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魔王の晩餐

「……何か居るんです?」


 私には見えやしないが。

 クロウディアさんは渋いお顔を崩さぬままだ。


「……おる。人ではない。じゃが、御使いというわけでもない」


 ふむ、人間ならば私が見えないという事も今までもあるのだが。

 海を渡っていた時より余程の速度で進む船の先に幾つか陸らしきものが見える。

 そして淀んだ空気。そろそろ瘴気が漂い出しているようだ。それに、海の中に蠢く気配。襲ってはこない、というよりも宙に浮いているせいで手が出せないといったところか。

 ……ふむ、天使なら私でも見えるであろうしクロウディアさんも御使いではないとおっしゃっている。

 人じゃないならなんだろう。

 考える。ふとピンと閃いた。電球が付いたのだ。チャキーンと指を拳銃のように前方に向けて差す。バン!

 が、折角ひらめいた私を他所にフィリアがさっさと答えた。


「人、天使ではないにしても、あの荒野の性質上、精霊や魔獣の類は考えにくいですわ。例え勇者であっても人間などでは論外でしてよ。

 あの荒野の瘴気は磁場に霊子、霊素と魔素、あらゆるエネルギーを狂わせ天使でさえも腐らせるほどの人魔の億の魂の呪いと祟りの吹き溜まりですわよ。

 もしかしてですけれど、自律機巧や機械人形ではありませんこと?

 ラプターの自動人形や狂い久重のからくり人形のような……。あれならばあの荒野の瘴気にも長時間耐えられますわ。

 どちらも手に余る神の工芸品(アーティファクト)ですけれど、神族の中にはああいったものを自由に扱える者も居ると聞いておりますわ。

 瘴気だけならば東の機動兵器群などもありますけれど、モンスターの街の結界はあのような物理的な威力のみに頼る武器で抜けるものではありませんもの。

 初代魔王の一柱、魔女エウリュアルが残した大結界ですわよ。

 下手をすれば結界に情報だけ抜かれて複製されるのがオチですわ。今でこそ黒魔力がない以上、そこまで機能しておりませんけど。

 耐久力ならば現存する結界と呼ばれる物の中でも最高ランクのものですわ。まともに運用すれば青の祠の赤紅の大封印を超えますわよ。

 神の工芸品(アーティファクト)でもなければ正面から攻め込むのは無謀ですわ」


 なんてこった。フィリアに先を越されるとはこの暗黒神、一生の不覚。まあいい。

 それなのだ。あの人形のような者達であればこの状況は考えうる。荒野へと攻め込むに問題なく、クロウディアさんに言わせれば人ではない。

 そしてまずい。限りなくまずい。あの荒野にいるらしい奴らがへんてこ道具の人形の類であると仮定してだ。それは即ち神族が明確に動いているという証左に他なるまい。

 神族が動く、つまりはあのウナギの言葉は正しかったということだ。

 バレている。明確に。

 あの街を利用する為にあの街の存在を隠匿する事に協力していた筈の人間が誤魔化しきれないほどに。

 となれば、あの街の存在を知っていた、利用していた人間達も敵とならざるを得まい。ここでモンスターの街を庇い立てすれば恐らくその人間の命がない。

 そうなれば食料的にも危機である。

 ということはここで取るべき道は一つ、第一陣と見ていいであろうあの荒野に居る奴らをなんとか叩き出してその間に街の移動をすべき、ということになるのだが……。

 これだけおおっぴらにバレてはそれも厳しいのではないだろうか。そもそもどこから情報が漏れたのかもわからん。

 ウナギの口ぶりではかなり正確な位置まで掴んでいたはずだ。

 うぬぬぬぬ。


「ふむ……。人形姫や泡雲の君、あとは拡大解釈で人形を軍に見立てて戦神や武神の類かの」


 む。どっかで聞いた名前だ。


「人形姫と武神なら死にましたよ」


 いつの間にか目が覚めたらしいウルトがぬぼーっとしたまま竜形態でもわかるくらいの無表情で答えた。

 なんか違和感あるな。血だらけだからか?


