高貴なる炎3
「ふむ、準備はええかえ?」
「おー」
「時間が惜しいならその二人は俺とそいつで抱える。
遅い」
「ふっはははは!まかせるがいい!女性と椎茸はソフトに扱うべきだからな!」
「仕方がありませんわ……」
「むぎー……。……その人は?」
ナチュラルにスルーされているお肉な奴隷さんを指差す。クロウディアさんにさんざっぱら蹴られてうれしそーに昇天する人を。
「ほっとけばいいのじゃ」
「……え?いいんですか?」
流石にまずいのでは。
クロウディアさんはふんと鼻を鳴らすとひらひらと手を振った。
「ほっとけ。其奴は余が呪うておる故の、身体はただの器にすぎん。
どうしても気になるというのならば―――――」
言うが早いか、その小さな手が眩いばかりの光を放った。
「これでよかろ」
「うぇ?」
手に握られているは小さな結晶。どこか魔水晶に似ている光だ。
「ほれ」
どげんと再び男の人を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた男の人はそのまま塵になった。
「ギャーーーーーーーーッ!!」
「器と言うたじゃろが。魂はコレよ」
「お、おお?」
「……魂の結晶化ですの?」
「そうじゃ。コレが其奴の魂、余が呪うておる故、結晶化したまま余から解放されることはない。
ふん、いい気味じゃ」
かるーい調子ではあるが。
ギリギリと結晶化した魂を握りこむ手にはいっそ砕けろと言わんばかりに力が込められているのであろう事が見て取れる。
その目に深淵を思わせる憤怒と憎悪の炎がちらついているのがわかった。
そんなクロウディアさんにフィリアが目を合わせることもなく髪の毛をいじりながら呟くように言葉を重ねた。
「クロウディア様に私のような小娘がこのような事を申し上げるのも何ですけれど。
復讐など何も生みませんわよ?」
「ふん、言いやるわ。余を誤魔化せると思うてか。
貴様と余は同類よ。貴様の目には覚えがある。嘗ての余よ。
ノーブルガードの小娘共はどやつも死んで腐った眼をしておってからに、余はアレらが嫌いであったがの。
主は好きじゃ。色欲に濁って腐った眼の奥に燻る炎が見えよるわ。
万の呪いを吐き散らしながら世界を飲み込まんと欲する蛇の眼よ。全て燃えて落ちろと願っておる眼じゃ。
何よりも生きる事を願う焔の眼よ。アーガレストアかえ?
その肉体、本物ではないな。魂の煌きも感じぬ。人の尊厳を踏みにじられ、地に這い蹲って汚泥を啜り許しを乞いながら主は何を願う?
余は願ったぞ。心の底からのう。彼の無明の闇は余の声に応えてくれた。故に今の余がある。
聖職者共は口を揃えて抜かしやる。魂の救済と神の名の下に五つに満たぬ魔族の娘を寄って集って慰み者にして嬲り殺しにしながら吐きやる。
神の試練などと。復讐は何も生まぬなどと。ふん、主は微塵も思うておるまい。
余に向こうてそのような妄言を吐きやる輩はその尽くを塵に変えてやったわ。もろともに命の終わりに吐きやるは復讐と怨嗟の声よ。
馬鹿馬鹿しいものじゃ。塵に変えられる寸前で漸く気付くとはのう。
己の命の終わりに抱く憎悪も憤怒もただひとつの渇望から生じるのじゃ。
何も生まぬなどと冗談事では無いわ。炎で焼き焦がすは生きる事よ。ただただ生きる事よ。己の命と魂と肉体を取り戻してただ生きたいというこの世で最も正しき狂おしい渇望。それ以外に何が在りや?
こやつに、地下室で穴を増やされながら乗馬鞭で打ち据えられ続けた余が生きておるはその願い故よ。
こやつが苦しんで苦しんで余に無様に縋り付いて咽び泣く姿に哀れみだとか悲しみだとか、そのようなもの微塵も感じぬわ。それはもう、胸がすくのう。
余の足を舐めずって泣いて懇願して地を這いながら何も出来ずに余に尽くす姿ときたら、幼き余を甚振ってゲラゲラと大笑いして嘲笑っておったなどと想像も出来ぬであろ?
