第五十二話:最悪の悪夢
1. 別れ
次の日――
南の門に、俺たちは全員集まった。
そこには、〈笑顔の風〉の面々だけでなく――
武器防具屋の親父や、召喚獣の卵屋の店主。
昨日飲んだ飲み屋で話した何人かの人も、来ていた。
「見送りに来てくれたのか」
「当たり前だろう! 街の恩人だぞ!」
親父が、豪快に笑う。
そして――
人数分の砂漠竜が、待っていた。
その背中には、鞍がつけられている。
「砂漠竜を街に帰すための合図は、こうだ」
カルロスが、合図を教えてくれる。
「わかった。ありがとう」
俺は、見送りの面々に別れを告げる。
特に、ファルマはベロニカとの別れを惜しんでいた。
「ベロニカさん……ありがとうございました」
「いいってことさ。ファルマちゃんは、いい子だからね」
ベロニカが、ファルマの頭を撫でる。
「困ったことがあったら、いつでも伝達鷹を飛ばしておいで」
「はい……!」
ファルマが、涙ぐむ。
「じゃあな、榊! また会おうぜ!」
カルロスが、手を振る。
「ああ。必ず」
俺も、手を振る。
そして――
見送られながら、河を左手に南へ進む。
2. 飛行の準備
砂漠竜は、トカゲ特有の左右に揺れる走り方をするが、鞍はその動きを上手く逃がし、揺れは思ったより少ない。
十分に街から離れると――
ルーシェンが、今後の予定を説明し出す。
「これからは大きな山がないので、飛行機は自力で上空に上がる必要があります」
「上がるのに、魔力を使うのか?」
「はい。滑空後、その上昇のために使用した魔力を回復するために……3時間ほどかかります」
「3時間……」
「それを加味しても、3日もあれば砂漠を超えることができるでしょう」
ルーシェンが、続ける。
「ただ、昼の暑さと夜の寒さがあります」
「私とファルマさんは、防具で防げます。ですが、榊さんは……」
「闇を纏えばいいのか?」
「はい。薄く纏うことで、環境の変化に耐えられます」
「わかった」
途中、土魔犬が、遠巻きにこちらを伺ってくる場面があった。
だが――
ルーシェンが、炎矢を放つ。
土魔犬が避ける。
だが、炎矢は避けた場所で――爆発した!
「!?」
土魔犬が、吹き飛ばされ倒れる。
「すごいな、ルーシェン」
「考察通りです」
ルーシェンが、満足げに言う。
1匹やられたことで、他の土魔犬は撤退する。
その後は襲撃もなく進み――昼過ぎ。
もう飛行機で上空に上がっても、街からはほとんど見えないところまで来た。
「じゃあ、砂漠竜を返すか」
俺は、砂漠竜に合図を送る。
砂漠竜が、街の方へ走っていく。
街に帰ってくるのが早くて、疑問に思われるかもしれないな。また言い訳を考えておこう。
「さあ、行きましょうか」
ルーシェンが、飛行機を出す。
俺たちは乗り込み――
魔力で、上昇する。
およそ1000m程の上昇。
前方遠目に、赤い砂漠が見える。
「まずは、砂漠の手前まで滑空します。エリシアさんあの辺りに行ってください」
「わかりました」
ルーシェンが指示を出し、エリシアが操縦する。
飛行機は、順調に滑空する。
トラブルなく着陸できそうだ。
だが――
その着陸地点に、骨のようなものがあるのに気づいた。
「まずい! 祝骨です!」
ルーシェンが、警告する。
だが――
飛行機は、既に着地していた。
その瞬間――
骨が、起き上がる!
そして、その目が光った!
「くっ……!」
俺は咄嗟に、闇の力を解放する。
一行を守るように、闇が包む。
だが――
闇が骨に触れた瞬間、ざらりと嫌な感触が伝わった。
意識が、徐々に失われていく。抵抗できない!