「ぬ……?人形姫はともかく武神もかえ?氷雪王シルフィードと言えば神族の中でも強力な奴じゃが。

 なんぞあったのかえ?」


 人形姫とシルフィード……どっかで聞いたような聞かなかったような。

 誰だっけ。


「…………………」


「ウルトディアス様?どういたしましたの?」


「竜でも血にあてられんのか?」


 むむむ、何か変だな。ペドラゴンの様子が変である。

 ドラゴンの目がこちらを見据える。その蒼い目の奥に何やら濁ったものが見えた。

 次の瞬間、ウルトの身体が青い薄闇へ変じたかと思うとそのサイズを見る間に縮めていく。青の影はやがて人の形となって留まる。影が消え去り、そこに立っていたのはいつもの人間形態のウルトである。

 人化の術って初めてじっくり見たな。あんな感じなのか。


「…………お、お主、人化の術まで使うのかえ!?」


 クロウディアさんは目を剥いているが。こっちは見慣れたもんである。

 でもやはり違和感が拭えないな。強いていえば、そうだな。

 全体的になんか黒っぽい。血塗れなのを抜いても服も黒いし髪の毛もなんか黒っぽくくすんでいる。

 ていうか、そうだな。


「誰コイツ」


「ああ?何言ってんだガキンチョ。どう見たってあのドラゴンじゃ――――――」


 耳元で声が聞こえた。




 ―――――――破壊竜ウルトディアス、本物の邪竜だ。アスカナ王国の破滅予言に詠まれた黙示録の竜だ。小生は距離を取ることを勧めるがね。




「カグラ、離れろーーーーい!!」


 カグラのケツを蹴っ飛ばした。それと同時にカグラが立っていた場所に突き立つ竜槍。


「ウルトディアス様……!?」


「……………………」


 青いネジ頭並の無口である。マジで誰だコイツ。少なくとも今までのウルトではない。

 しかもなんかヤバイぞコイツ。ペドってだけでもヤバイのにそれ以上になんだかヤバイ気配である。

 ゴトン、踏み出した足が硬質な音を立てる。ザザザザと千の羽虫が飛ぶが如き音。

 黒い歪みとも罅とも付かないものが周囲の空間に散っては弾ける。

 直感である。今ここでコイツをなんとかしなければここら一帯にいる者は全員死ぬ。

 どうする?こうなりゃヤケである。カンガルーポッケを漁る。私にすればほぼガラクタだが、目の前の知らん人も竜には違いあるまいて。

 取り出したるはいつかのウニモドキのドワーフのおっさんから黒い魔石と引き換えに手に入れた翠の縞々の変わった宝石である。

 お、何やら黒いな。ポッケにしまい込むうちに黒くなってしまったようだ。まぁキラキラしてるしいいだろう。

 ウルトモドキの目がぎょろりと動いた。よしよしよし……。

 ウルトモドキが宝石に気を取られているうちに片手で本を構える。これじゃ枝が持てないな。仕方がない。

 仕方がないので投げた。

 本は見事ウルトモドキの顔面にクリーンヒットである。これで正気に返ったか?


