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鬼の住む島2

「おりゃー!!」


 ダッシュである。私は走るのだ。逃亡者にしてキュッとされる定めの鶏。運命に抗い自由へと至るのだ!

 すたこらさっさと走り、鬼の姫の屋敷から脱出した瞬間、すぐ後ろから声がした。


「こりゃ、待たぬか」


「ぐえー」


 がっしと襟首掴まれそのまま首が詰まった。

 捕まる前にキュッとされてしまったようだ。


「ほ、主様は愛らしい声で鳴きますこと」


「何をするーっ!」


「勝手に突っ走るでないわ。分散するなど愚の骨頂じゃ」


「そうですわ。クーヤさん、離れてはダメですわよ」


「ぬ?」


 変なことを言われてしまった。鬼ごっこで固まってどうするのだ。見てみれば全員付いてきていやがる。カルガモか。

 相変わらずのようだ。しかしルールからしてどう考えてもこうして全員固まってる方がマズイのでは。

 その上呑気に話し合いとかしている場合なのか?

 千を数えると言っていたが大した時間じゃない。すぐに来るだろうし。

 今のうちに距離を稼いで隠れ潜む方が良い気がするのだが。どうやら皆さんは違う考えらしい。


「私はクーヤさんがいいと思いますわ。何があっても起死回生の一手を打つデタラメさがありますもの」


「ふむ……そうじゃの。阿呆は論外として…主らも限界であろ?

 となれば、……余は残る側じゃな」


「その蛇は兎も角、俺は問題ない。俺には肉がある。だが、行かせるならそいつだ。

 そいつ以外に出来るとは思わない」


「ほほ、何を言うやら。あちきは主様から離れませぬ。

 ねぇ主様。あちきとらんでぶーしましょうね」


「えー…」


 よくわからんがらんでぶーは嫌だ。

 気分じゃないのだ。それよりも本能のままに駆けたいのだ。とっとこ暗黒神なので。


「ここは彼奴の世界、彼奴の結界。この島の何処におっても彼奴からすれば紐で括りつけた犬に等しいわ。

 ただ徒に距離など稼いでも時間と体力の無駄じゃ。いや、無駄どころか消耗するぶん悪手じゃの。

 遊戯である以上彼奴もルールに従い足で追いかけてくるであろうがの、ただただ走っても勝ちは得られぬ」


「そういう事ですわ。この遊戯に勝つ為、成すべき事は他にありますの。

 ……そろそろ時間でございますわね。この結界内では精霊も呼べませんし……仕方がありませんわね。

 皆様、後ろに下がってくださいまし」


「お前が行くのか」


「ええ。そうでございましょう?」


「ふはははは!!よかろう!!武運を祈るわよ!!」


「お言葉だけ頂いておきますわ。祈られても応える神など居ませんもの」


 肩を竦めたフィリアがふと視線を流す。

 そこに立っていたのは先程まで目の前に居た人物。

 距離を詰めてくるでもなく、表情のない死んだ魚の目でこちらを眺めている。


「――――――――もう良いのですか?」


「お相手いたしますわ。どうぞよしなに」


「貴女はどれほど保つのかしら」


「あら、愚問ですわね。聖女となる為に必要なものを鬼姫様はご存知なくて?

 聖書にある聖者の苦行、その全ての行程を修めた者だけが聖女の称号を得る資格を得るのですわ。

 私がどれほど保つかではありませんわよ。鬼姫様がどこまで付き合えるかですわ」


「……そうですか。それではその大言、真か否か。試してしんぜましょう」


 来るか。いつでも本を開けるように抱え込む。

 よくわからんが……フィリアはここでやる気のようだ。逃げるだけ無駄みたいな事を言っていたし、本人をどうにかするのかもしらん。

 このヘンテコ世界でルールとやらを無視して勝てるのかどうかはわからないが。まぁなんとかなるだろう。多分。そうじゃなきゃ困る。

 ちらりとフィリアがこちらを見る。その手にはかすかな魔力の煌めき。


「クーヤさん、無駄にしたら承知致しませんわよ」


「ぬ?」


 聞き返すよりも早く。

 クロウディアさんが私の手を強く引っ張った。


「小娘、行くぞ!!」


「……え?

