第四十三話:海の歌声
1. 砂浜での一夜
順調に滑空で距離を稼ぐ。
徐々に夕暮れに近づいてきたので、ちょうど着地地点として見つけた、そこそこ大きい砂浜で一泊することになった。
「潮の満ち干きも考えないといけませんね」
ルーシェンが海を指さす。
「この世界では、潮の満ち干きの知識はありますが、なぜ起こるのかについては『自然神が行っている』としか言われていません」
子供の頃見た、教育番組を思い出すな。
「ああ、俺が子供の頃に聞いた話だと、月と重力の関係で──」
うっかり口を滑らせてしまった。
「月と重力!?」
ルーシェンの目が輝く。
「詳しく教えてください!」
「いや、重力やらまで話し始めると、いつまでも終わらないから……ティア・カロスに着いて落ち着いたら話す」
「約束ですよ!」
未来の自分が何とかしてくれるだろう。多分、恐らく……。
でも、砂浜に来たのだから、久しぶりに貝が食べたいな。
「せっかく砂浜に来たんだから、潮干狩りでもしないか?」
「潮干狩り?」
ファルマは知らないようだ。
「貝を採るんだ」
「それは面白そうですね!」
ファルマが目を輝かせる。
皆で貝を集める。毒のある貝については、エリシアが判別できる。
「これは、かなり強力な神経毒を持つ貝ですね」
「それなら、素材として採取します!」
ファルマが嬉しそうに、毒のある貝も採取する。
アサリやハマグリ、サザエ、アワビに似た貝を焼いて食べる。
(アワビは刺身にもしようかと思ったが、捌く道具も短剣しかないし、エリシアの腕の刃を……さすがにそんなことに使うのは)
泣く泣く諦める。
ちなみにエリシアは全く気にしない様子だったし、生で貝を食べることを聞いたファルマは引いていた。
「海の魔物は大丈夫なんですか?」
ファルマが心配そうに聞く。
「海の岩場なら巨大海ヒルなどが危険ですが、砂浜、それも休む場所は砂浜から少し山側の岩場なので、来ても大丈夫でしょう」
ルーシェンが説明する。
「一応、結界も張って交代で見張りするので、すぐ気づけます」
休むための準備をする。
「私は寝なくても大丈夫なので、一晩中の見張りを──」
エリシアが言いかけるが──
「いや、精神の休息も必要だ。見張りの順番には入れるから、休むんだ」
心がある以上、精神の疲弊は避けられないからな。
順番としては、ルーシェン→俺→エリシアとなった。
「私も……!」
ファルマも言うが──
「ファルマは寝ないことで、調子が低下する方が問題になる。ちゃんと寝た方がいい。以前と違ってエリシアもいるから大丈夫だ」
俺がそう言うと、ファルマは引き下がるしかなかった。
2. 満月の夜
俺の順番が来たので、焚き火に薪を足しながら見張りをする。
満月が、美しい。
日本で見るものよりはるかに大きく明るい。
(こんなに大きいのか……)
その時──
どこかから、歌声が聞こえた。
「!?」
咄嗟に警戒態勢に入る。
剣をすぐ抜けるよう構え、周囲を見回す。
「榊様」
エリシアが起きてきた。異変を感じたのだろう。
「夜の海で聞こえる歌声は、セイレーンという水生生物の可能性が高いです」
「セイレーン……」
「ただ、セイレーンはこんな砂浜などの陸地に近い所ではなく、基本的に沖の方でしか居ないはずですが……」
ファルマとルーシェンも起きてきた。
「この歌声は、まさかセイレーン!」
ルーシェンが目を輝かせる。
「初めてです!」
「セイレーンって……海で船乗りを惑わせるっていう……」
ファルマが少し怯える。
「確認しよう」
歌声の元へ皆で向かった。
3. アムフィとの出会い
砂浜から少し離れた海の中の岩場の上に──
満月に照らされたセイレーンがいた。
下半身は魚、上半身は美しい女性。だが胸の上まで鱗があるため、上半身は水着を着ているようにも見える。
警戒する俺たち。
だが、セイレーンの方から話しかけてきた。
「お願いです……話を聞いていただけませんか」
警戒を解かないまま話を聞く。
「私の名前は、アムフィと言います」
「海の底にある、セイレーンの集落に住んでいます」
「ですが、最近……恐ろしい魔物が、集落に近づいてきているんです」
「何とか撃退しようとしましたが、全く歯が立ちません」
「何とかお力をお借りする事はできませんか?」
アムフィの目には必死さが見える。
「集落を捨てることは、できないのか?」
俺が疑問を口にする。
「集落には、セイレーンが生きるために必要な魔力溜まりがあります」
「海での魔力溜まりは、探すのが困難で……一応、他の魔力溜まりがないか探していますが、まだ見つかっていません」
「魔力溜まりが見つからないまま逃げても、結局は全滅する恐れの方が高いので……動くに動けないんです」
アムフィが悲しげに言う。
