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荒野の三人組6

 カランカラン


 例によって古典的な音に出迎えられ、酒場を訪れた。

 真昼間だというのに既に飲んだくれの巣窟だ。駄目な街である。


「らっしゃ―――なんだ、おめぇらか。おまけに牛乳娘まで付いてやがる」


 牛乳娘とは失礼だな。牛乳神だったらちょっと考えたが。

 牛と言うほど乳はついていない。これは悲しい事故なのである。


「じゃあぎゅうにゅうください」


 まぁご期待に応えるべく牛乳を頼む。ガハハハと豪快に笑った店主がゴトンとカウンターに牛乳を置いた。

 実に早い仕事だ。ブラドさんは見習って欲しい。

 昨日のようにカウンターに歩みより今日は大所帯なので牛乳だけ受け取ってマリーさん達の元へ戻る。


「グラン、わたくしには赤ワインがいいわ。ツェペリ産以外は認めなくてよ。何も食べていないの。何か作って頂戴」


「ウィスキー。ロックだ。ピッツァを寄こせ。クロノアは何でもいい」


「………」


「私はマンハッタンがいいわ。フルーツを付けてね」


 見事に全員酒だった。クロノア君は分からないが。

 マリーさん酒と食べ物は摂取するのか。見た目ロリなのでどうかと思うのだが。

 うーむ。このチームも駄目人間の巣窟のようである。

 テーブルに付いて出された料理をむしゃむしゃとしつつ全員思い思いに寛ぎまくっている。


「仕事って何をやってるんですか?」


 暇なので聞く事にした。

 ピザの切れ端を下品に上から垂らして一気に頂くブラドさんは答えられず、マリーさんが答えてくれた。


「わたくし達が請けるのは主に人間討伐ね」


「ふぐっ!」


 あんまりな仕事にブラドさんから勝手に奪って食べていたピザを詰まらせてしまった。

 全員勝手に取ってるのでいいだろう。


「宣教師の暗殺や奴隷商の討伐がほとんどよ。偶には違う事もするけれど」


 意外とデンジャラスな仕事をしているようだ。

 恐ろしい。


「今日からは貴女が居るもの。控えめなものにするわ」


 そりゃよかった。


「近くの海域を通る商船の食料の強奪でもするわ」


 よくなかった。いやデンジャラス街だから逆にいいのか?

 しかし海域か。大丈夫だろうか。


「……個人的にこの荒野を離れるのはまずいのですが」


「あら? どうしてかしら」


「天使は怖いのです」


 ああ、とマリーさんは頷いた。


「天使に会ったのかしら? そうね、わたくし達としても天使は嫌だもの。貴女も見目が魔族の様に見えるし、嫌でしょうね。

 その辺りは安心していいわ。海域といってもここの呪いが及ぶ範囲からは出ないわ。

 異界人なら魔族とは言わないのかもしれないけれど」


 ピザを飲み込んだらしいブラドさんが口を挟んだ。

 チーズとケチャップが付いた顔は唯一と言って良い美形というステータスを完全に打ち砕いている。

 ハムスターのようにピザを齧っているクロノア君を見習って欲しい。


「ふむ、君は異界人なのかね?」


「まぁそうですな」


「珍しいな」


 珍しいのか。でも確かにマリーさんも偶にと言っていた。本当に珍しいのだろう。

 ここも情報収集しておくか。


「異界人ってどんな人がいるんです?」


「そうだな、異界から流れてくる者は見た目もさることながら能力でも常識外れだ。

 君は何か特殊な能力を持っているのか?」


 特殊な能力……能力か。この星の人達と異界人というのがどんな能力を持っているのか謎なので何が特殊かちょっとわからんが。

 私の能力としてこれと挙げるのならば本だろう。いや、私の力と見做すかは微妙だけど。

 まぁ言っておいても損は無い。


「これですかね」


 とん、と机の上に本を置いた。

 枝は……アスタレルが死ぬほど笑っていたので自慢するような代物ではないので言及しないでおく。別に何か特殊な効果とかはないしな。


「何だね、その本は。魔道書か?」


 魔道書ってなんだ。常識外れはそっちじゃないのか。

 それとも普通にあるようなもんなのだろうか。やはり飛んだりするのであろうか?