「……………………」


 反応がない。ちょっと不安である。衝撃を与えれば大丈夫だと思ったのだが。失敗だっただろうか。

 ふと、その腕が微かに動いた。ぎしりと竜槍が軋む。ブルブルと震える刃先に尋常じゃない力が篭っているのが見て取れる。

 うむ、失敗だな。怒ったようだ。

 ウルトモドキが竜槍を高く掲げ、その刃先が私の目ではとても捉えきれない速度で以って振り下ろされた。

 こりゃあ終わったな、思ったのだが竜槍は私の予想外の方向に軌道を変えてゆく。

 風を切る銀線は濡れた音と共に吸い込まれるようにして沈み込んでその姿を隠した。

 即ち、ウルト自身の身体の中に。

 あまりのことに誰も動くものは居ない。

 槍に貫かれ真紅に染まった衣服が更なる朱に染まる。くすんだ髪の毛がやけに綺羅々しい物へと変ずる。

 ウルト自身の手で再び引き抜かれた槍はゴツンと床板を叩き、光となって消えた。

 ウルトの足元に広がる血溜まりは最早普通の人間ならば致命傷と言って差しつかえない。


「………なんでしたっけ、そうそう、人形姫とシルフィードならどっちも地獄に落ちちゃいましたよ。

 あははー。新しい人形姫と氷雪王は生まれるかもしれないですけど、生まれても次は天使でしょうし意識集合体の神族だった頃とは及びもつかないんじゃないかなー。

 あ、クーヤちゃんありがとうございます。全く嫌になっちゃいますよね。暴れ過ぎたり体力が無くなっちゃうとどうしても本能が出てきちゃうんですよ。

 魔王だった頃はこの本能から解放されて気分が良かったんですけどねー。抑えるのも苦労するんです」


「あううぇ!?」


 ふっつーに喋りだしたウルトにビビって思わずぴょんと飛び上がってクロウディアさんにへばりついてしまった。


「お主、ウ、ウルトディアスかえ……?!」


「あ、クロウディアさんですか?

 この姿では初めてですね。ウルトですよー。クロウディアさんは相変わらずお美しいですね。もうちょっと年が若ければストライクなんですけど。

 毛が生えたらちょっとなぁ」


「余の夢をぶち壊すでないわ」


 いつも通りのウルトである。大丈夫であろうか。

 更に血の量が増えたのだが。


「ていうかクーヤちゃん今のちょっと酷いですよ。ショックを与えるならもっとソフトなのがいいです。

 竜って繊細なんです」


「ほらよ」


 うるさいので手に持ったままの宝石をウルトにくれてやった。

 わーいと喜んでいるのでそのうち忘れるだろう。


「え?え?今のはなんでしたの?

 ウルトディアス様!?大怪我ですわよそれ!?何をしてらっしゃいますの!!」


「………あー、なるほどな。破壊竜ウルトディアスっつったらそれだわな。

 あんた、どっちが本性なんだ?」


「こっちですよーと言いたいですけれどねー。どっちとも言えないなあ」


 ぬぬぬ……とりあえずはあのヤバイ気配はもう無い。

 大丈夫そうである。更に増えたウルトの怪我はなんとかしたほうがいいだろうが……。


「まあこの程度なら大丈夫ですよ。それよりも……瘴気の匂いがするなあ。

 あと血の匂いがします。懐かしいなー」


「血の匂い……?」


 一番血の匂いがするのはウルトなのだが。

 洗ってこい。


「血の匂いですよ。吸血鬼らしい匂いですよね。

 あ、クーヤちゃん伏せたほうがいいんじゃないかな。

 マリーベルさんの魔法の気配がしますし。辺りが全部消し飛ぶんじゃないですか?

 ごちゃごちゃした気配が近くに沢山あるし、あの人こういうの嫌いじゃないですか」


「え?」


 視界が紫光に染まった。






神雷(インドラ)







 来たるは大轟雷。

 海に轟く雷鳴に大気が震えた。

 極大とも言える雷に舐め焦がされ融解した海から凄まじい蒸気が吹き上がる。

 周囲は白煙に覆われもはや数メートル先さえ禄に見えはしない。

 熱気を孕んだ塩の匂いがあたりに充満する。

 白煙が晴れたのは暫く時間が経ってからだ。

 未だ微かに震える空気の中、小さな靴がこつりと軽やかな音と共に船床を叩いた。

 紫電を纏いながら優雅に歩み寄ってくるその少女。一歩踏み出す度にその足先の床が焦げ付いていく。

 紅玉の瞳に黄金の髪。周囲を飛び回るコウモリ達。

 しゃなりと髪をかき上げるそのお姿は相変わらずのイケメンヒーローだ。

 誰かなど、問うまでもない。

 飛び上がって大喜びである。


「マリーさーん!!」


「ふふ、久しぶりねクーヤ。元気そうで何よりだわ」



 魔王マリーベル・ブラッドベリー、その人である。




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