 フィ、フィリア置いてくんです?!」


 流石に予想外だ。というよりもあれは、フィリアに逃げる気がないように見える。

 何を考えているのだあのビッチビチ聖女は。

 ぐいっと襟首引っ掴まれてぶらぶら運ばれるが視線の先、鬼の姫に相対したままに動かないフィリアの背中。

 やはり逃げる気がない。本当に何を考えているのだ。

 あの鬼の姫を一人で相手にするなど無茶苦茶である。あちこちに居た鬼の総大将、他の三人はともかく私やフィリアじゃ相手にもなるまい。

 勝てる見込みなどあるまいに、フィリアらしくもない行動である。強敵と見るや速攻逃げる癖になんなのだ。

 動かないフィリアの姿が小さくなっていく。鬼の姫は私達を追うでもなく、フィリアの前に立ったまま。

 疑問符だらけの私に答えたのは背中を向けたままに遠ざかりゆくフィリアではなくクロウディアさんだった。


「勘違いするでないわ小娘。これは鬼ごっこなどではない。

 皆があの鬼姫から逃れて終いなどという事、出来るわけがないわ。

 此処は奴の領域。まともに鬼ごっこに興じてなどとしては余らに勝ち目は無い。この世界の中にいる限り奴の手の中と言ったであろうが。

 この世界の法則も奴は自在じゃ。身体能力も奴の思うがままよ。やろうと思えば足であろうとも転移魔法と何ら変わらぬ速度で動けるぞ。

 ただ逃げるだけで出し抜くなど不可能じゃ。

 打つ手は一つ。全員で逃げるではない。全員で一人を逃がす。誰かが彼奴を引き付ける、一人ずつ相手どり限界まで時間を稼ぐのじゃ。どんな手でも構わん。

 あの娘はそれを分かっていてまず残った。余らの中ではあの娘が最も足手纏いじゃ。

 それ故に先陣を引き受けた。振り返るでない。娘への愚弄じゃ」


「ほ、ほ、主様の良き壁として立派、立派に働いた様子。

 あとであちきが、たぁんとご褒美をあげましょうねぇ」


「ぬ……」


 そういう事か。

 最初から勝てる筈もない鬼ごっこ。勝つ為には成すべき事がある、フィリアが言っていた言葉を思い出す。

 フィリアは自分を捨てて私達が勝つために必要だから残った、そういう事だ。

 トカゲのしっぽ切り前提と言うことだ。そうまでしなくては勝てないと皆わかっていたのだろう。

 それにしてもフィリアは意外にもこういう時には頭がいいな。

 どうするのかはわからないが、何を言うでもなく全て分かっていて時間を稼ぐつもりで残ったのだろう。

 仕方がない。であるならば逃されたこっちは走らねばならんだろう。

 しかし私は何も聞いてないが。誰を逃がすんだ。クロウディアさんか?

