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気づけば簡単な話だった

作者: P4rn0s
掲載日:2026/03/14

雨が降っていた。


強くはないが、止む気配もない雨だった。

窓ガラスをつたう水滴が、ゆっくりと下に落ちていく。


机の上には、ノートとペン。

それから、英語の参考書。


ページはきれいだった。

ほとんど書き込みがない。


つまり、ほとんど理解できていないということだった。


英語が苦手だった。


見ても分からない。

聞いても分からない。


なにを言っているのか、

どこからどこまでが単語なのかも分からない。


アルファベットは知っている。

単語も、いくつかは知っている。


けれど、文章になると途端に意味が消える。


それはまるで、暗号だった。


記号の並び。

謎の音の連続。


英語は「言葉」ではなく、

どこか遠くの世界の信号のように感じていた。


だから私は、洋画を見る時も字幕を見ていた。


吹き替えは好きじゃない。

俳優の声が変わってしまうから。


それでも、英語は聞いていなかった。


耳には入っているはずなのに、脳には届いていなかった。

スクリーンの下にある日本語だけを読んでいた。


俳優が言葉を発する。

少し遅れて字幕が出る。

その字幕を読む。


ただ、それだけだった。


何十本も洋画を見た。

それでも英語は、分からないままだった。


ある日、ふと思った。


どうしてだろう。


こんなに英語を聞いているのに、

どうして一つも分かるようにならないのだろう。


少し考え、気づいた。


私は英語を、「言葉」として聞いていなかった。


ただの音だった。


意味のない音。

規則の分からない記号。


日本語のように、

一つ一つの言葉に意味があるものとして聞いていなかった。


例えば。


「ありがとう」


と言われれば、すぐ意味が分かる。


「おはよう」


と言われれば、何を言っているのか理解できる。


それは当然だ。


言葉だから。


でも、英語は違った。


「言葉」だと思っていなかった。


ただの音だった。

ただの記号だった。


だから、意味が入ってこなかった。


そのことに気づいた時、少しだけ見方を変えてみた。


映画を見る時。


俳優が言葉を話す。

字幕が出る。


その二つを、意識して結びつけてみた。


今、こう言った。

だから、この字幕なんだ。


そう思いながら見る。


すると、不思議なことが起きた。


何本か映画を見るうちに、

同じ音が何度も出てくることに気づいた。


「オーケー」

「ソーリー」

「ウェイト」


それまで、ただ流れていた音が、少しずつ形を持ち始めた。


ああ、これはこの意味なんだ。

音と意味が、ゆっくり結びついていく。


最初は、ほんの少しだった。

でも、確実に増えていった。


ある日、字幕を見るより少し早く、

意味が分かる瞬間があった。


ほんの短い言葉。


それでも、確かに理解できた。


その時、少しだけ笑みがこぼれた。


なんだ。

英語も、言葉だったのか。


当たり前のことだった。


世界中で、何億人も使っている。

誰かが話し、誰かが聞いている。

ただの言葉だった。


難しい暗号でも、特別な記号でもなかった。


それなのに私は、

ずっと英語を言葉として扱っていなかった。


言葉とは、受け取る側の姿勢も大切だ。


そんなことは、日本語を使う中で誰でも知っている。


相手の言葉を聞こうとする。

意味を理解しようとする。


そうして初めて、言葉になる。


英語だけ、それをしていなかった。

ただ、それだけだった。


窓の外では、まだ雨が降っていた。


机の上のノートを開く。

アルファベットが並んでいる。

前よりも少しだけ、それが記号ではなく言葉に見えた。


ほんの少しだけ。


世界が、広がった気がした。

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