魔王の晩餐2
マリーさんだマリーさんだ!!
麗しいお姿に優雅にして凛々しい立ち振舞い、まさしくマリーさんだ!!
ぴょんぴょこ暗黒神となって腹を見せる勢いで尻尾フリフリである。
ケツを二、三度振って力を溜めて飛びついた。芳しい感じのいい匂いである。
「あら、クーヤは本当に元気そうね。それに、随分と大所帯になったこと」
「カボチャですカボチャ!!」
「なっ……カボチャじゃありませんわ!クーヤさん何をいいますの!!
この見事な身体を指してカボチャなんて失礼ですわよ!!」
「あら、あの時の聖女ではなくて?
そういえばギルドでも更新されたパーティ情報にクーヤと貴女、それに他に何人かいたわね。カルガモ部隊だったかしら。クーヤ、わたくしを除け者にするなんて酷くてよ」
マリーさんのピンクの唇がつんと突き出されて白い肌にうっすら薔薇色の赤みが指した漫画みたいな完璧な頬がぷくと膨らんだ。
ぷりぷりしていらっしゃるようだ。
「それで、貴女は何故クーヤと同行しているのかしら」
そういやマリーさん達とお別れした時の原因はフィリアだった。なんだかんだここまで来てしまったが。
えーと、なんと言えばいいのやら。
「聖女じゃなくなったので拾ったのです」
「人を犬のように言わないでくださいまし!!」
似たようなもんだろう。全員いつの間にか増えたとしかいいようが無いし。
拾ったという感じではないのはカグラぐらいであろうか。
そういやケツを蹴ったままだった。ちらと見やると口をパクパクとさせながらマリーさんを呆然と見ている。
なんだ。マリーさんが麗しくてかっこいいヒーローなのはわかるが。
やがて我に返ったらしく、私にケツを蹴られたままでの格好で固まっていたが勢いよく立ち上がりそのままマリーさんに食いついた。
「…………こんのクソババアが!!見ろや連れてきてやったぞこのガキンチョを!!」
「不合格ね。犬より使えなくてよ」
即答であった。
「なっ……そもそもてめぇこのガキンチョの居場所知ってやがっただろ!!
俺とアンジェラに何の情報も持たせねぇで放り出しやがって!!あんなもんわかるわけねぇだろ!!
何が使えなくてよだふざけんじゃねぇ!!」
「何を言うのかしら。大事な仲間が危険に晒されているのを何の情報も集めないまま放置するなんてわたくしがするわけないでしょう?
あそこでわたくし達の元に戻って情報を聞き出さなかった時点で使えないパシリ決定に決まっているでしょう。
そもそも連れてきただなんておこがましくてよ。わたくしの方が出向いているのではとても連れてきたなんて」
「ぐ……」
ふーん。そういえばカグラはマリーさん達のお使いと言っていたな。
どういう経緯でそうなったのか謎なのだが。
「わたくし達のパーティに入れているのだからもっと役に立ちなさいな。
このままでは貴方……ただのパシリのままよ?」
カグラはマリーさん達のパーティに入れてもらえたらしい。
なんだ、私の後輩という奴になるのか?もっとパシればよかっただろうか。
まぁリレイディア係というのは十分にパシリな気がしないでもないが。む、となれば扱い的には逆に正しかったのか。ならいいや。
「クーヤ、誤解してはダメよ。クーヤの保護をギルドに申し立てるにあたって押し付けられたのがこのカグラよ。
だからわたくし達全員でイビっているの。クーヤもイビっておやり」
なるほど。そういえば綾音さんが私の保護を申し出てくれたこの三人がペナルティを受けたと言っていた。
申し訳ない話である。仕方がない。カグラをイビる事で贖罪とするしかあるまい。
「これ以上イビる気かよ……」
「当然でしょう?……それで?
クーヤと行動を共にして何か考えは変わったのかしら?」
「……ちっ、やっぱり気付いてやがったかこのクソババア」
「当然でしょう。聖銃を持った人間の男を押し付けてくるだなんて、わかり易すぎてわたくしを莫迦にしているのかと思ったもの。
押し付けてきた者はメイデン支部のガドイルとトリック支部のレイディナだったわね。ギルドマスターがこの体たらくとは嘆かわしいこと」
「……この銃も知ってんのか」
「プルートゥの白き夜でしょう。アルカ・レラ直系筋の聖痕を持つ祈主しか撃つことは出来ない銀の銃。
その両手、手袋の下にはあるのでしょう?」
「………一個だけ違ぇな。誰でも撃てる。聖痕なんてのはそう呼ぶ事でそれらしくしてるだけだからよ。
ただの認証紋なんだよ。アルカ・レラが後生大事にしまいこんでた起動魔法陣を圧縮したもんを世代毎に一人選んでに後天的に焼き付けてるだけだ」
「あら、それを答えるという事は答えは出たということかしら」
む?ついていけないぞ。まあいいか。マリーさんのコウモリの背中の毛皮の感触を堪能するのだ。フカフカである。
口の中にも入れてみよう。もがもが、薔薇の香りがする。
「……………はぁー…………。オイ。乳のバケモン。てめぇには異端の疑いが掛けられてる。
っても、もう戻る気はねぇんだろ。神官共が血眼で探してるからせいぜい気を付けるこったな。特にアーガレストの狂人が裏切り者だのなんだので発狂してたぜ」
「……そうですの。あなた、アルカ家の者ですのね。それを私に伝えてよろしいんですの?」
「もうかまやしねぇよ。それにもともと密偵なんざガラじゃねぇ」
…………ん?