「いえ、本に見えるのは見た目だけ。本では無いわね。魔水晶といい、貴女、変わったものを沢山持っているのね」


 マリーさん、やはり鋭い。アスタレルが投げ寄越してきたブツだしな。実際どんな代物なのかは謎なのだ。

 シャーリーさんが興味津々な様子で覗き込んでくる。

 よしよし。ふははは、聞いて驚くがいい。


「この本はカタログです。魔力を消費して本に書かれた商品を出せるのです」


「…………………………」


 引き出せた反応は予想以上。

 各々すんごいビックリしてる。なんだ思ったよりも凄いのか。


「……何が出せるのかしら?」


 一番最初に復活したのはマリーさんだった。

 興味津々なお顔で覗き込むようにして聞いてくる。なんか猫っぽい。おっさんの臭い靴下を与えられた猫と言えよう。


「書いてあるのだったら何でも出せますが……実のところ内容の全ては私も把握してないので謎です。

 お金は出せました。あと地図」


 内容についてはとてもじゃないが見きれないのだ。

 というか最近読んでて思ったのだが多分これ内容は無限に増える。


「それであの金貨かね……。とんでもないな」


 ブラドさんが顎に手を当てて唸っている。

 ブラドさんとしてはこの本で出せるお金が魅力的なようだ。俗っぽいおっさんである。

 ここまで無言だったシャーリーさんが真顔で聞いてきた。


「ブラドの愛は買えるのかしら」


 愛を買うとは豪胆な人だな。ブラドさんは意外とモテるようである。こんなにおっさんだというのに。

 本に向かってブラドさんの愛、ブラドさんの愛と背筋が寒くなるような事を思いつつ開く。

 カテゴリは人への干渉と加護。



 商品名 ブラドの愛

 魔性の薬。飲ませる事で飲ませた人間に発情させる。

 愛を得られるかは本人のテクニック次第。



 なんと微妙な。しかも安い。

 ブラドさんの愛は微妙で安かった。


「ブラドさんの愛って安いし発情させるだけみたいです」


「あるのかね!? 頼むからルナドという情報屋には渡してくれるな!?」


 誰だろう。

 ブラドさんに腹が立った時にでも渡しとこう。


「発情かー……私にはあまり意味がないわね。ありがと」


 シャーリーさん的にも微妙だったようだ。

 しかしマリーさんには違ったようである。


「人の精神に作用する事も出来るの?」


「そうみたいです。多分魔力さえあれば何でも出来るのでは……自信はないですけども」


 どこまで干渉できるかは自分でもよく分からない。しかしこの感じだと結構幅広く何でも出来そうだ。

 私の魔力の鯖読みの為の魔水晶が保てばの話ではあるが。マリーさんが何事か考え込むようにして唇に指を当ててテーブルを見つめている。

 やがて決めたのだろう。私に向き直り、意を決したような表情で問いかけてきた。


「クーヤ、これは出来なくても構わない。別にそれで貴女を責めたりしないわ。だから正直に答えて欲しいの。

 聞きたいことは一つなのだけれど」


 私を真っ直ぐに見つめるその瞳。真剣な顔だ。

 思わず背筋が伸びた。

 多分、彼女にとってとても大事な事を願うのだろう。


「……わたくしはとある事情から力の殆どを封印されているの。……その封印、解けるかしら」


 ブラドさん達もマリーさんの言葉に真剣な顔で私を見てきた。


「……できるのかね?」


 シャーリーさんまですごい真剣な顔で見つめてくる。

 ぬぬ、これは責任重大っぽい。確かにマリーさんはなんか封印されてるっぽいしな。これをなんとかしたいのだろう。

 マリーさんの封印、マリーさんの封印、心の中で呟きながら本を開きなおした。

 同じく人への干渉と加護カテゴリのようだ。



 商品名 マリーの封印解除

 マリーに掛けられている封印を相殺し解除する。

 封印解除と共に、加護を与える事で全盛期まで能力を戻す事が可能。



 全盛期とかなんだかものすごそうな事が書いてある。

