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高貴なる炎

「ハッ!!」


 目が覚めた。ガバっと身を起こす。ぐらぐらとする頭を振りたくってやれば幾分かすっきりしたような心地だ。

 何があったのかさっぱりわからない。一体何がどうした。

 いや、それよりも。


「ヤ、ヤメローッ!!」


 特大の石を拾って投げる。

 コツンとぶつかった石は特に何事も無かったかのように明後日の彼方へと跳ね返って消えた。

 一際巨大な鬼のこれまた巨大な指で摘み上げられて今にもあーんされそうな状況に涙目でジタバタとするフィリアが必死な声で叫ぶ。


「ク、クーヤさん!目が覚めましたのね!?

 たっ!助けてくださいましっ!」


「わ、わかってるわーい!

 おりゃーっ!!」


 こうなれば致し方なし、生命を削って放つ必殺のクーヤちゃんスペシャルサイデリックアタックしかあるまい。

 どてどてと走って巨大な鬼の足に突撃。くらえ、熱く燃え盛る我が魂の一撃を!


 べちゃ。


「…………」


 足は微動だにしなかった。

 突撃した姿勢のまま為す術も無く足にしがみついたままである。

 すね毛がモジャァ……と顔面に付いた。最悪だ。


「主様」


「む」


 首にもったりと絡む襟巻きたる蛇が鎌首もたげて不機嫌そうに私に声を掛けてきた。

 うむ。また忘れてた。すね毛から離れて叫ぶ。


「助けてメロウダリアー!」


「御意に」


 蛇の赤い目が光る。

 ゴギン、瞬きする間に軋む音と共に鬼が赤い石像と成り果てた。

 ふむ?

 やたらと石化速度が速かったな。

 メロウダリアはそれを見届けると再びもったりと垂れた。蛇ながら幸せそーな面構え、何だか今にも寝そうだ。大丈夫であろうか。

 まあいい。それよりフィリアだ。


「フィリアー!大丈夫かー!」


「あ、危なかったですわ……!」


 石像の指から手足を振り回して逃れたフィリアがドッテーンと浜に尻から墜落した。

 雨を吸い込み硬くなった砂浜にはフィリアの巨大な尻の型取りが見事に出来上がっている。

 よいせと立ち上がったフィリアは濡れそぼった縦セーターをぐいっと下に引っ張り胸を食い込ませ強調させ、腕の裾を伸ばしてあざとく指先だけ出すと人心地付いたようにふぃーと安堵の息を付いた。

 流れるような動きに感心である。ぱっと見、清楚な乙女に見えなくもない。

 そのままの方がまだいいな。あの痴女服を封印していただけるとありがたいのだが。

 まあそんな事よりも今はこの場を離れるのが先だ。

 あの龍も天使も居ない。居ないが一時撤退といったところだろう。直ぐに戻ってくるに違いない。

 それに影からも鬼がわらわらと湧いてきている。すたこらさっさとクルシュナの家まで行かねば。


「よし、アホとクルシュナを起こすぞーっ!」


「そうですわね」


 アホの腹にケツを乗せてバッシバッシと頭を全力でぶっ叩きつつ周囲を見回す。

 しかし……これは改めて見れば船はこっちにちゃんと辿り着けるのだろうか?

 何枚もの絵の板を重ねたような海。人形劇か演劇の舞台のようにしか見えない。

 どう見たって非現実的、明らかに物質界ではない。

 空間が閉じられたと言っていた。恐らく船はこのままではこちらに来れない。

 何とかしてこの異空間から脱出せねばなるまい。


「アウチッ!やめて!やめてください!

 キャーッ!ヒトゴロシーッ!」


「む」


 いつの間にかアホが起きていた。

 私の幼気なミニマムハンドのもみじ型が顔中についている。まあいいか。


「腹が減った。

 もう一個くれ」


 クルシュナがきび団子を要求してきた。さっきまでぶっ倒れていた癖に全く懲りていないらしい。


「これで我慢しろ」


 肉を投げておいた。

 不服そうだった。




 曇天からは間断なく雨が降り注いでいる。

 遠くから聞こえてくる雷鳴。

 けぶる雨霧とぬかるんだ地面。

 徘徊する鬼。

 絵巻物の世界を四人で走り抜ける。


「ああ、もう!

