表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/63

第四十六話:失われた記憶

1. ルーシェンの帰還

 

刺身を食べながら、俺は久しぶりの海の幸を堪能していた。

ファルマも、最初の抵抗はどこへやら、美味しそうに刺身を頬張っている。

アムフィとエルフィも、初めての食べ方に感動している様子だ。

その時――

「美味しそうですね」

声がした。

振り向くと――

ルーシェンが、建物に入ってきた。

「ルーシェン!?」

俺が驚く。

その後ろには、疲れ果てたような様子のセイレーンがいた。

ルーシェンは、何事もなかったかのように刺身の皿の前に座り――

「いただきます」

マイペースに刺身を食べ始めた。

「ちょっと待て、ルーシェン」

俺が声をかける。

「保険として、入口近くの建物に隔離されていたんじゃないのか?」

「ええ、そうでしたが」

ルーシェンが、刺身を口に運びながら答える。

「もう自由に動いていいと言われましたので」

「……は?」

俺は、後ろのセイレーンに目を向ける。

そのセイレーンは――

深いため息をついた。

「あの……この方は、本当にハチャメチャでした……」

「ハチャメチャ?」

「はい……」

セイレーンが、語り始める。

「最初は、普通に寝ていたんです。警戒心が全くないのはどうかと思いましたが……」

「それで?」

「その後、目を覚ますと……好奇心の赴くままに、私に話しかけてくるんです」

セイレーンの目が、少し虚ろになる。

「興味が強く湧いたら、しつこく『見せてください』『教えてください』と言ってきて……」

「あー……」

俺は、ルーシェンの顔を見る。

ルーシェンは、何も気にせず刺身を食べている。

「で、あまりにもしつこいので、近くにあった鉱石を持ってきて渡したんです」

「そうしたら?」

「色々調べ出して……様々なことを語り始めて……」

セイレーンが、頭を抱える。

「その内容が……聞き捨てならないものばかりで……」

「聞き捨てならない?」

「危険じゃないと思っていた鉱石が、実は高温になると有毒なガスを出すとか……」

「非効率な加工方法をしていたのを指摘されて、もっと良いやり方を教えられたり……」

セイレーンの声が、震える。

「聞かないわけにはいかないんですけど……付き合っていると、非常に疲れるんです……」

「……ご苦労様」

俺は、心から同情した。

「監視を交代した仲間も、同じ目に遭いました」

「で?」

「族長に訴えたんです。そうしたら……」

セイレーンが、ため息をつく。

「族長は苦笑しながら『もう危険性がないのはわかったし、色々今後のためになることも教えてくれたのだから、もう監視は良い』と……」

「それで、ここに連れてきたのか」

「はい……」

セイレーンは、そう言い残して――

逃げるように建物を出ていった。

「……いつものルーシェンだな」

俺は、呆れる。

「本当に……」

ファルマも、同じように呆れている。

アムフィとエルフィは、呆気に取られた表情だ。

「これ、本当に美味しいですね」

ルーシェンは、マイペースに刺身を食べ続けている。

まるで、何も問題がなかったかのように。

「……ルーシェン」

「はい?」

「少しは、自覚を持て」

「何のことでしょう?」

ルーシェンは、首を傾げる。

俺は、ため息をついた。

 

2. 深魔海鉱石

 

