第八話:襲撃
1. 森を抜けて
翌朝、俺たちは早くに出発した。
マジックバッグには必要な荷物がすべて詰め込まれている。食料、水、着替え、そして様々な研究道具。
「では、行きましょう」
ルーシェンは杖を手に、森の中へと歩き出した。俺もその後に続く。
森の中は相変わらず薄暗く、木々が生い茂っている。だが、二ヶ月前とは違い、俺は恐怖を感じなかった。今の俺なら、この森の魔物など恐れるに足りない。
「ケケケケッ!」
予想通り、すぐにゴブリンが襲ってきた。だが、俺は落ち着いて銅の剣を振るった。
一瞬で、三体のゴブリンが土塊になる。
「相変わらず、速いですね」
ルーシェンが感心したように言った。
「もう、あなたは剣士としても上澄みのレベルですよ」
「ありがとうございます」
俺は短く答えて、前進を続けた。それから一時間ほど歩いた頃、今度は違う魔物が現れた。
「グルルルルッ!」
低い唸り声とともに、茂みから飛び出してきたのは、狼のような生物だった。いや、普通の狼というより、ホラー映画に出てくる狼男のようだ。
二本足で立ち、鋭い爪と牙を持っている。人間よりも大きく、明らかにゴブリンとは格が違う。
「コボルトですね」
ルーシェンが説明した。
「ゴブリンよりも遥かに強力な魔物です。素早く、狡猾で、ハウリングという音波攻撃も使います」
コボルトは俺を睨みつけ、ゆっくりと近づいてきた。俺が剣を構えた瞬間、コボルトが飛びかかってきた。
速い!
ゴブリンとは比べ物にならない速度だ。俺は咄嗟に剣で防いだ。剣と爪が激しくぶつかり、甲高い金属音が響いた。
連続して攻撃してくるコボルトの爪が、俺の剣と激しくぶつかり合う。コボルトをはじき返すと、奴は口の中に何か溜めるような動きをする。
「ガアアッ!!」
突然、こちらに向かって吠える。
衝撃を受け一瞬、俺の体が硬直する。ハウリングか!
次の瞬間、距離を詰め、コボルトは両爪を振り下ろす。しかし、すぐ回復した俺は爪をはじき返す。今のは少し危なかった。
攻防が続き攻めきれないと思ったか、コボルトは一度後退し、再び飛びかかってきた。
今度はフェイントだ。右から来ると見せかけて、左から爪を振るってくる。
だが、俺はそれを読んでいた。闇の力を足に集中させ、横に飛ぶ。
そして、コボルトの側面に回り込み、剣を振るった。コボルトの体が真っ二つになり、土塊になって崩れた。
「……土のゴーレム?」
先ほどのゴブリンもそうだが、この森の魔物は倒すと土塊になる。訓練でも見た、土人形を倒した後の姿と同じなのを見て、息を吐いた。
「ええ。本物のコボルトではありません」
「このエルドウィンの深森には、本物の魔物はほとんどいません。古の魔法使いであるエルドウィンが作った、と言われるゴーレムが徘徊しているのです」
ルーシェンは、それが当たり前であるかのように言う。
「じゃあ、もし最初に襲われたのがあのコボルトだったら……」
「あなたは死んでいたでしょうね」
ルーシェンにあっさりと言われ、俺は背筋が寒くなった。
確かにもし以前の俺だったら、剣を構えた瞬間に足が竦んでいただろうし、ハウリングから回復できず、このコボルトに殺されていただろう。
それから、さらに二時間ほど森を進んだ。
何度かゴブリンやコボルトに襲われたが、どれも俺にとっては敵ではなかった。やがて、森が開けた。
「ああ、やっと森を抜けました。やっぱり歩くと面倒ですね」
ルーシェンは安堵したような息を吐いた。
「あそこに、サクレイアの街が見えますよ」
ルーシェンが指差す方向を見ると、確かに遠くに街が見えた。壁に囲まれた、中世ヨーロッパ風の街だ。
「あの街には、時々買い出しに行っていました。まあ1人でしたから風の魔法で空を飛んで行き来していましたが」
「そうなんですか」
「ええ。では、行きましょう」
俺たちは街に向かって歩き出した。
2. サクレイアの街
街までは特にトラブルもなく、三十分ほどで到着した。街の入口には門があり、軽鎧と槍で武装した衛兵が立っている。
「止まれ。身分証を見せろ」
「あなたの顔は初めてですね。私はルーシェン、魔法使いです」
ルーシェンはそう言って、何かの札を見せた。衛兵はそれを確認すると、表情を変えた。
「これは失礼しました、ルーシェン様。どうぞお通りください」
「ありがとうございます。彼は私の同行者です」
「承知しました」
衛兵は俺にも会釈をして、門を開けた。
「有名なんですね」
俺が言うと、ルーシェンは少し照れくさそうに笑った。
「この辺りでは、それなりに知られていますからね」
街の中に入ると、活気に満ちた光景が広がっていた。
石畳の道を人々が行き交い、両脇には様々な店が並んでいる。
武器屋、防具屋、雑貨屋、食料品店。まるで、RPGの街そのものだ。俺は興味津々で周りを見回した。
リアル中世の街!これは、じっくり見て回りたい!
