第六話:闇の力
1. 闇の力の制御
生活が改善されていく一方で、闇の力の研究も進んでいた。
ルーシェンの様々な実験を通じて、俺は徐々に闇の力を制御できるようになっていった。
「闇の力は、魔力と同じようにあなたの体内に常に存在しています」
「それは、まるで血液のように体中を巡っているはずです。そして、あなたの意志によって、その流れをコントロールできる」
俺は目を閉じ、体内の感覚に集中した。
確かに、何かが流れている感覚がある。
温かくも冷たくもない。ただ、そこに確かに存在している。
「まずは、その流れを感じてください。そして、ゆっくりと体の一部に集中させてみてください」
右手に意識を集中させる。
すると、何かが集まってくる感覚があった。
「右手になにかが来る感じがします」
「いいですね。では、それを少しだけ外に出すようイメージしてください」
慎重に闇の力を放出する。
右手から、黒い靄が立ち上った。
「成功です!」
ルーシェンは興奮した様子で言った。
「これが、闇の力の基本的な放出です!思った通り魔力と感覚は同じですね!さあどんどん次に行きましょう!」
それから数週間、俺はひたすら闇の力の制御を練習した。
体内の闇の力を制御し、纏い、練り、そして放つ。
体から闇の力が漏れ出さないよう、ギリギリのところで止める。この感覚を、寝ている間でも維持できるようになると、無意識に力が発現することはなくなった。
そして、体内の闇の力を練り上げて放出する。
最初の頃とは比べ物にならないほどの黒い靄が、身体を覆う。
「榊さん、試しに私の攻撃魔法を防いでみてください」
「わかりました」
ルーシェンはそう言って、炎矢を放った。
俺は闇の力を纏って防御した。
すると、炎の矢は俺の体の表面で弾かれた。
「やはり……闇の力は、魔法を弾くのですね」
ルーシェンは目を輝かせる。
「ということは、あなたは魔法に対して非常に高い耐性を持つことになります」
その後の実験で、俺は魔法をまったく習得できないことが分かった。
闇の力が魔法の力を弾いてしまうため、魔力を体内に取り込むことができないのだ。
「残念ですが、あなたは魔法使いにはなれませんね」
そう言いながらも、ルーシェンの表情は残念というより、興味深いという色が強かった。
「ただし、その分、魔法に対する防御力は非常に高い。試しに、私の最高出力の魔法を受けてみますか?」
「え、大丈夫なんですか?」
「ええ。あなたの闇の力なら、おそらく防げるはずです」
ルーシェンは杖を前に突き出し、詠唱を始めた。
「炎よ、すべてを貫け。極炎槍」
彼の杖の先から、巨大な炎の槍が形成される。
今までに見たことのない規模の魔法だった。空気が歪むほどの熱量が、槍から放たれている。
「え、ちょっと待って……」
「これは、私が極限まで魔力を込めた槍です。単体攻撃としては、あらゆるものを貫くと豪語できる一撃ですよ」
そして、容赦なく炎の槍が俺に向かって放たれた。
「うおおおおおおお!」
俺は焦りながらも全力で闇の力を全身に纏い、防御態勢を取る。
炎の槍が激突した。
凄まじい衝撃と熱気。
だが、俺の体は無傷だった。
闇の力が、すべての魔法を弾いていた。ただ、黒い靄が勢いよく噴き出したため、人目のある場所では使えそうにない。
「素晴らしい……」
ルーシェンは感嘆の声を上げた。
「闇の力の防御能力は、予想以上です。これは非常に貴重なデータですね」
俺も驚いていた。自分が、これほどまでに魔法に対して強いとは。
だが同時に思う。これは、諸刃の剣かもしれない。
魔法を弾いてしまうということは、遠距離攻撃ができないし、回復魔法も受け付けないということだ。でもそれより……。
「待ってって言ったのに、容赦なくそんな魔法をぶつけて来たのは怒ってますからね」
「え?」
ルーシェンはノートに書き込む手を止めて、キョトンとしていた。
2. 剣の訓練
「榊さん、あなたは魔法が使えません。闇の力も人目があるところでは最低限しか使えません。ですから、身を守る手段として、武器の扱いを学ぶべきです」
ルーシェンはそう提案してきた。
「武器、ですか」
「ええ。剣が良いでしょう。この世界では、最も一般的な武器です」
彼は家の中から木刀を持ってきた。
「ただし、私は剣がまったく使えません。ですから、練習相手として、これを使います」
地面に杖を向け、ルーシェンは呪文を唱える。
「土人形」
土が盛り上がり、人型を成す。土人形――ゴーレムだ。
「土塊操作で作った土人形です。これを相手に、剣の練習をしてください」
俺は木刀を手に取った。正直、剣の経験などまったくない。
元の世界でも、体育の授業で竹刀を振った程度だ。
「では、始めてください」
土のゴーレムが動き出す。
ぎこちないが、確かに攻撃してくる。
俺は木刀を振った。だが、うまく当たらない。思った以上に素早い動きに翻弄される。
「ぐっ……」
殴られる。闇の力を纏っていなければ、とっくに骨が折れていただろう。
避けられ、殴られるのを何度も、何度も繰り返した。すると、不思議なことが起こった。
剣を振るたびに、懐かしい感覚がある。まるで、忘れていた何かを思い出しているような。
「この感じ……」