 さっきよりも距離が開いているではありませんの!」


「私に言うなーい!」


 叫んでから思ったがきび団子を出したのは私なので犯人は私か。黙っとこう。

 しかし先ほどとは違って天使が混ざっていないので幾分か楽ではある。

 メロウダリアがめんどくさそうな顔でちょっとしか働かなくなっているがこれなら何とかなりそうだ。

 走り続ける墨絵の道の先に見えるのはクルシュナの家。

 墨絵が垣根を堺に途切れている。

 物質界で見た通りの家だ。確かに領域とやらが分断されているらしい。


「とう!」


 垣根を飛び越え畑へと飛び込む。

 クルシュナが言っていた通り、確かに鬼が居ない。ここを拠点にするしかあるまい。

 走り寄ってドアにしがみつく。


「待て。知らない奴の臭いがする」


「え?」


 静止の声よりも先にドアは開いていた。

 もっと早く言え。

 何があると言うのだ。開いたドアがぎぃ、と軋み音を上げた。

 その先、部屋の奥。

 全力でドアを閉めた。


「何さ今の」


「オスとメスの番じゃないのか」


「え、いや……そうは、見えなかったけども」


 あんまりすぎる爛れた光景に目をこする。きちゃねぇものを見てしまった。

 フィリアが嫌なものを見てしまったとばかりに顔をしかめている。さすがのフィリアも嫌だったようである。

 まぁそりゃそうだ。どうしたものか……。

 アホが大きく頷く。


「幼児性愛の青年と幼気な幼女であったな!」


「言うなよ……」


 誰しも口にしなかった事を。

 明らかにアレだったし普通であれば助ける為に飛び込むべきなのだろうが……突撃するのは躊躇われる。

 何せ、あれだ。口にはしたくない。終わるまで待とう。

 よいせとドアの横に全員で座り込んだ瞬間、ドアが内側から蹴破られた。


「…………お?」


 唖然として彼方へ吹き飛んだドアを眺める。原型を留めぬ程にひしゃげている。

 ドアがあった場所からはにょっきりと小さな足が生えている。

 向こうでプスプスと煙を上げるドア。この幼い足からその威力がもたらされたとはとても思えない。

 プルプルとしながらそろーっと顔をあげる。

 そこに立っていたのは先ほど見た小さな女の子である。肌色率の高すぎる服はどことなくフィリアの仲間である。

 しかもただでさえ肌色率が高いのに今はほぼ肌蹴ているので用を成していない。裸マントな私が言えたことではない気もするが。

 というかもうちょっと身体を整えてから出てきていただきたい。あちこちねちゃねちゃで非常に嫌だ。

 紫がかった青色の髪の毛がゆるふわウェーブって奴だな。金色の目がぱちりとこちらを見た。

 なんとなくだがマリーさんやウルトに似ている気がするな。

 というか色合い的にマリーさんと悪霊カミナギリヤさんと三人並べたら百合の花咲き誇る麗しのロリ系アイドルグループとしてメジャーデビュー出来そうだ。


「なんじゃ。先ほどの小娘ではないか」


「む?」


 さっき?

 会った覚えはないのだが。


「先ほどこの家に来たであろうが。余のアケミをもいで食っておったじゃろ」


「むむ!」


 アケミ、畑に生っていたアレだろう。誰も見ていないと思ったのだが。バレている。何故だ。


「次元がズレておったからな。

 そちからは姿が見えなんだか。余らにはしっかり見えていたぞ。

 窯を覗いて井戸の水をがぶ飲みし、アケミを食い散らかして家の中を漁っていたじゃろう」


「むむむむ!!」


「卑しいですわね……」


「いーけないんだーいけないんだー!!