「榊さん、こちらですよ」
ルーシェンが先を急ぐ。
「え、ちょっと待ってください。せっかくだから、ちょっとだけでも街を見てみたいんですけど」
「いえ、ここはあくまで通過点です。時間がもったいないので、さっさと抜けましょう」
「そんな……」
俺は名残惜しそうに街を振り返りながら、ルーシェンに引っ張られるように街を抜けた。
3. 襲撃
サクレイアの街を抜け、俺たちは次の街に向かう街道を歩いていた。
街道の両脇には森が広がっており、木々の間から時折、野生動物の姿が見える。
「この先、しばらく森の中の街道が続きます」
ルーシェンが説明した。
「魔物は少ないはずですが、盗賊がいる事もありますし油断は禁物ですよ」
「分かりました」
俺は周囲を警戒しながら歩いた。それから一時間ほど歩いた頃。
「……待ってください」
俺は足を止めた。
「どうしましたか?」
「何か、聞こえます」
俺は耳を澄ました。確かに、前方から声が聞こえる。
……もう諦め……。黄金の剣も……た。後は……だけだ
男の声だ。そして、その声には、何か冷たいものが含まれていた。
「まずい!」
俺は直感した。
「ルーシェンさん、急ぎましょう!」
「ええ……」
俺は全速力で走り出した。闇の力を足に集中させ、一気に加速する。木々の間を縫うように駆け抜け、声のする方へと向かった。
そして、開けた場所に出た瞬間、俺は目の前の光景に息を呑んだ。三人の男が、一人の少年を取り囲んでいた。
いや、少年は既に地面に倒れており、血を流している。そして、一人の剣士が、剣を振り上げて、少年にトドメを刺そうとしていた。
「悪いな。これも命令なんでな」
剣士がそう言いながら、剣を振り下ろそうとした。
「させるか!」
俺は反射的に動いていた。
銅の剣を振るい、剣士の剣を弾いた。激しい金属音が響き、剣士の剣が弾かれた。
「なっ!?」
剣士は驚いて後ろに飛び退いた。俺は少年の前に立ち、三人の男を睨みつけた。
「何をしている!子供を殺そうとしていたのか!」
俺は怒りを込めて叫んだ。剣士は驚いた表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「邪魔するなら、容赦しないぜ」
剣士は剣を構えた。
その背後には、弓を持った弓使いと、ローブを着た魔法使いらしき男が控えている。
「ルーシェンさん!」
俺は後ろを振り返らず呼びかける。ルーシェンは少し遅れて到着し、一目見るだけで状況を把握していた。
「……面倒なことになりましたね」
ルーシェンは溜息をついた。
「榊さん、戦うのですか?」
「やるしかないでしょう」
俺は銅の剣を構えた。
「後悔するなよ?」
剣士が踏み込んだ。
速い。ゴブリンやコボルトとは次元が違う。
視界が閃く。反射的に剣を立てた。
金属が噛み合う甲高い音が響く。
重い。
腕が軋み、体勢が崩れる。
次の瞬間、脇腹を衝撃がかすめた。
防いだはずの剣が、いつの間にか外されている。
「遅い」
背後から風を裂く音。
俺は地面を蹴り、転がるように間合いを外した。
強い。このままでは押し切られる。
踏み込む。
剣を振るが、空を斬った。
手首に衝撃。
剣が弾かれ、視界が反転する。
足を払われ、背中から地面に叩きつけられた。
息が詰まる。
喉元に刃が迫る。
皮膚が冷える。
——間に合え。
体を捻り、刃を紙一重で躱した。
「今のを避けるか。やるな」
剣士が笑う。
「だが、まだまだだな。お前は殺すには惜しい。降参しろ。これ以上やっても無駄だ」
剣士の技量は、明らかに俺を上回っていた。
ルーシェンから「剣士としても上澄み」と言われた俺だが、この剣士はさらにその上を行く。
俺は素早く起き上がるが、剣士は追撃するでもなくそれを見ている。
くそ、このままじゃ……。しかしここで諦めるのはこの子を見捨てることだ。それだけはできない。俺は構え直し、斬りかかる。
「諦めの悪い奴だ。早死にするぜ」
火花が散った。二本の剣が、真正面から噛み合う。