余の手の中で言い様に転がり続ける無様で救いようのないこのクズのこの姿が、何よりも余を救ってくれるのよ」
「…………そうですの。それならば私に申し上げる事は何もありませんわ。
……私は別に、そのような事はありませんけれど」
「ふん。ではそのまま汚濁に塗れて死ぬがよいわ。
その濁った眼のまま亡霊の如く消え去るならば、それもよかろ」
「そうですわね。クーヤさん、行きますわよ。
時間がありませんわ」
「あ、終わった?」
三人で壷製作所で芸術に励んでいた顔を上げた。
うむ、私のが一番輝いている。
史上稀に見る美しき拉げ方、呪われそうなぐにゃぐにゃとした模様と何に使うかもわからん感じの前衛的形状、なかなかのあーとだ。
あーととはこうでなくては。常人には理解出来ぬものなのだ。
全く、話が長い。この私に三行以上の言葉は耳に入らないのだ。とくと知れい!
「……………」
「……………」
「何さ」
「何でもありませんわ」
「疲れる娘じゃの」
何でもないと言う割には滅茶苦茶残念なものを見る顔でこちらを見ているが。
何だ、別に何もしてないぞ。多分。
「行くぞ」
クルシュナにぎゅむと襟首掴まれた。
最近思うのだが悪魔共は私の襟首に何か恨みでもあるのか。執着しすぎだろ。
そのジャストポイントを摘み上げられると両手両足丸めざるをえないのでやめていただきたい。
悪魔と思い浮かべてそういやと思い出した。
床を見る。元襟巻き蛇が投げられた体勢のまましくしくと泣いていた。
「酷いでありんす、酷いでありんす」
よよよと泣く蛇は実に悲しげにしている。
知ったこっちゃねぇ。
全く役に立たなかった。ルイスにしときゃよかったってなもんである。
あるいはあの新しい二匹か。メロウダリアと来たら最初にちょんと働いただけであとは寝こけていただけじゃねーか。
地獄にポイされないだけマシであろう。全く。
「主様の首が罪深いのでありんす」
「何でさ」
「悪魔をも堕落させるおっとろしき罪深さでございまする」
「意味わかんねぇ」
変な蛇である。悪魔だから変なのはわかってたが飛び抜けて変な蛇である。
私のむちむちな首の何処が不満だ。全く。
襟首掴まれてブラブラとしながら動こうとしないその蛇を指さした。
「クルシュナ、回収するのだ!」
「めんどう」
うむ、それなら仕方がないな。
「だとよ」
「酷いでありんす……。その獣などより主様の愛らしーいお手手で拾い上げて欲しいでありんす」
「めんどい」
なので仕方がない。
フィリアにでも回収させるか。声を掛けようとして気付いた。
「………………………」
目を瞬かせてじっと凝視している。
凍りついていると言っていいな。どうしたのであろうか。
「クロウディアさん、どうしたんですか?」
「………………………」
凝視する先にはもだもだと駄々を捏ねる蛇が鎮座している。
閃いた。ぽむ、と手を打った。
バタバタと暴れて襟首掴む手から逃れ、床の蛇をひっつかんだ。
「あふん」
変な声を出して捻くれて固まった蛇をぐいとクロウディアさんに突き出す。
「……………………な、なんじゃ?」
「あげるー」
「な、何?」
「蛇が好きなんですよね?