食べるのが一段落した時――

ルーシェンが、マジックバッグから何かを取り出した。

ボロボロになった、鋼の剣。

「……あ」

俺は、それを見て――

忘れていたことを思い出した。

「俺の剣……」

海坊主の体に刺さったまま、放置していた剣。

エリシアのことで、完全に忘れていた。

「どうして、それが?」

「海坊主が確実に死んでいるか、確認に行ったセイレーンが見つけて、持ってきてくれたそうです」

ルーシェンが、剣を俺に渡す。

ボロボロだ。

刃は欠け、柄も傷だらけ。いつ折れてもおかしくない。

「……もう、剣として使えないな」

俺は、嘆息する。

この剣には、世話になった。

だが――

「榊さん」

ルーシェンが、また何かを取り出した。

深い青色をした、美しい鉱石。

まるで、アクアマリンのようだ。

「これは……?」

深魔海鉱石(しんまかいこうせき)です」

ルーシェンが答える。

「深魔海鉱石!?」

アムフィとエルフィが、驚きの声を上げた。

「それは……どこで!?」

「貰いました」

ルーシェンが、淡々と答える。

「綺麗だが、そんなに珍しいものなのか?」

「珍しいどころじゃありません!」

アムフィが、興奮気味に言う。

「深魔海鉱石は、一定以上の深さの海の底でしか取れない鉱石なんです!」

「そういえば……」

俺は、アムフィから借りたナイフを見る。

同じような、深い青色。

「このナイフも、この鉱石でできてるのか?」

「はい、そうです!」

アムフィが頷く。

「この鉱石は、鋼などより遥かに強靭なんです。さらに、水属性のつく武器や防具が作れます」

「水属性……」

「ええ。深海でしか取れないこともあり、地上ではまず手に入らない貴重なものなはずです」

エルフィが、補足する。

「私たちセイレーンからしても、なかなか手に入らないものなんですよ」

「そんな貴重なものを……どうやって手に入れたんだ?」

俺は、疑問をぶつける。

「通信のイヤリングと、交換しました」

「……は?」

「セイレーンの方々にとって、私とのやり取りは疲れるものだったようですが……」

ルーシェンが、不思議そうな表情で言う。

「私の知識は、得難いものがあったようで。今後も連絡が取りたいと言われました」

「それで?」

「予備のイヤリングがあったので、それと交換しようとしたんですが……」

ルーシェンが、続ける。

「ただ、イヤリング自体が、浅い所ならまだしも、深海には耐えられなさそうで」

「ふむ……」

「そのため、分解して持ってきていた、以前作った白銀界保護スーツを――」

「待て」

今、聞き捨てならない言葉があったぞ。

「150キロあるあの宇宙服そっくりなやつを、バッグに入れてた?」

「はい」

ルーシェンが、何でもないように答える。

「あれなら、深海でも十分耐えられます。さらに、外部との会話用に触れれば内部と会話できるようにしています」

「……」

「イヤリングを頭部に入れておけば、このスーツ越しに会話できるんです」

ルーシェンが、得意げに言う。

「150キロも、水の中なら1/10くらいになりますから。運ぶのも現実的ですよ」

「……それよりスーツを持ってきてたことに、呆れるよ」

俺は、頭を抱える。

「でも、役に立ったでしょう?」

「……想定とは違うだろ」

俺は、ため息をつく。

思いのすれ違いが、ここにもある。

「で、この鉱石をどうするんだ?」

「セイレーンの方々には、この鉱石を大ぶりのナイフ程度に加工するのが精一杯だそうです」

ルーシェンが、説明する。

「ですが、私が手伝えば……十分、鋼の剣と同じ大きさのものも作れます」

「本当か?」

「はい。ただし、作成にはおそらく2~3日かかります」

「2~3日……」

俺は、少し考える。

今、俺の手元にある武器は――

最初に使っていた銅の剣と、短剣くらい。

この先の戦いを考えれば、やはり強い剣は必要だ。

「頼む」

俺は、ルーシェンに頭を下げた。

「わかりました。では、早速取り掛かりましょう」

ルーシェンが、立ち上がる。

「アムフィさん、エルフィさん。手伝っていただけますか?」

「はあ、しょうがないですね」

「え、私も?監視は?」

「もう要らないでしょ」

アムフィは仕方なしといった感じだ。エルフィは、困惑している。

そして三人は、建物を出ていった。

 

3. 目覚め

 

俺とファルマだけが、建物に残された。

「……エリシアさん、早く目覚めて欲しいですね……」

ファルマが、呟く。

「ああ……」

俺も、エリシアを見つめる。

浮かんだまま、微かに光を放つエリシア。

その時――

光が、強くなった。

「え……?」

ファルマが、声を上げる。

エリシアの体が――

ゆっくりと、降りてくる。

「エリシア!?」

俺は、駆け寄る。

エリシアの体を、受け止める。

「エリシア! エリシア!!」

呼びかける。

そして――

エリシアの瞳が、開いた。

「エリシア!!」

俺は、思わず抱きしめる。

「エリシアさん!」

ファルマも、駆け寄ってくる。

「よかった……! 本当によかった……!」

俺は、安堵のあまり――

涙が出そうになる。

だが――

「……お離しください」

冷たい声が、聞こえた。

「え……?」

俺は、エリシアを見る。

エリシアは――

無表情だった。

「あなたは、どなたですか?」

「……何を言っているんだ、エリシア」

俺は、笑う。

冗談だろう、と。

「記録にありません」

エリシアが、機械的に答える。

「……え?」

表情が凍る。

「あなたの情報は、私のデータベースに存在しません」

エリシアの目が、俺を見つめる。

だが――

そこには、何の感情もない。

「エリシア、さん……?」

ファルマが、恐る恐る声をかける。

「あなたは?」

エリシアが、ファルマに視線を向ける。

「私……ファルマです。エリシアさん……」

「記録にありません」

再び、機械的な返答。

「そんな……」

ファルマが、呆然とする。

「エリシア、何を言っているんだ!」

俺が、エリシアの肩を掴む。

「俺だ! 榊だ! わからないのか!?」

「榊……?」

エリシアが、首を傾げる。

「その名前も、記録にありません」

「……嘘だろ」

俺の手が、震える。

「エリシア……冗談は……」

「冗談?」

エリシアが、無表情で聞き返す。

「それはご命令でしょうか?」

「命令……?」

「私は、命令に従います。ご命令であれば、冗談を言うことも可能です」

エリシアの声に、抑揚がない。

まるで――

機械のようだ。

「エリシア……!」

俺は、エリシアの肩を持つ。

「思い出してくれ……! 俺たちのこと……!」

「理解いたしかねます」

エリシアが、俺を押しのける。

「あなたと私の関係性が、記録にありません」

「そんな……」

俺は、呆然とする。

エリシアが――

俺たちのことを、忘れている。

 