 先生に言っちゃおーう!」


 いかん、私の株が大急落である。


「俺の家に勝手に住み着いている奴らに言われたくない」


「そ、そうだ!!」


 それだ。そこを突くべき。矛先を逸らさねば。

 が、クルシュナの言葉に目の前に立つ人物ははっと鼻をならして顔を僅かに上に逸らした。

 絶妙な角度と表情。なんという堂に入った見下しポーズであろうか。

 お子様の耳に入れるにはとても相応しくない事を喚きながら足元に縋りつく裸の男の人を踏みにじるのは見ないふりである。


「控えろ下郎。余を誰と心得る。

 名はクロウディア、性はノーブルフラーム。

 天と地の狭間に在りて星を詠みて森羅万象を紐解く星の智慧派の10=1の魔導師にして、この世全ての真理を求め続ける本物の錬金術士じゃぞ。

 本来であればそちの如き下郎が口を利けるものではないわ。

 家は中々住込心地が良かったので許してやる」


「ほーん」


「何じゃ、小娘。その気のない返事は。

 傅いて頭を垂れるのが道理であろうが」


「えー……」


 めんどうな人だなぁ。そもそもそんな偉そうな肩書の人がなんでこんなとこに。

 後ろを振り返る。

 フィリアが唖然としていた。


「どうしたのさ」


「…………」


 唖然としたまま返事はない。変な聖女である。

 じーっとこちらを見詰めるクロウディアさんはふと顔を顰めた。


「……貴様、何じゃその体たらくは」


 アホだった。アホと知り合いらしい。


「はて、わたくし、貴女のような前歯に覚えはありませんが、何でしょう。奥歯の少女よ」


「誰がどこぞの歯じゃ。前歯か奥歯かはっきりせんか気持ちが悪い。白黒はっきりせぬ事象がいっとう気持ちが悪いわ。

 ……完全に壊れておるな。何ぞあったか知らんが、余を此処に封じた時分の面影が微塵も残っとらん。

 次に出逢うことがあれば必ずや首を生きたホルマリン漬けにしてくれようかと思っておったのじゃが……」


「へぇー」


 アホに封じられるとか残念な娘さんのようだ。

 足元の男の人を眺める。ぺろぺろと足を舐めている。

 つんと枝で突いてみた。芋虫のように悶えた。ん、ちょっとおもしろいな。

 つんつん。


「これは気にするでないわ。

 ただの余の奴隷よ」


「そのようですな」


 見ればわかる。しかも奴隷の上に肉とつくだろう。ふむ、不死者……魔族か。

 あちこち傷だらけだし、真っ赤な首輪ががっつり付けられている。

 そういう趣味なのだろう。

 つんつん。


「小娘、このクズにあまり近寄ってはいかぬぞ。

 このクズは余が物心も付かぬ時分から余の股に顔を突っ込んでおった真性のドクズじゃぞ」


「あ、それは近寄らないデス、ハイ」


 さっと離れる。それは完全にクズである。

 ちらっと見た。目があった。


「こっちみんな!!」


 鼻息荒いクズさんから隠れた。

 ブルルッ!ウルトの方がましである。


「……どこを、見ておるのじゃ?

 このクズ!余よりもこの小娘の方が良いと申すかこのクズが!!」


 ん?

 クロウディアさんが何やらデレた。


「……ツンデレ?」


「なっ……!なにをいいやる!たわけた事を抜かすでないわぁ!!

 余がこのクズに不埒な感情でも抱いているとでも申すつもりか!?」


「え、いや、別に」


 そのクズさんとは言及していないが。

 言わないでおこう。


「……っ!クズ!!何をしておるか!余の足が汚れておるじゃろうが!

 さっさとその舌で清めんか!何を惚けておるのじゃ!

 余に触れさせて欲しいと鼻水と涎と涙を流しながら這いつくばって懇願してきたのはそちであろう!

 それを許しておるのじゃ!相応に奉仕せぬか!!クズ!外道が!

 何故、そちと二人でこの異界に閉じ込められねばならんのじゃ!最悪じゃ、余の人生においてもっとも最低最悪じゃあ!!

 最悪のクズが、死ね!」


「ブヒッ……!ヒィ、ヒィ……!」


 ひでぇ。顔面蹴られまくったクズさんは鼻血を吹き散らかしながら必死に足を舐めている。

 何てアブノーマルな二人だ。世の中は広いな。

 クルシュナがため息を付きながら呟いた。


「もういいか?」


「あ、はい」


 クルシュナに場を収められるという人として有るまじき事になってしまった。

 アホは踊りだしてるし。

 しかし、フィリアはいつまで固まっているのだ。


「フィーリアー。しっかりしろー」


「…………はっ!?」


 漸く正気に返ったらしい。


「大丈夫かー。この指は何本だ!」


 ばっと指を三本立てた。


「え?十四本?」


 駄目だこりゃ。

 しかし、クロウディアさんは面白そーなお顔でフィリアを眺めている。


「ぬ、お主の魔力の流れには見覚えがあるぞ。

 クロウディア王国の者じゃろう?どうじゃ?

 シルフェストの小僧に余が契約のもとにくれてやったあの国よ。

 余との契約を果たさなくなってから随分と時が流れた。

 あそこの王族はそろそろ限界じゃろ?」


「…………そう、ですわね。魔力も霊力も失い、子も残せず、王族の血はとうに途絶えていますわ。

 ……今、あの国を収めているのはアーガレストア家ですの」


「アーガレストアか。あの家の男児は呪われておるじゃろ。

 ケダモノよ。畜生じゃ。始祖が霊獣とまぐわい子を成したのが始まりの一族じゃからのー?

 霊獣とは言え、畜生は畜生。畜生とまぐわった業は何代血を重ねたとて洗い流せぬわ」


「否定はしませんわ。私はアーガレストアの分家のノーブルガードですけれど。

 アーガレストア家に引き取られてからというもの碌な事がありませんわ!」


「ふん!

 ノーブルガードか。余もようく覚えておるぞ。シルフェストの隣におった陰気な男。

 そしてその足元で鎖に繋がれて地を這いつくばるノーブルガーディアンと呼ばれておった娘共をな。

 高貴なる者の守護者とはものは言いようじゃのォ。己の意思でそうなった者など一人もおらんかったじゃろうて。

 アーガレストアの獣の血を慰める為の生贄、神の炉に投げ込む為の松明、魂を奪われ傀儡の術を掛けられ、望むと望まざるに関わらず奴らのいい様に使われる。

 白の子供達、じゃったかのう。お主もまぁ、その人間にしては異常な霊力もおおかた非人道的な手段で身につけさせられたんじゃろうが。

 霊力だけならば……魂の混成の秘術じゃろ。余が教えた禁術をよくもホイホイ使うもんじゃ」


「…………お詳しいですのね。

 当然、なのでしょうけど」


「あったりまえじゃろが。

 余を誰と心得る。そちの故国を作り上げた存在じゃぞ。

 クロウディア=ノーブルフラーム。

 悪魔と踊る娼婦、魔王が一柱よ」




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