不完全な橋
―不完全な橋―
「あ、虹だ!」
誰かの、無邪気な声がした。
駅前の歩道橋の真ん中。大人が下を向いて歩くという話は事実らしく、その女の子が指差す空をどこだどこだと競って見上げる頭は愉快だ。
けれども、日向は見上げない。
「いち、にぃ、さん、し……、ろっこもある!」
毒気のない心地よい声色に誘われ、側を通りかかった女の人がくすくす笑って彼女をたしなめた。
「色を数える時はね、六色って言うのよ」
「ろくしょく?」
「色えんぴつは12色っていわないかしら?」
知らない女性に話しかけられたことも意に介さず、女の子は答えを懸命に探している。
赤いランドセルにぶら下がるキャラクターのぬいぐるみがくるりと回った。
「ゆう!先生カナに、24色の色えんぴつもってるの、すごいわねってゆったよ」
「あら、そうなの。もう知ってるのねぇ。私は小さかったときこんなこと知らなかったわ」
「カナ、お絵かき大好きだもんっ」
キラキラ輝く彼女の笑顔は、頭上に広がりかけている青空にも負けはしない。
「へぇ、いつも何を書くの?」
なかなかお姉さんは子どもの相手が上手いようで、彼女達は身振り手振り体を使ってお喋りしている。
歩道橋も渡りきり最後に振り返れば、女性が女の子を撫でていた。そんな様子が微笑ましく、日向の口元が緩んだのは仕方がないことだ。
「七色の橋か」
ポソリと一人言を溢してみたが、それは意外と見ることの少ない光景。
果たして自分は完璧な虹を見たことがあっただろうか。
「覚えてないなぁ」
閉じられた傘を握り直し、日向は今日も道を行く。僅かな笑みを携えて。