闇の力を腕に限界まで込め、俺は押し返した。初めて、剣士の足が半歩下がる。
「……ほう」
その声は、わずかに楽しげだった。剣士はその力ずくの動きに逆らわず、後ろに跳びニヤリと笑う。
「へえ、やるじゃないか」
そうは言うが、さっきは俺の動きに合わせてカウンター取れたはずだ。ここまで技量に差があるとは……。
「お、おい、そこの魔法使い!」
突然、様子を見ていた相手方の魔法使いが声をかけてくる。
そちらに油断なく視線を向けると、ルーシェンを信じられないものを見た顔で指さす。
「お、お前、ルーシェンって言ったな!?」
「ええ、そうですが」
ルーシェンは平然と答えた。
「て、撤退しよう!い、今すぐだ!」
魔法使いが、半ば悲鳴のような声を上げた。
「は?何言ってんだよ」
剣士が眉をひそめる。
「い、いいから聞いて!あ、あいつ……本物のルーシェンだ!」
「本物?」
「お、王都の一角を“実験だ”って言って吹き飛ばした張本人だぞ!?
し、しかも先代の王国騎士団長を決闘で半殺しにして引退させた……!」
魔法使いは早口になり、指先が震えている。
「じょ、冗談じゃない!あんなのに喧嘩売ったら、
俺たちが“実験結果”にされるだけだって!」
俺は思わずルーシェンを見た。当人は「そんなこともありましたね」と言いたげな顔で頷いている。いや実験ってレベルじゃないだろ……思わず心の中で突っ込んだ。
「マジかよ……」
魔法使いの言葉に、剣士の顔色が変わった。剣士は俺から跳んで離れ、仲間のもとへと後退した。
「3人では分が悪いな。今日のところは引かせてもらう。そこの兄さん、次に会った時は、もっと強くなっていることを期待してるぜ?」
剣士はそう言って、他の2人と共に森の中へと消えていった。俺は呆然と立ち尽くした。何が起こったんだ?え?ルーシェンってそんなやばいことしていたの?
「榊さん、大丈夫ですか?」
ルーシェンが近づいてきた。
「ええ、何とか……」
俺は息を整えた。そして、地面に倒れている少年のもとへと駆け寄った。
「大丈夫か!」
少年は意識があり、俺を見上げた。その瞬間、俺は気づいた。
「あれ、女の子?」
少年だと思っていたが、よく見るとショートカットの女の子だった。
体の凹凸もほとんどなく、遠目からは分からなかったが、確かに女の子だ。少年だと思っていた存在が、血にまみれた少女だと分かった瞬間、胸の奥がひどく冷えた。
「この子は……」
ルーシェンが少し驚いた声を上げた。
「まさか、ファルマ?ファルマ・アストンですか?」
「ルー……シェンさん……?」
女の子は弱々しく答えた。
「なぜ、こんなところに?君は確か、兄とデンヴァールに住んでいたはずでは?」
ルーシェンは困惑した表情をしていた。俺も困惑していた。知り合いなのか?
そして、この女の子は、なぜ襲われていたんだ?
俺は、自分のせいでもあるが、厄介事に巻き込まれたことを実感した。だが、後悔はしていなかった。女子供を見殺しにすることなど、できるはずがない。
「まあとにかく、治療しましょう」
ルーシェンがマジックバッグを漁りながら治療の準備を始めた。俺は女の子の手を握り、声をかけた。
「大丈夫だ。もう安全だ」
女の子は小さく頷いた。こうして、俺たちの旅は、予想外の展開を迎えたのだった。
付与魔法
物体や生き物に対して、さまざまな効果を付与することができる魔法。剣に切れ味を増す効果を与えたり、物を壊れにくくしたりすることができるほか、身体強化などもこの魔法の範囲に含まれる。
効果の持続時間、強さは術者の魔力に依存する。基本的に直接触れなければ付与することはできず、自然魔法の炎を剣に付与して炎の剣にするなど、ほかの魔法との組み合わせによってこの魔法は真価を発揮する。
身体強化は比較的習得難易度が低く、多くの戦士が使用できるが、付与魔法を極めることで、効果を永遠に近い時間維持する魔道具を作り出すことも可能とされている。
しかし、現在それを実現できる術者は、知られている限り一名のみである。




