第五十六話:復讐と絶望の研究
1. 成長したルーシェン
風景が変わる。
いつの間にか、ルーシェンは10代にまで成長していた。
「師匠」
ルーシェンが、無表情で男を呼ぶ。
男は、ルーシェンに自分を師匠と呼ぶように命令していた。
その身体には――
無事なところがないほど、傷だらけだった。
(こんな……)
俺は、胸が痛む。
そして――
男は、ルーシェンの自然魔法の才能に目をつけた。
「お前には、才能がある」
男が、ルーシェンに自然魔法を教え、身につけさせていく。
男の自然魔法の腕前は、並程度だった。
だが――
それを軽く超える実力をつける、ルーシェン。
「素晴らしい……! 素晴らしいぞ!」
男は歓喜し――
自然魔法を交えて、実験を繰り返していく。
ルーシェンの体の傷は、また増えていった。
(やめろ……! もうやめてやれ……!)
俺は、拳を握りしめる。
2. 反撃の時
そんなある日、――
男は、人間の身体の中をこれから調べていくことを、ルーシェンに言う。
「だが、お前を解剖すれば死んでしまう」
男が、酒を飲みながら言う。
「ここで殺すのは、まだ惜しい。近々、山賊でも捕まえて解剖するか」
ルーシェンに酒をつがせながら、機嫌よく喋る男。
そんなルーシェンの目が――
光ったことに、男は気づかない。
「後片付けをしておけ」
男は、そのまま寝てしまう。
そして、次の日――
男は、気がつけば洞窟の岩の上に拘束されていた。
「何……!? これは……!?」
両手両足を、岩で拘束されている。
男の魔力では、抜け出すこともできない
「何をしている! 外せ!」
怒る男に――
無表情のルーシェンが、近づく。
「外せと言っている! 聞こえないのか!」
あらん限りの罵声を浴びせ、拘束を外すよう怒鳴る男。
だが――
ルーシェンが手に持つ器具を見て――
顔が青ざめる。
それは――
自分が人間を解剖するために用意していた、器具だった。
「な、何をするつもりだ……?」
男の声は、震えていた。
「人間を解剖しての研究をします」
ルーシェンが、淡々と答える。
「や、やめろ! やめろ! 私は師匠だぞ!」
「はい。師匠の研究を、引き継ぎます」
ルーシェンが――
まるで魚を捌くように、器具を男に突き立てる。
「ぎゃああああああああっ!!」
男の絶叫が、響き渡る。
(……!)
俺は――
目を背けたくなる。
だが――
これは、ルーシェンの記憶。
見届けなければ。
淡々と、端から解剖していき――
それを、ノートに書いていく、ルーシェン。
最初は怒鳴っていた男も――
命乞いをするようになる。
「やめてくれ……! 頼む……! 許してくれ……!」
だが――
それでも止まらない、ルーシェン。
男がルーシェンに使っていた傷薬も使い――
死なないよう気をつけながら、凄惨な解剖は続けられた。
男の悲鳴は、次第に掠れ――
やがて、音として成立しなくなった。
男の声がしなくなったのは――
3日後だった。
(これは……復讐か……)
(それとも……ただの研究か)
俺は、思う。
(だが……ルーシェンの心は……)
血まみれになったルーシェンは、身体を洗い流すと――
先程まで書いていたノートを含む資料や研究器具を、男が持っていたマジックバッグに入れる。
「師匠。あなたの名前を、もらいます」
そう言い――
洞窟を出る。
外は、新緑が眩しい夏前の気候だった。
「最後に、後片付けをしないと」
呟いて――
洞窟に、巨大な炎を投げ入れる。
崩れる洞窟を振り返りもせず――
ルーシェンは、歩き去った。
ーーーー
光が消え、闇に戻ってきた。
(……言葉も、出ない)
あまりの展開に、俺は呆然とする。
(ルーシェンという名前は……本当の名前じゃなく、あの男の名前だったのか……)
驚きが大きい。自分を虐待した男の名前を名乗る彼は、何を思っていたのか。
だが――
(おそらく、もう本当の名前は……名乗るつもりがないんだろうな)
そう感じる。
そして――
まだ残る、いくつかの光。
(これから……どうなるんだ……?)