「教会へはどれほどの情報を流したのかしら」
「大したもんじゃねぇよ。この街の場所とそのバケモンの居場所をちょくちょく流しただけだ」
「それで龍や御使いもしつこく追い掛けてきましたのね」
「ババア、イビってるだの何だの言っといてどうせ俺を街から離したのもこのガキンチョの事を話さなかったのも知ってたからだろ。
煮ても焼いても食えねぇクソ吸血鬼だなオイ!」
「吸血鬼を煮て焼いて食べるつもりかしら?
ただの食料の癖に生意気である、といったところね」
「だーっ!!口の減らねぇババアだな!?」
キュピィンときた。天啓が降ってきた。
ここまでくれば流石の私も頭の中で線が繋がるのだ。
「おまえかーーーーーっ!!この裏切りものめーーーーーっ!!!」
叫んだ。樽の中でレム睡眠を決める生首を掘り出してぶん投げる。
要するに今回の事の犯人はカグラである。許すまじ!!
「ぎぃー!!」
くわっと空中で足を広げたリレイディアが華麗にカグラの顔面にへばりついた。
「ぐえっ!ぺっ!ぺっ!!口の中に入ってくるんじゃねえ!!よせ!!やめろ!!」
生首に押し倒されて転がるカグラを枝で突いた。くらえ!
ちくちくと刺しまくっていると諦めたらしくなすがままで大の字になったままカグラは動かなくなった。
顔にへばりつくリレイディアを掴んでぽいっと放ると空を見上げながら何もかもを諦めたような口調で呟く。
「ったく……あーあー、これで俺も神に喧嘩を売る羽目になったってーわけかよ」
ま、そりゃそうだ。黙ってりゃよかったのに。
「カグラちゃん、いいのかしら~?
アルカ家の人達に怒られちゃうわよ~?」
「お」
いつの間にやら船室からぴょこっと顔を出したアンジェラさんがのんびりとした口調で言った。
なんだ、アルカ家に伝わるとかいう聖痕だか認証紋だかといかいうものを継いでいる割にはそこまで偉い奴でもないのか。
こっちでもパシリであっちでもパシリなんて生まれながらのパシリだな。
「知るかよ。もうどうでもよくなっちまった。
……なぁ、マリーベル。なんで俺を泳がせたんだよ。俺はこの任を命じられた時は死ねっつー命令だと思ったぐらいだったんだが。
あんた達なら簡単だっただろうが。俺は聖銃を使えるだけでアルカ家元来の能力なんざ欠片も持ってねぇ。
俺は場所ぐらいしか流してねぇが致命的な情報を漏らしたらどうするつもりだったんだよ」
「わたくし達はギルドマスターどころかギルド総裁からの命令でも気に入らなければ受けなくてよ。こう見えて貴方をそれなりに評価しているのだけれど。
貴方こそ、そうは言ってもそうはしなかったのでしょう。その機会も方法もいくらでもあった筈だけれど。
それに、その聖銃の使い方も。本来はそのようなものではないでしょう?」
「まぁな。聖銃の本来の弾丸を使ってねぇからな」
「……そういえば、アルカ家と言えば朱色の髪の毛が特徴ですものね。貴方、血が繋がっておりませんのね。
アルカ家のあの噂は本当の事なんですの?」
「ああ。俺は元々は弾丸の方だ。聖銃の弾は魂だからな。
アルカ家が弾丸に使ってたのは潰しの効く孤児や奴隷だ。地下によ、弾丸用の施設があるってのはマジだ。
認証紋は小型化した端末みてぇなもんで本来のでけぇ魔法陣を敷いてんだ。弾丸もそこにある。
つっても牢屋だとかあるわけじゃねぇよ。聖銃の為に集めた使い捨ての魂にいらねぇだろ?食料だとか生活空間だとかよ。
頭と脊髄だけくり抜いて後は捨ててんだよ。それを地下に大量に保管してあるのさ。俺もそうなる筈だったんだが。
聖銃の祈主に選ばれた奴が怖気づいて逃げたのさ。身代わりに背格好が似てた俺を立ててな。俺は何も知らなかった。
聖痕は一時代に一人だけ、誰かの手にあるうちは複製できねぇ。持ってる奴が死ぬか、次代に継承させるか。
アルカ家の奴らも聖痕なんざ受け継ぐのは御免だったみてえだな。俺を生かして聖銃をアルカ家の奴らのかわりに使わせる道を選んだ」
「アルカ・レラは三十代で亡くなったそうね。その後の祈主も長くて四十。
聖痕の継承は激痛を伴い死ぬ可能性も高い。無事に終わっても重度の副作用が残り、聖銃の使用は両手を熱と霊素で融解させ使用者の生命を著しく削る。
その上に貴方、聖銃の弾丸に自分の魂を削って使っているのでしょう。その認証紋をそのように書き換えるのもタダではすまなかったでしょうに。
そのままでは貴方、アルカ・レラより早死してよ」
「いいじゃねぇか。とっとと終わりてぇ。クソッタレの人生だ。
……俺はあんなガキ共が居ねぇような場所に行けりゃあそれでいい」
「カグラちゃん、そんな事言ったらだめよ~?」
「アンジェラ、いい加減にちゃん付けはよせ……。……お前もアルカ家に戻りゃあいいのによ。
何考えてんだ。俺なんざあの時に見捨てときゃ良かったのによ。弾丸予定だった孤児のガキに話しかけられたぐれーで律儀な奴だな」
「お姉さんはカグラちゃんを守るって約束したんだもの~。
カグラちゃん、ヒトは約束は守らないとだめよ~?」
「破棄だ破棄。とっとと帰れ」
「カグラちゃん酷いわ~」
しっしとされてアンジェラさんはよよよと泣き崩れた。
にこにこ笑顔のままだが。
「アルカ家の祈主とアーガレストアの聖女が揃って離反だなんて、きっとあちらは大騒ぎですわね」
「……そりゃな。今までならあんたも俺も、抗うなんざしやしなかっただろうな。天の賜ってか?
