マジかよおい(白目)
「おい小娘、言ってなかったがお前は儂の孫じゃ。そして儂は月城財閥の月城家当主、つまり財閥のトップじゃ」
「なにボケてんだよじーさん」
ここは喫茶店『ロリポップ』。特段広いわけではないが、高くない値段で美味しい料理を食べられると地元で評判な店だ。
私はそこのアルバイト店員。そして今ボケたのはウチの常連客であるじーさんだ。
カウンター席でコーヒーをやたら品良く一口飲んだじーさんは、日本では珍しい青色の瞳をキラリとさせる。
「事実じゃ。あと儂はボケるような脳はしとらん」
「どーだか。じーさんもう七十だろ。十分ボケる年齢だ」
「しとらんっちゅうに」
いやボケてるだろ。現在進行形で。
じーさんがボケることは割と多い。やれフランス旅行行ってきたとか、どこそこの有名企業と契約結んだぜヤッホイとか。
なので今回もまたその類いなのだろうと思った。
やたら厳かな雰囲気で指を組み合わせて某指示出しポーズになったじーさんは、いつもより少し低くて真剣な声色になる。
「実はな、お前の母親が若い頃に駆け落ちしてな、その相手というのが――」
「はいはいロミジュリね」
「ロミジュリではない。もっとこう、国際問題一歩手前の―――」
「はいはいスパイ映画」
「違うと言っとるじゃろうが!」
じーさんがカウンターを軽く叩く。カップの中のコーヒーがわずかに揺れた。おい、壊したら弁償させっからなじーさん。
「とにかくじゃ、その結果としてお前が生まれた。で、紆余曲折あって今に至る」
「雑すぎるだろ説明。Yaa!Tubeの倍速でももうちょい丁寧だわ」
「細かいところは追々話す。重要なのは“お前が月城の血を引いている”という事実じゃ」
「はい出ました設定盛り盛りおじいちゃん」
「現実じゃ」
「はいはい現実現実」
全然現実味がない。というかこのじーさん、いつもより演技にキレがある気がする。新ネタか?
「……信じておらんな」
「そりゃあね。急に“実は財閥の孫でした”とか言われて信じるやつ、ドラマの中にしかいないって」
「ドラマより現実のほうが奇なり、という言葉を知らんのか」
「知らんし今作っただろそれ」
「あるわい」
あるのかよ。
私はため息をついて、グラスと布巾を手に取る。
そもそも私の母親だが、私はそいつに捨てられたんだ。
なんでも、孤児院の院長と知り合いだった母親が、事情があって育てられないと言ってまだ赤子だった私を手渡したそうだ。
ついでに父親の顔も知らないし、興味もない。
どうでもいい。私を捨てた人間たちの人生なんて、欠片も興味ない。
「で? 今日はその設定の続きやるの? それともいつもの昔話コース?」
「設定ではないと言っとるだろうが……」
じーさんは額を押さえたあと、やれやれと首を振った。
頭が痛いのはこっちだよ。いい病院紹介してやろうか?
「……仕方あるまい。では証拠を見せるとするか」
「はいはい証拠ね。どうせどっかの通販で買った――」
パサリと目の前に投げ出された写真に目を奪われる。
そこに写っていたのは、繊細そうな黒髪の長髪に優しげな光を湛えた青い瞳の美しい女性。
その腕の中には、女性と同じ色彩をした赤子……おそらく女児が抱き抱えられている。
女性は幸せそうな表情で赤子に頬を寄せ、赤子も嬉しそうに女性に手を伸ばしている。
……驚いたのは、女性の容貌だ。
顔立ちが驚くほど私に似ている。まるで、私をそのまま大人にしたような……。
私はゆっくりと、目の前のじーさんに視線を戻す。
じーさんは、さっきまでと同じ顔でコーヒーを一口飲んだ。
相変わらず、やたら品良く。それから女性と同じ青い瞳が、私をチラリと見る。
「……で、どうじゃ。少しは信じる気になったか?」
「……いや」
確かに驚いたが、と前置きしつつ私は即答した。
「仕込みにしては気合い入ってんな」
「仕込みではない!!」
ダンッッ! とさっきより強くカウンターが叩かれる。おいおい、落ち着けよじーさん。カウンター叩くんじゃねぇ。
でも今の時代、スマホ一つで加工写真なんざ簡単に作れるからね。
確かに結構よく出来てたし、一瞬心臓が跳ねたけど! でも本当に一瞬だ。私は騙されないぞ。
断固の構えになる私に、じーさんは呆れたような溜息を吐いた。失礼だなぁオイ。
「……お前の母親の名前、言ってみい」
「は?」
「フルネームじゃ」
「なんでそんなこと……」
一体何がしたいんだ?