あげます」
「好きというわけでは…、いや、そのような事ではなくてじゃな……」
「遠慮するなー!!」
叫んでクロウディアさんの首の巻き付けて襟巻きとした。
「主様、酷いでありんす!」
「うるさーい!」
生意気にも猛抗議してきた。
役に立たなかった癖に何を言うのだ。
「…………お主、いや、まさかのう……アレが人の姿をとるとも……しかし……」
「ほ、ほ、芥虫ながら嘗て魔王に昇り詰めた芥虫の中の芥虫ともあろう虫が、常識に囚われるとはほんに愚かな事。
一度きりとはいえ、お逢いになられたならばこの世界の深淵と混沌をほんの片鱗でも見たでござんしょ。虫如きに理解出来る事など、この宇宙の塵に同じ。それをその目で見たでござんしょ。
主様はここにおられる」
「………………」
なんだかまた小難しい話が始まりそうな悪寒。
頭がスパークするのでやめて欲しい。きりきり動くべし。
ドアを開け放って叫んだ。
「よし、行くぞ―!」
イノシシの如く突撃しようとした瞬間、がっしと襟首掴まれた。
「うぎーっ!!」
暴れた。
「行くぞ」
「よかろうよかろう!この三勇者が一人、アレクサンドライト=ガルディッシュが鬼の首を取ったように叫ぶ!
いざいざいざ、いざ尋常に勝負!!」
「そうですわね。さぁ、こんな世界とはおさらばですわ!
素敵な殿方もおりませんもの!」
「ほ、それでは参りましょ。
鬼の姫、その身体は如何なる味か。ぺろりと飲み込んでとっくと味わってみたいでありんす」
「…………うむ、余が先陣を切る。そうか、そうじゃな。
このような感情は久しぶりじゃ。ウルトディアスもこのような感情を抱いたのかのう。会うてから聞いてみるとしようぞ。
そうとも、この宇宙と魂は巨大にして深淵、何処までも深く、何処までも果てはなく。森羅万象、その全ては常にこの身のすぐ傍に在る。肉体は可変にして精神は自由。魂に限界は無く、神は全てを許してくれる。
久しく忘れておったわ。魔王ともあろう者が情けなや。では参ろうぞ」
クロウディアさんが翳した手から光が溢れる。
それはクロウディアさんの身体に巻きつき、その身を包む漆黒のドレスとなった。良かった。目のやり場に困るので。
しかし、うーむ、ぜひともマリーさんと並んでいただきたいものだ。イイ感じだ。
雨は止まない。
クロウディアさんは心底愉快で堪らぬと言わんばかりの笑顔でぬかるんだ土にその靴を付けた。
その身体が蜃気楼のように揺らめく。
その身体を濡らす筈の雨が蒸発して掻き消える。
これは……。
「ああ、堪らぬものじゃなァ!!
さぁさ、余と遊びや!余はクロウディア=ノーブルフラーム、余と火遊びをしようぞ!!」
小さな身体から吹き上がった業火。
周囲にはわらわらと鬼が湧いて来ている。
「爆ぜよ」
一際巨大な鬼の身体が不格好に膨らむ。
次の瞬間、大地を震わせる重い音と共にその鬼から閃光が膨れ上がった。
まるでその鬼が爆発物かなにかだったんじゃないかと思わせるような冗談のような光景だった。
小さな炎の塊を周囲にばら撒き、続いてずどんと爆炎を吹き上げて周囲を赤く染め上げて舐め焦がす。
赤い空気の中に響く幼い少女の哄笑、地獄さながらの光景だ。岩をも融解させる炎は大地に燻り、炎混じりの黒煙と白い火の礫を上げ続けている。
尋常ならざる炎だ。こちらに被害が来ないあたり、忘れ去られて居ないらしい。よかった、本当に良かった。
あの業火の中に何の防御も無く居たらとか考えるだけで寒気がする。
魔王怖い、超怖い。
マリーさんと並んで欲しいなんてもう言わねぇ。むしろ居て欲しくない。
この炎にマリーさんの雷がドッキングとか想像もしたくねぇ。
「ふん、この辺りに雑魚はもうおらんじゃろ。
では参ろうぞ」
カクカクとフィリアと二人で青い顔で頷いた。
小規模な爆発を繰り返す火球にクルシュナとアホは歓声を上げて喜んでいる。
逆にすげぇ。なんであの光景を前にはしゃげるんだ。頭のネジが取れている奴らはわかんねぇ。
雨をも蒸発させる朱き空気の中を、恐る恐ると私達は歩き出したのだった。