 私の本で何か手助け出来るだろうか。魔力は十分といえる。



 商品名 世界鈍足紀行

 相手を呪い、足を止めます。

 ロック数は5。持続時間は5分。



 取り敢えず購入しておく。足を止めるというのがこの世界でどれほどまでに効果があるのかわからんが。

 あの勇者を止めるために買った時と値段は変わらない。この値段ではこの商品はなんとなく彼女には効果がない気がする。

 追加で何か買っておいた方がいいだろう。

 ぺらぺらと大急ぎでページを捲る。



 商品名 放課後校舎裏で待ってます

 対象者を二時間、あらゆる逆風が吹き続けるお約束状態にします。

 効果が切れたあとにはほのかなラブとハッピーが待っています。



 即購入。

 ラブなぞ知るか。次。



 商品名 ラブポーション

 対象者の魔力、身体能力を一時的に引き上げると共に、体力増強、栄養強化、ストレス解消効果が得られちゃいます。



 よし、これでフィリアも少しは助かるだろうか。

 もうフィリアと鬼の姫の姿は見えない。効果の程を知る術はない。

 遠くにチカチカと瞬く光が微かに見えるだけだ。


「あの娘がどれほどの時間を稼ぐかはわからぬが、逃げるぞ。遊戯の根本を引っ繰り返すにもこの結界内では彼奴を殺すは至難の業。

 この神域全てを消し飛ばす程の力が必要じゃ。今の余にはそこまでの力はない。

 ……主らも難しかろう。違うかえ?」


「否定はしない」


「あらゴメンナサイ、あたし、物理派なのよね。

 ヨホデリヒー!!」


「え?メロウダリアは?」


 悪魔だろう。出来るんじゃないのか。

 すっかり忘れていたが。アスタレルだって結界を壊していた。メロウダリアにも出来るんじゃないのか。

 そうすれば全ては解決、もーまんたいってやつになるんじゃないのか。


「小娘、無茶を言うでないわ。この悪魔は既に消滅寸前じゃ。

 然様な真似は出来ぬ」


「な、なにぃ!?」


 消滅寸前だとう!?

 立ち止まって慌てて蛇を引っ掴む。ぐったりとしたままの蛇は成すがまま。確かに弱っているらしかった。

 なんてこった!!いつの間に死にかけているのだ!!そういえば段々働かなくなっていた。弱っていたのか。

 アスタレルといい、こいつらときたら無言で何て事をしやがる。言えば地獄に帰したのに。全く!全く!!

 プリプリと怒って地獄の穴を設置。ぶらりと揺れる蛇を翳した。帰れば多分大丈夫だろうしな。


「……芥虫が。余計な事をいうんじゃない。

 主様が望まれるならば我らはそうする。それが眷属というものだ」


「蛇。とっとと肉を持って来い。白い肉共が来ないのは楽だがお前が消えるとあとがめんどう。

 さっきからこの世界をガンガン叩いている奴がレガノアとかいう肉塊だろう。

 お前が居なくても別にいい。いざとなればイーラとアワリティアでも呼べばいい」


「暴食が。心底貴様等が羨ましいわ。

 ……主様、あちきはまっこと物質としての身体が欲しいでありんす。

 さすればこのような無様を晒さずとも済むというに」


 よくわからんが身体が欲しいってことか。後で本で出してやるからとっとと帰るのだ。

 仕方のない奴らめ。


「悪魔は死にたがりだな。

 お前以外も全員そうなのか」


「あちきには関係のない話。死とは暗闇に抱かれる事、闇へと還る事。

 魂の巡る直前に刹那の謁見が叶うならばこれ以上などない」


「そうか。黒くてでかいだけだったが」


「まっこと、羨ましきこと……」


 ぽいっと投げた蛇は地獄の穴に無音で吸い込まれていった。やれやれ。これで大丈夫だろう。

 悪魔は死にたがりか。気をつけるとしよう。死なれては困るのだ。

 これで打てる手はまさしくゲームの勝利しかなくなったわけだ。


「ふむ。悪魔が居なくなったとなれば光に属するこの世界、レガノアの干渉を防ぐ手はもう無い。

 ……来るのう。誰ぞ、彼奴を止める者はおらぬか」


「ふはははは!!私が残ろう!!