4. アルセインの説明

 

「ルーシェン……!」

俺は、建物の外に向かって叫ぶ。

外でアムフィたちと話をしていた、ルーシェンが戻ってくる。

「どうしました、榊さん――」

ルーシェンの言葉が、止まる。

エリシアを見て、状況を察したようだ。

「……エリシアさん」

「あなたは?」

「ルーシェンです。覚えていませんか?」

「記録にありません」

エリシアが、機械的に答える。

「ふむ……」

ルーシェンは、少し考え込む表情を見せた。

「榊さん、アルセイン翁に連絡を」

「ああ……!」

俺は、イヤリングに手を伸ばす。

だが、手が震える。

焦りで、うまく操作できない。

「アルセイン……! アルセイン!!」

『どうした、榊。また何かあったのか?』

アルセインの声が聞こえる。

「エリシアが……エリシアが……!」

『落ち着け。 何があった?』

「目を覚ましたんだ……でも……俺たちのことを……覚えてない……!」

『何?』

アルセインの声が、驚きに満ちる。

「記録にないって……そんなこと言うんだ……!」

『ふむ……エリシアと話させてくれ』

「エリシア、アルセインだ。話してくれ」

俺は、エリシアにイヤリングを向ける。

「アルセイン……様?」

エリシアが、首を傾げる。

『エリシア、聞こえるか?』

「はい、聞こえます」

エリシアの声は、やはり機械的だ。

『私のことは、わかるか?』

「はい。あなたは、私の製作者であるアルセイン様です」

『……私のことは覚えているのか』

「はい。記録にあります」

『榊やファルマ、ルーシェンのことは?』

「記録にありません」

エリシアが、即答する。

『……なるほど』

アルセインの声が、少し落ち着きを取り戻す。

『榊、代わってくれ』

「ああ……」

俺は、再びイヤリングを耳につける。

『状況は理解した』

「どういうことなんだ……!?」

『過去に、こんなことは起きたことがない。だが、おそらく――』

アルセインが、説明を始める。

『一度に大量の魔力を使ったこと。そして、急速に回復したこと。その二つが重なって、システムに過負荷がかかったんだろう』

「過負荷……」

『ああ。結果、一時的に記憶にアクセスできなくなった。初期状態に近い状態になったと思われる』

「初期状態……」

俺は、エリシアを見る。

無表情で、感情のないエリシア。

まるで――

俺たちと出会う前の、エリシアのようだ。

『だが、心配するな』

アルセインが、続ける。

『エリシアに関わっていけば、いずれ記憶は戻る。時間はかかるかもしれないがな』

「本当か……!?」

『ああ。信じて、待ってやってくれ』

「……わかった」

俺は、安堵のため息をつく。

戻る。

エリシアの記憶は、戻る。

それだけで、十分だ。

「ありがとう、アルセイン」

『礼には及ばん。エリシアのことを、頼んだぞ』

通信が、切れる。

俺は、エリシアを見つめる。

エリシアは――

無表情で、俺を見返すだけだった。

 

5. 誓い

 

「榊さん……」

ファルマが、心配そうに俺を見る。

「大丈夫だ」

俺は、笑う。何とか笑顔を出すことができた。

「エリシアの記憶は、戻る。アルセインがそう言った」

「本当……ですか?」

「ああ」

俺は、頷く。

そして、エリシアに向き直る。

「エリシア。お前は、俺の大切な仲間だ」

「……仲間?」

エリシアが、首を傾げる。

「そうだ。お前は、俺たちと一緒に旅をしてきた」

「記録にありません」

「今は、なくてもいい」

俺は、エリシアの手を取る。

「これから、また作っていけばいい」

「……理解いたしかねます」

エリシアが、無表情で答える。

だが――

俺は、諦めない。

「エリシア。お前が記憶を失ったのは、俺を守ってくれたからだ」

「……?」

「お前は、俺のために――命を懸けて戦ってくれた」

俺は、エリシアの目を見つめる。

「だから、今度は俺が――お前を守る番だ」

「……守る?」

「ああ。お前に、もう二度と無茶はさせない」

俺は、拳を握る。

「そのために、俺はもっと強くなる」

エリシアは――

無表情のまま、俺を見つめていた。

だが――

俺は、誓う。

エリシアを守ること。

そして、もう二度と――

エリシアに、こんな思いをさせないこと。

「待ってろ、エリシア」

俺は、エリシアの頭に手を置く。

「必ず、お前の記憶を取り戻してやる」

エリシアは――

何も答えなかった。

ただ、無表情で――首を傾げて、

俺を見つめるだけだった。

深魔海鉱石

500m以上の深海でまれに見つかるとされる鉱石。透き通る深い青色をしており、地上の人間が手に入れようとすると、深海にも潜れる召喚獣に探させるか、セイレーンなどの深海に住む交渉可能な生物に譲ってもらうしかない。鋼より硬く、この鉱石で作られたものは例外なく水属性を持つ。噂では、この鉱石でできた剣をトレオン帝国の皇帝が持っていると言われている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