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未送信

作者: Kanon
掲載日:2026/04/01

夜になると、どうしても開いてしまうフォルダがある。


名前は、ただの「音源」。

無機質なその言葉とは裏腹に、そこには、もう戻らない時間が詰まっている。


再生ボタンに指をかけて、やめる。

それを、何度も繰り返している。


――聞いてしまえば、終わる気がするから。


出会いは、音声投稿サイトだった。


声だけで人とつながる場所。

顔も知らない、名前すら本当か分からない。

でも、だからこそ、心の奥まで触れられる場所だった。


そこで出会ったのが、あいつだった。


女の名前で、女の声で、でも心は男だと言っていた。

不思議なやつだったけど、話してみれば妙に気が合った。


ゲームをして、雑談して、

気がつけば、当たり前みたいに一緒にいる存在になっていた。


ある日、あいつが言った。


「姉貴、いるんだよね」


軽い調子だった。

その時は、特に何も思わなかった。


でも、その姉と話すようになって、世界が少しだけ変わった。


声は、やわらかかった。


少し笑うだけで、空気が軽くなるような。

そんな人だった。


気づけば、好きになっていた。


でも、それを言葉にすることはなかった。

ネットの向こう側なんて、そんなもんだと思っていたから。


ある日、突然、連絡が途絶えた。


最初は、ただの寝落ちか、忙しいだけだと思っていた。


でも、違った。


「姉貴、死んだ」


それだけだった。


理由も、状況も、何も分からない。

ただ、その事実だけが、画面の向こうから突きつけられた。


何もできなかった。


葬式にも行けない。

花も送れない。

最後に、何か一言すら、残せなかった。


「ありがとう」も、「好きだった」も、全部。


未送信のまま、残った。


それから、俺は一人になった。


コラボも減って、

いつの間にか、ソロが当たり前になっていた。


ちょうどその頃、流行っていたんだ。


サブ垢。


なんとなく、軽い気持ちで作った。

名前を、あの人にした。


理由なんて、うまく説明できない。

ただ、消したくなかったんだと思う。


しばらくして、あいつとまたつながった。


久しぶりだった。


少しだけ、安心した。


でも。


俺は、名前を変えるのを忘れていた。


気まずい沈黙。


何も言われなかった。

でも、それが逆に、刺さった。


結局、そのあと、また連絡は途絶えた。


今度は、完全に。


何が正解だったんだろう。


名前を変えるべきだったのか。

そもそも、使うべきじゃなかったのか。


それとも、何もしないのが正しかったのか。


分からない。


誰も、答えてくれない。


今、手元に残っているのは、一つの音源だけ。


三人でやろうって言って、収録したやつ。


あいつと、あの人と、俺。


笑ってる声が、そこにある。


まだ、MIXしていない。


いや、できない。


完成させたら、本当に終わってしまう気がして。


再生ボタンに、指を置く。


押せない。


今日も、押せない。


「クズだな」


小さく呟く。


返事は、ない。


ただ、夜だけが、静かに続いていく。

実話です。

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