賢者
我は賢者。
この国の魔法長官でもある。
国王陛下より、勇者に対しての魔法教育を一括して任されている。
そんな我ではあるが、今いるのは勇者宅だ。
勇者というのは、この国で最も強く、勇敢である者に与えられる称号で、決して魔王を退治する者に与えられるものではない。
それが証拠に、我の目の前には、魔界の王、第31代統一王である少女、イハルガ・ガバナンスが座っている。
「ふむ…」
なぜ我が勇者宅におるのかといえば、とある依頼を受けたからである。
それが勇者の友人である五月雨斎が召還した幼女についてだ。
生まれてから1歳経っていないであろうその見た目に反して、共通語という魔界独自の言語は話すことが出来るようだ。
ただ、魔王に言わせれば、まだ幼児語の域を脱していないレベルではあるらしい。
我に託された依頼とは、この者が何者かを明らかにせよということである。
「どうですか」
五月雨が我に聞いてくる。
「魔界に行けば、何がしか判るかも知れぬ」
「里帰り?」
魔王が、ソファに寝そべり、フランスパンを食べながら我に問う。
「そなたにとっては、里帰りではあろう。魔王よ」
「では、それ以外に方法はないのか…」
勇者が我に聞いてくる。
「その通りである。だが、魔界に入れば、何が起こるか分らぬ。道案内も必要であろう」
そこで、全員の目は、間違いなく魔王に注がれた。
パンをほおばりながら、魔王は言った。
「ひゃら、いひゃすくにいひゃなひゃ」
「なら、今すぐに行かなきゃ、かな」
勇者が通訳をしてくれると、魔王はうなづいた。
それから、パンを飲みこんでから、呪文を唱えた。
それから数秒のうちに、光の点滅が繰り返されて、我らは別の空間にいた。
明らかに、魔素の密度が濃くなっているのが分るほどだ。
「魔界か…」
「ええ。部屋丸ごとこっち側に移したわ。戻れるのは私が魔法を再び使えるようにある3日後ね」
「十分だ。感謝する」
我は魔王に言ってから、我の直感を頼りにしてこの者を調べることにしようとした。
「ああ、先に言っておくべきだったかもだけど、この子は、神と呼ばれる一族よ。初代統一王の直系の子孫ね」
「やはりか…」
「さすがね、もう気づいていたなんて」
我は感嘆の声を上げる魔王を見もせずに言った。
「当然だ。魔力の色は個人ごとによって変わる。だが、金色に輝く者は、特定の一族しか持たぬ。それも、一族の中で選ばれた者のみが」
「だったら、なんで魔界に?」
「確かめたかったのだよ、真に神かどうかを」
「じゃあ、彼らに会わせてあげるわ」
振り返ると、魔王はにっこりとほほ笑んでいた。
翌日、神と呼ばれる一族は、魔王に連れられて、部屋にやってきた。
「こちらが、初代統一王直系の子孫であられる、現当主スワード・ガマナンド氏です」
「どうぞよろしくお願いします。向こうの世界で、魔法長官をしております、賢者ライグン・ライドです」
我は当主と握手を交わし、それから詳しい説明を求めた。
「この子は、あなたの子ですか」
ジッと幼女を見つめ、それからうなづいた。
「ええ、我らの子に間違いありません。我らの子、ミドリです。彼女は、当主となる資格を有している者の一人です。そちらに召喚されて以来、こちらも捜索をしておりました」
「元気に育っております。ご安心を」
我は当主に話す。
「そのようで安心した。さて、また顔を見せに来てくれるかな、若者よ」
五月雨に当主が話しかける。
「ええ、ぜひとも」
「ふむ、それを聞いて、より安心した。では、我らは去ることしよう。陛下、ごきげんよう」
それから一瞬の風に乗り、当主はすぐに目の前から消え去った。
「こちらも帰りたいところではあるが…あと2日は無理なのであったな」
「ええ、それまでの間は、次期魔王候補でも考えておきますよ」
部屋ごと来ているから、魔王が座っているすファーの前には、先ほどから食べているフランスパンが置きっぱなしになっていた。
2日経ち、元の世界へと帰還をすると、我はすぐに勇者宅から出ようとする。
「では、邪魔した」
「そうそう、一つ聞きたかったことがあったのね」
魔王がそれを引きとめる。
「いかがした」
「あなたほどの魔法の使い手であるならば、召喚することもたやすいでしょう。でも、あなたはまだしてない。どうして」
「そなたたちの世界を壊しかねない力をもっているからですよ、魔王よ。だから、我は自身の力で召喚をしない。我と同じ力をもっている者は、そなたの世界でも、おそらくは力をもっているはず」
「なるほどね」
「では」
軽く会釈してから、我は勇者宅から出た。