ありがたすぎて涙が出らぁな」
ふーむ。話が長くなってきた。ていうかカグラはヤクザみたいな顔して破滅願望持ちか。難儀な奴である。強く生きろ。
改めてリレイディアを顔にそっと置いてお供えしておいた。完全にやる気をなくしたらしいカグラは抵抗一つしないままである。
生首ちゃんは座りが悪いらしくもぞもぞと何度か動いた後、ミラクルフィットな場所を発見したらしくご満悦な様子である。
不幸な人間に女神の生首分の加護がありますように。ナムナム。
「クーヤ、カグラはそのまま放置して置いていいけれど。そろそろ紹介してくれないかしら?
そこに居るのはクロウディアではなくて?」
「そうでした。えーと、そこに居るのがクロウディアさんで横に居る血塗れなのがウルトでこっちの元聖女がフィリアですな。
その樽に入ってるのがパンプキンハートでカグラの顔についてるのはリレイディアです。
あと船室にアンジェラさんとカミナギリヤさんって人と神霊族の人達とあと―――――――」
そこまで言ってから思いつく。ポンと手を打った。
そういえばそうだ。もしかしたらマリーさんも喜ぶかもしれない。
「マリーさんの知り合いのおじさんが居ますぞ」
「……おじさん、かしら?」
きょとりと首を傾げられてしまった。えーと、名前が確か……。
「クーヤちゃん、ちょっと待ってほしいんです」
「小娘しばし待てい」
魔王タッグが青い顔で挙手をした。何だいきなり。
仕方がないのでぴっと枝でまずはクロウディアさんを指した。
「余の幻聴でなければマリーと聞こえたのじゃが」
「マリーさんですけど」
「あのマリーベルさんですか?」
「そうだけど」
「……クーヤ、わたくしも聞きたいわ。そこのちんくしゃの露出の多い娼婦はクロウディアでしょう?
その隣に居る男は……ウルトと言ったの?」
「破壊竜のウルトですわーい!!」
しん、とした長い沈黙が落ちた。
そう言えば魔王同士で会うのって珍しいのかもしれないな。
クロウディアさんは引きこもりだと言っていたし、ウルトも喋ったことはないと言っていた。
うむうむ、この機会に存分にコミュニケーションに励もうではないか。お茶でも出すか。
「そう、貴方、ウルトディアスなのね?」
「……えーと、マリーベルさん、ですか?」
「気安く名を呼ばれる謂れはなくてよ」
「マリーベル。お主なんじゃその笑える姿は」
「お黙りちんくしゃ」
「今はお主の方こそちんくしゃじゃろうが。愉快じゃなァ!!」
「あら。わたくしちょっと人の形をしたものが落雷で死ぬところを見たいわ」
「中身が変わっとらんぞ!!誰ぞ、この戦闘狂をなんとかせい!!」
「悪夢ですよ……僕とユニコーンの最後の聖域が……」
「ウルトディアス、貴方とは決着を付けたいと思っていたの。貴様が魔王などと認めるものか」
「……やっぱり生まれたてが一番の美女で処女なんじゃないですか?
今度ユニコーンに会ったら伝えないと駄目ですねー…」
「ウルトディアス、お主先程から余の夢をぶち壊すのをやめぬか!!」
茶を出そうとしたのだがそれは無駄に終わった。
怒号と嘲笑と驚愕と哄笑と……まあ要するに魔法言語と肉体言語を主としたコミュニケーションがたっぷり取られたとだけ言っておこう。
それ以上は聞くんじゃない。勿論船は沈んだ。ヘロヘロながら全員が無事に陸に辿り着けたのはイーラのおかげであろう。