弱り果てていたの」


「え?それは」


「あぁ……!!クーヤさんちょっと待ってくださ」


「ロウディジットっていう奴隷市場が盛んな人間の街で不死の男って言われてて咎人の枷を嵌められて奴隷として売られてたので3000で買いました。

 煮ても焼いても何しても死なない吸血鬼だからもし死んだら賞金が出るとか言われてて不幸そうだったので。あれ、おじさん何か言った?」


「あああああ……」


 何もそんな絶望的な声を出さんでも……私は何も……軽い気持ちで……。


「そう。ロード。少しお灸が必要かしら。何をしてらっしゃるの?」


「ひえ……」


「人間の街なんてどれほど大規模でもロードならば五分もあれば潰せるでしょう?

 クーヤ、その街の正確な場所を後で教えて頂戴」


「あっはい」


 逆らえるわけなかった。

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