不安に思いながらも――
触れる。
3. 山賊という実験材料
新しい光で見た光景は――
旅をする、ルーシェンだった。
カルガリー神聖国を出て、ムステル王国に入る。
一般の人には、手を出さない。
だが――
山賊などを見つけると――
全員を動けなくして、実験を容赦なく行う。
「どうせ死罪ですから。研究の糧になってください」
無表情に――
解剖などの凄惨な実験と研究を、山賊のアジトなどで行う、ルーシェン。
山賊たちの悲鳴と怨嗟の声が――
ルーシェンの研究では、必ず付きまとっていた。
(ルーシェン……)
俺は、心が痛む。
(確かに、山賊は悪人だ)
(だが……これは……)
4. 蘇生の研究
そして――
解剖で人体のあらかたを調べたルーシェンが、次に調べたのは――
蘇生についてだった。
蘇生魔法を始め、人の蘇生について調べる、ルーシェン。
その研究の最中――
ルーシェンが、ボソッと呟いた。
「母さん……お姉ちゃん……」
(……!)
俺は、気づく。
(ルーシェンは……家族を蘇生できないかを、調べていたのか……)
死体も何ももう残っていない、家族の蘇生は絶望的だった。
だが――
ルーシェンは、諦めず研究を続ける。
そして――
蘇生魔法の真実を知って、諦める。
あっさり諦めたように見える。
だが――
(ルーシェンの心は……家族との再会に、一縷の望みをかけていたんだな……)
俺には、わかった。
5. 魔道人形
そして次に、ルーシェンが研究したのは――
魔道人形についてだった。
高名な付与魔術師の元を訪れ、話を聞きまわる、ルーシェン。
この頃、アルセイン塔も訪れ――
追い返されている。
そして、何年か経ち――
家族そっくりの魔道人形を、作り上げる、ルーシェン。
だが――
ルーシェンが、様々な人に協力を求めてまで作った人形は――
簡単な受け答えと動作ができるだけの、ものだった。
「母さん……」
「はい、ルーシェン」
「お姉ちゃん……」
「はい、ルーシェン」
しばらく、その人形と暮らす、ルーシェン。
だが――
ある日、その魔道人形を置いて――
また旅に出てしまう。
人形は、引き留めることも、見送ることもできなかった。
その顔は――
無表情ながらも、研究に取り憑かれた男の顔をしていた。
光が消え、闇に戻る。
(ルーシェンの……エリシアに対するアルセイン塔での態度は……こういうことだったのか……)
自分が求めた魔道人形の完成系が目の前にある。その絶望は如何程のものか……。
(心を壊しながらも……そこまで失った家族を思う、ルーシェン……)
心が、痛みで軋みをあげる。
そして――
残った最後の光に、向かう。
(この光の記憶が……心を壊したルーシェンが、今のルーシェンになる何かがあるんだろうな……)
そう感じながら。
ルーシェンが作り上げた魔道人形
父と母を模した壮年の夫婦、そして八歳の頃の姉を模して造られた三体の魔道人形。簡単な受け答えや料理、掃除など、ある程度の人間らしい生活を営める能力を持つ。
ルーシェンは家族の特徴を、思い出せる限り忠実に再現しようとしたが、その結果生まれたのは棒読みか、機械的な反応しか返さない存在だった。
ルーシェンが家を出ていった時、人形たちは引き留めるようなそぶりを見せていたが、彼はそれに気づかなかった。
今も忘れられた家で、決められた家族生活を繰り返しながら、息子と弟の帰りを待ち続けている。