 いざや参らん、星屑のランデブーなり!!」


「安心出来ぬのう……主は何を考えておるのかわからぬ。

 主は誰じゃ?」


「鉛筆」


「……それが余を謀るつもりの言葉であれば安心したのじゃがの。

 心底本気じゃな。……全く、お主と嘗て見えた時はしゃんと喋っておったろうが。

 何があったらそうなるのじゃ。人間はわからぬ。そこまで壊れる程に何か求めるものでもあったのかえ」


 ふーん。

 アホは昔はまともだったのか。そうは見えないが。


「私は求め続ける、真のタンバリンを!!」


 ビシっとポーズを決めているが意味不明である。

 まぁクロウディアさんの言葉もわからないでもない。心配である。強さだけは確かなのでそういう意味では安心なのだが。

 いやまあ、いいけど。取り敢えずこいつが次の時間稼ぎ役を引き受けるらしい。

 じゃあ餞別に何かくれてやるか。武器とか。丸腰ではきつかろう。

 本を開く。



 商品名 霊刃ラディアント=レイズ

 とっておきの秘密骨董品の一つ。

 因果を断ち切りたい貴方に。



 たっか。何だこりゃ。よっぽどいい武器なのか。

 アホにはもったいない気がしないでもないが。まあこいつの武器と考えて出てきた商品なのでこいつに渡すのが筋な代物なのだろう。

 ちょいと奮発である。ぐりぐりと枝で購入。ずもももと出てきた武器は……ふむ、随分と強そうな気がするぞ。

 剣ではなく刃というのも納得の形だ。剣とは言わないだろう。短いし。短刀レベルだ。

 片刃の刃は柄もなく。どうやって使うんだこれ。まさかこの柄に差し込むであろう鉄塊部分を握るのか。

 どう見ても未完成の武器だ。大丈夫であろうか。まあいいや。ひょいとくねくねするアホに渡しておいた。


「頑張れ、えーと」


 そういえば、アホの名は未だ呼んだ事がなかった。アホなので。

 既にアホとしか覚えてなかった。

 頭を捻る。見ようと思えば見れるがそれはなんだか悔しい。


「えーと。アレク!」


 三文字しか出てこなかったがいいだろう。


「うむ!!任せるがいい少女よ!!」


 キラリと白い歯を見せて笑うアホはびしっと親指を立てて私が渡した武器を小器用に握り込んでうむと頷いている。めっちゃ握りにくそうだが。

 なんだか慣れてるな。黙って見ていたクロウディアさんが顔を顰めてアホをみた。


「………………答えは一つ、というわけかの。

 主の正体に余は心当たりがあるぞ。まさかとしか思えんが。余は奴の名前も、姿も知らん。

 他の魔王も同じじゃろう。姿なき勇者。余らはそう呼んでおった男がおる。伝説に名高い三勇者の一人でありながら誰も知らぬ男よ。

 カーマインとクロノア、あの二人に比ぶれば全く無名と言って差し支えない。教団側にさえ検閲削除でもされたかと思うほどに何の痕跡も残っておらぬ男。

 事が終われば聞かせて貰うぞ。場合によってはその頭の中身を開いてでもじゃ。逃げるでないぞ」


「あらやだ。お手柔らかに頼むわネ!」


 くなりといい感じに腰を捻っているアホだがクロウディアさんは何処までも真面目だ。

 アホ、気をつけるのだぞ。下手な答えは死ぬぞ。頑張れ。

 小さく応援しておいた。くるりと振り返る。

 視線の先に立つは一人の女。フィリアは鬼に捕まったのだろう。姿は見えない。だが、フィリアにしてはめっちゃ頑張ったのだろう。

 彼女の姿からそれが伺える。

 ふと思う。私は彼女の名を知らない。じーっと見つめる。

 うむ、なんか見づらいな?

 はて…考える前に動いたのはアホだった。手に握った小さな刃、どうやって使うのかと思っていたのだが。

 ビビった。なんだありゃ。白い光がアホの手から溢れる。それは小さな棒状の形となって物質化する。

 その先にある刃はもちろん私が渡した奴だ。あんな便利機能があったのか。驚きである。確かに柄いらずだな。しかもどうやら形は自在のようだ。

 槍でも剣でもなんでもなれるということだろう。便利そうである。

 思えばあのアホは船の上でも武器でもないただの木材だので戦っていたし、最初に持っていた短剣の使い方も中々に様になっていた。

 ああいう武器は器用なアホには合うのだろう。いい事である。


「行くぞ小娘!」


「あ、はーい」


「遅い」


 見ている場合じゃねえ。アホが彼女を釘付けにしている間にとっとと逃げて次の手を打つのだ。

 足止めしている限り追っては来れない。今のうちである。残るは私とクルシュナ、クロウディアさんだけだ。

 さて、私の本でどれほど足止めが出来るだろうか。



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