集中すると、体が勝手に動いた。かつて何度も繰り返した動作を、無意識に再現しているかのようだ。
木刀がゴーレムの急所を捉え、土人形は崩れ落ちた。
「驚きました」
ルーシェンが信じられないものを見た顔をしている。
「あなた、本当に剣の経験がないのですか?」
「ないはずなんですが……」
俺自身も困惑していた。
「でも、なぜか体が覚えているような感覚があるんです」
それからも剣の訓練は続いた。
俺の上達速度は、異常だった。
一週間で、五体のゴーレムを同時に相手にできるようになった。
一か月で、十体のゴーレムを倒せるようになった。
戦闘で多少の怪我はしたが、闇の力は回復力を高めるのか、軽い傷くらいならすぐ治ることも分かった。
「これは……普通ではありません」
ルーシェンは困惑していた。
「素人目ですが、あなたはまるで、何十年も剣を振ってきた剣士のような、動きをしています」
「俺にも分からないんです。でも、体が勝手に動くんです」
まるで、前世で剣士だったかのような――
そんな考えが頭をよぎる。だが、そんなはずはない。
俺は前世など信じないタイプだ。まあ、今置かれている状況自体が、思い切りオカルトだが。
「もしかすると、闇の力が関係しているのかもしれません」
ルーシェンは仮説を立てた。
「闇の力には、まだ解明されていない能力があるのかもしれません。例えば、過去の記憶や、別の存在の技術を引き出すような……」
それが真実かどうかは分からない。だが、一つ確かなことがあった。俺は、急速に強くなっていた。
3. 変化する関係
三か月が経った。
俺は、もはやルーシェンから独立することを考えなくなっていた。
当初は、この人物を信用できず、いつか離れようと思っていた。
だが、今は違う。
ルーシェンのポンコツぶりを見ていると、放っておけない気持ちになるのだ。
「榊さん、今日の昼食は何を作りますか?」
無邪気に尋ねてくる。完全に、俺が料理担当になっていた。
「今日は、川魚の煮付けを作ろうと思います」
「魚の煮付け……魚を甘辛く煮込む料理ですね。異世界料理学的に、非常に興味深い調理法です」
「だから、異世界料理学って何なんですか」
俺は苦笑した。
ルーシェンは最近、俺の料理に夢中だった。
味見をしながら、「この味付けは、どのような化学反応によるものですか?」などと質問してくる。
そして、風呂の時間には必ず一緒に入るようになっていた。
「榊さん、この温度が最適なのですか?」
「だいたいこれくらいですね」
「なるほど。人間の体温より少し高い温度が、最もリラックス効果が高いのですね」
「だから、理屈じゃないんですよ」
こんなやり取りが、日常になっていた。
ある日、俺は気づいた。
「あれ……俺、もうルーシェンのこと、実験動物扱いしているって思ってないな」
最初、確かに俺は研究対象だった。だが、今は――。
目を輝かせて料理を学ぼうとする姿。
異世界の文化に夢中で質問してくる姿。
道具の使い方が分からず首を傾げる姿。
思わず、笑ってしまう。
「ああ、もう……」
俺は溜息をついた。
「この人、本当にポンコツだな」
その言葉には、呆れと同時に、確かな情が込められていた。
4. 新たな段階
三か月の訓練を経て、俺は大きく成長していた。
闇の力は、ほぼ完全に制御できるようになった。必要な時に、必要な分だけ使える。
さらに、闇の力を体内で練り上げることで、身体能力を強化できるようにもなっていた。
速く走れる。
高く跳べる。
強く打てる。
「試しに、森の魔物と戦ってみますか?」
ルーシェンが提案する。
俺は頷いた。
森に入ると、すぐにゴブリンの群れと遭遇した。
「では、お願いします」
一歩下がるルーシェン。
俺は木刀を構え、動いた。一瞬で、五体のゴブリンの背後に回り込む。
木刀を振ると、爪で抵抗されることすらなく、次々と倒れていった。
「素晴らしい……」
「あなたは、もう一人前の戦士ですね」
俺も驚いていた。だが同時に、不安もあった。この力は、本当に俺のものなのか。
「俺……この力を使っていいんでしょうか」
「それは、あなた自身が決めることです」
「でも……」
ルーシェンがやれやれといった感じに首を振る。
「闇の力は邪神の力とされていますが、それを使う人間が邪悪とは限りません」
「あなたは、この力で何をしたいですか?」
「……まだ分かりません。でも、人を傷つけるためには使いたくない」
「それで十分です」
ルーシェンは微笑んだ。
「あなたは、良い人間です、榊さん」
その言葉が、胸に響いた。夕日が森を赤く染める。
「今日の夕食は、何を作りましょうか?」
「そうですね……今日は、デザートのプリンも作りましょうか」
「デザート!プリン! 興味深いです!」
俺は笑った。
この生活が、いつまで続くのかは分からない。だが今は、この日々を大切にしたい。
ルーシェンと共に過ごす、この時間を。
この世界の調味料
塩や砂糖だけでなく、ソースや醤油っぽいもの、味噌っぽいものなど、現代社会にありそうなものは一通りそろっている。しかしその半分以上は、この世界の人にとって魔法使いや薬師が用いる素材扱いであり、それを料理に使うのはかなり奇異に映る。