訝しみながらも、私は口を開く。
「……月城、じゃないからな。“佐伯茉莉”。それが母親の名前だよ」
まだ幼い頃、孤児院の院長がその名を教えてくれたことがある。別に平々凡々な名前だと思うが。
じーさんは、ため息まじりに頷いた。
「現性ってやつじゃな」
「は?」
「結婚前は“月城茉莉”じゃ。お前、戸籍は見たことあるか?」
「……あるわけないだろ」
「なら知らんでも無理はない」
淡々とした口調だった。いつもの騒がしい姿を知っている私からすれば、少し驚くほどに。
「聞いたことないか? 月城家の長女が失踪した、と」
「……いや、それいつの話だよ」
「二十年前じゃ」
「ソースは?」
「新聞」
「どこの」
「地方紙じゃ。大きくは扱われとらん」
「……記事タイトル」
「“資産家令嬢、失踪”」
……は、あ?
一問問うごとに即答で返される返答に、タラリと額に冷や汗が伝う。
作り込まれすぎ……てる、でしょ。ちょっと、冗談じゃ済まないくらいのスケールになってきてるんですけど。
おいじーさん、ここまで来ると流石の私も戸惑うぞ?
「……いやいやいや。でもっ、ありえなくない?」
「その相手が佐伯姓の男。職業は整備士。当時二十四歳」
「なんでそんな細かいとこまで……」
「調べれば出る程度の話じゃ」
調べれば? ……待ってくれ、だんだん現実味を帯びてきた話に背筋がゾワリとする。
これ、いくらなんでも話が作り込まれすぎじゃないか……っ?
「……仮にそれが本当だとしても、それが私とどう繋がるわけ?」
「血液型は?」
「……は?」
「お前の血液型じゃ」
「A型だけど」
「母親はAB、父親はOじゃ」
「……」
一瞬だけ、言葉に詰まってしまった。
母親がAB型で、父親はO型……それは本当なのか?
「……いや、だからって」
「組み合わせ的に不自然ではない。むしろ一致しとる」
「いやそれくらい当てずっぽうでも―――」
「お前、左の鎖骨の下に小さなほくろがあるじゃろ」
「―――は?」
いきなり飛び出たプライベート情報に、思わずグラスを磨く手が止まる。
……このじーさんの言う通り、私の左の鎖骨の下には小さなほくろがある。
だが、なんでこのじーさんがそんなことを知っている?
「それも母親と同じ位置じゃ」
「……」
数秒沈黙した後、私はゆっくりと口を開いた。
「……ストーカーだったのかじーさん。常連客がいなくなるのはちっと悲しいが、ちゃんと罪は償えよ」
「違うわ!!」
力強い否定ウケる。
ケラケラ笑うと、どうにも怒らせたらしい。ご立腹なご様子でお札をカウンターに叩きつけて「また来る」と店を出て行った。
いやあ、今回の話はなかなか本格的だった。結構楽しかったぞぉ。
「……ま、あの話がマジなわけないけどねぇ」
流石にありえんでしょ。そんな嘘を簡単に信じるほど、私は馬鹿じゃないんだ。
きっと次来た時には、あのじーさんもあの話を忘れてまたボケをかますんだろう。
まあ、こういうのはご老人あるあるなんだ。生暖かい目で見てやろうじゃないの。
それはそうとじーさん、カウンター何度も強打したせいでちょびっと傷がついてるんだけど。
だからやめろ言うたのに。今度来たら弁償させたろ。
―――と、少なくともその時はまだそう思っていた。
翌日、いつも通り店に向かおうとうちのボロアパートを出て、アパートの前に高級感溢れる黒塗りのリムジンが停まっているのを見るまでは。
「佐伯八重様ですね。月城淳人様の命により、お迎えにあがりました」
「………………………」
黒服の男に丁寧にそう告げられた私は首を右にやり、左にやり、上にやり。
そしてかくんと首を下にして、はーー……と魂も抜け出すような長い息を吐く。
「……おいおい、じーさん」
あの話、マジだったのかよ。