「榊……さん……」
ファルマの声が、遠くなる。
そして――
俺の意識は、落ちた。
3. オフィスの悪夢
――気づいた時、俺はオフィスにいた。
蛍光灯の白い光。空調の低いうなり。
深夜特有の、埃とコーヒーが混ざったような空気。
キーボードを叩く音が、やけに大きく響いている。
「……は?」
思わず声が漏れた。
目の前には、見慣れたデスク。
モニターには、見覚えのある取引先の書類。
右下に表示された時刻は――午前二時五十三分。
「榊、そこ修正入った?」
背後から声がする。
田中だ。
ネクタイは緩み、目の下には濃い隈。
隣では山田が、無言で画面を睨み続けている。
(俺は、さっきまで……荒野にいて……確か……)
(あれ?)
思い出せない。
(これは、夢……か?)
そう思った。
だが、指先がじっとりと汗ばむ感覚まで、あまりにも現実だった。
「……渡辺は?」
口が勝手に動いた。
一瞬、空気が凍る。
「……病院」
山田が、短く答える。
「インフルだろ? 昨日まで熱あるって言ってたのにさ……」
田中が、苦笑するように言う。
「本人は『大丈夫です』って言ってたけどな……今、意識ないらしい」
声には沈痛な響きがあった。
胸の奥が、嫌な音を立てて軋んだ。
――思い出した。
取引先。
本来なら昨日の夕方が締切だった書類。
頭を下げて、電話越しに何度も謝って、次の日の朝九時までに伸ばしてもらった。
だから、終わらせなきゃいけない。
絶対に。
「……あ」
画面をスクロールした瞬間、背筋が冷えた。
数字。
一桁、位置がずれている。
「……嘘だろ」
確認する。
二度。三度。
間違いない。
致命的なミスだ。
「榊?」
「やばいミスがある……渡辺が作った部分だ」
言った瞬間、空気が重く沈んだ。
その時、ドアが開いた。
「おい、まだ終わらんのか?」
上司だった。
腕時計をちらりと見て、露骨に眉をひそめる。
「もう夜中の三時だぞ」
「……見つかりました。ミスが」
「は?」
「渡辺が――」
「渡辺? あいつ何やってんだ」
上司は、苛立ちを隠しもせず吐き捨てる。
「病院? 関係ないだろ。仕事は仕事だ」
「……意識不明です」
一瞬の沈黙。
だが、次の言葉は想像通りだった。
「電話くらいできるだろ」
「無理です」
「じゃあ来いって言え。這ってでも」
言葉が、理解できなかった。
「……は?」
「責任者だろ。自分の仕事だ」
机を叩く音が、やけに大きく響く。
「俺は九時から社長と約束がある。あとは任せた」
そう言い残し、上司はさっさと帰っていった。
ドアが閉まる。
残ったのは、三人と、終わらない仕事だけ。
「……邪魔になるだけだな、あの人」
田中が、力なく笑った。
誰も否定しなかった。
時間がない。
直さなければならない。
だが、指が思うように動かない。
集中力が、削れていく。
「……っ」
またミスだ。
直したはずの箇所に、別の誤りが出る。
「くそ……」
山田が、画面に顔を近づける。
「……これ、さっき直したよな?」
「……ああ」
何度も確認している。
それでも、抜ける。
時間だけが、進む。
午前四時。
四時半。
五時。
外が、白み始める。
「……終わらねぇ」
田中の声は、ほとんど呟きだった。
その瞬間、胸の奥に、あの感覚が戻ってきた。
――逃げ場がない。
――誰も助けない。
――倒れた人間は、自己責任。
誰かの声が、耳元で囁いた気がした。
『英雄でも、同じだったろう?』
俺は、歯を食いしばった。
これは、戦いだ。
魔物よりも、悪魔よりも――
一番殺しに来る現実との。
――これは、俺が一度“折れた場所”だ。
祝骨
彩色された白骨。骨に幾何学模様や色粉が塗られており、昼間は倒れた飾り人形のように見える。強い感情──恐怖・後悔・怒りを感じ取ると起動し、近くにいる者の記憶を『祝福』として歪める。特に、過去の失敗や罪悪感を幻覚として見せる。肉体への直接攻撃力は低いが、精神魔法耐性が低いと自滅し、心に闇を抱えている人間ほど影響を受けやすい。祝骨がなぜ存在するかはわかっていない。悪魔の罠という説もあれば、過去の戦争で使われた魔道兵器という説もある。数は少なく、遭遇する確率が低いのが救い。