「何とかならないかと悲観に暮れていた所、あなた方を見つけ、歌を歌って気を引き、声をかけました」
それで俺たちに助けて欲しいと言うことか……しかし、
「水中の敵は、どうしようもないぞ……」
泳ぎながらの戦闘など、現実的では無い。
「セイレーンの秘宝を渡します。それがあれば、水が入らない結界を張ることができます」
「その指輪をすれば、夜や、光の届かない水底でも、昼間のように見えるようにもなります」
「その中なら、陸地と同じように戦えるはずです」
それはすごいな。
「魔物を撃退したら、そのまま報酬として差し上げます」
「ちょっと、考えさせてくれ」
俺たちは、少し離れて話し合った。
「本当でしょうか……?」
ファルマは心配そうな表情だ。
「話を聞きながら計器で反応を調べましたが、嘘はありませんでした」
エリシア、そんな機能まであったのか。
ルーシェンは少し考え込んでいる。
「……報酬の指輪……本当ならダホ湖の遺跡を調べるのに、役に立ちそうですね」
たしかにそうだ。
「……引き受けよう。ただ警戒は怠らないようにな」
俺は決断した。
4. 海底への潜航
アムフィが集落に指輪を取りに帰っている間、俺たちは確認する。
「水中での戦闘は、指輪の結界があるので、話が本当なら、地上と同じように戦えるはずです」
「ただし、私の魔法はかなり制限がかかります。特にいつもの火魔法はほぼ意味が無いでしょう」
ルーシェンが説明する。
「逆に、俺は海の中なので、闇の力に制限をかけず全力を出せる」
海の中なら、他人の目はさすがに無いからな。
「メリット、デメリットを把握しておきましょう」
戦闘について話し合う。
そして、アムフィが戻ってきて、指輪を人数分渡してくれた。
「この指輪は無水環通称、水断ちの指輪と呼んでいます」
「指輪を装備すると、装着者を中心とした半径約3mの球状空間が形成されます」
「効果として、水が一切侵入しません。さらに水の影響を完全に遮断します。結果、重さや運動感覚は地上と同等になります」
「呼吸も、空間が周囲の水から、呼吸に必要なもの取り込んでくれるので、窒息することもありません」
指輪の説明を聞きながら、ルーシェンがイヤリングで小声で伝えてくる。
『言われた通りの効果があります。特に罠はありません』
『了解』
俺たちは、指輪を装備し、海に入っていった。
5. 海坊主
集落から右方向に、アムフィの誘導で向かう。
海もかなり深くなった。
それでも、昼間のように見える視界。
「……凄く綺麗……」
結界は音が響きやすいのか、地上と同じように聞こえる。
ファルマも海の美しさを感じているようだ。スキューバダイビングをする人の気持ちが、少し分かった気がする。
時々、魚が結界の中に入ってきて、打ち上がった魚みたいになっている。俺たちが進んで結界から外れれば、水の中に戻りまた泳いでいく。
「何か面白いですね」
それを見てファルマが呟く。
ただ、海の底は思ったより岩場などが多く、泳げば普通に越えられるものも、歩くと意外と邪魔になる。
進みにくくて苦戦する。
しばらく進むと──
魔物の姿が見えた。
体高7〜8mに及ぶ巨体。
全身は黒ずんだ粘液状の皮膚に覆われている。
「あれが、魔物です……!」
アムフィが緊張しながら説明する。
「深淵遊弾魔獣と呼ばれています。全身が粘液状の皮膚に覆われており、攻撃を滑らせます。魔法耐性も高く、私達が使う水属性の魔法は、ほぼ効果がありませんでした……」
「お願いします」
アムフィが泳ぎ去る。
ツルッとした頭と赤い目を持つ、人間型の魔物。
赤い目は水中でも不自然に浮かび上がり、
まるでこちらを値踏みするように動いていた。
「……海坊主かよ」
俺がツッコむ。
「海坊主とは?」
「戦闘が終わったら話す」
いつものルーシェンの質問を適当にいなす。
「エリシア、サポートを頼む。ファルマの動きも助けてやってくれ」
「ルーシェンは、効きそうな魔法で援護だ」
俺は剣を抜いた。
「榊様……」
「大丈夫だ」
俺は、闇の力を全開にする。
身体が、剣ごと闇に包まれる。
「……行くぞ」
俺は、海坊主に向かって走り出した。
セイレーン
海の沖合に生息するとされる知的海生生物。人間とほぼ同じ大きさだが、上半身は美しい女性の姿を持ち、下半身は魚である。セイレーンの男は確認されておらず、その生態は謎に包まれている。
歌声で船乗りを惑わし、航路を誤らせると言われ、古くから恐れられてきた存在である。水魔法を得意とし、水中では無類の強さを発揮する。
その美しさから、強欲な貴族などに求められることもあるが、捕獲された記録は数えるほどしかない。しかも、その多くは壊滅的な被害を伴っており、セイレーンに手を出す行為は愚か者の所業と見なされている。