 マリーさん何者だ。なんか凄そうだぞ。……というか、これは。


「あります……けども……」


 私の言葉にクロノア君を除く全員が結構な音を立てて椅子をぶっ飛ばして立ち上がった。

 何事かと酒場の飲んだくれが注目してくる。

 封印解除、あるにはあるのだが。あるの、だが……。


「………高い………」


 信じがたいほどに、高い。何だこれ。

 マリーさんの封印、とんでもない代物のようだ。

 ブラドさんの愛の何百倍だコレ。


「……つまり、魔力が足りない、と言う事かしら」


 マリーさんの言葉に頷く。

 正直、今持ってる魔んじゅうと魔水晶全部消費して足りるかどうか。驚異的だ。

 どうにも人への干渉は何かしらの下取りもないようだ。

 これはきついぞ。


「逆を言えば……魔力さえあれば、マリーの封印の解除も可能、ということかね?」


 そういう事になるのだろう。

 それにも頷きで返した。


「クーヤ、それ……お願いできないかしら。必要な魔力は何としても調達してみせるわ。必ず。

 わたくしの封印を解いて欲しいの。それに見合うものを返せるかどうかは分からないけど……あれば言って頂戴。

 ……お願いよ」


 私の目を見つめるマリーさんのお願い。

 彼女にとってこの封印の解除というものは、恐らくは一生を懸けた願いなのだろう。

 私が対価に何かしら願えば彼女はきっと何が何でも叶えようとするだろう。

 その様子を見ていると、なんだかじわじわとするものがある。何であろうか、この心地は。

 真摯で一途、この願いの為に、彼女はどんな誠意でも見せる覚悟なのだろう。

 ああもう本当に。

 こんな覚悟で提示されたたった一つの願い、それをこの手に叶える方法があるのならば。

 これを叶えなければ神様じゃない、そうに違いない。神様というのならば叶えるべき。うむ。


「えへへ、いいですよ。魔力が足りれば直ぐにでも」


 私の言葉に。

 マリーさんは心底、ほっとしたような、なんとも言えない微笑を浮かべた。


「……ありがとう、クーヤ。感謝するわ。……本当に、感謝しているわ」


 その笑顔だけで対価は充分だ。これぞ正しく神様ムーブ。うむうむ。

 そうだ、聞いておこう。


「何やらセット購入でマリーさんの能力を全盛期まで戻せるって書いてあるのですが。

 マリーさん全盛期ってすごかったんですか?」


 言った瞬間、ブラドさんが口から霧状に吹き出した液体により酒場にはそれはもう見事な虹ができあがった。

 何やらものすごい剣幕で喚いているが何を言ってるのかさっぱりわからない。

 というか掴んでがっくんがっくん揺さぶるのはやめて欲しい。

 気分が悪くなってきた。


「うぐ、ぐえ、ぶに、やめ、やめ」


 暫く揺さぶられていたが、凍結から蘇ったマリーさんによって漸く手を離してもらえた。

 全く酷い目にあった。


「……全盛期、というものがどの時点の物なのかによるけれど。

 わたくしが、認識する、全盛期なら、貴女、その本、凄まじいわよ…!?」


 マリーさんの声もスタッカートを交えた力強いものだ。若干震えている。

 そんなにすごいのか。

 だからこんなに高いのだろうか。それならすごいのは本ではなくマリーさんのような。

 すとん、と力が抜けたように椅子に戻ったマリーさんは僅かに震える手で前髪を掻き上げ小さな声で呟いた。


「……会えるのなら、もう一度会いたいわね。……あの古き神に。

 あんな畏怖と尊敬と感動で背筋が震えるような思いは……きっともう二度と味わえないでしょうから……」


 その声はまるで地面に落ちるかのようにぽつんと響いて消えていった。




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[良い点] 読み始めだけれどフックが効いてていい感じ
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